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正論に疲れている

正論を読んで、
疲れたことがある。

いや、読んで、ではなく、
言われて、かもしれない。

上司から、ふとした場面で。

正しいとわかっている。反論できない。

でも、どこか引っかかる。

素直に「そうだよね」と
言えない自分が、少し嫌になる。

自分が弱いのかと思う。
心が狭いのかと思う。
ただ疲れているだけなのかと思う。

でも、たぶんそうじゃない。


noteを開くと、
正論についての文章が
やけに多い気がする。

「正論は人を追い詰める」とか、
「正論は現実を知らない」とか。

読んでいると、少し楽になる。
そうだよな、と思う。

でも、しばらくすると気づく。

正論を批判する文章も、
また一つの正論になっている。

正論はよくない。
人には事情がある。
共感のほうが大事だ。

この主張も、
「こうあるべきだ」
という形をしている。
つまり別の正論だ。

正論への反論が、
また新たな正論を生む。
その流れが、延々と続いている。


なぜそうなるのか。

たぶん、正論を書く人も、
不安なのだと思う。

「こうあるべきだ」と書くことで、
自分の中の揺らぎを固めようとしている。

正論は他者への説得である前に、
自分自身への言い聞かせかもしれない。

疲れている人が正論に反発するのも、
正論を書く人が正論を必要とするのも、
根っこは同じだ。

みんな、曖昧な世界の中で、
何かに掴まろうとしている。


そう考えると、
正論に疲れる自分を、
少し責めなくていい気がしてくる。

受け取れなかったのは、
弱いからじゃない。
その正論が、
今の自分の不安とぶつかっただけだ。

そしてその正論を書いた人も、
きっと似たような場所にいる。


どうやら私もまた、
一つ正論を書いてしまったようだ。

今回は、
疲れているあなたと、
同じ場所から書いた。

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