Doodle on the wall(壁の落書き) 第6話 パリ、モンマルトルの片隅で
◆あらすじ
Doodle on the wall(壁の落書き)一話完結、短編シリーズです。
今作は第二次世界大戦前のフランス、パリ、モンマルトルの路地裏から始まります。そこで出会った幼馴染の男の子ジルと女の子クロエ。その時ともに9歳だった二人は路地裏の壁に、二人の名前と絵を描き、永遠の愛を誓います。
しかし、戦争が二人を引き裂きます。
この物語は、壁に残された落書きが戦前、戦中、戦後、どうなっていくのか、そして幼馴染の二人の結末は……。
今作は壁に描かれた落書きとともに描くラブストーリーです。
パリ、モンマルトルの片隅で
◆1933年 ある日の夕暮れ
パリ、モンマルトルの裏通り、
家と家に挟まれた狭い路地裏、
そこは幼い二人の秘密の場所。
そこに、幼馴染の少年ジル、
そして、クロエがいた。
ともに9歳の二人は、その秘密の場所で永遠の愛を誓った。
それは幼い、可愛らしい誓いだった。
「クロエ 大好き!」
「ジル、アタシも大好き!」
「クロエ、大きくなったら結婚しよ」
「うん、ありがと。でもジルはカッコいいから心配なの。ホントに誓えるの?」
「わかったよクロエ、それじゃこの壁に二人の愛の誓いを書くよ。」

「左はぼくジル……、右の女の子がクロエだよ。名前も書いておくよ」
「え~アタシの顔、プチプチなあに?」
「クロエのソバカスだよ、カワイイよ。」
「本当?こんなソバカス、カワイイの?」
「うん、クロエのソバカスもカワイイよ。」
「嬉しい…。ねえジル…、アタシね、鳥さんが好きなの。良かったら小鳥さんも描いてくれない、」
「ごめんクロエ、鳥さんの絵は難しいよ、ボク、絵、へたっぴだし…、ボク、小鳥さんは描けないよ。」
「そっか〜、じゃ仕方ないね。」
「その代わり、ハート♡を書くよ。大好きなクロエの為にね。だからボク、毎年クロエの誕生日にハートを書くよ。毎年毎年1個ずつ書くからね。」
「毎年?」
「そうだよ、それでハートが10個になったら結婚しよう。」
「うわぁ~ジル、素敵!アタシも好きよジル!愛してるチュッ✘✘✘」
◆1934年 ハートが2個になった。
「クロエ、10歳おめでとう!大好きだよクロエ」
「アタシも好きよ、ジル!」
◆1935年 ハートが3個
「クロエ、11歳おめでとう!大好きだよクロエ!」
「私も大好き、ジル!」
◆1936年 ハートが4個
「クロエ、12歳おめでとう!愛してるクロエ……。」
「私も愛してるわ…ジル!」
◆1937年 ハートが5個
「クロエ……13歳おめでとう!とても綺麗だよクロエ……、愛してる……ジュテーム✘✘✘」
「あぁ〜ジル……、愛してる…✘✘✘」

◆1938年 ハートが6個
「クロエ、14歳おめでとう!本当に綺麗だよクロエ……、愛してるよ✘✘✘」
「ジル、嬉しい……、私も愛してる……✘✘✘」
◆1939年 ハートが7個
「クロエ、15歳おめでとう!愛してる…クロエ✘✘✘」
「あぁジル……愛してる✘✘✘」
◆1940年 ハートが8個 この年、6月3日……ナチスドイツ軍により、パリは占領された。
「クロエ、16歳おめでとう!クロエ……、ボクのクロエ……、美しいクロエ……、ボクは君の全てがほしい……。いいだろ、クロエ……、愛してるよ✘✘✘」
「ジル…ジル…ジル……、嬉しい…。愛してるわジル✘✘✘」
その日、2人は初めて結ばれた。
2人は16歳だった。
◆1941年 ハートは9個

「クロエ、17歳おめでとう!愛してるよクロエ」
「ありがとうジル、私も愛してるわ。」
「クロエ……、実は話があるんだ……。」
ジルはクロエの顔を両手で包むように触れ、瞳を見つめた。
クロエはジルからのプロポーズ、結婚……、たぶん結婚の申し込み……、そう確信した。
ジルは真剣な眼差しで言った。
「クロエ……ボクも17歳だ……。もう子供じゃない……」
「…うん……。もう大人よ……。」
「ボクは……ボクは………、」
「……うん……」
「ボクはナチスドイツと戦う」
「えっ?」突然の告白にクロエは固まってしまった。
「レジスタンスの仲間になったんだ、だからしばらく会えない……。」
「ジル……ジル……なんで……なんで…なんで、危ないよ……」
「わかってくれクロエ、ボクはヒトラーを倒す、ドイツを倒す、そして大好きなパリをクソドイツから取り戻したいんだ!」
「で……でも……、危ないよ…死んじゃうよ」
「もちろん命がけさ、でも男には戦わなければならない時があるんだ!だいじな物を守る戦いなんだ……、ボクはクロエ…、君を守りたいんだ!」
「イヤイヤ、守ってくれなくてもいい、だからだから……そうだジル、このままどこか逃げようよ、もうすぐ父と母が親戚のいる南のアビニヨンに避難するらしいの。ジルも一緒に行こうよ。」
「クロエ……、君は逃げてくれ…、ボクは戦う!」
「イヤ、私一人じゃイヤよ!」
クロエは泣きじゃくりながらジルの厚い胸にしがみついた。
「ジル……、戦争が終わったら……、この壁の前で会おう……、そして……結婚……しよ。」
「イヤイヤ、一緒にいて……」
「ボクは……ボクは……必ず帰ってくる!」
「ジル…ジル…」
「あぁ〜泣かないでクロエ……、だから待っててくれ……、愛してるよクロエ……」
「………ジル……、約束よ……、必ず必ず帰ってきて………✘✘✘」
「クロエ……、ボク達の愛は永遠に変わらない……、愛してるクロエ✘✘✘」
◆1942年 ハートは9個のまま……

◆1943年 ハートは9個のまま…… パリはいまだナチスドイツの支配下
◆1944年8月初旬 ハートは9個のまま
ジルはナチスドイツを倒す為、レジスタンス活動にのめり込んでいた。
レジスタンスは正規軍ではない、
地下活動が主な任務だ。
ナチスドイツの武器輸送車を破壊する、
軍用列車妨害の為、線路や橋を爆発する、
敵の情報を探るべくスパイもどきの活動、
などなど、あらゆる妨害工作を試み、時には危険な任務もあった。
そして、何人も仲間が敵の犠牲になっていた。
ジルの戦いはもう3年以上続いていた。
そして………1944年 8月
ジルは逃走中、敵の銃弾を受けて致命傷を負ってしまう。それでもなんとか命からがら逃走し、パリ、モンマルトルのある所に潜伏していた。
ジルを助けてくれたのは同じレジスタンスの仲間、バルバラだ。
バルバラ……
彼女は女性ながら若きレジスタンスの戦士だ。
ブロンドの髪を少年のように短く刈り込み、顔は日に焼けている。
バルバラとジルはもう1年以上、ともに戦ってきた。ともに幾多の困難、ピンチを切り抜けてきた同志だ。
そして今、
バルバラは致命傷を負って歩けないジルを背負い、引きずり、モンマルトルの路地裏に身を潜めていた。二人は倒れ込んでいた。
『連合軍のノルマンディ上陸作戦が成功した、パリ解放は近い!』
先日、そのニュースが二人の耳にも入ってきたばかりだった。
そのニュースに仲間が沸き立った。
もうすぐだ!
あと少しだ!
そして今、
ジルとバルバラが潜伏したモンマルトルの裏通り、
そこはジルにとって懐かしい場所だった。
いつの間にこんな所に……、
俺は何かに呼び寄せられたのか……、
ジルは懐かしい落書きを見つけた。
「ジル、何見てるの?」

「ああ~バルバラ………ごめん……。この街は……昔……俺が住んでたんだ……懐かしいよ……。」
「この壁の絵……、カワイイね。」
「フフ……、子供の……落書きだね。」
「私なら鳥を描くわ。」
「鳥?バルバラ……バルバラ、鳥が好きなのか?」
「そう好きよ。鳥はどこまでも飛んで行ける、国境がないの……、自由なの。私にとって鳥は愛と平和そのものね。カワイイ小鳥、今度描いてあげる……。私、見かけによらず上手いんだから。」
「そうか……、俺には鳥の絵なんて……難しくて……描けない……ウグッ〰️」
「あっジル!血が!」
「だ……大丈夫だ……ウグッ〰️」
「ジル、すごい血が!」
「俺……もう……ダメ……かもしれない……」
「ジル、ジル……、こんなひどいケガだなんて言ってなかったじゃない!なんで我慢してたの!早くどっか医者探さなきゃ!」
「もういいんだバルバラ、……もういいんだ……それに今から医者なんて探せない……」
「諦めないで!」
「グワッ〰️ウグ〰️」
「ジル!ジル!ジル!血が血が血が……、どうしようどうしよう、…神様、神様、助けて…」
「バルバラ……、お願いがあるんだ……」
「な……なによ……、こんな時に無理よ……」
「さっきの壁……、あの壁に描いてほしい……」
「なによ……何描くのよ……」
「未来……、俺達の……未来……。」
「私達の未来?」
「聞いてくれバルバラ……、俺は……子供がほしかった……、女の子がいいな……、カワイイ女の子……、そうだなウグ〰️〰️、名前は……アン、アン……アンがいい。ウグ〰️ッ」
「わかったわかったから……、今は逃げよう!ジル…死んだら未来はないのよ、ジル、生きて、生きるのよ!」
「アン……女の子……、アン…だ」
「元気になったらジルの赤ちゃん、いくらでも生んであげるわよ!カワイイ女の子のアンちゃん、生んであげる!だから病院行くわよ!」
「バルバラ……、パリ……パリがフランスに戻ってきたら……、いつか……いつか……、必ず描いてくれ……。俺達二人の……未来……」
「ジル、ジル、愛してる……だから死なないで……」
「しっ!足音がした……………。」
「ナチだ……、俺はもう……逃げられない……、バルバラ……、君は…君は逃げろ!」
「ジル…ジル、ここまで一緒に戦ってきたのよ、私一人、逃げるわけにはいかない……、ジル……、私はジルを死なせない、ジル……、愛してるの」
「バルバラ……」
そう言ってジルは目を閉じた。
「ジル、ジル、ジル!」
ジルはもう返事をしなかった。
「ジル……、血が!血が!ジル、絶対死なせない、…………、神様、この人を助けて……、ああ~ジル、ジル、どうしたの?返事して、嘘でしょ、ジル、ジル、目を明けて!ジル目を明けてよ!私、ジルを一人にしない、死んでも死なせないから……」
ぐったりしたジルをバルバラは肩に担いで歩き出した。
ピピーーー!ピピーーー!
近くでドイツ兵士の笛が響いていた。
◆1944年 8月25日……この日、連合軍により、パリは解放された。

◆1945年 4月 ドイツ敗戦
◆1945年 7月 パリ……
夏の陽射しがパリに降り注ぐ。
パリは街の人々の明るい歌声と笑い声で溢れていた。
そんな歌声も微かにしか届かないモンマルトルの裏通り……
クロエは久しぶりにモンマルトルのあの壁の前に帰ってきた。
ジル……、戦争は終わったのよ。
パリは開放されたよ。
ジル……、ジルのおかげよ……。
ジル…、どこにいるの?
ジル…、生きてるの?
私は帰ってきたよ。
愛してるわ……ジル……。
ジル…、思い出の壁に二人の愛の証を残しておくわ。

この絵はあなたの娘、セシルよ……。
下手だけどかわいく描けたでしょ。
でもホントにカワイイんだからね。
会いにきてね……、約束よジル。
◆1946年 ハートは9個のまま…
ジル……、あなたはどこにいるの?
ジル…、あなたがいないパリ…
ジル…、あなたがいないモンマルトル…、
それは…私達のパリでもモンマルトルでもないわ。
ジル……、生きていて……。
◆1947年 ハートは9個のまま…
ジル……帰ってきて……、お願い…。
あなたの娘、セシルが待ってるのよ。
まわりの人達、もうあなたは戦死したって言うの……、
そんなの嘘!
私、私は信じない……。
だから……だから…早く帰ってきて……。
◆1948年 ハートは9個のまま…
ジル……、もう戦争が終わって3年以上経つのよ。
ジル……、娘のセシル…だいぶ大きくなったわよ。
でも二人だけの生活は大変なの……。
今はその日生きるのに精一杯なの。
ジル……、あなたがいれば……。
ジル……、
やっぱり……もう………。
あなたは……帰ってこないのね……。
こめんなさいジル……、
私、もうこれ以上……待てないかも……。
ごめんなさい……。
◆1949年11月ハートは9個のまま…
クロエは25歳になった。
パリ…モンマルトル…11月………
路地裏には赤や黄色、オレンジの枯葉が舞っていた。
ジル……、あなたは今、どこにいるの?
戦争が終わってもう4年も経つのよ。
なんで帰ってこなかったの……?
やっぱり……もう……、
それでねジル……、
あなたに報告があるの……。
ジル……、ごめんね。
私……、エドガーと結婚する事になったの。
エドガーはアメリカ人なの。
とてもいい人よ。
それで……来月にはアメリカに行く事になったの。
だから…パリとサヨナラする事に……。
それにジル……、
私、エドガーとの間に子供もいるの……。
名前はレオ、男の子よ。
だから……ごめんなさい、ジル……、
許して……ジル……、
サヨナラ……ジル。
そうしてクロエは思い出の壁に絵を描き足した。

◇
◇
◇
◇
◇
そして年月は流れた………
◆1962年 秋……
クロエは枯葉舞うモンマルトルの街を歩いていた。
そして、娘セシルは母、クロエの横に寄り添っている。
クロエはあの思い出の壁を探していた。
クロエは38歳になっていた。
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「この辺もだいぶ変わってしまったわ。もうあの壁もないかもしれないわ。」
モンマルトル……
懐かしいモンマルトル……、
ジル……、幼い頃、あなたとよくこの辺で遊んだよね。
イタズラもいっぱいされたけど、でもやさしかったね。
初めての手つなぎ……、
初めてのキス……、
思い出すと今でもドキドキするよ。
二人とも可愛かったね。
今でも覚えてるわ……。
ジル……、ホントに好きだったのよ。
ジル……、今日はあなたの娘、セシルも一緒よ。
セシル……、綺麗でしょ。
もう20歳になったのよ。
ジル……、あなたにも見せたかった……。
「あっ、あった!まだあった!ここの壁だわ……。」
まだジル…、あなたの落書きが残ってるなんて……
ああ~、ジル…、
これって……、この絵って……、
そうよね……、
この絵、ジルが描いたのよね。
すごい……増えてる……!

ジル…、生きてたのね……。
そして……幸せになれたのね。
バルバラ……?あなたの横にいる人はバルバラって人なの?
きっと素敵な女性なんでしょうね。
そしてジル……、
あなたにも娘がいるのね。
アン……、アン…、て書いてある……。
アン……、素敵な名前ね。
あなたに似てきっと美人なんでしょうね。
でも…良かったジル……。
本当に良かった……。
ジル……、壁のハートは9個のままだったけど、
でも……これで……これで良かったのよね。
ジル……、ありがとう。

「ママ、真ん中にいるのが私?セシルって書いてあるよ。」
「そうよ、このセシルはママが描いたのよ、」
「ウフフ、カワイイ!それじゃセシルの手を繋いでるこのジルって人が私の本当のパパなの。」
「そうよセシル、あなたのパパよ。」
「ジル……かぁ~、カワイイねパパ。」
「ウフフ、だってこの絵描いた時、まだ9歳だったんだもの。」
「そうなんだ……、あっママ〜、鳥さんも描いてるね。」
「あらホント、すごい上手この鳥さん。ジル……、鳥さんまで描いてくれたのね。ボクは鳥の絵は描けないってあんなに言ってたのにね。ありがとうジル…。」
クロエとセシルは手を繋ぎ、その壁の絵を見つめた。
その二人の足元を枯葉が舞っていた。
「ジル……、これでお別れよ。」
クロエは壁の絵のジルを撫で、そして最後に壁のジルにキスをした。
そしてジルが手を繋いでいる壁の絵のアンにもキスをした。
これでお別れね……。
さようなら……ジル……。
さようなら……パリ……。
さようなら……モンマルトル……。
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