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【物語】お食事協奏曲

私は、珍しく早起きした。
まだ寝ぼけ眼の私に、母がおはようの前に言った。

「カフェに行かない?」

怒涛のお出かけ準備が始まった。
ばたばたと準備を終え、バタンと音を立てて車に乗り込み、カフェに向かう。目的地は、湖の畔にある小さなカフェだ。
母と2人、ドライブしながらカフェに向かった。

本日の湖は曇天。グレーな空と灰青の湖。
空と湖の境界線があいまいだ。
駐車場に着いたので車を降りる。ぼんやりした天気の中を歩いて、カフェに到着した。

扉を開けた瞬間、コーヒーの香ばしくて深い香りがふわっと香ってきた。このカフェのレトロな雰囲気は、私をリラックスモードにさせる。
木製の机と椅子、コーヒーの香り、静かに流れる音楽。すでに心の8割は満たされた。しかし、まだゆっくりしたい。

今日は、私のお気に入りの席が空いていた。
店内の奥にある席に迷わず進み、隅っこの席に座った。私のお気に入り席だ。木製の椅子は滑らかな曲線を描いて私を包んでくれる。母は、私の向かい側に座った。

ほっと一息ついた。

店内のBGMに耳を澄ませた。
知らない曲が流れてる。
フルートとピアノの可愛らしい曲だ。

春の長閑な草原を思わせる、晴れやかな曲だった。フルートの弾むようなスタッカートを聞きながら、ランチを選ぶ。

店員さんに注文している間は、ピアノの連符が続いた。急かされている気分になる。ごめんなさい、店員さん。私は急かしてないよ。

注文を終えてフルートの音色に聞き入っていたらコーヒーがきた。お気に入りのコーヒー、コスタリカ。華やかな香りと酸味が特徴的なコーヒーだ。

店内BGMのフルートの曲は、入ってきた時に流れていた春の長閑さを感じるテーマに戻った。

のんびりのんびり、ポットに入っているコーヒーを、温かいコーヒーカップに注ぐ。
とぽとぽ、と音を立てて待ち遠しかったコーヒーがゆっくり注がれる。

コーヒーカップを手に持ち、1口。
トロピカルな酸味とお花みたいな甘みが、コーヒーの苦味の中に溶けている。目を閉じて、コーヒーと音楽を感じる。今日もいい日だ。

お店のBGMが、弦楽器の優雅な演奏に変わった。
同時に、メインが運ばれてきた。
スパムのホットサンドだ。こちらも、私お気に入りの1品。

肉厚なスパム、とろっと溶けたチーズ、ピリッと効いた胡椒。
カリッと噛んだ瞬間、チーズの酸味とスパムの旨みを感じた。あとを追って胡椒のスパイス。
かり、かり、かり、とトーストを噛む音と上品なバイオリンの音色が響く。

バイオリンの速弾きが、トーストをかじる、かり、かり、という音を少し隠してくれた。この間に、チーズが溶けて美味しいホットサンドを完食する。

食べ終わって、ホットサンドの余韻に浸った。

すると、向かいにいる母がいたずらっ子の目で言った。

「おかわりしようか?」

店内のBGMが、3曲名に入った。
華やかなオーケストラ。少し長い曲になりそうだ。贅沢タイム、アンコール。母はコスタリカのお代わりを、私はコーヒートニックを頼んだ。

オーケストラは、クラリネットの柔らかく伸びやかな音が響いていた。私と母は、何を話すでもなく二人でぼーっとする。ふいに母と目が合った。

「おいしいね。」
「のんびりだねぇ。」

たわいもない会話。

店内が少し混んできた。
オーケストラは止まらない。
バイオリンのソロに入ったようだ。

おかわり到着。
コーヒートニックとは、炭酸コーヒー。見た目は、カクテルのように鮮やかで美しい。
下は透明な色。泡が閉じ込められている。
上はコーヒーの深い茶色。下から上がってきた泡が、ぱちぱち弾けると、琥珀のようにキラキラ輝く。
綺麗な2色。

それを混ぜる。

カクテルを混ぜる瞬間は、贅沢で罪悪感がある。
美しく分かれている規律を崩す時のような、積み上げたものを壊してしまうような、勿体ない気持ちになる。

BGMは、バイオリンのソロから静からチェロのソロへバトンタッチした。
ゆっくり飲みながら、向かいにいる母に目を向ける。

3日前、母は仕事を辞める言った。
10年以上、続けた会社だった。

「新しいことをやってみたい。」
「もう年だけど、まだ私は色んなことがやれると思う。」

ここに来る途中に聞いた、母の名言。
そして、母はこう続けた。

「仕事辞めたら貧乏になる。きっとしばらく奢ってあげられなくなる。今日は奢りだよ。おいしいものを食べよう。」

コーヒーと共に頼んでいたデザートのチーズケーキを、パクパク食べる母を見て思う。確かに、次奢ってもらえるのはだいぶ先だろうな、と。

華やかなオーケストラがテーマに戻った。
盛り上がり、曲はクライマックスへ向かう。
木管楽器、金管楽器、ピアノ、弦楽器、打楽器が終息に向けて集合する。
シンバルの派手な音が店内に鳴り響く。

ぱん!!

「ご馳走様でした。」

次は私が奢るからね、お母さん。

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