「英語を学びに、アメリカへ」——その時代の、静かな曲がり角
アメリカの語学教育業界のニュースを読んでいて、思わず手が止まりました。
The PIE News の報道によると、2025年、米国の英語語学プログラム(ELT)の留学生数は前年から14%減少したそうです。しかも人数だけでなく、一人あたりの滞在期間も短くなっている。調査に回答した227のプログラム運営者のうち、3分の2以上が「国内の政治的・経済的な不安定さ」を課題に挙げたとのことでした。
数字そのものより、私が気になったのは「英語を学ぶために海外へ行く」という、私たちがなんとなく当たり前だと思ってきた行動が、いま静かに曲がり角を迎えているのかもしれない、ということです。今日はそのことを、公式データを追いながら考えてみたいと思います。
「留学」と「語学留学」は、まったく別の地図だった
まず、米国留学の全体像です。IIEのOpen Doors 2025(米国務省がスポンサーの統計です)によると、2024/25年度に米国で学んだ留学生は約118万人。国別のトップ3は、インド(363,019人)・中国(265,919人)・韓国(42,293人)でした。インドと中国の2カ国だけで、全体の半分以上を占めます。
ところが、「語学留学(ELT)」だけを取り出すと、地図がガラッと変わります。Open Doorsの集中英語プログラム(IEP)のデータでは、日本が全体の13%で首位。ここ数年は連続のトップなのです。
つまり——日本は「学位を取りに行く留学」ではさほどの存在感はないが、(全体で12位、13,814人)、「英語を学びに行く短期留学」では長らくトップを走ってきたというこです。日本の対米留学は、ずっと「英語習得型の短期」に偏ってきた、ということが数字にはっきり出ています。
「英語を学ぶため」だけの渡米は、コスパが悪くなっている
では、なぜその日本のELTがいま縮んでいるのでしょうか。
理由は、複数の理由が重なっているようです。ひとつは、言うまでもなく円安。同じ授業料でも、円で払う金額は数年前とは比べものになりません。
そして、意外と見落とされがちな三つ目が「国内代替」です。オンライン英会話、外資系スクール、国内のインターナショナル教育——「わざわざアメリカに行かなくても、日本で英語を学べる」環境が、この数年でぐっと整いました。ICEF Monitorの分析でも、日本のELT(IEP)がマイナス22.8%と大きく落ちた背景として、まさにこの国内での英語教育の充実が指摘されています。
※「国内で英語を学べる環境が整った」ことと、「日本人の英語力が上がった」ことは、残念ながらイコールではありません。むしろEFの英語能力指数(2025年)では、日本は123の国・地域のなかで96位と、下位のグループに沈んでいます。"学ぶ場は増えたのに、力は上がっていない"——このねじれ自体が、本当は一番大きな論点なのかもしれません。ここはあまりに深いテーマなので、また別の機会に。
冷静に考えれば、当然の流れかもしれません。「英語を身につける」という一点だけが目的なら、高い渡航費と生活費、ビザのリスク、円安を負ってまで海外に出る合理性は、年々薄れているのですから。
日本は「横ばい」。でも、中身は静かに入れ替わっている
ここで面白いのは、日本の米国留学の総数はほぼ横ばい(マイナス1.0%)だという点です。
ELTがマイナス22.8%も落ちているのに、総数はほとんど減っていない。これは何を意味するか。短期の語学留学が大きく縮んだ分を、学位課程などの留学が埋め合わせて、全体を横ばいに保っている、ということです。
つまり日本で起きているのは「留学ばなれ」ではなく、目的の重心が「英語習得」から「学位・キャリア」へと移りつつある、という構成のシフトなのだと思います。国内で英語の下地をしっかり作ってから、その先——学位や、現地でのキャリアを見据えて渡米する。そういう留学の比重が、相対的に高まっている。
ただ、ここは正直に書いておきます。「本気の留学が増えている」と言い切れるほどのデータはまだありません。世界全体で見れば、新規入学はむしろ減少に転じています。ですから今の段階で言えるのは、「増加」ではなく「重心が移りつつある」まで。ここは慎重に見ていきたいところです。
気になるのは、「本気の留学者数」でアジアに差をつけられていること
そして、私がいちばん考え込んでしまったのが、ここです。
日本が横ばい(マイナス1.0%)で足踏みしているあいだに、近隣アジアの国々は米国留学者を急増させています。
ベトナム:25,584人(プラス15.9%)
ネパール:24,890人(プラス48.7%)
韓国:42,293人(日本の約3倍)
いずれも日本(13,814人)を大幅に上回っています。これらは短期の語学ではなく、学位・キャリアを見据えた「本気の留学」が中心です。
英語を学ぶための短期留学が縮むこと自体は、国内で学べるようになった証でもあり、悪い話ばかりではありません。けれど、「その先」——学位を取り、現地で経験を積み、キャリアにつなげる本気の留学の"数"で、近隣国に差をつけられているとすれば、それは10年後、20年後の人材の厚みや、経済の競争力にじわじわ効いてくるのではないか。そんな気がしてなりません。
おわりに
「英語を学びに、アメリカへ」。
その時代が完全に終わったわけではありません。でも、静かに曲がり角を過ぎつつあるのは確かだと思います。問われているのはたぶん、「海外で英語を学ぶかどうか」ではなく、「英語の下地を固めた上で、その先の何を取りに、世界へ出ていくのか」という問いのほうです。
