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あの日、私が見たのは「茶色い街」だった。|#未来のためにできること

私には、忘れられない街がある。それは、もう15年も前の話。

経済的に貧しく、日本ではほとんど報道もされない小さな国。友人を訪ねて降り立ったその国の首都は、人であふれる茶色い街だった。

「街を見に行こう」と友人に誘われて、舗装されていない茶色い道を歩いた。ひっきりなしに通る車やバイクが土ぼこりを巻きあげ、私は茶色い空気に包まれた。

ふと人が集まる場所に目を向けると、女性と子どもたちが水汲みをしていた。子どもたちの足は、泥で茶色く染まっていた。

「今から15分ぐらいお湯が使えるよ」
夜、そう言われてシャワーをつけると、出てきたお湯は薄茶色。私の髪も茶色に変わった。

長距離バスで別の街へ向かう途中の、トイレ休憩。
友人の妹に手を引かれて向かった先には、地面に刺した何本かの棒に、布を渡して作られた空間。浅い溝が掘られた茶色い地面、そこがトイレだった。


あの街の苦しみは、ほとんどの人にとっては他人事。どこかで起きている戦争のように。現実なのだけれど、自分の人生にはかすり傷さえ残さない。

でも私にとっては違った。だって私は、確かにそこにいたのだから。

何年か経ったあとに私は、世界にきれいな水やトイレを届けることを目指す非営利団体に、寄付をするようになった。あの茶色い街にも届くことを願って。毎月3,000円、年36,000円の小さな社会貢献だった。

だが仕事を辞めたときに、寄付もやめた。そして私の社会貢献は、長い眠りについた。


今年の夏、私は久々に、その小さな国が日本で報道されているのを目にした。その国は、15年前とあまり変わっていない感じがした。

「いまの私に何ができるだろうか」

そんなことを考えていたある日、声をかけられた。目の前にいたのは、まだ小学校にも通っていない自分の子ども。

私は、自分の中で眠る埃まみれのツルハシを手に取り、話してみた。お母さんが昔見た、茶色い街のことを。

「ねぇ、どこにあるの?」
「どうしてお湯が茶色なの?」

「…大人になったら、何ができるかな」

私は彼の瞳の奥で、「他人事」の壁の欠片がポロリと落ちる瞬間を見た。


いまはブログがある。InstagramやYouTubeもある。他人事という分厚い壁を崩すためのツルハシを、不特定多数の人に差し出してみるのもいい。

でも、差し出されたツルハシに目を留め、壁に向かって振りかざしてくれるのは、
実は自分の目の前にいる、身近な一人なのかもしれない。

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