回復する傷

昨日は本当に鬱転したかと思った(私は双極性障害を抱えており、去年の入院を経て長いこと寛解状態でいた)。

いくら泣いても涙が止まらなくて、前回の記事のような事情でメンタルがやられていると夫に伝えている間も涙が滲んでいた。夫曰く、先輩と会った帰り道、ハイになってたから危ないんじゃないかと感じていたという。
軽音部を題材にしたマンガによって蓋をしていた暗黒時代の記憶が蘇り、楽しかった大学時代を一緒に過ごした人たちがまともな大人になっていることに比べてまだ幼稚な自分が痛すぎて自己嫌悪に陥って、希死念慮すら浮かんできた。
当時私がクソデカ感情を抱いていた人のことも思い出して、今更関係をどうこうすることもできないのに、あのころの感情を処分できていない自分に改めて気づいて本当に嫌になっていた。
昨晩は眠っている間に夢を見て、軽音部時代の先輩たちとライブハウスに行く話だった。影響を受けすぎている。

朝目が覚めると、まだ鬱っぽい気分が抜けず、むりやり起きて夫のお弁当を作った。朝ごはんは昨日の晩ごはんのおかずを温め直して食べてくれ、と伝えて私は紅茶を淹れて飲んでいた。
昨晩、過去から現在までの事情を知っている親友がLINEのメッセージ上で話を聞いてくれていて、それを開いて読み直した。また泣きそうになってしまった。
そのやりとりの中で私は「しばらくは大人しくしてメンタルケアのことを考える」と発言していた。しかし、どうしたらひどい精神状態を癒せるのだろう、と迷った。
昨日の時点で大学時代聴いていた音楽を聴こうとして、怖くなって聴けなくなっていた。再生した途端に当時の風景、音響、ステージで演奏している部員たちの姿が蘇ったからだ。最近一番に信頼を置いていた音楽というツールにすらそんな感じになってしまうのか?
オリジナルの作品を作ることは、自分のコアを他者に晒す行為だ。たぶんそれは危険だ。だから、本当にいいなあと思っている曲の弾き語りをやることにした。もう何年も弦を張り替えていないアコギを引っ張り出して、ネットでいろんなバンドのコード進行を掲載しているサイトを検索して、やってみた。

GRAPEVINEというバンドは高校生のころ、まだ人間関係が楽しかった時期に教えてもらってからずっと聴いている。特にこの曲の入っているアルバムが好きで、歌詞を改めて読んだらまさに今の私の心境だ、と感じた。
フレットの押さえ方がちょっと難しいコードが使われていたりして、なかなかスムーズに弾けるようにはならなかったけれど、純粋に音楽を楽しんでいたころの感覚が蘇ってきた。
アコギを弾いていたら指先が痛くなって、つらいので途中でエレキギターに交換した。ミニアンプを接続して、iPhoneのGarageBandで弾き語りを録音してみた。
コードチェンジが拙いし、原曲ボーカルのキーが低くて私の歌声はひどいし、まともに聴けたものではなかった。でも、自己満足で弾いて歌って終わる感じが、傷ついた心を癒すメンタルケアとしてはよかったと思う。
そのあと他の曲も弾き語りしてみたら、コード進行は簡単だしボーカルのキーも合う。何曲かやった。

他者というこわくてわからない存在へ作品を発信するわけではなく、自分の中で完結させる。それが心の傷を癒すのにちょうどよかった。
ギターを抱えて椅子に座っていたら肩が凝ってしまい、弾き語りは途中で終わりにした。それだって自分だけの行為だからできる決定だ。

正直、鬱転しそうなメンタルがまた安定したのかはわからない。
頭が痛くなってきたので寝たいけれど、先月くらいに更新申請した障害者手帳の簡易書留の不在票がポストに入っていたので、再配達の手配をした手前寝室に篭ることはできない。

障害のせいで社会規範からドロップアウトして、昔の仲間たちに疎外感を抱いて精神的におかしくなってしまった。ただそれだけ。
夫は「理解のある夫と結婚できたんだからいいじゃん」と言うけれど、そういうことじゃないんだよ。みんなみたいにしんどくても普通に仕事して、人間関係構築して、大人として精神的に成熟した人間になりたかったんだよ。

ギターをたくさん弾いたせいで左手の指先がひりひりしている。最近頑張って練習しているので、皮膚がめくれたり、ゴワゴワしている。
それもいつか回復するだろう。


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