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『第4幕 自律編20』 先攻、ヒーロー

伸悦「オイ、お前らそろそろコートに入って来いよ。モタモタすんな」

 南商業高校の3人は着ていたシャツを脱いで今は上半身裸だ。めちゃめちゃ筋肉質というわけではないけれど、浅黒く日焼けしてタトゥが彫られた身体は威圧感と同時に、絶対に近寄ってはならないという危険信号を発している。

京一「……はい。これから入ります」

 ジワリ、体の奥に染み込む不安。

 彼らを冷静に観察しつつ、京一は、自分一人でどこまで戦えるだろうと思う。

 だが、

スッ。

 顔を引き締める。

 バッシュに履き替え、試合モードへとスイッチする。


伸悦「先攻はお前からでいいぞ、天川」
京一「はい」

 長い金髪をビル風になびかせながら、伸悦は両腕をストレッチさせている。

 身長は京一より高く180cmを超えていそうだ。腕のリーチも長く、3人の中で一番尖っている印象がある。

 京一は奥歯をギュッと噛み締める。

竜二「フン、じゃあ、今日はあいつら3人をぶっ潰して、結果を太一さんにメールしとくか」

 3人の中で最も体格の良い竜二が、京一達を順番に睨みつけてゆく。

京一「(太一さん……か)」

 “さん”付けだから、『太一』と呼ばれた人が彼らのリーダーかもしれない。

 つまり3人には、さらに上がいるということだ。下手に怒りを買ってしまえば、報復の連鎖があるかもしれない。厄介な相手だ。

 僅かの時間ではあるが、京一は彼らの背後にまで思いを巡らせた。

伸悦「なぁ芳、おまえの弟って、アイツにやられたんだろ?」

 金髪はクィっとアゴで京一を指す。

芳「あぁそうらしいぜ。シュートが上手くて、ドリブルも超速ぇってさ」
伸悦「フン、じゃあまずはアイツからだな」

 二人はニヤニヤしながら京一の全身を舐めるように観察する。京一は逃げず彼らの視線を受け止める。きっと最初に自分を潰しにかかってくるだろう。開始後の展開が読める。それならそれでもいい。京一だってそう簡単にはやられるつもりはない。

 殴られたり蹴られたり、暴力に晒されることには慣れている。なぜならば、京一は小学生の頃よくいじめられていた。体格の大きな男児に組み敷かれて殴られることが度々あった。

 さらに中学生に進級しても、同級生達とつかみ合いの喧嘩になった。そのたびに唇は切れ、痣ができた。殴打の痛みは過去に経験してきた事柄の1つ。恐怖心を取り除けば、どうということはない。

 バスケのコートは京一のリング。負けるわけにはいかない。

京一「いくぞ」

 まだビクビクしている洋一と浩之に声をかけると、コートの中央へ歩いていく。覚悟を決めた京一の姿は無機質な線となってコート上に軌跡を残す。洋一と浩之の二人も慌てて京一の背中を追った。

伸悦「天川、お前のビビッてねーそのツラ、クソ生意気だな」

 金髪を風になびかせながら、伸悦が凄む。ビビらない姿勢が気に入らないのだ。

 一方、京一は彼とは目を合わせないようにした。無駄に挑発することはしたくない。自分にとって何の得もないからだ。


ドン

 金髪が地面に転がるボールを蹴とばす。

伸悦「じゃあ、お前からやれよ」
京一「……」

 ボールを受け取ると、京一は3ポイントラインの外側でバウンドさせる。

トントン、トントン

 一定のリズムで柔らかい音。

 京一のボールさばきは滑らかで、まるでボールと身体が一体化しているようだ。ボールを奪い取るのは容易では無い。敵対する南商業の3人もそれを感じ取る。

芳「じゃあ、ヤルか」
竜二「あぁ、殺ルか」

 不穏な言葉も音になれば棘は抜け落ちる。

ザッザッザ

 二人は洋一と浩之の傍までゆっくりと歩いてゆく。京一が彼らにパスを出せないよう1対1でマークするということだ。

京一「……」

 だが……、

 マークといえば言葉が優し過ぎるだろう。

 京一は冷静に彼らの態度と表情を分析する。間違いない。洋一、もしくは浩之に京一がパスを出した瞬間、彼らはボールもろとも二人の腹を蹴り上げる。薄ら笑いを浮かべた二人を見れば、この先の展開など容易に読み取れる。

 パスは出せない。

 一方、金髪を輝かせる伸悦は、フリースローラインの中央にドンと立ったまま、両腕を広げる。抜こうとすれば蹴りかパンチを飛ばすつもりだろう。互いの身体が密着する状況は避けるべきだ。

スッ

 京一は素早くバックステップする。

トン、トン、トン
2歩、3歩、4歩

 それにつられて伸悦が間合いを詰めてくる。

グン!

 その姿を捉えると同時に、詰めを上回る速度で京一はジャンプした。

タン!

 狙いをゴールリングに定める。

 伸悦の身体は京一に届かない。十分な間合いができる。空中に浮遊したまま、前方にそびえたつ赤いリングを見つめる。その瞬間、京一の手元から、何本ものボールの軌跡がゴールめがけて浮かびあがった。

シュン! シュン! シュン!

 まるで無数の光の線だ。

 こういう感覚は過去に何度か経験している。リングに向かう軌跡が脳裏に浮かび上がった時、シュートを外した記憶はない。京一は無数の軌跡の中で、最もしっくりくる1本を選択した。

 長距離射程の精密ショット。3ポイントシュートだ。

 両腕は上半身から切り離され、意思とは独立して動く精密機械のように柔らかくしなる。それから7号のバスケットボールを前方高くに打ち出した。

シュアッ!

 それは大きな円弧を描き、パスンと軽快な音を響かせゴールネットを揺らした。

芳、竜二「なっ!」

 二人が同時に叫ぶ。まさかいきなり3ポイントを放つとは思っていなかった。しかも鮮やかに決めてくるとは。

ドン!

 伸悦は間合いを詰めようとした勢いを殺すことなく、着地した直後の京一に体当たりした。もちろん意図的だ。

京一「グッ」

 わずかに呻き声を上げて、尻もちをつく。

トントントン、トトト

 ゴールネットを揺らしたボールは、そのままクレイコートの地面を転がった。

「おお!」

 フェンスの外から見知らぬ誰かの驚きの声があがる。

伸悦「チッ」

ガツン!

 伸悦は京一のくるぶしを蹴飛ばす。バスケの試合なら、退場もののラフプレーだ。だがここはストリート。そんなルールは存在しない。敢えて述べれば、力と恐怖がルールであろう。

 彼らの武器は、全身から放つ威圧感とそれに裏打ちされたラフプレーだ。萎縮した相手ならば、バスケの技術など大して必要ない。野太い声で凄んでみせれば、大抵の相手はビビって戦意を失う。心の折れた相手からゴールを奪い賭けに勝つ。それが彼らの基本戦術。

 だが、それが通用しない相手にぶち当たった場合、どうなるか? 恐怖を技で切り返してくる。京一に彼らの威圧感は通じない。


──次回、
  後攻、悪役


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