11年前に虹の橋を渡った、最後の愛犬の命日。
2015年8月5日に、我が家の愛犬ナナコは虹の橋を渡った。
3匹飼っていた、最後の子を見送った日。
パパはマルチーズ、ママはヨークシャーテリア。
MIXなので”マルテリア”とかって呼ばれるらしい。
私が7歳の時に、父がマルチーズをもらってきた。
そこからヨークシャーテリアと縁ができ、我が家のキャベツの箱の中で4匹の子どもが生まれた。
4年生だった私も、母と共にお産に立ち会った。
1匹(♂)は残念ながら死産で、無事に産まれた3匹(♀)が大きくなった。
2匹は知り合いに譲り、ナナコが実家に残りパパママと過ごすことになったのだ。
はじめ、私は別の子を残したいと言った。
もちろん全員同じように愛おしくて仕方がないが、3匹居れば性格も違い推しができる。
しかし妹が泣きわめきながら「絶対ナナコがいい!!ぜっったい!!!!」と1ミリも引かなかった為、姉である私は折れることにした。
あの我が強い妹に、私は今までどれだけのものを譲ってきたことだろう。
縁あってうちに残り、19年間も長生きしてくれたナナコとみんなと暮らせて、私も家族もとても幸せだった。

ヨークシャーテリアのテリーは2010年、マルチーズのチャッピーは2012年に旅立つまで、それぞれ同じくらい長生きしてくれた。
3匹ともお願いしたペットの葬儀屋さんに「たくさんのワンちゃんを見送ってきましたが、ここまで長生きされるのは本当に珍しいんです。愛情たっぷり、幸せな子たちですね」と言われたのを覚えている。
そう、愛情たっぷりだったことだけは自信がある。
当時は今ほどペットが主流でもなかったし、特に食べ物に気をつけていたわけでもなく(たくあんとか好きだった)、特に散歩に気を配っていたわけでもなく(庭にしばらく離すなど)、受動喫煙も甚だしかった(本当にごめんね)。
今やり直せることなら、上記のすべてを改善したい。
超小型犬なので、大型犬に比べれば寿命は長い。
みんな健康で、大きな病気にかかることもなく、天寿を全うしてくれた。
特にうちで産まれたナナコについては、誰もがかわいいかわいいで大きくなり、彼女自身も自分がかわいいことを知っている人間のような犬だった。
19年間、誰のことも一切噛んだことがなくスッと懐に入って抱かれるのが好きな子だった。
ナナコは誰にでもベッタベタで、特にイケメン好きだった。
ちなみによく鳴くチャッピーも、美人の友人の前では借りてきた猫のように大人しくワンとも鳴かなかった。
犬にもイケメン&美女センサーがあるのだと、犬と暮らすことで学んだ。
「おさんぽ!」と言うと3匹とも耳がピンとなり目がギラついていたし、テリーはもともと狩猟犬?の為、虫を捕まえるのが得意だった。
あぁ、懐かしい。
愛犬たちとのラブリーな思い出がたくさんある。
何かを「家族みたいな存在」と表現することがあるが、うちの愛犬は家族である。
毎日会ってコミュニケーションをとって、しんどい時も辛い時も察知して隣にいつも誰かがいてくれた。
後半は特に家族みんな壮絶に忙しくしていたから、ゆっくり過ごす時間がなくてごめんね、と思う。
今の環境でもしここにいたら、ずっと抱っこしていられるのに、と思う。

犬のいる生活が、ふとした瞬間にとても恋しくなる。
犬を迎えたいな、と思うことももちろんある。
けれど、やっぱり家に常駐している人が必要だ。
いざという時にすぐに何かをしてやれないのは辛い。
長期の旅行にだって気軽に行けない。
今の時代なんて特にエアコンは絶対に消せないし、常に水とごはんは欠かせない。
お金だって、トータルすれば人間の子どもを迎えるくらいの覚悟が必要。
かわいいだけじゃ、動物とは共存できない。
犬を飼うということは大きな責任を伴う。
長年経験したからこそ本気でそう思うし、母は女手ひとつで3匹の犬までも育ててくれて、本当に本当に大変だったと思う。
この子たちは、私たちにとって唯一無二の存在だ。
他の子と比べることなんてできないし、仮にこの先迎えることがあったとしてもそれはまったく別の子として愛情を注ぐ。
しんどいことが多かった時、3匹がいてくれて本当に救われたし、一緒に過ごしたおもしろエピソードもたくさんある。
思い出しては懐かしくて泣きそうになることも(妹は「ナナコ」と聞いただけで未だに泣いている)。

数年前からのお役目終わりのマティが、偶然にも3匹みたいな配色だったのでお仏壇のところに飾った。
3匹がいつも見守ってくれているみたいに。
強烈なご縁で、我が家に来てくれて本当にありがとう。
これから先も一生、ずっとみんなだいすき。
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