五日目 スーツ
久方ぶりの日本。
俺は今、背広を着て満員電車に揺られている。周りのものはみな、俺を普通のサラリーマンだと思っているに違いない。
サラリーマンとは、毎朝9時に出社するために、この地獄のような入れ物で、個性を消してじっと耐えしのぶ者のことだ。
こいつらは俺よりよっぽど"忍び"だなと俺は感心して、目的地の駅で降りた。
「ふぅ」
慣れない格好に思わず漏れるため息。
俺は、左手でネクタイを少し緩め、空いているもう一方の手を右耳のイヤフォンに添えた。
すると、いつも通りどこかツンとした女の声が聞こえてきた。
「東口、50メートル直進、二つ目の信号を左折。坂を下り、ペットショップの二軒先のビル一階」
「承知した」
俺は100の顔を持つ男、ミツホシ。
上からの依頼があれば、この身一つでどこにでも、出向く。必要とあらば、場所の客層に合った姿に変装をする。外国時代の同僚は、俺の鮮やかな仕事ぶりに「ニンジャミツホシ」と褒め称えたほどだ。
俺は、指定された店に入ると、メニューから、店のおすすめを頼んだ。
「あいよ、おまち」
なに、注文してたった30秒で食事にありつけるだと?
俺は、驚きのあまり失神しそうになりながらも、色、艶、匂いを確認してから、料理を口に運んだ。
「う、上手い」
一体、俺が日本を離れている間に何があったんだ。これは革命だ。
俺が手元のメモ帳に星を三つ書く合間に聞こえてきたのは、珍しく声色を崩した「エージェントミツホシ、目的地はファストチェーンではなく、隣の老舗です」というイヤフォン越しの声だった。
