アジアと日本の、リーンなネイチャーポジティブサプライチェーン
アメリカが欧州から離脱し、新モンロー主義を掲げています。世界が地域分断に動いています。日本にとっては改めて自らが立地しているアジアの重要性が重要になってまいります。
そこで、「東南アジア(主に ASEAN 諸国) が持つ重要性」について、調達先としての物品名や業種名、国・地域との関係性をできるだけ網羅的かつ体系的に整理し、ネイチャーポジティブの視点でどのような未来を描くことができるのか?を整理しようと思います。日本においては、ネイチャーポジティブについてはピンとこない人も少なくないですが、現地現場の知恵を駆使して「リーンで安定したビジネスのための協働」と読み替えて、理解いただいても同義と思います(今すぐ挑戦したくなっていただければ!)。今日も楽しんでいって下さいね。

0.なぜ東南アジアが「調達先」として重要なのか
日本にとって、東南アジアが調達先として重視される背景には、以下のような強みがあります。
コスト優位性と労働集約的製造適性 — 中国を含む従来の製造拠点の人件費上昇や地政学リスクを受け、多くの国際企業が東南アジアへ生産・調達拠点をシフトさせている。これにより、部品・中間財の調達コスト抑制や製造コスト低減が可能。
地域のサプライチェーン統合の進展 — 関税削減や自由貿易協定(FTA/地域包括協定)の整備によって、ASEAN域内および日本との間での部品供給網の構築が容易になり、物流・関税・手続きコストが低減。
生産拠点の分散と可用性 — 自動車、電子、機械など複数産業で製造基地が分散しており、一国集中のリスクを分散できる。また、地域ごとに専門性のあるサプライヤーが存在するため、目的に応じた最適な調達先を選びやすい。
日本企業の直接投資による信頼性と実績 — 過去数十年にわたる日本企業の投資実績により、信頼できるパートナー、安定供給の実績あるサプライヤーが多数存在する。過去数十年にわたる日本企業からの直接投資により、これらのサプライヤー基地は成熟してきており、「信頼性」「納期管理」「品質管理」「コスト管理」の面で、いまや国際サプライチェーンの主力になっている。
以上の構造的強みがあるため、東南アジアは単なる補完域ではなく、世界的サプライチェーンの重要な柱として、日本の産業にとって欠かせない調達先となっています。
主な調達対象物品・業種分類と、それを担う国/地域
以下は、過去〜現在において日本企業が東南アジアから主に調達している物品・業種、およびそれを支える国や地域の関係性を整理したものです。
業種/用途 主な物品・部品 (例)主な調達先国/地域役割・意味合い
自動車産業(部品・構成部材)
・ワイヤーハーネス、カーラジオ、シートベルト、その他自動車用部品・コンポーネント
・タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、ベトナムなど(ASEAN諸国)
・日本の完成車メーカーにとって、部品の安価かつ安定調達先として機能。部品サプライチェーンの多国分散によりコスト低減と供給安定。特に自動車部品では、2019年時点で「ワイヤーハーネス」の調達依存度が82.3%、「カーラジオ」は86.0%、「シートベルト」は70.1%など、特定部品でASEANへの依存が非常に高いケースも報告されています。これにより、東南アジアは日本の自動車産業の“命綱”的なサプライチェーン拠点になっています。
電子機器/電気機械
・電子部品、半導体関連部品、家電向け部品
・マレーシア(半導体・ハイテク分野)、タイ、ベトナム、フィリピンなど ・グローバルな電子・家電のサプライチェーンにおいて、半導体・電子部品の安定供給源。日本企業の部品調達、最終組み立てや輸入における重要拠点。電子機器・電気機械、機械産業についても、ASEAN域内で産業機能の分担が進んでおり、単なる労働集約ではなく「中間財の安定供給」「加工・組み立て」「部品製造」という形で、日本の調達網に深く組み込まれています。
繊維・アパレル
・衣類、織物、副資材(縫製、布地、アクセサリなど)
・ベトナム、ミャンマー、カンボジア、インドネシアなど
・日本国内市場および欧米向けアパレルの生産で、低コストな縫製拠点として機能。労働集約型だが、コスト競争力と量産力で有利。
機械・工作機械・産業機械
・部品鋼材、金属加工製品、プレス・プラスチック部品など中間財
・タイ、インドネシア、マレーシア、ベトナムなど(産業機械受け皿国)
・日本の産業機械・工作機械メーカーの部品供給元。中間財の調達でコスト削減、製造コスト抑制に寄与。
原材料・資源/素材
・天然ゴム、非鉄金属、鉱物、木材、農産品
・インドネシア、マレーシア、その他資源産出国
・自然資源をもつ国からの素材供給源。製造業の原材料調達・コスト抑制、安定供給に貢献。
サプライチェーンへの統合度と構造変化
調達先としての東南アジアの重要性は、単なる「安価な代替地」としての役割を超えて、グローバル・価値連鎖(GVC: Global Value Chain)の中核を成す構造に変化しています。以下の点で、その統合度と構造が進化しています。
調達比率の拡大:かつては調達先のひとつにすぎなかったが、ジェトロなどの調査によれば、在ASEAN日本企業の「現地調達比率」は年々上昇。2010年代以降、中国からASEANへの移転や分散が進み、2020年代には調達全体のかなりの割合を占めるようになっています。
産業横断的なサプライチェーンの構築:自動車、電子、機械、繊維、資源など、複数産業にまたがって部品・原材料・中間材が供給され、日本の最終製品・完成品をつくるうえで不可欠なネットワークになっています。これにより、特定産業だけに偏らず、汎用的な調達拠点としての価値があります。
制度面・協定面での安定性向上:地域包括経済連携(例: RCEP)や各国との二国間協定によって、関税や貿易ルールが比較的安定・明確になっており、長期契約や大量調達も見通しが立てやすい。これが、日本企業にとっての調達拠点としての信頼性を高めています。
サプライチェーンの多国分散/リスク分散:特定国・特定地域に偏ることなく、タイ、マレーシア、ベトナム、インドネシアなど複数国に分散させることで、地政学的リスク、為替リスク、パンデミックや自然災害リスクの分散につながります。
このように、東南アジアはもはや「バックヤードの一角」ではなく、「日本の製造業グローバルサプライチェーンの主要な一翼」を担う構造的パートナーです。
整理すると、東南アジアは以下のような意味で、単なる“安価な代替地”を越えて、日本の産業・経済にとって戦略的に不可欠なサプライチェーン拠点になっています。
自動車、電子、機械、繊維、素材など幅広い産業分野で、中間財・部品・素材の供給源として機能
コスト優位性だけでなく、制度整備や地理的近接性、投資実績によって、安定性・信頼性が高い
サプライチェーンの多国分散により、リスク分散と可用性確保に資する
将来的なサステナビリティ対応、自然資本・環境リスク管理の拠点としてもポテンシャルを持つ
1.日本と東南アジアとネイチャーポジティブなサプライチェーン
前の章では、ひととおり日本と東南アジアの関係を見てまいりました。この章では、日本と東南アジアの「ネイチャーポジティブ」なサプライチェーンを、整理していきます。日本と東南アジアは、海上輸送ルートで強く結ばれており、世界でも最も密度の高い航路がこの地域を通過しています。その結節点になっている業種から順に、「どんな自然影響があるか」個社名を挙げながら、それぞれが「どうつながっているか」、その際のネイチャーの論点を見ていきます。
農産物・食料チェーン
農林水産と食品・日用品(土地利用型)の場合、中心課題は森林減少や生態系の改変です。上流は小規模生産者が多く、情報も分散しています。ここで関係性が悪化しやすいのは、「証拠書類の要求」が先に立ち、現地の能力と資金が追いつかないときです。改善策は、地理情報の取得や農法転換の支援を、買い手側が共同投資として組み込み、成果が出た地域から段階的に要件を上げることです。欧州の森林減少規則のような要請が波及する可能性がある以上、2026年に“準備の標準化”を終える意義は大きいです。地理情報や水利用、認証情報などは、提出のための書類にすると疲弊します。共同のデータ基盤として、入力の手間を減らし、現地側にも利益(操業改善、歩留まり改善、リスク低下)が返るように設計します。TNFDが強調する「意思決定に役立つ情報」という発想に寄せるのが要諦です。
1-1. パーム油(インドネシア・マレーシア → 日本)
パーム油は、東南アジアの熱帯林の転換と生物多様性損失の最大要因の一つと言われています(RSPO)。インドネシアとマレーシアで世界生産の約8割を占め、日本向けにも大量に輸出されています。主なサプライチェーンの構図は、次のようなイメージです。
・上流
インドネシア/マレーシア系大手農園・生産会社
例:Wilmar International、Sime Darby Plantation、Golden Agri-Resources など
これらは持続可能なパーム油の国際認証(RSPO)を取得している事例もありますが、森林や泥炭地への影響をめぐり、国際的な議論の対象にもなってきました。
・中流(商社・油脂メーカー)
日本の大手総合商社や食品原料メーカー
例:伊藤忠商事、三菱商事、三井物産、丸紅 などの商社
花王、ライオン、不二製油、J-オイルミルズなどの油脂・食品原料企業
商社は、産地の精製・分別施設に出資したり、現地企業との合弁を通じて日本向け供給網を構築しています。環境・社会リスク管理の枠組みを整備し、森林破壊のない調達を目指す取り組みを公表する企業も増えています。
・下流(食品・日用品・外食)
パーム油は、スナック菓子、即席麺、マーガリン、洗剤、化粧品などに広く使われています。
例:味の素、日清食品、カルビー、明治、森永製菓、花王、ライオン、ユニリーバ・ジャパン など
ネイチャーポジティブの観点では、
「森林保全・高保全価値地(希少な生態系がある地域)の保護」
「泥炭地からの温室効果ガス排出削減」
「小規模農家の生計向上」
が主要論点になります。
1-2. 天然ゴム(タイ・インドネシア・ベトナム → 日本)
天然ゴムの主な産地はタイ、インドネシア、ベトナムであり、いずれも日本のタイヤ・自動車産業と強く結びついています。天然ゴムは、森林開発、単一栽培による生物多様性の単調化、水資源への影響が論点となります。一方で、アグロフォレストリー(多様な樹種を組み合わせた農林複合)や、小規模農家支援型のプロジェクトが増えれば、ネイチャーポジティブに転換しやすい作物とも言えます。
・日本側の需要企業
横浜ゴム、住友ゴム工業、ブリヂストンなどのタイヤメーカーが、持続可能な天然ゴム調達方針を打ち出しています。例えば、横浜ゴムは2018年に「サステナブル天然ゴム調達方針」を策定し、サプライヤーとの協働を進めています。住友ゴムは、天然ゴムの環境・社会リスクを把握するためのツール「RubberWay」を導入しています。
・商社・中間流通
伊藤忠商事は、天然ゴムの持続可能なプラットフォーム「Global Platform for Sustainable Natural Rubber」に日本の商社として唯一の創設メンバーとして参加し、サプライチェーン全体のトレーサビリティ向上を掲げています。
・東南アジア側企業・機関
タイでは、ゴム公社(RAOT: Rubber Authority of Thailand)が、生産者の持続可能性向上を目的としたプロジェクトを進めており、日本企業Green Carbonなどが協働し、ゴム農家の環境価値をカーボンクレジットなどにつなげる事例があります。
1-3. 水産物(タイ・ベトナム・インドネシアなど → 日本)
日本の水産物輸入は、東南アジアへの依存度が高い分野です。ツナ缶、エビ、白身魚などが代表例です。
・東南アジア側のキープレーヤー
タイのThai Union Groupは、世界有数の水産加工企業であり、缶詰ツナなどで日本市場とも深く結びついています。同社は、持続可能な漁業(認証取得や漁業改善プロジェクト)への投資を進め、2020年までに調達するツナの87パーセントを「責任ある漁業」由来とする目標を達成したと公表しています。
・日本側企業・取り組み
2025年には、日本の大手食品・流通企業7社が「責任ある水産調達ラウンドテーブル」を立ち上げ、日本国内での持続可能な水産物調達を共同で進める枠組みを作っています。これには、イオン、セブン&アイ・ホールディングス、ニチレイ、マルハニチロなどが関わっています。
・ネイチャーポジティブ上の論点
過剰漁獲、混獲(絶滅危惧種を含む)、マングローブ林の破壊(エビ養殖)、労働問題が一体化しており、「トレーサビリティ」と「認証+漁業改善プロジェクト」の組み合わせが鍵になっています。
2. 林業・パルプ・紙
熱帯林の保全とカーボンストックの観点で、日本と東南アジアを結ぶサプライチェーンとして重要なのが、パルプ・紙です。熱帯林の保全、泥炭地の保護、水質保全が主要なテーマです。一方で、認証森林を拡大し、天然林の保護区を設定し、地域住民と共同管理を行う形にできれば、「森林破壊型ビジネス」から「森林再生ビジネス」に転換する余地があります。
・日本の商社・製紙企業
丸紅は、インドネシアのPT. Tanjungenim Lestari Pulp and Paper(TEL)などを通じて、木材パルプを生産し、日本やベトナムなどの工場と連携したサプライチェーンを構築しています。住友林業は、パプアニューギニアなどでFSC認証林の開発を進めており、植林と伐採のサイクルの中で生物多様性への配慮を組み込もうとしています。
3. 自動車・タイヤ・ゴム製品
自動車産業は、部品を含めて東南アジアとの結び付きが非常に強い分野です。タイ、インドネシア、ベトナムは「世界の工場」として位置づけられています。
・生産拠点の例:トヨタ自動車、ホンダ、日産、マツダなどは、タイ、インドネシア、ベトナムで完成車や部品の生産拠点を展開し、現地市場と日本・第三国市場向けに輸出しています。これらは鉄鋼、アルミ、プラスチック、ゴム、レアメタルなど多様な資源サプライチェーンのハブになっています。
・タイヤ・ゴム部品:前述の天然ゴムに加え、カーボンブラック(石油由来)、合成ゴム、ナイロン、スチールコードなど、幅広い素材が東南アジアと日本を行き来しています。
・自然への影響
自動車本体よりも、その素材の上流(鉱山、油田、ゴム農園、森林)に自然インパクトが集中します。
ネイチャーポジティブを志向する場合、
(1)天然ゴム・金属など原料段階の森林・生態系への影響評価
(2)サーキュラーエコノミー(長寿命化、リサイクル、リマニュファクチャリング)
の二軸で考える必要があります。
4. 電機・電子機器・半導体周辺
電機・電子分野は、東南アジアにおける組立・加工拠点と、日本の設計・高機能部材が組み合わさっているケースが多く見られます。この領域は、「生産拠点が自然環境に与える直接影響」と「上流の鉱山開発の影響」が分断されがちで、サプライチェーンの全体像を見える化することがネイチャーポジティブへの第一歩になります。繊維、化学、電子部品など(水・化学物質型)の場合、中心課題は水量と水質、排水・化学物質管理です。ネイチャーポジティブなサプライチェーンの構築に向けては、具体的には、排水処理や再利用設備への資金支援、工程改善の技術移転、工場の操業データを使った継続的改善が、関係性において重要になってまいります。買い手は短納期・短契約になりがちなので、長期の改善投資が回収できるよう、契約期間と価格条件を調整するのがポイントです。
・日本企業の現地拠点の例
パナソニック、ソニー、シャープ、三菱電機、富士通などが、タイ、マレーシア、ベトナムなどにテレビ、冷蔵庫、エアコン、電子部品の工場を展開してきました。近年は、ベトナムやマレーシアにおいて、半導体後工程や電子部品の拠点が拡大しています。
・上流側の自然資本リスク
鉱山開発(ニッケル、コバルト、錫、銅、金など)と、製造時の水・化学物質管理が主な論点です。たとえば、インドネシアのニッケル採掘は、電気自動車(EV)電池の需要拡大を背景に急増しており、森林や海洋への影響が国際的な関心事になっています。
・東南アジア企業との関係
シンガポール、マレーシア、タイには、多数の電子部品メーカーやEMS(受託製造サービス)企業があり、日本の電機メーカーや自動車部品メーカーの生産ネットワークに組み込まれています。企業名で見ると、Flex(シンガポール)、Delta Electronics(タイ)、さらにはベトナムの国営・民間企業など多様ですが、自然影響は主として電力源(石炭火力か再生可能エネルギーか)と廃水・廃棄物管理に現れます。
5. エネルギー・金属資源
エネルギーと鉱物資源は、自然資本への影響が大きい一方で、日本と東南アジアの相互依存が最も強い分野の一つです。鉱物・金属、電池素材、建設資材(開発・採掘型)の場合、中心課題は土地改変と水、そして地域社会との関係です。ここでは「影響を避ける→最小化する→復元する→どうしても残る分を扱う」という順番の考え方(ミティゲーション・ヒエラルキー)が効きます。この順番を、事業者と地域、金融機関、政府の間で共有しないと、復元だけが先行したり、説明責任だけが膨らんだりします。関係性の設計としては、事前の合意形成と復元の長期資金をセットにし、操業期間を超えて面倒を見る枠組みを作ることが実務的です。
・化石燃料
インドネシアの石炭、マレーシアやブルネイの天然ガスは、日本の電力・産業向けに長年輸出されています。
日本の電力会社や商社(JERA、三菱商事、三井物産、住友商事、丸紅など)が、LNG(液化天然ガス)プロジェクトや石炭火力案件に関与してきました。
・ニッケル・錫・ボーキサイトなど
インドネシアは、ニッケルやボーキサイトなどの輸出規制を行い、国内での精錬・加工を促進しています。
この動きに対し、日本や韓国、中国の企業が現地での製錬プラントや電池材料工場への投資を進めています。
森林伐採や土壌・水質汚染、海洋への鉱滓(不要物)投棄が、生物多様性に大きな影響を与える可能性があります。
・自然ポジティブの視点
この分野でネイチャーポジティブを実現するには、
・高保全価値の森林や沿岸生態系を回避する立地選定
・既存鉱山跡地の生態系再生(リハビリテーション)
・再エネ電源へのシフト
など、比較的大規模な事業設計の変革が必要になります。
6. 小売・外食・日用品ブランド
日本の小売・外食は、東南アジアの一次産品と加工食品を通じて、自然資本に大きな影響を及ぼす「需要側のゲート」となっています。
・日本のリテール・外食企業
イオン、セブン&アイ・ホールディングス、イケア・ジャパン(日本企業ではありませんが日本市場で重要)、外食では、すき家を展開するゼンショー、吉野家、すかいらーく、マクドナルドなどがあります。
これらの企業は、パーム油、水産物、牛肉、鶏肉、紙製品、木材(店舗内装や什器)を通じて、東南アジアの森林や漁場とつながっています。
・東南アジア現地での日本ブランド展開
イオンモールや無印良品、ダイソー、ファミリーマートなどは、東南アジア各国に店舗展開しており、現地で調達した農水産物や加工品を販売しています。この場合、日本本社のサステナビリティ方針が、現地の仕入れ基準にどこまで反映されるかがポイントになります。
・ネイチャーポジティブへの鍵
調達方針を具体的な数値目標に落とし込むことが重要です。
たとえば、水産物の持続可能な認証比率を何年までに何パーセントにするか、パーム油を何年までに第三者認証付きまたは森林破壊フリーのものへ切り替えるか、といったものです。
7. 金融・投資(間接的なサプライチェーン)
日本のメガバンクや商社系の投資は、東南アジアの自然関連プロジェクトに資金面で深く関与しています。
・日本の金融機関
三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャルグループ、みずほフィナンシャルグループなどは、東南アジアのエネルギー、インフラ、農業ビジネスへの融資や投資を行っています。
環境・社会リスク管理方針の中で、森林伐採や開発プロジェクトの評価を行うとしていますが、具体的な案件ごとの自然へのインパクトを、どこまで定量的に把握できているかは、公開情報だけでは判断が難しい部分もあります。わからない点が多い領域です。
・商社の出資関係
三菱商事がタイのThai Union Groupの株式を増やすなど、食品・水産分野でも日本企業による東南アジア企業への出資が進んでいます。(Reuters)
このような資本提携により、日本市場への供給だけでなく、グローバル市場に向けたサプライチェーン全体の持続可能性方針を共同で設計できる可能性があります。
・ネイチャーポジティブ金融
自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)に沿ったリスク評価や、自然資本を考慮した投融資方針の策定は、日本のメガバンクや保険会社でも進みつつありますが、東南アジアでの具体的な案件レベルでどこまで反映されているかは、今後の検証テーマです。
2.アジアと日本の、リーンなネイチャーポジティブサプライチェーン
全サプライチェーンを一度に扱うと、必ず情報量に押しつぶされます。まずは、以下のような観点で「優先的にネイチャーポジティブ転換を考えるチェーン」を選ぶとよいと思います。
・熱帯林・泥炭地・マングローブなど、自然資本の価値が極めて高い生態系に直結しているもの
例:パーム油、パルプ・紙、天然ゴム、エビ養殖
・水産資源の過剰利用や混獲によって、絶滅危惧種に影響するもの
例:遠洋・近海のマグロ・カツオ、底引き網漁による白身魚、エビ
・鉱山や大規模インフラで、生態系の分断を引き起こすもの
例:ニッケル・ボーキサイト・石炭などの採掘と関連インフラ
これらは、自然へのマイナスインパクトが大きい一方で、国際的なルール形成や認証スキームも進んでいるため、ネイチャーポジティブへの「転換ストーリー」が描きやすい領域でもあります。
ネイチャーポジティブを真剣に目指すなら、個社の努力だけでは限界があります。現実的には、次のような三角形で考えると動かしやすくなります。
・日本の需要企業(食品メーカー、小売、電機、自動車など)が、調達方針と数値目標を明確にする
・東南アジア側の生産・加工企業が、認証取得やトレーサビリティの強化、地域コミュニティとの協働を進める
・金融機関・投資家が、上記の取り組みを資金や評価の面で後押しする(条件付き融資、サステナビリティ・リンク・ローンなど)
たとえば、水産で言えば「日本の小売チェーンが持続可能な水産物の取り扱い比率を引き上げる目標を掲げ、その供給をThai Unionのような企業が担い、日本とタイ双方の金融機関がトレーサビリティや漁業改善プロジェクトへの投資を支える」といった構図です。アジア×日本のサプライチェーンでネイチャーポジティブを進める鍵は、調達の関係性を「守れているかを監査する関係」から、「自然の成果を共同でつくり、その成果が取引の条件として報われる関係」へ変えることだと考えます。言い換えると「相手の負担を増やさずに、成果の確度を上げる設計」です。
リーンなネイチャーポジティブ
ネイチャーポジティブは「自然を、現場の装置(インフラ)として使い直す」取り組みです。たとえば森林や湿地やマングローブ(熱帯・亜熱帯の海岸に生える樹林)は、水や土砂や波のエネルギーを受け止め、農地・工場・物流拠点の“手戻り”を減らします。
工数削減の起点は、だいたい次の3つに整理できます。
入力作業(散水、施肥、農薬散布、除草)の回数を減らす
水・肥料・農薬を「必要な量だけ」に寄せると、単純に作業回数が減り、燃料や電力も落ちます。農家の労働時間が最も減りやすい領域です。被害復旧・保全(堤防補修、浚渫、清掃、緊急停止)の“発生源”を抑える
沿岸林や湿地が波や土砂を受け止めると、堤防の補修や産業用地の侵食対策が軽くなり、復旧工数が減ります。ここは企業サプライチェーンに直撃しやすいです。労働生産性の“乱れ”を減らす
猛暑や局地豪雨で作業できない、物流が止まる、工場が浸水する、という「止まり方」が増えるほど、同じ人数でも生産性が落ちます。都市・工業団地でのグリーンインフラ(雨水を貯留・浸透させる緑地設計など)は、ここに効きます。
ネイチャーポジティブな仕組みを導入することで、自然に向き合う事業でもリーンな生産を目指すことが可能になります。これは、絶え間ない生産性改善の余地があることを示唆する点で重要です。この枠組みを頭に置いたうえで、実際に「工数削減」「生産性向上」に結びついた世界の先行事例を見ていきます。
1) ベトナムのコーヒー:水の使い過ぎを止めるだけで、工数とコストが一気に減る
ベトナムのコーヒー農家では、乾季の灌漑(散水)で「必要以上に水を使っていた」ことが課題でした。ネスレでは、土に挿したペットボトルの結露や、空き缶(コンデンスミルク缶)で雨量を測るといった、非常に低コストな方法で「散水のタイミングと量」を適正化しました (Nestlé)。この事例が面白いのは、現場の作業設計を変えている点です。水の過剰使用は燃料費(ポンプ)だけでなく「無駄な散水に費やす時間」も浪費だと示されています。そして、農家の声として「水使用量を大きく削減しながら、コーヒーの産出が1割以上増えた」「肥料は3分の1節約、労働・電力・燃料コストは半減した」といった効果が述べられています (Nestlé)。このケースの省力化は「水を守る」以前に、「水の無駄を無くすこと=散水回数と運転時間を減らすこと」にあります。結果として、自然資源への負荷が下がり、同時に現場の工数とコストが落ちています。
2) インドの綿花:土づくり・入力最適化が、労務費(工数の塊)に効く
繊維サプライチェーンで重要な綿花について、Better Cottonのインド影響報告では、利益増の背景として「土地準備(耕起など)の労務費の削減」や「種子・肥料費の削減」が挙げられています(Better Cotton Initiative)。土地準備の労務費が下がるというのは、耕起回数や作業負担が減った、あるいは作業のやり直しが減った可能性を示唆します。少なくとも「自然に配慮した栽培」が、コスト構造の中で重い労務費に触れている点は、実利として重要です。 日本のアパレルや商社がアジアで綿花を調達する場合、最終製品の価格競争力は、原料コストと供給安定性に大きく左右されます。労務費が下がる取り組みは、サプライヤー側の持続性(続けられるか)に直結するため、購買側にとってもリスク低減になります。
3) ベトナムのマングローブ植林:堤防補修の“手間そのもの”を減らす
沿岸部では「波・高潮・侵食」が、農業・養殖だけでなく、港湾・工業地帯・道路などサプライチェーンの基盤を壊します。国際赤十字・赤新月社連盟(International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies)のベトナム事例では、マングローブの便益として「海堤(海の堤防)の維持管理・修理費の削減」が明確に挙げられています。あるコミューンでの台風前後の比較として、海堤が損傷し修理に多額の費用がかかったことが記載され、マングローブが防護に寄与し得ることを示しています(数字は費用として提示)。さらに、複数コミューンで便益/費用比(費用便益比)が示され、投資対効果の観点でも整理されています。この手の「自然が防災インフラとして機能する」事例は、企業の工数削減と相性が良いです。なぜなら、堤防の補修・復旧は“やるしかない突発工事”であり、最も避けたい非計画作業だからです。マングローブが効くと、保全・修繕の頻度と規模が落ち、現場工数が下がります。
4) 工業団地そのものを守る:ベトナムの工業団地で、洪水損害を避け、維持管理も軽くする
サプライチェーンの視点でさらに重要なのは、「農地」だけではなく「工業団地・港湾・倉庫・道路」を守る自然投資です。持続可能な開発のための国際研究所の2025年報告では、ベトナムのDEEP C工業団地でマングローブを植えることによる便益として、26年間で最大1,298億ベトナムドンの洪水被害を回避し得ること、投資1に対して便益が最大3.42という経済性が示されています。加えて、同報告は、洪水・侵食リスクの低減だけでなく、海堤の維持管理コストの低減にも触れています。企業側の言葉に翻訳すると、「浸水で止まる」「侵食で土地が減る」「堤防の補修で工事が入る」といった操業の乱れが減る、ということです。これは生産性向上の中でも、特に“止まらない”という意味での生産性に直結します。
実利ある、アジアと日本のサプライチェーンのネイチャーポジティブに向けて
アジアと日本のサプライチェーンにおけるネイチャーポジティブは、「自然を守るから良い」のではなく、「自然の機能を業務設計に組み込み、予定外工数を減らすから強い」という話に置き換えると、急に実装の筋が通ります。灌漑の最適化で作業時間とコストが落ちる。マングローブで堤防補修や浸水停止が減る。工業団地で自然帯を整備し、洪水損害を避ける。こうした事例は、すでに“実利”として語り始められています。
例えば、調達先(アジア)での一次産業の工程短縮です。コーヒーの事例が象徴的で、測定方法が簡単であるほど普及が早く、結果として水・燃料・労働が同時に減ります。ここは日本企業が単独で全てやる必要はなく、既存のプログラムを「工数削減の観点で再設計して購買条件に織り込む」ほうが実装が速いです。
次に、物流・製造拠点を“止めない”ための自然インフラ投資です。マングローブの例は、沿岸域の工業団地にとって洪水・侵食が操業リスクであり、自然帯を造成することが経済合理性を持ち得ることを示しています。サプライチェーンの現場感で言えば、ここで生まれる価値は「停止と復旧の工数が減る」ことです。
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