十二日目 腕時計
俺の腕時計は止まっている。
あの時からずっと。
時を刻まなくなって久しいそれは、ただ俺の腕を彩る装飾品として、左手首に巻き付いていた。
「清水主任、今何時ですか?」
取引先との商談を終えた帰りの電車で、部下の服部が聞いた。
天気の悪い午後の電車は、人がまばらで空いていて、俺たちは並んで席に腰掛けていた。
「今は……16時10分だ」
そう言った俺を、服部は不思議そうに見た。
「腕時計見ないんですね」
「え?」
俺が聞き返すと、服部は続けた。
「腕時計をしているのに、携帯で時間を確認していらしたので、どうしてかなと思いまして。ほんと、些細な疑問なんですけど」
「あぁ……服部は人のことをよく見ているな」
「清水主任が言ったんですよ。営業は、観察眼を磨けって。主任様々ですね」
服部は柔らかく笑った。
彼は、今年の四月から入った新入社員だ。
仕事が早く、人当たりも良いため、部内でも期待されている社員の一人。
「そうか、そういえばそんなことも言った気がする」
俺は袖をまくり、腕時計を露わにした。
「見てみろ。止まってるだろう、この時計」
差し出された時計を目にした服部は「壊れたんですか?」ときいた。
「あぁ、そうなんだ」
「それは大変ですね。早く修理しないと」
「いや、これはこのままでいいんだ」
俺がそう言うと、服部は意味が分からないという風に俺の目を覗き込んだ。
「なぁ、服部。世の中にはな、壊れたものにしか意味を見出せないものもあるんだ、俺の時計
のように」
「……分かりません」
服部は眉を顰めて、思案した後、それでも理解できないようだった。
「いつか分かるよ」
俺は彼の若い眼差しに、いつか降りかかるであろう悲哀を思って、胸を痛めた。
