人間ってイキモノ、気楽に考えよう
【No.4 人間=イキモノ】
あなたの人生は生まれて死ぬだけのもの、あなたの人生に意味も理由もない。
それが人間の道理だと思う。
人間とは本来ただの生き物であり、両親が勝手にセックスして受精して生まれたという、ただそれだけにすぎない。
逆に何かのために生まれた人?と言って手を挙げるのはせいぜい僕のヒーローアカデミアでいうところの轟焦凍くんくらいだろうか。
※ナンバーワンヒーローのオールマイトを越えてもらうために親のエゴで生まれた少年。
人間はそもそも何かをするためにとか、人生に意義を見出そうとする人は言い方が悪いが図々しい。
自分は何かすごい人間だ!ということをおそらく潜在的に感じているから出てくる悩みなのだ。
そんな人はおそらく少年ジャンプの読み過ぎだと思う。(私だ)
幼少期は静かにテレタビーズでも見てれば良かったのだ。
それにそんなこと考えるから苦しくなるわけであって無駄に一喜一憂する。
お釈迦さまであるブッダの教えでは『快(心地いいと感じるもの)と不快(嫌なことや排除したいもの)によって欲望が生まれる』という。
つまり人間は快を求めて偏るあまり、普段なら普通のことでも不快に感じたりするということだ。
時に気持ちをニュートラルに戻す、快も不快も存在しない状態の正しさを悟っている。
例えば当たり前のように電気が使えている毎日だが、震災が起きたり、私も冬になるとよくあったが、ブレーカーが落ちる程度でも毎日電気が通ってるありがたみが改めて分からないだろうか。
水も同じく、毎日水道の水が出るということでもありがたいのに、それにいつしか慣れてしまって当たり前になっていることがあると思う。
世の中にはそういった平和ボケによって、これはあって当たり前だよね、と生活水準が潜在的に高くなっていると感じる。
果たしてみなさんが今持っているスマートフォンも一日どころか半日没収されたらどうだろうか。
耐えられる人は何人いるだろう。
話を戻すが、人というのはもともと動物であり、そこには感情もないことが当たり前の状態として考えられている。
極端な話だがこれが1番フラットな考え方であり、人間とは本来ただの生き物なのだという考えの元である。
そこに無駄な着色をしすぎておかしな価値観まで生まれている事に気がついて欲しい。
そして、それによって苦しみが生まれている事を。
今一度、心をニュートラルに戻すことの大切さ、今あるものに感謝する。
【足るを知る】ということを覚えておいて欲しい。
そしてそれが当たり前ではない事も。
これは番外編かもしれないが、先日散歩をしていた時のことだ。
横断歩道で待っている時、向かいにも老夫婦が待っていた。
車は残り一台だけだったが、私たちに気づくとしっかり止まってくれたのだ。
私含め老夫婦も我が物顔で通行。
何も悪いことではないが、私は後から少しくらい会釈をすれば良かったと思った。
横断歩道で止まって当たり前。
だが、こうした当たり前も渡る際に少し会釈のできる人間になれたら素敵じゃないだろうか。
お互いに心がほっこりするだろう。
私も当たり前に感謝できる人間になりたいものだ。
