ヒロイン失格(4/7) 蓮華11歳、劣等感と優越感
カツカツ、カツカツ。
先生の板書の音がカツカツ響く。黒板を見ると、まだ男子アンカーは決まっておらず、皆、ざわざわとしていた。
「はい、先生」
すると後方に座っている男子が手を挙げた。
「お、飯山君、誰か推薦するの?」
彼はすっと立ち上がると、冷たい表情でこう告げる。
「いえ、違います。えっと、さっきから、天川君が机の下でずっと漫画読んでいます」
しーん。
一瞬にして教室が静まりかえる。
天川京一。
天川とは、京くんの苗字のこと。
「チッ……」
京君は迷惑そうな顔で彼を睨みつけた。
私の背中にきゅっと力が入る。
「はい。天川君、漫画読んでるって本当?」
張りのある先生の声が教室に響く。
「べつに」
「はぁ、あのね天川君。今みんなでリレーのメンバーを決めているの。君達のことよ、どうしてそんな態度をとるの?」
けっして威圧的でない。
でも沈黙のまま終わらせない強さが滲む。
「べつに、僕は興味ありません。リレーも運動会も、クラスの皆にも」
「天川君!」
心臓がドキンってするほどの大きな声。
「どうしてあなたはいつもそうなの? みんなで決めてるのよ、みんなのことよ、そんなにクラスのことに興味がないなら一人で廊下に立ってなさい!」
厳しく告げられると、京くんはガタンと椅子を引いて教室を出ていった。ガラガラ、パタン。扉を閉める音が静かな教室に響く。皆の話し声はピタリと止んだ。
どうしよう……。
私は、京くんのために何か言いたいと思った。
ふと言葉が浮かぶ。
「……先生、あの、天川君はその、お母さんいないから、たぶん運動会……嫌いだから」
最後は消え入りそうな声になる。
先生は私の言葉にハッとした。
「そうだったわね。だからあんなに不機嫌な態度をしていたのね」
それからハッキリとした言葉で告げる。
「でもね、ここは学校なの。いろんな境遇の人たちが集まって、みんなで学ぶところ。私は先生として、天川君に厳しく言わなければいけない。大丈夫よ、彼には後で先生からしっかり話しておくから。今は残りの選抜メンバーを決めましょう」
厳しい表情を崩して元の落ち着いた顔に戻る。
「はい、じゃぁ残りのメンバーを決めましょう。誰かいない?」
「……」
私は今嘘をついた。確かに京くんのおうちにお母さんはいない。でもそれが、あんな態度を取った本当の理由じゃない。
お母さんは、もうずっと昔、4年くらい前に亡くなっている。京くんはそのことをとっくに心の中で消化している。京くんがあんな態度をとったのはもっと別の理由。
そう。
小学生の脚の速さなんて、特別に走り方のレッスンを受けていない限り、背の高さや脚の長さで決まるんだ。京君の背丈は男子の前から2番目。京くんはとっても脚が遅かった。
嫌なんだ、きっと。自分が選抜メンバーに選ばれないって現実を、みんなの前で突きつけられてしまうことが。物凄く負けず嫌い。リレーなんて一瞬で終わってしまうし、そんなコト気にしなければいいのに。
しばらくした後、窓際に座っている男子が手を挙げる。
「はい、先生、男子のアンカーは天川君がいいと思います」
「え……?」
私は耳を疑った。どうして今の流れで京くんの名前が挙がるのだろう?京くんは脚が遅いし、運動神経だってあんまり良くない。選抜メンバーと一緒に走れば、次々に追い越されて順位を落し、きっと最下位になってしまう。
「あ……の……」
私は何かを言おうとして、言葉が出ずに口をぱくぱくさせた。
「いいんじゃない。あいつに走らせようぜ。自業自得ってことで」
あちこちから、みんなの囃し立てる声がする。京くんを馬鹿にするのは男子達だ。
「え~っ、天川くん? それじゃ勝てないじゃん。アイツ脚遅いよねぇ?」
女子の声はほとんどが彼を嫌がる声。でも最後には男子も女子も合わさって面白おかしく囃し立てる。
「いいじゃん、恥かかせちゃえ。琴野まででトップ取っておいて、アンカーのアイツでビリッケツにさせようぜ!」
「あ、それ面白そう! 賛成! 賛成!」
教室のあちこちで、ここにいない京くんを馬鹿にし始める。廊下に出されているとはいえ扉は薄い。きっとみんなの声が聞こえているはずだ。京くんを追い詰める会話が、彼のいない教室でどんどん広がっていく。誰も止めようとしない。
チリッ!
私の中で火花が散った。
なんで?
ねぇなんで?
火花が目の前でチカチカする。先ほどまで、京君との空想に耽っていたからだと思う。私はクラスの皆の反応が理解できない。
蓮華「ねえっ!」
ばんっ!
私は机を叩いて突然立ち上がった。
なによ!
どうしてよ!
みんなどうしてそんなこと言うの?!
私の心が勝手に先に進んでしまって、頭の中にある気持ちを上手く言葉にできない。立ち上がってはみたものの、相変わらず口がパクパクするだけだ。それなのに次々と気持ちが溢れ出して息苦しくなる。
ポロリ。
涙が零れた。
あれ……?
なんで?
今度は、自分自身に疑問をぶつける。
私、泣いてる?
別に泣きたくないのに、涙が出てしまったことが不思議だった。頭の中にある圧迫感が、涙を無理やり押し出してしまったのだろうか? 先程までの夢想と相まって、私の感情が高ぶっている。ここは泣くところではないし、怒るところでもない。頭の中で分っているのに、感情が抑えこめない。
「みんなっひどいよっ、天川君が走るの苦手なの知ってて、そんなに嫌いなの? みんなそんなに天川君が嫌いなの? 天川君推薦した人誰よ! だい嫌いっ!」
涙が出た理由も分からないまま、心の中にある気持ちに従い叫ぶ。そうすることで、ますます感情がコントロールできなくなってゆく。私の突然の泣き声に女子達は驚いた。男子達は困惑した。知るもんか。彼を馬鹿にしたみんなを許さない。
突然大声をあげて、そして涙を零した私にクラス中が注目した。教室の中は、誰も私語をすることなく、しぃんと静まり返っていた。
この日、終礼は委員長である私の挨拶が無いままに終わった。帰り道のことをよくは覚えていない。ただ、何人かの女子が私のところに来てくれて、泣きながらゴメンって言ってくれた。すごく辛そうな顔をした男子が何人もいた。
結局、リレーのアンカーはクラスで一番脚の速い須藤君に決まった。明日から放課後の練習が始まる。京君のいないメンバーで。
後に私は知ることとなる。
クラスの大半の男子が私のコトを好いていてくれたこと、大半の女子が心に秘めたそれぞれの想いを私に踏み潰されていたことを。それなのに私が一度も女子からのイジメに遭わなかったのは、罪深いほどに優れた容姿があったからだ。
私は泣きながら、本当は、気持ちよかった。泣いて叫ぶことで、気持ちがどんどん高ぶっていった。なぜなら、私だけが京くんの味方をしていたからだ。クラスの皆が京くんを嘲笑して、私だけがそれを否定する。あの瞬間、その構図が確かにあった。
私は京くんを独り占めした気持ちになれた。私の心の中に気づく人は誰もいなかった。そして、廊下に一人立たされた京くんの気持ちにも気づかなかった。後に私は強制的に思い知らされることになる。
私が触れてしまったモノは、京くんの心の奥深くに眠る大きな大きな劣等感だった。
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「蓮華のステータス」
1,残り時間 :5年間と9か月
2,主人公へ向けた想い :初恋レベル
3,希望 :★★★★★
4,得意分野 :かけっこ、ぶりっこ
5,不得意分野 :主人公と皆の気持ち
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つづく
