TVドキュメンタリー 『芸人 〜笑ってくれたらそれでいい』
小和来男四十一歳。職業お笑い芸人。この男は子供の頃からお笑い芸人に憧れて、高校時代には同級生と漫才コンビを組んでいた。彼は成績優秀で担任から大学に進学する事を勧められていたが、どうしてもお笑い芸人になりたくて進学を振り切って芸能事務所が運営する養成所に入った。そこで小和は同期生と漫才を組んだりソロでネタを披露したりしてそれなりに活動していたが、その甲斐あって事務所に気に入られてバラエティ番組の前説を任されるようになった。
養成所の中でそれなりに注目された小和は卒業後、各バラエティに起用されてテレビにそれなりに出ていたが、二、三年で飽きられたのかほとんどテレビで観ることがなくなった。テレビの仕事がなくなった彼はYouTubeなどのネットに活動の場を移したがそこでも全然人気が出なかった。
「惨めでした」と小和はその当時の事を語る。
「惨めすぎてみじんこになるほど惨めで自分をじっと見続ける日々でした。やっぱり自分にはお笑いの才能が微塵もないのかなってみじんこになるほど惨めな気分になってそれならいっそみじんこを食べて悪い運気をやっつけようとググってみじんこが食べられるか調べたらなんとみじんこって店があるらしくそこでとりあえずそこ行こうかなと思ったんですが、なんかそこまで考えたら一層自分が惨めになって……」
こう出来損ないのネタ混じりで自虐的に過去を語る小和は痛ましかった。その痛ましさにいたたまれなかったのか、マイクから時々泣き声のようなノイズが漏れた。
テレビでもネットでも相手にされなくなった小和はストリートに活路を見出した。元々お笑いはストリートから始まったもの。だから原点に帰るんだと小和は意気込んでストリートに立った。
でもつまらなかった。彼がネタを披露するとあまりのつまらなさにストリートから人が消えた。
「誰もいない所でネタをやり続けるのは正直いって辛かったです。でもそれでも負けずにやっているうちにだんだん……」
ウケなかった。あまりにもつまらなすぎて警察まで呼ばれた。
「お客さんが……」
ついて来なかった。深夜の交番、小和はその駅前の交番から放り出されて涙を濡らしてながら深夜の街を彷徨った。
「俺はもう逃げ道はないんだって自分に言い聞かせて路上でネタを披露しまくりました。深夜に六本木の路上でネタ披露してるとホステスとかキャバクラ嬢が……」
誤解して小和を警察に通報した。小和はこの誤解に涙を呑んだ。
「俺を面白がって……」
深夜の六本木で漫談をやっている人間を面白がる人間なんて誰もいない事に小和は気づいていなかった。
「そのホステスとかキャバクラ嬢の誰かが口を聞いてくれたのか俺は……」
捕まった。今度は懲役刑だった。小和来男はみんなを笑わせたくてお笑い芸人になろうと思ったが、お笑いは彼に笑いをくれなかった。彼のネタは口を開けたら凍りつくようなシベリアの氷原のようであり、とても笑えるものではなかった。
一人、ただひたすらお笑いを夢て走り続けた男は今塀の中で何を思うのか。お笑いを愛しお笑いに全てを捧げた人生の結末がこれでは淋しい病気よりも淋し過ぎる。だがお笑い芸人小和来男はそれでもお笑い芸人として花を咲かせるためにここから這い上がろうとしている。ただみんなを笑わせたいがために。笑ってくれたらそれでいい。そんな夢を抱きながら……
「アホか!おい、ナレーターの女!なにかわいい声して重苦しい調子で出鱈目なこと語ってんねん!これはお笑い芸人小和来男の下積みブレイク感動ドキュメンタリーやろが!おい、責任者出てこい~!」
