『第4幕 自律編21』 後攻、悪役(前半)
次は、南商の3人からの攻撃だ。芳がボールを受け取ると、バウンドさせる。
タンタン、タンタン。
意外とボールの扱いが上手い。京一は冷静に相手の実力を読み解いてゆく。今度はこちらがディフェンスだ。
洋一と浩之をゴール下に待機させ、京一はボールを持つ芳の様子を伺う。ドリブルで突っ込んできたら、間合いを詰めて奪いとる。二人にパスを出すならば、そのコースをインターセプトすればいい。京一にはそれができるだけの瞬発力がある。
京一「洋一、お前は左にいる金髪をマークしろ」
洋一「う、うん」
頼りなさそうな返事だ。
京一はパスコースを遮る動きを期待した。だが、バスケに慣れていない洋一は、伸悦の傍まで無警戒に走り寄ってしまう。それは意図しない動きだった。
京一「バカっ!」
あまりに無謀な動きに思わず叫ぶがもう遅い。その瞬間、芳はニヤァと満面の笑みを浮かべた。
スパン!
伸悦に向けた矢のようなパス。だがコースは微妙に反れている。ボールの行く先には洋一がいた。
京一「あっ!」
敵の狙いに気づく京一。だがもう遅い。
洋一は不用意にもそのパスを受け取った。その瞬間である。
ドゴンっっっ!
伸悦はまったく加減することなく洋一の腹を蹴り飛ばした。光を無くした両目がコート上を線となって流れてゆく。
洋一「グェっっっっ!」
腹に力を入れていなかったため、衝撃が内蔵にまで伝わってしまう。ウシガエルに似た奇妙な呻き声だ。洋一は身体をくの字に折った。
洋一「がっ! うぁぁっっあっあっ」
まだ線の細い洋一は、よだれを垂らしながら苦しむ。強烈な痛みを伴う三日月蹴りが炸裂したのだ。仕方あるまい。
浩之「大丈夫っ洋一君!」
同じく枯れた木の棒のように線の細い浩之が、慌てて洋一の傍に駆け寄ろうとした。
クイッ!
しかし足元を竜二に引っかけられる。
ビタン!
浩之「あぐっっ!」
まったく受け身をとることなく、浩之はコンクリートに顔面から突っ込んだ。鼻頭を固い地面に打ち付け、顔を押さえて痛がっている。
芳「ハハハ! だっせー、こいつらヒデェ身体の動きだ。運動神経はまったくねーな」
竜二「ブワァ~カ、お前らクソガキが俺らに勝てるわけねーだろ!」
京一に3ポイントを鮮やかに決められ、気分の悪かった3人は、地面にうずくまる二人に向けて中指を突き立てる。
タタタ……
京一は地面に倒れ込んで苦しむ洋一の下に駆け寄った。
京一「大丈夫か?」
洋一「ウゲェェェェェッッ! ゲホッゲホッ!」
大丈夫ではないことくらい、分かっている。分かっているが、そう問いかけずにはいられない。洋一も浩之も、両手で身体を抱くようにして痛みに耐えている。初っ端から激痛を伴う恐怖攻撃を喰らってしまった。機先を制するとは、こういう事か。これが彼らのやり方なのだろう。
賭けバスケという名のリンチで、今まで何人の少年達がこうして地面に沈められてきたのだろう? 京一は奥歯をギリリと噛み締めた。伸悦、芳、竜二の三人は、手慣れた様子で自分達よりも弱い相手を見つけては、こうして嬲っているのだ。
高校生vs中学生。圧倒的な体格の違い。それだけじゃない、身体には奇抜なデザインのタトゥが彫られ、筋骨も隆々としている。圧倒的な強者である3人から、息が吸えなくなるほどの強烈な蹴りを喰らってしまえば、中学生の心はポキリと折れる。もはや洋一と浩之にまともな試合はできない。
芳はまったくマークのついていない自由な体勢のまま、ゴール下からレイアップシュートを決めた。スパンとゴールネットを揺らす心地よい音がする。
3人「ウェーイ」
ガツン、ガツン
3人は互いの両腕をぶつけ合う。
芳「おら、クソがギども、次はお前らの攻撃だぞ。さっさと始めろ。いつまでも休んでんじゃねぇ」
ドンッ!
ゴール下に転がるボールを蹴り飛ばす。
ギュアン!
突き刺さるような軌跡で飛翔して来るボールを、だがしかし、京一は片手で受け止めた。それから芳を幾ばくの間、睨みつける。
京一「二人とも立て」
視線は芳に据えたまま、ハッキリと声に出して告げる。「立て」と。地面に蹲る二人の背中を射貫くような叱咤である。
痛みを堪え、回復するだけの時間はあった。もう立てるはずだ。蹲ったままでいると、さらに彼らからの蹴りや拳が追撃弾として飛んでくるだけである。たとえ今は身体が痛く苦しくても、起き上がって戦わねばならない。あの3人はこちらの回復など待ってはくれない。
よろよろと立ち上がる洋一の顔は青白かった。
京一「よし……良く立った」
しかしこのままではまともな試合にならないだろう。二人は既に戦意を喪失している。どうすればいい? どうすれば彼らが再び戦う意思を固めてくれる?
分からない。
京一「洋一、浩之、お前ら身体が回復するまでは仕方ないから、試合する振りをしろ。相手に必要以上に近づくな。離れていれば、ボールに近づかなければ殴られることも蹴られることもない」
京一は二人だけに聞こえる程度の声で伝える。二人がまともに動けなければ1対3となる。さすがに京一でもその状況で戦って勝つことは不可能だ。でも今は仕方がない。
タンタン
タンタン
ボールを軽快にバウンドさせながら、京一は周りの様子を伺う。眼前では、派手な金髪を風になびかせる伸悦が立ちはだかっている。
前回のようにフリーで3ポイントを打たせてはくれないだろう。伸悦の背後には屈強な芳と竜二が仁王像のように立っている。洋一も浩之もしばらくは使えない。自分一人で彼ら3人を抜き去り、ゴール下まで行けるか? そう考えるより速く、京一は高速ドリブルで3ポイントエリア内へ切り込んだ。
ドン!
伸悦をフェイントで交わし、前方の竜二に向けて速度を緩めずダッシュする。
伸悦「チッ!」
スッ!
襲い来る彼の気配を背中で捕らえた京一は、素早く身をひるがえす。
クルン!
高速で突っ走った状態からの急旋回だ。
伸悦「なっ?!」
伸悦はその動きについていけず、前方に立っていた竜二とぶつかってしまう。
ガツンっ!
竜二「イテッっ!」
伸悦「野郎っ!!」
ブォン!
一方、残る芳の太い右腕が、京一の顔面めがけて飛んで来た。
ドカンっ!
それが京一の口元にぶち当たる。拳の骨と歯のぶつかる鈍い音がコートに響いた。
京一「くっ!」
痛い! とんでもなく痛い!
シュアンッ!
だがそれに怯むことなくその場でジャンプすると、京一は態勢を崩すことなくシュートを決めた。
パスン!
上手い。並の男ではない。京一のことだ。
伸悦「んだよっ!」
格下の中学生、天川京一を全く止められなかったことに3人は苛立つ。京一の口元は切れて血が滲んでいる。
京一「……」
奪われた得点は、奪い返すまで。此処はバスケのコート。京一のリングでもある。
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