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エチオピアってどこ?と聞かれてすぐに正解を答えられる人はすごく少ないのでは? エチオピア行って帰って100の疑問!?       No.015

エチオピアってどこにあるのだろう?

私が教員養成大学の美術教育の要請を発見した時に頭に浮かんだ疑問だ。

アフリカだ、それは間違いない。だがアフリカ大陸は広い。多分アフリカのどちらかと言うと北の方で東の方のような気がする。調べてみると大体その通りで、アフリカ大陸の東側の角のようにとがったところの根元、アラビア半島の向かいではあるが、直接海には面していない内陸国。

アフリカ諸国の国境線は定規で線を引いたような直線部分がある国も多いが、本格的には植民地化されたことのないエチオピアの国境線はでこぼこした自然国境線だ。赤道には近いが北半球である。気温の上下の幅は小さく日本と暑くなったり寒くなったりの時期は同じである。

乾季と雨季の二季だ。国土のかなりの地域が高地にあり、アフリカでも温帯である。実際夏の暑さは日本の方が耐え難い。冬はある程度気温は低めになるが、日本ほど寒くない。気候の点では過ごしやすいし、日本ほど寒暖の差が無いのでそんなに服も必要ではない。

乾季はからっとして過ごしやすい。かなり暑い時もあるが、日陰に入ると風が通り晩になると気温が下がってエアコンの無い環境でもまったく不満に思わず暮らしていた。
雨季にはよく雨が降り、時には雹が降り、停電したり、断水したり、洗濯物が乾かなくて困ったりもしたが。

国土は日本の3倍の広さだが高山や砂漠など人が住まない場所も多い。人口は私が行った頃は日本より少し少なかったが、平均年齢が若い国なので人口が増えて、現在では日本より人口が多い。

基本的に農業国で農業に従事している人が多い。
経済は急成長しているが人口が多いので行き渡っておらず、 貧富の差はある。特に首都アディスアベバではそこが極端でべンツを乗り回す人も道端で寝る人もいる。

日本で言うと終戦後の昭和二十~三十年代はこんな雰囲気だったのだろう。昭和四十年代生まれの私はその時代を体験しているわけではないが。
後に八十代の父がエチオピアに来たので、高度経済成長期の日本に似ていないか、と聞くとそうだと思う、と言っていたので間違いないはずだ。
アディスアベバでは高層ビルが建ち並び電車が走っている。でも地方に行くと非常に貧しそうなところもある。現在も世界最貧国の一つである。

日本とエチオピアとロシアはその場所の特徴や歴史から似ている点が多い。
まず日本はアジア文化圏の東端。
エチオピアはアフリカ文化圏の東端、
ロシアはヨーロッパ文化圏の東端。

日本もエチオピアもロシアも基本的にあまり恵まれていない農業国である。
日本は山の多い島国で広い平野部が少なくて効率が悪い。
エチオピアは高地で乾燥していてこれも広い平野部が少なく雨が降らないと干ばつの危機にさらされる。
ロシアは冬が長く厳しく条件が悪い。

日本は海で隔てられて他国の征服を受けず、
エチオピアは高地で攻めにくいため植民地化されず、ロシアは攻められても冬の厳しさで敵が諦めて征服されなかった。
日本には天皇、エチオピアには皇帝、ロシアにも皇帝がいた。3カ国とも長い伝統と文化と言語と文字を持っている。

一つの文化圏の東端であるということは西洋文明との出会いが遅くなる。
西洋のルールの飲み込みが苦手で、自分の国でやってきた独自の文化を誇りに思っているからプライドが高くて、かつ国際政治の中で自分の立ち位置がよくわかっていなくて時々暴走する。

そういう点が似ていると私は思っている。




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