九日目 カラオケ
「あぁ、やっちまった」
黒光りするスーツ。
一纏めの髪をほどいて、画一化しても隠しきれない私の個性は、控えめからは少しはみ出したアイラインが主張している。
遊び心のない鞄から持ち替えたのはマイク。
私は思いっきりシャウトした。
*
三次面接だった。
グループディスカッションを経た後の役員面接。
それなりの企業。
ゴールデンウィークを過ぎても内定がない私には喉から手が出るほど欲しい地位だった。
でも本当に欲しかったのは__くそっ、あの面接官のせいだ。
「あなたの夢は何ですか。失礼ですが、あなたは本当に弊社に入りたいと心の底から思っていますか?」
言葉が出てこなかった。
嘘なんて、散々ついてきたじゃないか。
何を今更躊躇うことがあるのだろう。
アンタもあんたもアンタもあんたも、私の目の前にいる面接官だって、みんな嘘の先に手にした地位じゃないのか。
__バイトリーダーで、店のディスプレイ替えを提案し売り上げに貢献しました。
__御社が第一志望です。
聞き飽きた戦友の至極平凡なセリフが、頭の中で再生される。
嘘も方便ってか?
「私の夢、ね」
私は自嘲気味に呟いた。
小さい頃は魔法使いになりたかった。
珍しく家族揃ってみた映画。
当時の私と同い年くらいの女の子が、箒一つで、家を出て自立していく話。黒猫なんかとおしゃべりして、知らない街を旅して。
昔はよく、家の箒を持ち出しては、玄関先掃除してくるって、魔女修行してたっけ。
いつからだろう。
そんなものはないって気がついたのは。
魔法の箒を、無味乾燥なペンに持ち替えたのは。
あの頃、私が憧れた気持ちは一体どこへ行ってしまったのだろう。
曲が終わり、マイクを置いて、ドリンクバーのジンジャエールを一口飲んだ。そして、ふと、前に誰かに言われた言葉が頭をよぎる。歌う時に炭酸を飲むと、喉によくないよ。あれは誰だったか。
下げた視線に、携帯の画面が目に入る。すると、ちょうどピコンと通知がなった。カレンダーのリマインド機能には、配信の二文字。あぁ、そういえば今日だった。
久しぶりに画面を立ち上げる。
待機の人数が見える。
チャット欄には見知った名前が上がる。
思わず口角が上がった。
待っている人がいる。こんな私を待ってくれている人が。
みんながいれば私は、このマイク一つで、世界中を駆けることができる。
それはまるであの映画の魔法使い。
__あぁ、なんだ。
私の箒はとっくに見つかっていたんだ。
私は馬鹿馬鹿しくなってボックスで一人、大笑いした。
あと必要なのは、きっと地面を蹴る勇気だけ。
さぁ、どうする、わたし?
