なぜ高学歴なのに就活で失敗するのか①【自己紹介】
はじめに
こんにちは。今は12月頭で、就活を早くに始めた大学三年生はもう外コンなどから内定をもらっている時期でしょうか。一方でのんびりとしている学生は、これから重い腰を上げ動き出す人もいるのでしょうか。多様性の時代です。
唐突ですが、世の中には一般的に「高学歴」と呼ばれる大学を卒業しながら、就活で失敗してしまう人が割といます。自分で言うのも気が引けますが、かくいう私も掲示板で論争にならない程度には高学歴大学に在籍しながら、就活で失敗した人間です。
最近、「地方出身者が東京で成り上がるのは東大に入ってもなお難しい」といったテーマのnoteがX上で話題になっていました。私は東大を早々に諦めた側なので足元にも及ばないものの、一定程度共感できました。就活に全時間を捧げ、就職後も実家に頼れるだけの経済的余裕や情報・人脈において地方出身者は東京勢に遠く及ばないという点はそのとおりだと思います。悲観的になりすぎなような気もしますが。
こういうわけで、tier1企業に行けない高学歴などザラに居るわけです。
話を戻すと、就活における失敗は
①入社したい企業に内定をもらえなかった
が最初にイメージされるかと思いますが、実はこれだけではなく、
②「入社後のミスマッチのケース(聞いていた条件と違った待遇だった、パワハラが常態化していた」
や、
③「そもそも社会にでる前の心構えが不十分だったケース(入社したい企業がなかった、入社後に実現したい生活を想定できていなかった)」
などが存在します。
上記のいずれかが原因で、自分がおぼろげながら掲げていた理想の社会人像と現実にギャップが生じている状況が、就活における「失敗」なのではないでしょうか。そしてこれは学歴にかかわらず発生しうる事態だと思います。
上記のうち、①と②は同グループだと思います。どれだけ未熟とはいえ、自らの理想の奴隷生活を思い描き、理想に向かうアクションは取れているからです。
一方で、③に関しては、結構どうしようもないケースも散見されます。
・周囲の環境
・本人の特性、性格
などが理由で、そもそも就活というゲームのスタート地点に立つ前の準備ができないケースです。
私はいま社会人3年目ですが、今思い返してみると間違いなく③に当てはまる生活を送っていました。東大卒やその他エリート大学出身者のマジョリティが行くような大手JTCには当然受かっておりません。きっと40歳時点の可処分所得は同窓生の下位30%に入るでしょう、その程度の中堅企業で働いております。tier3といったところですかね。彼らエリート街道爆走組に比べるとやはり名前負けして多少悔しい気持ちもありますし、労働環境が爆裂スーパー恵まれているわけでもありません。とはいえ退職代行を使って逃げ出したくなるほどの奴隷生活でもありませんので、所属先で楽しくぬくぬくと暮らしています。総じて現状に大きな不満はないけど、「もう少し頑張ればよかった」となんとなく後悔している、というのが現状です。
どうしてこうなってしまったのでしょうか。私自身の生活というたったの1サンプルではありますが、その中から就活以前の心構えをちゃんと整えるヒントを探してみましょう。
入学
一年間の浪人を経て、それなりの国立大学に受かりました。なんだかんだで遊ばず努力したのはあとにも先にも浪人期間だけでした。その反動でずっと変なスイッチが入っていますので、入学直後は馬鹿みたいに恥も外聞もなく色んな人に話しかけまくっていました。
浪人の利点はすぐに年確をパスできるようになるところです。そして浪人経験者はなぜか浪人経験者とばかりつるむのは全国共通ではないでしょうか。誰彼構わず誘ってはひたすらに酒を浴びていました。幸か不幸か私は学生寮に住んでおり飲み友達はすぐ見つかる環境でした。そのため、毎日のように突然寄声を上げながら走りだしたり、路上で寝転がったり、恥ずかしい大学生の過ちを一通りこなしていました。
大学や寮の喫煙所に寄ると(いまは撤去されている大学もあるようですが、当時はたいていどこの大学にも喫煙所がありました)、だれかしら友人がいます。その瞬間から宴は始まります。一本吸って「明日2限だから寝るわ」なんて言おうものなら、2日後まで立ち上がれなくなる量のスト缶が目の前に運ばれてくる日常でした。
一方で、そんな生活を続けながらも「田舎から公立のみで一流大学に受かった」という自負は強烈に持っており、かつ田舎の遅れた価値観に染まりきっていたので、「なんやかんやで良い企業に入れるだろう」と思いながら漫然と日々を浪費していました。
大二病罹患
ここまではかなり一般的な学生の過ごし方といっていいかと思います。問題は2年目に上がる頃でした。
私は酒を飲んでは寝腐って日々を浪費する生活に少し飽きていました。
そんなある日、相変わらず凄まじい風でろくに火もつかない吹き抜け喫煙所にいくと友人が賢ぶって本を読んでいました。珍しいなと思い「おい酒飲まんか」と話しかけると、「俺はガチ革命になれるかもせん、どう思う?」、質問に質問で返すな、なあにどうせキンコン西野だろうと思って覗いてみると、予想はハズれ岩波文庫でした。キルケゴールだったかロラン・バルトだったかニーチェだったかは覚えていませんが、何やら岩波文庫であることは確かでした。友人は私に九州訛りでまくしたてました、「お前も本を読め。本は革命だ。命をかけた文章こそが革命を起こすんだ」。うるせえって。
一方で私は幼少期からある程度読書が好きで、年齢からすると少し背伸びした内容の本を読み、知ったかぶって「スゴイネ〜賢いネ〜」などと褒められたがっていた子どもでした。難解でありながらポエミーな切り抜き方ができる西洋哲学や社会学の文書は、自己(笑)を、ひいては世の中を知った気になれるかもしれないという私の浅はかな見栄心をくすぐりました。
その日は「そっか〜」と返しておきながら、「同じ本を読むのは嫌だな」と思い、翌日一人で本屋に出かけました。いわゆる大二病患者の誕生です。
私はまだ小池百合子が東京の喫煙者を弾圧する前の、深夜までやっており喫煙可能なファミレスで、夜な夜な本を読む生活を始めました。色々と読んで、時に友人に勧めて、参加者全員が間違っている読書会などもやっちゃっていました。なんと恥ずかしい。特にボードリヤールはくり返し読みました。その結果、なんにも理解しちゃいないのに、次第に消費社会へのヘイトを募らせる、あまりにも痛々しい学生に変貌してしまいました。
私の考え方がちゃんとした社会人になる未来を拒否し始めたのはおそらくこのときだと思います。この時期がすべての元凶です。(続く)
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