『第4幕 自律編22』 後攻、悪役(後半)
トン
京一はコートに転がるボールを爪先で軽く突いた。ボールは30センチほど跳ねると、京一の足の甲に器用に乗った。
京一「次は、そっちの攻撃です」
タン!
淡々とした表情でそう告げると、相手にボールを蹴り渡す。
トスン……
竜二「てめぇ、調子に乗りやがって、絶対ブチ泣かすからな」
京一「……」
そう凄んではくるが、京一は彼が怖くなかった。この中で最も筋肉質な体格をしているが、その身体はバスケに向いていない。彼の動きは、他の二人に比べてワンテンポ遅い。ルール違反の投打に注意しておけば、無難にやり過ごせる。
竜二「チッ!」
トン!
竜二はボールを芳にパスする。南商業の3人の中で最もバスケに対する素養があるのは彼だ。
オシャレ坊主で、後頭部には放射状の鋭角的デザインのタトゥが施されている。その風貌は、総合格闘技で暴れ回る南米の選手を想像させた。
タンタン、タンタン
タンタン、タンタン
芳はボールをバウンドさせながら、パスを出す相手とタイミングを見計らう。伸悦や竜二にパスするためじゃない。ボールを投げつけ、相手をぶっ潰すためのタイミングを、だ。
洋一「……」
浩之「うぅ……」
洋一も浩之もまだ恐怖心が解けていない。不用意にボールを受けないよう身を閉じ、全身をガタガタと震わせている。はた目から見ても憐れなほどに怯えたままである。
一方、あまりに臆病で用心深い二人に、投げつける先のない芳は苛立った。
芳「チっ!」
ビクンッ!
大きな音をさせた芳の舌打ちに、洋一が身体をビクンと反応させる。そこに隙ができてしまった。
ニヤリ
芳の表情が僅かに緩む。獲物を見つけた肉食獣のような顔と雰囲気だ。先ほどまで芳の視界に入らないよう、伸悦や竜二の陰に隠れていた洋一であったが、一瞬足が止まってしまい、己の姿が露わになったのだ。憐れ洋一は、芳の視界に捕らえられてしまう。
ギュン!
芳はすかさずボールを洋一の顔面めがけて投げつける。そしてその瞬間を伸悦と竜二が待っていた。二人は洋一めがけて突っ込んでくる。
伸悦「へへ!」
竜二「待ってたぜ!」
洋一「ひっっ!」
情けない悲鳴である。まるでネコに噛まれる直前に発する、ネズミの断末魔のような声だ。だがこの場に、ここまでの流れを読んでいた人間が一人だけいた。
京一「ハッ!」
京一は彼らの様子を冷静に観察していた。そして、芳が洋一にボールをぶん投げた瞬間、すばやく前方に跳躍した。
京一は理解している。南商業の3人はバスケをプレーしていない。これはリンチだ。京一や洋一、浩之をいたぶり、ブチ殴るためだけのリンチなのだ。
故に、彼らの行動は《読みやすい》。
京一は初めからオシャレ坊主の芳が、洋一にボールを投げつけることを知っていた。いや、知っていたというより、仕向けたというほうが正しかろう。京一はあらかじめ、もう一人の仲間である浩之を自分の背中に隠し、浩之へ向かう芳の視界を塞いでいた。
芳は浩之めがけてパスを出せない。出したところで、京一にインターセプトされてボールを奪われるだけであるからだ。そう、そうなのだ。京一はあえて洋一にパスが出るよう仕向けたのだ。
パン!
鮮やかなパスカット。京一がボールを奪い取る。
芳「なっ! クソがっっ!」
竜二「芳っ何やってんだよ!」
芳「うっせぇ! 仕方ねーだろ!」
伸悦「チッ!」
予想外の京一からのインターセプトに、南商業の3人は苛立つ。
ダン!
そんな彼らに構うことなく、京一は素早くゴールリング下に切り込むと、そのまま鮮やかなレイアップシュートを決めた。
パスン!
「おお!」
再び、フェンスの外から歓声があがる。皆、一方的に上級生が下級生を蹂躙する場だと思っていた。だが、思いのほか中学生軍団が健闘するため、ギャラリーが集まり始めたのだ。
伸悦「なんだよ、アイツらうぜぇなっ」
伸悦は毒づきながら外野を睨みつける。すると竜二が伸悦のそばに歩み寄って耳元で何かをささやいた。
ザっ、ザっ、ザっ
すると伸悦はボールをコントロールする京一のもとへと歩み寄る。
グイっ!
それからいきなり、京一の胸ぐらをギチギチと締め上げた。着ていたTシャツの首回りが締まり、呼吸が難しくなる。
京一「ぐっ……」
ドン!
伸悦は京一の首回りを締め上げた後、弾き出すようにして地面に叩きつけた。京一は即座に受け身をとって立ち上がろうとした。その刹那だ。
ダダダ!
ドカンっっ!
思いっきり走り込んできた竜二の蹴りが、勢い殺さぬままに京一の右脇腹に入った。
京一「ガッっ!!」
激しい呻き声を上げてその場に蹲る。油断していたため、腹に力を入れていない。まったくの無防備だった。その衝撃は痛いんなんてものじゃなかった。
息ができない。
グラリ。
痛みで視界が暗くなる。身体をくの字に曲げて地面に座り込む。全身の毛穴から脂汗が噴き出す。はぁはぁと荒く呼吸する。痛みが肺の動きに併せて増幅してゆき、なかなか引かない。
竜二「ハァーッハハ! 入ったぞ。いいヤツが!」
乾いた笑いで京一を見下ろしながら勝ち誇る。
「ひっでぇー、なんだアイツら」
外野から非難の声があがる。
伸悦「チっうっせーな! 誰だよ文句垂れた奴は!」
外野たちは、伸悦に睨まれると下を向く。目を合わせないようにしているのだ。ここにいる3人には誰も逆らえない。南商業高校はこの辺一帯では最も荒れた学校である。学校を仕切っている彼ら3人にターゲットにされてしまうことは避けたいのだろう。
芳「ヘッ、面と向かって文句1つ言えねーヘタレが、黙ってろ!」
そういいながら地面に唾を吐きつける。
伸悦「おい天川、さっさと起きろ。試合続けるぞ」
試合続行を命令する。
京一は立ちあがれなかった。これは試合なんかじゃない。リンチだ。いくらこっちがまともな試合をしようとしても、技には暴力で返される。年齢も上だし、怖いバックも控えている。
彼らに勝って3 on 3のゲームを終えることなんてできないのかもしれない。コーチはなぜこんな場所で戦ってこいなんて言ったのだろう。京一の頭の奥がジリジリし始める。
京一「……」
このままでは母親の写真を奪われる。あの写真は大切なものだ。幼い京一と今は亡き母との二人だけの記憶なのだ。誰にも汚されたくはない。
それを彼らに奪われている。この試合に負ければそれを焼き捨てられる。いや、最初から負けるように仕組まれている。暴力と恐怖によって。
理不尽だ。
……。
京一は後頭部のあたりが怒りでチリチリと焼けてゆくことを感じた。このまま奪われてしまうのか? なす術もなく大切な母の写真を奪われ、焼かれてしまうのか?
そしてそれを許してしまうのか? 母のことを思い出すたびに今日のこの屈辱が蘇るのか? 記憶の中に何度も何度も何度も。
こんな奴らのために!
京一「ふざけんなっっっっっ!」
クレーコート全体に響き渡る大声で叫ぶ。あまりの強烈さに3人が驚く。
伸悦「なんだ、てめぇ」
伸悦が京一の胸ぐらを再び掴もうと右腕を伸ばした瞬間だった。
京一「あんたらは何賭けんだよっ!」
フェンス外にも聞こえる大声で叫ぶ。
──次回、
真にヤヴァイ奴、登場
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