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グローバルネイチャーポジティブサミット2026:サイドイベント―流域デジタルツイン2026理想的な水とビジネスのエコシステムを考える

 2026年7月15日、熊本ネイチャーポジティブサミットにおいて、「流域デジタルツイン2026 理想的な水とビジネスのエコシステムを考える」の第4回目となる会合としてのサイドイベントセッションを実施しました!楽しかったです。
 セッションでは、今まで過去3回の総括として、「ネイチャーポジティブな水環境の創出」「持続可能な水利用の計画と管理」「レジリエントな水災害への対策」を支える流域パートナーシップのあり方を意見交換しました。この内容を今日は、振り返ります。
 なお、東京で、秋口に、持ち帰りにて、第5回として、今までの議論を踏まえた具体的な、流域デジタルツインの検討の議論ができないかと検討をしようと考えています。今までと同様、セミオープンなイベントになりますので、ご関心がある方は、是非ご連絡をくださいませ。
 今日も楽しんでいってくださいね!



はじめに――水から未来をつくることを、成長戦略として捉える

 本セッションの出発点に置かれていたのは、「水から未来を考えることは、気候変動時代の成長戦略である」という考え方。水は、気候変動の影響を受けやすい自然資源であると同時に、農業、工業、都市、発電、環境、防災など、幅広い分野を支える生態系サービスです。飲料水や農業用水、工業用水を供給するだけではなく、水力発電を支え、洪水を調節し、生物多様性を維持し、地域の暮らしと経済活動を成り立たせています。そのため、水の問題を特定の施設、特定の行政区分、特定の企業だけで考えるのではなく、水が流れる空間全体、すなわち「流域」を単位として捉える必要があります。
 今まで、雨乞い、お天気任せ、みたいなところがあった、地域の水環境を、今後ますます大きくなる気候変動の振れ幅に対して「なんとか適切に管理できるようにならないか」というところへのイノベーションへの挑戦がこの分野とも言えると思います。そして、日本の産業的な強みにもなっている領域です。今日はこれをみてまいりましょう。

オープニング・趣旨説明

PwCコンサルティング株式会社 シニアマネジャー 服部徹氏
株式会社TerraInsight 代表取締役 今井義仁氏

 オープニングと趣旨説明は、PwCコンサルティング 服部 徹と、株式会社TerraInsightの代表取締役 今井 義仁氏が行いました。冒頭のキーワードは、流域の課題と投資資金の間に存在する「バンカビリティ・ギャップ」。すなわち「Project Preparation Gap」です。流域に必要な対策が存在し、投資に利用できる資金も存在している一方で、その両者が直接にはつながっていない状況が描かれています。最大のボトルネックは、単純な資金不足ではなく、資金が入る形に「翻訳された案件」が不足していることだと整理されています。(ここまでが、第3回までの議論での「課題」の中心でした。なので、議論はここから始まります。)

 流域の課題を投資可能な案件へと組み立てる過程は、四つの段階で示されます。第一は、フィージビリティです。自然条件を確認し、採用する技術の適用性や経済性の根拠を整えます。第二は、ストラクチャリングです。対策が生み出す機能と効果、関係者間のリスク配分、KPI、契約構造などを設計します。第三は、クロージングです。環境面の確認、制度上の調整、関係者との合意形成を経て、資金調達を確定させます。第四は、モニタリングです。対策の実施後も、計画と実績を比較し、継続的に管理します。この橋を下から支える基盤として位置付けられたのが、「デジタルツイン&IoT基盤」です。デジタルツインによってシミュレーションを行うことで不確実性を低減し、対策による成果を追跡可能にし、透明性のある財務モデルを構築できるとしています。これらによって、「投資可能な案件」として求められる条件を整える構想です。つまり、流域デジタルツインは、水の量や流れを地図上に表示するためだけのものではありません。自然条件、施設、産業活動、将来リスク、対策効果、必要資金、期待便益までをつなぎ、流域の課題を実行可能な事業へと変換する基盤として提示されています。

スマート流域エコシステムの全体像

 続いてのキーワードは、「中間組織」。
 「スマート流域エコシステムの全体像」が示されました。行政・公共があり、「Water PPP Level 3.5」と記されています。もう一方には企業があり、「TNFD対応」や「Nature-based Solutions」が記載されています。その間には、中間組織とデータ基盤が置かれています。これが中間組織であり、流域マネジメントを行う上でのカナメです。

 中間組織は、行政、企業、地域、金融などの異なる主体をつなぐ役割を担います。さらに、中間組織を支えるためには流域の儲けが必要になります。つまり、流域マネジメントを行い「協力し合う」ことでのメリットが、今まで争ってきたことよりもメリットが大きい、逆に言えば、このメリットの大きさが原資になり、協力を行うのです。
 ゲーム理論においても、非協力ゲームは、情報の完全性があり、利得が明確になると、協力ゲームに移行します。このように、デジタルツインで情報が明らかになり、収益が明確になれば、強力の利得が得られるのです。実際に、「収益スタッキング」が置かれ、この収益を原資に、スマート流域マネジメントに向けた、投融資や保険、ブレンデッドファイナンス、パラメトリック保険、グリーンボンドなどが設計できるようになります。

 この構図で表現されているのは、水を自然資本と社会資本の接点として捉え、技術によって価値を可視化し、複数の資金を流入させる仕組みです。資料では、多層的な資金が流れ込むとき、「ネイチャーポジティブ」は理念から経済実装へと変わるとしています。

 上流域における森林間伐と植生回復を例として、収益スタッキングの考え方が説明されています。

この介入によって生まれる価値として、土砂流出の抑制、水質改善による処理コストの削減、炭素固定、生物多様性の維持と操業リスクの回避、景観向上と環境教育が挙げられています。それぞれの価値に対応する資金源としては、道路・河川管理者の公的予算、水道事業者の料金収入、カーボンクレジット市場、TNFD対応企業からの投資やPES、エコツーリズム収入、寄付などが示されています。一つの収入だけでは採算が成立しにくい施策であっても、複数の便益を捉え、それぞれの便益に関係する支払主体を重ねることで、事業化の可能性が生まれるという構造です。

同時に、同じ成果を複数の資金源に重複して計上しないため、デジタルガバナンスが必要です。流域デジタルツインは、自然の状態を可視化するだけでなく、「どの対策が、誰に、どのような価値をもたらしたのか」を確認し、資金の根拠を整えます。

水・自然・産業・インフラ・資金を一つの画面へ

 流域デジタルツインの画面イメージも示されました。

 画面上では、水循環、自然資本、産業・需要、インフラ、資金・便益といったレイヤーを切り替えられるようになっています。現在、2035年、豪雨、渇水といったシナリオも選択できる構成です。洪水損失、地下水収支、生態系健全度、資金ギャップなどの指標が、同じ画面上に並びます。流域の地図には、森林保全・再造林、治水ダム、農地保全・遊水機能、渓流保全・土砂抑制、河川・湿地再生、下水処理場、工業用水供給、都市雨水対策、雨水貯留、河口・干潟保全などが配置されています。優先投資の例として、森林保全・再造林、遊水地・雨水貯留、下水高度処理・再生水利用が示され、それぞれの投資額、期待便益、資金構成、資金ギャップを確認できるようになっています。資金構成も、公的資金、民間資金、ブレンデッドファイナンスに分けて表示されています。さらに、気候変動による将来の洪水損失増加を知らせるリスクアラートも設けられています。このデモ画面が示しているのは、水、自然、産業、インフラ、便益、資金を別々に管理するのではなく、一つの意思決定の中で扱う姿です。


「流域マネジメントによる水の恵みの最大化」

講演
国土交通省 水管理・国土保全局 水資源部 水資源計画課長
内閣官房 水循環政策本部事務局 参事官 田中敬也氏

「流域」単位で国土と社会経済活動を捉える

 田中氏は、最初に「“流域”単位で考える」というアプローチを示しました。

 水は、行政区域や企業の敷地境界で区切られるものではありません。山地に降った雨が地表や地下を移動し、河川を流れ、農地や都市、工場で利用され、再び河川や地下水へ戻っていきます。国土を水の流れだけで捉えるのではなく、社会経済活動のまとまりとしての「流域圏」として俯瞰し、マネジメントしようとする思想は、日本の国土構造と歴史に根差した特徴的なアプローチだと説明しています。例示された、阿武隈川の「流域圏」概念図では、阿武隈川本川だけではなく、支川、猪苗代湖、利水域、氾濫域などが一つの圏域として描かれています。猪苗代湖については、安積疏水によって配水されていることも注記されています。ここでいう流域は、単なる地形上の集水区域だけではありません。水を通じてつながる生活、産業、農業、発電、環境、防災を含む空間として扱われています。

2024年の水循環基本計画改定と「流域総合水管理」

 日本政府の新たな取り組みとして「流域総合水管理」が紹介されています。これは、2024年の水循環基本計画改定に位置付けられたものです。流域総合水管理では、個別最適から全体最適へ移行するとともに、全体のために特定の主体だけが一方的に不利益を受けるのではなく、個別に見ても現在より少しでも良くなる仕組みを目指すとされています。流域全体に関わるあらゆる関係者が、他者を尊重しながら協働します。そして、流域治水、水利用、流域環境という三つの領域を別々に扱うのではなく、それらの間にある「相乗効果の発現」と「利益相反の調整」を図ります。目標として掲げられているのは、「水災害による被害の最小化」「水の恵みの最大化」「水でつながる豊かな環境の最大化」です。

 流域治水は、流域全体のあらゆる関係者によって、水災害による被害を最小化する取り組みです。水利用は、流域全体のあらゆる関係者によって、水の恵みを最大化する取り組みです。流域環境は、流域全体のあらゆる関係者によって、水でつながる豊かな環境を最大化する取り組みです。これら三つを重ね合わせた中心に、「流域総合水管理」が置かれているのです。

治水・水利用・流域環境の相乗効果と利益相反

  相乗効果と利益相反を具体的に理解するため、三つの事例が示されています。

 第一は、「流域治水×水利用」です。ここでは、ダムの事前放流とハイブリッドダムが取り上げられています。気象予測を活用し、洪水が予測される場合には事前に貯水位を下げて治水容量を確保します。一方、雨が予測されない場合には貯水位を上げ、発電などの利水に活用します。同じダム容量を、気象予測と運用の高度化によって、治水と利水の双方に活用する例です。

 第二は、「流域治水×流域環境」です。ここでは、グリーンインフラや、治水と環境を両立する遊水地が例示されています。洪水時に水を一時的に受け入れる空間を整備しながら、平常時には湿地などの自然環境として機能させる考え方です。

 第三は、「水利用×流域環境」です。取水系統を再編し、上流から自然流下で取水することで、ポンプに必要なエネルギーを削減できます。ただし、取水地点を上流へ移すことで、その下流に河川流量が減少する区間が発生する可能性があります。

 省エネルギーの便益と河川環境への影響を同時に捉え、バランスを確保する必要があることが示されています。流域総合水管理は、すべての対策が自動的に相乗効果を生むとするものではありません。複数の目的を見渡し、得られる効果と発生する影響の双方を確認しながら調整する枠組みです。

気候変動による渇水リスクの増大

 田中氏の講演では、気候変動による渇水リスクも具体的な数値で示されました。産業革命以降、地球の平均気温が2度上昇した場合、非超過確率10分の1の降水量で定義される少雨年の発生頻度は、96水系の平均で約1.5倍になるとの試算です。少雨年の発生頻度が現在の1倍を超える水系は、96水系中72水系で、約75%とされています。また、非超過確率10分の1の渇水流量で定義される渇水の発生頻度は、96水系の平均で約2.2倍になるとの試算です。渇水の発生頻度が現在の1倍を超える水系は、96水系中90水系で、約94%とされています。洪水対策だけではなく、水が足りなくなる状況への備えも、流域マネジメントの主要課題として位置付けられています。

水インフラの老朽化と大規模災害

 水インフラの老朽化や大規模災害による具体的な被害も紹介されています。2021年には、和歌山県で六十谷水管橋が落橋し、約6万世帯、約13万8,000人が断水しました。2022年には、愛知県の矢作川頭首工で取水障害が発生し、農業用水、水道用水、工業用水の取水ができなくなりました。2024年の能登半島地震では、最大14万戸で断水が発生しました。2025年には、埼玉県で下水道管路の破損に起因する道路陥没事故が発生し、120万人に対して、風呂や洗濯などの下水道使用を控えるよう要請が行われた事例が示されています。水インフラの老朽化や劣化による事故、大規模災害による被害が、国民生活と産業活動に大きな影響を与えていると整理しています。

半導体生産拠点で高まる水需要

 産業面では、半導体生産拠点における水需要の高まりが取り上げられました。

 北海道千歳市のラピダスについては、北海道企業局の苫小牧地区工業用水道、安平川の水を活用することが示されています。広島県東広島市のマイクロンメモリジャパンについては、広島県水道広域連合企業団が、1974年に管理を開始した土師ダムで開発した容量を活用しています。三重県四日市市と岩手県北上市のキオクシアについては、盛岡市が1982年に管理を開始した御所ダムで開発した容量を活用しています。熊本県菊陽町のJASMについては、地下水を活用するとともに、熊本県企業局が2002年に管理を開始した竜門ダムで開発した容量を活用しています。

 半導体産業の立地と操業には、安定した水の確保が不可欠です。既存のダムや工業用水道、地下水などをどのように組み合わせ、将来の需要に対応するかが、流域全体の課題として示されています。

気候変動と営農形態の変化に伴う農業用水の変化

 農業用水についても、需要の時期と量が変化していることが説明されています。融雪期が早まることで、代かき期の取水時期が前倒しになります。一方、夏の出穂期における高温を回避するため、代かきや田植えの時期を後ろ倒しする対応も示されています。大規模経営体では、作業を分散させる必要があります。高温対策として、水を流し続ける「かけ流し」などを行う場合には、水需要が増える可能性があります。高温に対応するため、落水時期を調整することも示されています。このように、気候変動と営農形態の変化によって、農業用水は従来と同じ時期に同じ量を供給すればよいものではなくなっています。

水の恵みを最大化するためのプラットフォーム

 田中氏からは、流域の関係者が課題や多様なニーズを共有するプラットフォームの必要性が示されています。流域には、洪水調節容量を確保したい、遊水地を整備したい、流下能力を確保したい、氾濫原環境を創出したいという治水上のニーズがあります。水利用の面では、新規工場で水を使いたい、取水時期を変えたい、渇水に備えたい、施設配置を最適化したい、増電したい、現在使っていないダム容量を柔軟に活用したいといったニーズがあります。流域環境の面では、ダム下流の環境を改善したい、水路網の生態系を保全したい、良好な水辺空間や景観を創出したい、湿地環境を創出したい、上下流連携を進めたいといったニーズがあります。

 講演では、「5年後に工業用水を確保したいが、この地域の水利用はどうなっているのか」「今は使っていないダム容量を柔軟に活用できないか」「川の水も使って地域にビオトープをつくりたい」といった問いが示されていました。流域の関係者が、こうした課題やニーズを共有し、意見交換を行い、地域の将来構想について議論する仕組みが必要として指摘がありました。

流域内データの共有と公開

 流域の水資源を有効に活用するためには、議論の基礎となるデータが必要です。資料では、ダム、河川、流域に関するデータの把握状況が整理されています。ダムでは、貯水位、流入量、放流量、流域平均雨量、予測流入量などが、基本的に10分ごとのリアルタイムで把握されています。水温と水質は月1回、生物情報は河川水辺の国勢調査などの定期調査によって把握されています。河川では、水位や予測水位、雨量や予測雨量がリアルタイムで把握されています。レーダー雨量は1分から5分間隔です。一方、取水量については、許可水利権に基づく日単位の取水量を、取水者から年1回または月1回の事後報告によって把握する形となっています。還元量や放流量は共有されていないと整理されています。さらに、流域内の水路網については、水位、流量、水温、水質、生物情報などが把握されていない項目として示されています。資料では、利水専用ダムも含め、流域単位で観測データと予測データを統合的に共有する取り組みを、令和7年度末まで進めていると説明しています。貴重な水資源の有効活用について関係者が積極的に議論するためには、河川と流域に関するさまざまなデータを把握し、共有することが重要です。そのため、誰もがアクセスでき、可視化された水のデータプラットフォームを構築すべきだとされています。

水循環企業の登録・認証制度

 企業の取り組みを後押しする制度として、「水循環企業登録・認証制度」も紹介されています。「水循環CHALLENGE企業」は、水循環に資する取り組みの実績の有無にかかわらず、今後3年間の取り組み計画を持つ企業です。「水循環ACTIVE企業」は、直近3年以内に水循環に資する取り組み実績を持ち、その実績を対外的に証明できる企業です。CHALLENGE企業は登録、ACTIVE企業は認証という形で示され、企業が段階的に取り組みを進められる構成です。水循環に資する取り組みを行う企業を「水循環企業」として登録・認証し、さらなる活動を後押しする制度として、令和6年度から実施されていることが記されています。

ESG情報開示を支える水の評価手引き

 水は、ESG情報開示においても重要な対象として示されています。講演では、民間企業の水に関する評価を支援するため、洪水リスク、水資源リスク、水資源涵養に関する手引きや解説資料を作成・公表していることが紹介されていました。洪水リスクについては、TCFD提言における物理的リスク評価の手引きが示されています。水資源リスクについては、「気候変動を踏まえた水資源リスク評価の手引き」が示され、ISSB、SSBJを参照した意思決定と情報開示への活用が掲げられています。水資源涵養については、森林における水資源涵養量、すなわち貯留機能の簡易評価手法に関する解説資料が示されています。企業が自社の拠点や事業活動に関する水リスクと水への貢献を把握し、社内の意思決定と情報開示に利用できるようにする構成です。

民間企業が参画しやすい仕組み

 流域における良好な水環境の保全、再生、創出を進めるためには、民間企業が資金面を含めて参画しやすい仕組みが必要です。講演では、グリーンボンドやウォーターボンドなどを活用する構想が示されていました。まず、企業が健全な水循環に資する活動を実践します。次に、その取り組みを客観的に評価し、価値を可視化します。投資家や金融機関は、健全な水循環に資する取り組みの価値を評価した上で投資判断を行います。資金が活動へ還流することで、さらに取り組みが促進されます。

 講演では、この循環を「環境価値と資金の好循環」と表現しています。田中氏は、最後に「流域での水の恵みを最大化する取組を――Think in Watersheds――」と結んでいます。


ラウンドテーブル全体像

 ラウンドテーブルには、株式会社TerraInsight、株式会社IHI、八千代エンジニヤリング株式会社、MS&ADインターリスク総研株式会社、栗田工業株式会社が参加しました。

 各社の個別説明に先立ち、「スマート流域ソリューション」の全体像が示されています。

 掲げられた考え方は、流域を「診断」し、その結果を「計画」に翻訳し、「運用・水循環・資金化」まで動かすことです。

第一の「診断・データ基盤」は、TerraInsightが担います。水資源量、水ストレス、水関連リスクを同じ地図上で可視化します。第二の「計画・合意形成」は、八千代エンジニヤリングが担います。データだけでなく地域の知見を組み込み、流域治水プロジェクトへと翻訳します。第三の「運用・制御」は、IHIが担います。水門、ダム、農業水利施設の遠隔監視、操作支援、自動化を行います。第四の「水循環実装」は、栗田工業が担います。工場の用水、排水、再生水を、流域の水収支へ接続します。第五の「リスク・資金化」は、MS&ADが担います。洪水被害額、TNFDやTCFD、保険、金融へ、流域対策が生み出す便益を翻訳します。

最初の実証は、重点流域の診断、対策シナリオの比較、施設操作や工場水循環の実装、便益の財務化という順序で組み立てるとされています。国と自治体は、重点流域を特定し、対策候補を比較します。流域協議会は、地域の知見とデータを合わせ、合意形成を短縮します。施設管理者は、予測結果を操作、警報、権限管理へ接続します。企業や工業団地は、取水削減、再生水利用、BCPを流域KPIとして扱います。金融・保険は、対策の便益を期待損失、情報開示、資金循環へ翻訳します。この共通構造を踏まえ、各登壇者から、それぞれの専門領域に基づく説明が行われました。


株式会社TerraInsight:水資源リスクを科学的に予測・可視化し、統合水資源管理を実装する

代表取締役 今井義仁氏

 TerraInsightは、京都大学防災研究所発のディープテック企業です。京都大学防災研究所が持つ水循環シミュレーションの知見と、TerraInsightによる統合水資源管理サービスを組み合わせ、共同研究を進めていることが示されています。同社は、地域と企業が直面する水資源リスクを科学的に予測、可視化し、気候変動や社会経済活動の変化を踏まえた操業判断と意思決定の高度化を目指しています。

人類が利用できる水は地球上の0.01%

今井氏の資料では、地球上の水資源の構成が示されています。海水などは地球上の水の97.47%を占めます。淡水は2.53%です。そのうち氷河などが1.74%、地下水などが0.76%を占めます。人類が利用できる河川や湖沼などの淡水資源は、地球上の水のわずか0.01%とされています。水は太陽エネルギーによって循環する再生可能資源ですが、無限に存在するわけではありません。世界人口白書2021に基づき、2050年には世界人口の約半数が水不足にさらされ、4人に1人が慢性的な水不足の影響を受けるとされています。水は、飲料水、農業用水、工業用水の供給、水力発電、洪水調節、生物多様性の維持などを支える自然資本です。利用可能な量が限られている一方で、社会と産業のあらゆる活動が水に依存しています。

「世界は水破産」という問題設定

 今井氏の資料では、「世界は水破産」という表現が用いられています。気候変動、過剰取水、土地開発が重なり、水に関する投資不足は6.5兆ユーロと示されています。その結果として、洪水と渇水の両極化、慢性的な水不足、取水制限や配水停止、自然資本の毀損、食料価格の高騰が挙げられています。資料では、対応の考え方を「危機対応」から「破産管理」へ移す必要があるとし、「二度と戻らない新常態」という言葉を掲げています。

これは、個別の洪水や渇水が発生するたびに対処するだけではなく、水資源の供給能力、需要、自然環境、インフラ、投資の関係を継続的に管理する必要性を表す構成です。

水レジリエンス強靱化を妨げる三つの要因

 資料では、気候変動と社会経済変化に適応した水レジリエンスの強靱化を妨げる要因として、三つの課題が示されています。第一は、「ガバナンスの断片化」です。事業と自然の接点が見えず、全社と現場のKPIが一致せず、投資価値や財務影響も見えないため、「何から手を付けるのか」という優先順位が定まりません。第二は、「データや指標の不足」です。流域やサプライチェーンのデータが十分ではなく、リスク指標も統一されていません。複数の拠点や企業にまたがるシステミックリスクも見えにくいため、「どこで何が起きているのか」を把握できません。第三は、「投資対効果が不透明」であることです。水に関する取り組みは、目に見える成果が出にくく、リスクを回避した価値も把握しにくいとされています。そのため、投資判断や操業判断に必要な基準が整わず、「何をどのように行うのか」を決定できません。この三つの課題に対応するため、水資源リスクを定量的に把握し、統合的に管理することが求められています。

外部環境と拠点情報を組み合わせる水資源リスク評価

 気候変動は、極端現象や干ばつなどの脅威を発生させます。一方、実際に企業が受ける影響は、拠点の立地、水への依存度、代替水源、貯水能力、再利用設備、BCPなどによって変わります。また、人口、産業、所得などの社会経済変化は、地域全体の水利用を変化させます。自社だけでなく他社の利用も含めて水需要が増えれば、地域や流域の水需給が変化し、水ストレスが高まります。したがって、地域・流域の水ストレスなどの外部環境と、取水源、代替水源、貯水、再利用、BCPなどの拠点側の情報を組み合わせる必要があります。資料では、この組み合わせを、水資源リスクの情報開示と実務対応の双方に活用することが推奨されています。

水をめぐる意思決定に必要な問い

 今井氏の資料には、流域と企業が確認すべき問いが並べられています。

将来の水はどこにあるのか。水はどこで消費されるのか。水はどこで生産されるのか。必要な水を確保できるのか。洪水と渇水のリスクはどの程度か。それらは事業にどのようなインパクトを与えるのか。気候変動によって、どのような影響が生じるのか。

こうした問いに答えるため、将来予測、現在のモニタリング、水需給の把握、事業拠点との接続を同じ基盤上で扱うことが示されています。

統合水資源管理プラットフォームサービス

 TerraInsightの統合水資源管理プラットフォームサービスは、洪水にも渇水にも対応する予測型スマート水管理として紹介されています。

資料では、2100年までの標準データベースを掲載するとしています。三つのRCPシナリオと五つのGCMを組み合わせ、将来を予測します。全球から特定地点まで、複数の空間スケールで処理します。将来予測だけでなく、モニタリングやリアルタイム監視にも対応します。流域、自治体、工場、農地など、それぞれの意思決定に必要なスケールへ情報を変換できる構成です。

自然系と人工系を統合した流域デジタルツイン

 流域デジタルツイン解析では、自然系と人工系の双方を考慮した統合水資源管理モデルによって、流域を再現します。自然系には、陸面過程、地下水、河道流下、作物生育、生態系、水質などが含まれます。人工系には、灌漑排水、ダム操作、取水・排水、農業用水、工業用水、生活用水、土地利用、作付け、農事暦などが含まれます。降水は地表に到達し、一部は流出し、一部は土壌に浸透します。土壌水分は蒸発や植物の蒸散によって大気へ戻り、地下へ浸透した水は地下水や基底流出として河川へ移動します。河川では、ダムの流入量と放流量、生活用水、工業用水、農業用水、環境用水、氾濫などが関係します。水質は、汚染、生息環境、水質浄化、生態系と接続します。社会経済活動は、食料需要、作付け、土地利用、生活用水、工業用水、地下水の汲み上げなどを通じて、水循環に影響します。このように、流域の水を自然現象だけでなく、人間の利用と施設運用を含むシステムとして再現します。

マルチスケールでホットスポットを特定する

 基盤データベースの構築では、気象データ、地形データ、土地利用条件、社会活動条件、植生タイプ、土壌タイプを統合します。複数のシナリオを用いてスクリーニングを行い、流域ランドスケープごとのシステミックなリスクと機会を可視化します。

 空間スケールは、全球レベルの50キロメートルから、地域レベルの5キロメートル、100メートル、さらにローカルレベルの10メートルまで段階的に細分化する構成が示されています。さまざまな水文物理量を考慮してリスクドライバーを検討し、時空間マルチスケール処理によってホットスポットを特定されます。

熊本県を対象とした可視化

 熊本県を対象とした例では、1992年から2023年までの有効水資源量が年ごとに地図化されています。年によって水資源量の分布が異なる様子を比較できる構成です。陸面過程シミュレーションでは、1950年から2100年までを対象に、蒸発散量、総流出量、基底流出量などを計算します。図では、放射収支、エネルギー収支、水収支を通じて、降水、樹冠による遮断、蒸散、土壌蒸発、浸透、表面流出、地下への排水、基底流出を表現しています。地下水シミュレーションでは、表層、根層、涵養層という三つの層を設定しています。資料上では、W1を表層飽和度、W2を根層飽和度、W3を涵養層飽和度として示し、降雨、表面流出、浸透、蒸散、土壌蒸発、層間の水分移動、基底流出によって、時間とともに各層の水分量が変化する様子を表しています。水需給バランスと水ストレスの分析では、2000年から2050年までを対象に、水需要量、水供給量、生活用水需要、工業用水需要、灌漑用水需要を地図上で比較します。水がどこに存在し、どこで利用され、どの地域で需給の緊張が高まるのかを、同じモデルで確認する構成です。

ユースケース1――持続可能な農業への移行

 第一のユースケースは、持続可能な農業への移行です。対象として、アラル海流域が示されています。開発課題は、過剰灌漑によるアラル海の縮小、渇水と塩害の深刻化、持続可能な農業への対応圧力の高まりです。目的は、塩性環境における耐塩性植物の活用、限界地における営農支援、循環型スマート農業モデルの構築です。戦略的アプローチとして、土地の状態を準リアルタイムで監視し、流域から圃場までの水の流れを解析します。その上で、灌漑と作付けの判断を支援し、水、塩分、作物の管理を統合します。期待される成果は、水利用効率の向上、塩害被害の低減、レジリエントな農業システムの構築、乾燥地域への横展開です。期待経済便益の例では、年間1,000万米ドルの農業損失を10%改善した場合、年間約100万米ドルの便益が生まれるとしています。

ユースケース2――ダム運用の効率化・高度化

 第二のユースケースは、ダム運用の効率化と高度化です。開発課題として、気候変動による流入量の不確実性の増大、複数の水利用を調整する必要性、運用がレジリエンス、収益、下流リスクに与える影響が挙げられています。目的は、科学的根拠に基づく貯水池運用を支援し、貯留、放流、発電のトレードオフ判断を高度化し、洪水、渇水、季節変動へのレジリエンスを強化することです。降雨、流入量、貯水量、需要を解析し、流域水収支と水力発電ポテンシャルをシミュレーションします。複数の運用シナリオを可視化し、意思決定を最適化します。期待される成果は、信頼性の高い貯水池運用、水力発電と水配分の効率向上、洪水・渇水影響の低減、多目的ダムや流域投資への横展開です。

 淀川・琵琶湖流域を対象としたダム機能評価例と、融雪、土壌水分、降雨を区分して示す融雪出水監視例も掲載されています。期待経済便益の例では、年間2,000万米ドルの価値を2%改善した場合、年間約40万米ドルの便益が生まれるとしています。

ユースケース3――水セキュリティ効果の可視化

 第三のユースケースは、水セキュリティ効果の可視化です。ここでは、節水、回収、再利用、還元が、流域に与えるポジティブインパクトを定量評価します。開発課題として、水不足や洪水が社会活動を停止させる可能性、工場・工業団地が安定した水供給に依存していること、供給停止が生産損失とBCPリスクを生むことが挙げられています。目的は、気候の不確実性がある中で産業用水セキュリティを強化し、脆弱な拠点、水源、運用上のボトルネックを特定し、レジリエントな生産、BCP、インフラ投資を支援することです。降雨、河川流量、地下水、取水制約、産業需要を解析します。流域から施設まで、現在と将来の水リスクを可視化します。操業停止シナリオ、代替水源、適応策を評価し、リスク低減効果と経済影響に基づいて施策の優先順位を決めます。期待される成果は、生産停止やサプライチェーン寸断リスクの低減、水配分、再利用、貯留、緊急時計画の改善、水レジリエントな工業団地への投資優先度の明確化です。東京都を対象とした総水需要、水生産、工業用水需要、生活用水需要、農業用水需要の評価例と、節水製品の普及前後で流域の渇水リスクがどのように変わるかを比較する例が示されています。期待経済便益の例では、1日100万米ドルの想定損失について、2日間の取水制限を回避できれば、200万米ドルの損失回避になるとしています。

統合水資源管理は、成長と競争力への投資

 資料では、統合水資源管理を中心に、再生可能エネルギー、食料・スマート農業、ESG・TNFD開示、自然共生・NbS、政府・自治体、都市OS・インフラ、地域防災・企業BCP、途上国開発・投資が接続されています。目指す姿として、レジリエントで安全・安心な未来、持続可能な都市や地域、カーボンニュートラルを実現した未来、循環型の経済活動が実現する未来が示されています。「水のインパクトを予測して持続可能な経済価値の創出へ」と掲げています。環境に配慮し、災害への対応力と経済性を備えた、データドリブンな統合水資源管理を推進する構想です。そして、統合水資源管理はコストではなく、成長と競争力への投資であると結んでいます。


株式会社IHI:大気水蒸気観測、AI気象予測、インフラ制御をつなぐ

航空・宇宙・防衛事業領域 宇宙システム事業推進部
事業開発グループ 地球環境計測チーム長 山内淑久氏

カーボンと水を統合的に扱う

 地球温暖化への対応では、温室効果ガスを削減する「カーボンニュートラル」から、温室効果ガスの貯留や大気水蒸気の削減も含む「カーボンネガティブ」へ進む構成が示されています。水資源不足への対応では、水消費を削減する「ウォーターニュートラル」から、大気水蒸気の回収と陸域土壌への還流を含む「ウォーターポジティブ」へ進む構成です。資料では、抑制策だけでなく再興策を組み合わせ、ゼロカーボン、サーキュラーエコノミー、自然保護を通じてネイチャーポジティブへつなげる考え方が示されています。

ウォーターポジティブは、持続可能な水利用と自然への還流を進めるものとして位置付けられています。

衛星による大気水蒸気観測とAI局地気象予測

 IHIでは、衛星を用いて、水蒸気から発生する電波を観測します。その観測情報をAIによる局地気象予測へ活用し、降雨の位置、時間、量をより詳細に把握します。現在の観測網による3時間降水量と、水蒸気を観測できた場合の3時間降水量の比較例が掲載されています。大気中の水蒸気、雲、降雨、蒸発、河川、地下水を含む流域の水循環を可視化し、把握する構成です。資料では、日常的に利用している水資源を将来も持続的に使うため、データに基づく流域水資源マネジメントによって地域の健全な水循環を実現し、ネイチャーポジティブに貢献するとしています。

新設・更新・保全から監視・制御まで

 IHIは、ダム、河川、水門を含む流域水管理インフラを、新設、更新、保全から監視、制御まで一体的に提供する構成を示しています。ダム用制御処理設備では、ダムの水位、流量、気象情報を収集し、入力、演算、表示、記録を行います。水門設備の操作や、関係機関への情報伝達も管理します。水管理システムでは、ダム、頭首工、用水路、水門、ポンプなどの水利施設をネットワークで統合します。リアルタイムで監視と制御を行い、需要に応じて水を管理します。配水支援ツールでは、幹線水利施設の必要水量と供給水量の過不足を可視化します。操作支援によって、効率的で根拠に基づく水管理と配水計画の策定を支援します。データ、モニタリング、制御、水門インフラを組み合わせることで、自然資本を含むネイチャーポジティブ流域を実現し、水資源の持続的利用と水害リスクの低減を目指すとしています。

九州域を対象としたAI気象モデル

 資料では、九州域を対象とした2キロメッシュのAI気象モデルによる、降水量と風向・風速の予測事例が示されています。

このモデルは学習途上と明記されています。10分ステップで、気象シミュレーターCReSSの数値計算結果と比較しています。降水量については、30分後、90分後、240分後のAIモデル推定値と数値計算値が並べられています。風向・風速についても、地上や海上から数百メートルの範囲を対象に、AIモデルと数値計算値を比較しています。短時間の局地的な気象を予測し、流域管理インフラの操作へつなげるための技術として提示されています。

ランドスケープ全体をつなぐ流域総合水管理エコシステム

 IHIでは、大気、地表、地中、海洋までを含むランドスケープアプローチが示されています。大気では、AI短期局所気象モデル、ひまわりによる降水推定、レーダー雨量観測などを用います。構想では、1キロメッシュ、72時間先までの降水について、位置、時間、量を予測します。地表では、森林評価・管理、土地利用評価、リアルタイム河川氾濫モデル、統合水管理システムを扱います。地中では、地下水シミュレーションを行います。人間活動として、農業、工業、居住、水処理、流域企業の活動が置かれています。関係主体には、スタートアップ、アカデミア、AIサービス企業、気象レーダーメーカー、水処理メーカー、戦略コンサルティング企業、建設コンサルティング企業などが示されています。個々のモデルやステークホルダーによる取り組みは、流域総合水管理の観点でつながっていると説明しています。そして、流域総合水管理インフラの状態を把握し、適切に操作するためには、降水予測精度の向上が必要だとしています。


八千代エンジニヤリング株式会社:行政・企業・地域・アカデミア・ファイナンスをつなぎ、実装を進める

事業開発本部 副本部長 植田大造氏

 建設コンサルタントとして、社会インフラやまちづくりに関する官公庁のプロジェクトを進めながら、ネイチャーポジティブの実現に向けて企業支援と共創に取り組んでいます。特に、水に関する支援を多く実施していることが紹介されています。地形と流域を立体的に可視化した図や、河川と地下水の相互作用を考慮したエリア区分図が掲載されています。地表だけではなく、地下を含めて水の流れを把握する構成です。

政策だけでも、技術だけでも流域マネジメントは動かない

 流域マネジメントを実現する上での課題として、一つ目は、「政策・施策だけでは、動かない」という課題です。流域総合水管理という方針が掲げられても、現場で誰が担い、どのように合意し、どのように継続的に運営するのかは、政策の枠だけでは決まりません。

二つ目は、「水ソリューション企業が集まるだけでも、解けない」という課題です。見える化、監視、制御、水処理など、優れた技術やツールは存在しています。しかし、資料では、「ツールはあるが、構造化・接続されていない」のが実態だと説明しています。流域マネジメントには、行政、企業、地域、アカデミア、ファイナンスを含む全体像が必要です。

実装を前に進める「つなぎ手」

 八千代エンジニヤリングは、この全体像を意識しながら、流域マネジメントの実装を前に進める「つなぎ手」を目指すとしています。

その役割は、三つのステップで示されています。第一のステップは、地域の現在を「見える化」することです。流域の自然条件、水の流れ、土地利用、産業活動、施設、地域の関係者、既存の取り組みなどを把握します。第二のステップは、「全体最適化」による変革シナリオを描くことです。個別の技術や事業だけを見るのではなく、地域全体にとってどのような組み合わせが望ましいのかを検討します。第三のステップは、実行と「仕組み化」を実現することです。計画を作成して終えるのではなく、実行主体、資金、評価、運営方法を整え、活動が継続する仕組みを構築します。

複数地域で始まっている「ネイチャーポジティブ×ランドスケープ」

 資料では、複数の地域で「ネイチャーポジティブ×ランドスケープ」の取り組みを開始していることが紹介されています。年間地下水涵養量を日本地図上に示した図も掲載され、各地域における水の特徴を把握しながら活動を進める構成が示されています。

栃木県那須塩原市では、ネイチャーポジティブ那須野が原アライアンスに参画し、ステークホルダーとの関係構築を開始しています。

滋賀県東近江市では、東近江市、東近江三方よし基金と連携し、「森里川湖インパクトファンド」の構築を進めています。

三重県尾鷲市では、ネイチャーポジティブ・コンソーシアムに参画し、水に着目した見える化を進めています。

富山県黒部市では、黒部川流域ネイチャーポジティブ・プロジェクトに参画し、実態把握のための活動を開始しています。

東近江・愛知川流域での実装

 東近江・愛知川流域では、地域のステークホルダーとともに具体的な実践を進めています。東近江三方よし基金と「森里川湖インパクトファンド」の組成を目指しています。ファンド運営会社として、「三方よしパートナーズ」の設立を進めていることも示されています。目標は、助成、投資、融資、伴走、評価を統合した地域資本循環モデルの構築です。

 自然環境に関する活動へ資金を提供するだけではなく、事業の形成、実施支援、成果評価までを一つの流れとして設計します。現地の森林で関係者が調査と意見交換を行う様子と、愛知川流域の自然、社会、文化、経済、制度の関係を可視化した図が掲載されています。

地域の自然環境、産業、暮らし、文化、制度を分けずに捉え、地域の内部で資金と価値が循環する仕組みを構築する取り組みです。


MS&ADインターリスク総研株式会社:水災リスクを評価し、グリーンレジリエンスと資金循環へつなぐ

リスクコンサルティング本部 リスクマネジメント第五部
サステナビリティ第一グループ長・上席コンサルタント 金子祐氏

MS&ADインターリスク総研は、MS&ADインシュアランスグループにおける社会課題へのソリューション事業を担う会社として紹介されています。資料では、リスクマネジメントのサイクルとして、「リスクを見つけ、伝える」「経済的な負担を小さくする」「リスクの発現を防ぎ、影響を小さくする」という流れが示されています。未然予防、万全な補償、損害の最小化と迅速な回復を組み合わせ、リスクマネジメントのサイクルを完結させる構成です。

拡大する水災リスク

 気候変動に起因して自然災害が増加傾向にあり、国内の火災保険における保険金の支払額が増加していると説明しています。特に水災について、リスクが拡大傾向にあり、流域治水などのリスク低減策が重要だとしています。住宅物件における水災保険金の支払状況を5カ年平均で比較した図では、2013年度から2017年度までの平均が94億円、2018年度から2022年度までの平均が485億円とされています。資料では、支払額が5倍以上になったことが示されています。保険は、災害が発生した後の経済的損失を補う役割を持ちます。一方、資料では、保険による補償だけではなく、流域治水、グリーンインフラ、NbSなどを通じて、災害そのものの発生や影響を抑える取り組みを重視しています。

グリーンレジリエンス

 MS&ADグループは、レジリエントで持続可能な社会の実現に向けて、「グリーンレジリエンス」に取り組んでいます。

資料では、自然の保全と生物多様性の保護、脱炭素、防災・減災、地域活性化を一体的に進める取り組みとして説明されています。

グリーンレジリエンスは、グリーンインフラやNbSを基盤とし、自然が持つ多様な機能を活用するものです。

自然を守ることと、防災・減災を別々の活動として進めるのではなく、自然の機能を利用して持続可能で魅力ある地域づくりを行い、ウェルビーイングの向上にもつなげます。

MS&ADインターリスク総研は、グリーンインフラなどによる防災・減災効果と、ウェルビーイングへの効果を評価するとしています。

熊本ウォーターポジティブアクションと「雨庭」

 熊本での具体的な取り組みとして、「熊本ウォーターポジティブアクション」が紹介されています。

中心となる対策は、「雨庭」です。

雨庭は、緑と土の力を使い、雨水を効率的に地下水層へ浸透させるものです。

 舗装によって雨水が地中へ浸透しにくくなることや、地下水の取水によって失われた涵養量を補い、地下水位の回復を図ります。1ヘクタールの舗装地に、その5%に当たる広さの雨庭を設けることで、約1万4,000トンの水を涵養します。雨庭の効果は、地下水涵養だけではありません。第一の効果は、雨水を土壌へ浸透させ、地下水を回復させることです。第二の効果は、雨水を一時的に貯留し、浸透させることで、洪水や浸水のリスクを低減することです。第三の効果は、蒸発散によって気温上昇を緩和し、暑熱対策に寄与することです。第四の効果は、在来植物を用いることによって、生態系の回復と保全に貢献することです。

講演では、雨庭が地域の雨水貯留浸透機能を向上させるものとして、国土交通省の「グリーンインフラ推進戦略2030」にも位置付けられていると説明しました。

効果を測り、地域で共有する

 一般社団法人熊本ウォーターポジティブ・デザインセンターは、導入した雨庭の涵養量を計測し、効果を定量的に可視化する仕組みをつくるとしています。

得られた情報を自治体や参加者と共有し、活動を広げていく構成です。

同センターの役割は、三つに整理されています。第一は、雨庭の普及啓発と導入支援です。「雨庭スタンダード・テキストブック」の仕様に基づき、雨庭の導入を支援します。導入後の管理支援も検討するとしています。第二は、雨庭の効果の定量評価です。地下水涵養効果をはじめ、雨庭の多面的な価値を可視化し、地域の共感を呼ぶストーリーとして発信します。第三は、雨庭導入のインセンティブ設計です。金融上の優遇やクレジット化など、ネイチャーファイナンス市場を通じて、雨庭の導入に資金が流れる仕組みと、導入主体にとってのメリットをつくることを目指します。

多様な主体が参加できる仕組み

 熊本ウォーターポジティブ・デザインセンターでは、参加主体に応じた複数の関わり方が示されています。宣言会員は、ウォーターポジティブアクションを宣言する地域の企業や団体です。自社の取り組みを社会へ表明し、雨庭の導入などによって水循環保全に貢献します。第三者認定による信頼性の獲得と情報発信も示されています。一般会員は、趣旨に賛同する企業、団体、財団などです。活動基盤を支え、活動内容の共有や共創会議への参加を通じてネットワークを形成します。技術会員は、施工、造園、建築会社などです。認定技術者を配置し、標準仕様に基づく施工を提供します。技術研修とテキストブック学習によって品質を確保します。共創会員は、ウォーターポジティブアクションの仕組みづくりに関心を持つ企業です。評価手法やインセンティブの設計を共創し、実証を通じて技術と知見を蓄積します。さらに、市民サポーターとともに活動を盛り上げる仕組みも示されています。

雨庭という具体的な自然活用型の対策を、施工標準、計測、評価、認証、金融、情報発信、地域参加まで含むエコシステムとして広げる構成です。


栗田工業株式会社:産業の水利用、Water Stewardship、水処理技術を流域へ接続する

経営企画室 経営統括部 CSV推進課 荻野かおり氏

テーマは、「産業の水利用×Water Stewardship×KURITA――持続可能な水資源管理に向けて」です。

クリタグループのマテリアリティとWater Stewardship

 クリタグループは、環境課題を解決するための重要課題として、Water Stewardship、温室効果ガス削減、サーキュラーエコノミーを掲げています。

Water Stewardshipの取り組みは、自社拠点、流域、社会貢献活動という複数の領域で進める構成です。また、国際的なイニシアチブとの連携も示されています。資料には、Alliance for Water Stewardship、国連グローバル・コンパクトのCEO Water Mandate、Water Resilience Coalitionなどが掲載されています。自社施設の水利用だけを改善するのではなく、流域単位の課題や地域社会との関係を含めて水を管理する姿勢です。

薬品・施設・運転管理を組み合わせる

 栗田工業のソリューションは、薬品、施設、運転・維持管理を組み合わせて提供するものとして示されています。対象となる業界は、電子産業、自動車、石油精製・石油化学、鉄鋼、食品・飲料、医薬品、商業施設、公共施設、発電所など、幅広い領域です。水処理設備を設置するだけではなく、薬品、設備、運転管理を組み合わせ、それぞれの産業に適した水利用を支援します。

半導体産業のバリューチェーンと水利用

 資料では、半導体産業における水利用が詳しく示されています。研究開発・設計、原材料の採取、部品、サブアセンブリ・製造、アセンブリ・組み込み、ブランド・小売、消費者利用、使用終了までのバリューチェーンが描かれています。その中でも、部品とサブアセンブリ・製造の領域が、水利用の大きな部分を占める構成として示されています。半導体製造では、ウエハー工程、前工程、後工程で多くの水が使われます。栗田工業の水ソリューションとして、超純水システム、排水回収システム、資源回収システム、薬品、あらかじめ構成された超純水設備などが示されています。

半導体工場における水の循環

 半導体工場向けソリューションの図では、工業用水や地下水が純水処理設備へ入り、その後、超純水設備を通じて製造工程へ供給されます。

超純水は、ウェットエッチングなどの工程で使用されます。ドライエッチングでは、プロセスガスを使用し、除害装置を通じて排ガスを処理します。ウェットエッチングとドライエッチングの各工程から発生する排水は、それぞれの性質に応じた排水処理設備へ送られます。処理された排水の一部は、排水回収設備によって再利用されます。資料上の例では、製造技術の高度化に伴い、超純水の使用量が1.2倍、ドライエッチング工程からの排水量が2倍になるイメージが示されています。製造工程の高度化によって増える水需要と排水に対応するため、取水、純水化、利用、処理、回収、再利用を一体的に設計する構成です。

現在取り組んでいる対象領域

 栗田工業の資料では、現在取り組んでいる対象領域も紹介されています。一つは、先進工業団地の水管理です。一つは、海水遡上の予兆診断です。一つは、流域の生態系予測です。一つは、里山を対象としたAWS認証サポートであり、流域の水利用最適化が記されています。また、PFAS対策として、水質分析、除去、モニタリング、無害化を提供する構成が示されています。さらに、環境配慮型の高性能消火剤も紹介されています。資料では、PFASとホウ素を含まず、森林火災やリチウムイオン電池火災に対する高い消火性能を持ち、災害による自然環境への影響を防ぐ技術として示されています。工場や工業団地の内部における水処理だけでなく、里山、流域生態系、地下水、海水遡上、災害時の環境保全まで、対象領域を広げていることが示されています。


【まとめ】


流域デジタルツインの構成

 本セッションのでは、流域デジタルツインが単独のシステムや製品としてではなく、複数の機能を接続する基盤として示されています。
国土交通省田中敬也氏の講演では、「流域での水の恵みを最大化する取組を――Think in Watersheds――」と掲げられました。
テラインサイト 今井義仁氏の講演では、「水のインパクトを予測して持続可能な経済価値の創出へ」「統合水資源管理はコストではなく成長・競争力への投資」と示されました。
IHIの講演では、大気水蒸気観測、AI気象予測、インフラの監視・制御を接続する構成が示されました。
八千代エンジニヤリングの講演では、行政、企業、地域、アカデミア、ファイナンスをつなぎ、見える化、全体最適化、仕組み化を進める役割が示されました。
MS&ADインターリスク総研の講演では、水災リスクの評価、グリーンレジリエンス、雨庭の効果測定、認証、金融インセンティブを含む仕組みが示されました。
栗田工業の講演では、産業の取水、純水化、利用、排水、回収、再利用を改善し、工場の水循環を流域の水収支へ接続する構成が示されました。

本セッションは、水を自然環境の課題としてだけでなく、生活、産業、インフラ、防災、地域づくり、企業経営、金融をつなぐ基盤として扱っています。流域の水、自然、産業、インフラ、資金を、一つの意思決定へ。「流域デジタルツイン2026」は、その全体像と、それぞれの主体が担う具体的な役割を示したセッションでした。

最初に必要なのは、流域を単位として考えることです。
水の流れだけではなく、農業、工業、都市、発電、環境、防災などの社会経済活動を含む「流域圏」を捉えます。
次に、流域治水、水利用、流域環境を統合します。


洪水被害の最小化、水の恵みの最大化、水でつながる豊かな環境の最大化を同時に扱い、相乗効果を生み出すとともに、利益相反を調整します。
そのためには、データの共有と可視化が必要です。
雨量、河川水位、ダム流入量、放流量、貯水位、地下水、水質、生物情報、取水量、還元量、産業需要、農業需要、施設情報などを、流域単位で把握します。
現在把握できているデータだけではなく、取水量、還元量、水路網の水位・流量・水温・水質、生物情報など、未把握または共有されていない情報も明らかにします。
デジタルツインは、これらのデータを使って、現在の状態を再現し、将来の状態を予測します。
気候シナリオ、社会経済シナリオ、土地利用、産業需要、農業需要、施設運用を組み合わせ、洪水、渇水、水ストレス、地下水、生態系、水質、事業への影響を可視化します。
可視化した情報は、計画と合意形成へ翻訳されます。
行政、企業、地域、アカデミア、金融が、同じデータと将来シナリオを見ながら、対策候補を比較します。
地域の知見を加え、流域全体にとって望ましい変革シナリオを作成します。
計画は、施設の運用と制御へ接続されます。
気象予測、ダム流入量予測、河川氾濫予測などを、水門、ダム、頭首工、用水路、ポンプなどの監視と操作に反映します。
工場では、取水、純水化、利用、排水処理、回収、再利用を改善します。
企業の水循環対策が、工場内部だけでなく、流域全体の水収支にどのような影響を与えるのかを確認します。
自然を活用した対策も含まれます。
森林の保全と再生、湿地、遊水地、雨水貯留、雨庭、河川・干潟の保全などによって、地下水涵養、洪水抑制、水質改善、生物多様性、暑熱緩和、景観向上などの複数の価値を生み出します。
最後に、それらの便益を評価し、資金へ翻訳します。
洪水被害の低減、生産停止の回避、処理コストの削減、発電量の増加、水利用効率の向上、生態系の回復などを定量化します。公的予算、企業投資、料金収入、保険、グリーンボンド、ウォーターボンド、ブレンデッドファイナンス、カーボンクレジット、寄付、地域ファンドなど、複数の資金源を組み合わせます。対策の実施後は、継続的にモニタリングし、計画と実績を比較します。成果を追跡し、二重計上を防ぎ、投資家、行政、企業、地域に対する説明可能性を確保します。流域デジタルツインは、データを表示するだけの地図ではありません。
流域を診断し、計画に翻訳し、合意を形成し、施設を動かし、工場の水循環を改善し、自然を再生し、リスクを低減し、便益を評価し、資金を循環させるための実装基盤です。


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