言葉はいらない。
幼少期の記憶に、無口な父がいる。
夜中、ふと目が覚めてしまい、
眠れなくなった私を、
父はそっとおんぶしてくれた。
家の中を静かに歩き続ける父の背中は、
安心そのもので、私はいつの間にか眠りについた。
今でも時折、そのことを思い出す。
多くを語らないけれど、小さな行動の中に、
(少し照れくさいけれど)
確かな愛情が感じられました。
言葉が通じない国を、
旅したときのことも印象に残っています。
身振り・手振りや表情だけで、
相手と心が通じ合う瞬間があった。
その経験が教えてくれたのは、
人は態度や行動で
気持ちを伝えられるということ。
言葉が無くても、人と人はつながれる。
むしろ言葉は厄介だ。
上手く伝わらなくて誤解が生まれたり
一生心に残る傷をつけたりする。
それでも、私たちが言葉を求めるのは、
「わかりたい」「わかってほしい」
という願いの表れなのだと思う。
もっと近づきたい、
もっと深くつながりたい。
そんな気持ちが、
私たちに言葉を選ばせ、語らせる。
私たちは、日々さまざまな場面で
言葉を道具として使っている。
会話、LINE、SNS――。
言葉は「だれかとつながるため」にある。
だけど、どれだけ言葉を重ねても
通じ合えないことがある。
言葉を紡げば紡ぐほど、
伝えたい気持ちが
するりと逃げていくような
感覚になることもある。
noteを書くときも同じで。
書けば書くほど
核心から遠ざかっていくような
感覚になることがある。
もう「書かない方がましなのでは?」
と思います。
そんな時に思い出す
長田弘さんという詩人の、
大好きなことばがあります。
言葉に出来ることは半分だけ。
でも書くことは、言葉に出来なかった残り半分を忘れないことでもあるんです。
言葉にできる「半分」。
それを紡ぐことには、
確かな意味がある。
言葉にすること自体が、
きっと大切な一歩。
だから、不完全でもいい。
今日も言葉を探し、
少しずつでも紡いでいこう。
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柔らかくて、暖かな作品はミオさん作。ありがとうございます!
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