【インタビュー】転職、独立、適応障害で休職ーその先で見つけた「自分軸」
——「成果を出せない自分には、価値がない」。そんな思い込みに縛られていた日々。
営業職10年、ライターとしての独立、再び会社員に戻り、適応障害での休職…試行錯誤しながらたどり着いたのは、誰かの期待に応えるためではなく、「自分が納得できる表現を追い求めたい」という本音でした。
今回お話を伺ったのは、わたしが所属するメンバーシップ『一緒に、遠くへ』を主宰する灯火(ともしび)さんです。
《「人生の転機」インタビュー vol.2》
人生の転機から見えてくる、その人ならではの歩みや想いをたどるインタビューシリーズ。第2回は、「リ・キュレーター」という肩書きで活動する灯火(ともしび)さんにお話を伺いました。
“他人のシナリオ”を生きていた営業職時代
—— まずはこれまでのキャリアを教えてください。
もともとは約10年間、営業職として働いていました。営業職を選んだ理由は、父が営業マンだったから。とてもシンプルな動機でした。
新卒で入った会社は、ごりごりの体育会系。お客様とのアポイントが入っていないと、オフィスにいるだけで1時間ごとに上司に呼び出されて、1人ずつ進捗を報告させられるような職場でした。
—— わたしだったら1日でやめそうです・・・(笑)。
結構きつかったですね(笑)。
でもその後、30代半ばまでに5回の転職を経験しながら、新規・既存営業、法人・個人営業、有形・無形商材と、営業のほとんどのジャンルを網羅しました。転職のたびに、より難易度の高い仕事に挑んでいったつもりです。
中でも印象に残っているのは、地方の営業所で責任者を任された時期。自分の裁量で動ける場面が多く、やりがいを感じていました。
—— すごい、どんどんステップアップされたのですね!
ありがとうございます。でも、その裏には「成果を出さないと、自分には価値がない」という思い込みがあり、いつも焦燥感に駆られていました。
また、「ステップアップしている」と見えるような、上手く取り繕っていられるかという視点に囚われていたというほうが正しいかもしれません。
結果として、どれだけ頑張っても、心のどこかで「このままでいいのだろうか」という違和感が消えなかったんです。

営業の仕事って、ある程度“型”が決まっていて、会社が用意したシナリオをどれだけうまく演じられるかで成果が決まるところがあると思います。
だからこそ、成果が出ても「シナリオが良かっただけでは?」「上司の思惑通りに動いているだけじゃないの?」と感じることが多くて。自己肯定感がどんどん下がっていきました。
ライティングと出会い、独立へ -第1の転機-
—— 営業職への違和感に気づいてから、どんな行動を起こしたのでしょうか?
営業職として3社目に勤めていた頃に、副業としてSEOライティングを始めました。ちょうどクラウドソーシングサービスが普及し始めた時期で、通勤電車の中でスマホを使って記事を書いていました。
ライティングに興味を持ったきっかけは、会社でよく「議事録がわかりやすい」と言われていたこと。また、当時読んでいたネット記事に対して、「自分のほうが上手く書けるかも」と思ったことです(笑)。
実際にやってみると、手応えがありました。もともとマーケティング的な思考が好きで、「誰に、どんな言葉で伝えれば届くのか」を考えるプロセスがとても面白かったんです。
一方で、営業職では、頑張っているのに、自分の力で評価されている実感が持てない。「名前や肩書きではなく、“自分自身”で勝負したい」「中身をちゃんと見てもらいたい」——そんな気持ちが、どんどん強くなり、独立を決意しました。
それまで「いい大学に入って、いい会社で働いて、高年収が幸せ」という価値観を信じて疑わなかったわたしが、自分の意思で別の道に進んだ。仕事における“自分軸”が生まれた瞬間でした。
再出発、そして気づいた人生の軸 -第2の転機-
—— 実際に独立されてみて、どうでしたか?
とても充実していましたが、事業をうまく軌道に乗せることができませんでした。生活を安定させるため、再び会社員へ戻りました。ベンチャー企業で、今度は営業ではなく、マーケティングや文章に関わる仕事に就きました。
でも2021年、ベンチャー企業での立ち回り方がうまく掴めず、「自分は会社に貢献できているんだろうか」と、心身のバランスを崩してしまいます。
その後、3年ほどかけて少しずつメンタルを整える習慣を身につけ、ようやく心の安定を感じられるようになったのが昨年 ——2024年のことです。
そして自分に、「これから、どう生きていきたい?」と、改めて問い直しました。
その頃から、美術館、デコノート、リベラルアーツ……気になったものを、心に素直に手を伸ばすようになっていました。

振り返れば、わたしはいつも「他人からどう見られるか」を気にして生きてきました。
子どもの頃から、自分の「好き」や「欲しい」を素直に伝えるのが苦手でした。アニメが好きだったのに、それを言うのが恥ずかしかったりして。
でも、「他人に評価されるか」ではなく、「自分が納得できる表現を大切にしたい」という本音に気づきました。
そして、成果主義だったわたしが
”自己表現を追求するスタンスが、人生そのもの”
だと感じるようになったんです。
—— 結果よりもプロセスを大切にする、という大きな価値観の転換ですね。
はい。ようやく、中長期で「なりたい自分」が見えてきました。
誰かの期待に応えるためではなく、自分の意思で選んだ道を、主体的に歩んでいるという実感があります。人生における自分軸ができた、第2の転機です。
自分軸で生きようとする人を応援したい
—— 2つの転機を通じて、灯火さんの自分軸が確立されていったのですね。最後に、現在の活動と想いを改めて教えてもらえますか?
noteでは「リ・キュレーター(価値や見方を再定義・再発信する人)」というオリジナルの肩書きで、アートやリベラルアーツ(教養)、メンタルにまつわる気づきや考え方を発信しています。
活動の根底にあるのは、自分軸で生きようとする人を応援したいという想いです。
“男らしさ/女らしさ”、“文系/理系”、“国境や人種”といった、社会が無意識につくってきた「こうあるべき」の枠組みに、わたし自身ずっと違和感を抱えてきました。本当は、もっと自由であっていいと思うんです。
アートやリベラルアーツを学ぶことは、自分の中にあるこうしたモヤモヤと向き合い、歴史や表現者たちの言葉から問いへのヒントをもらうことです。
たとえば、中田敦彦さんのYouTube大学で歴史や古典の全体像を知り、そこから興味のおもむくままに深掘りしていくなかで、知識だけでなく価値観そのものが更新されていきました。
“知ること”を通じて、自分が変わっていく。そんな体験を何度も重ねてきました。
学びはわたしにとって、「自分軸を育てる営み」そのものです。
だからこそ、自分なりの気づきを、必要な人に届けられたらと思っています。
また、わたしは一方通行の発信よりも、双方向のやりとりや、つながりの中にある温度感が好きです。だからこそnoteでコメントのやり取りにも積極的ですし、それぞれが自分の理想に向かって歩む姿が互いに刺激になるような場として、メンバーシップ『一緒に、遠くへ』も運営しています。
自分自身が長くモヤモヤを抱えていて生きてきたからこそ、発信や場づくりを通して、自分らしく歩もうとする人たちの背中を押したいという思いで、日々活動しています。
プロフィール:灯火
自分軸の理想や目標に向かう人の応援者。アートやビジネス、メンタルなどの考え方や捉え方を発信。元SEOライター。導線設計・広報戦略と内省が大好き。適応障害・休職・復職経験あり。
▽灯火さんのnote
▽メンバーシップ『一緒に、遠くへ』
わたしも入っています。みんながそれぞれの目標に向かって頑張っており、いつも刺激をいただいています!
<編集後記>
「自己表現を追求するスタンスが、人生そのもの」「表現者でありたい」ーー灯火さんの言葉から、わたしは研鑽を積み重ねる「職人」や「求道者」という言葉を思い浮かべました。
灯火さんは、会社員としてのお仕事や複業がありながら、noteでは毎日投稿に加え、投稿企画やコンテストの主催、メンバーシップの全員に1人ひとりコメントを返しており、その圧倒的な活動量と細やかさにいつも驚かされます。なぜこんなに頑張れるんだろう?と以前から思っていたのですが、その原動力がインタビューを通じて見えた気がします。
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