ネイチャーポジティブの7つのビジネスモデル(ケンブリッジ大学CISL)を読み解く
ケンブリッジ大学サステナビリティ・リーダーシップ研究所(CISL)とA-Trackプロジェクトから、2026年4月に重要なペーパーが公開されました。タイトルは「Nature positive business models: Archetypes, practical examples and case studies」。ネイチャーポジティブに整合したビジネスモデルを7つのアーキタイプ(原型)に分類し、それぞれにケーススタディを添えた実践的な文書です。この文書は、「ネイチャーポジティブって結局どういうビジネスなのか」という根本的な問いに答えを出そうとしている点です。自然資本の世界では、事業モデルの類型化がまだ十分に進んでいませんでした。CISLのこの整理は、その空白を埋める試みとして注目に値します。今日は、この7つのアーキタイプを一つずつ読み解きながら、企業にとっての示唆を考えてみたいと思います。
では、本日も楽しんでいってくださいね。
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2026年4月、ケンブリッジ大学サステナビリティ・リーダーシップ研究所(CISL)とA-Trackプロジェクトから、注目すべきペーパーが公開されました。タイトルは「Nature positive business models: Archetypes, practical examples and case studies」。ネイチャーポジティブに整合したビジネスモデルを7つのアーキタイプ(原型)に分類し、それぞれにケーススタディを添えた実践的な文書です。EUのHorizon Europeプログラムから資金を受けた4年間・1,100万ユーロ規模のA-Trackプロジェクトは、自然資本と生物多様性の測定・評価における第一線の研究者と実務家を結集したものです。パートナーにはCISL、Capitals Coalition、WBCSD、UNEP-WCMC、Fraunhofer、Tecnaliaなど、この分野のキープレイヤーがずらりと並んでいます。プロジェクトの目的は明快で、ビジネス・金融機関・政府による自然への行動を加速させることです。パートナーたちは、自然のインパクトと依存度の測定に関するガイドラインや基準の開発・実装をリードしてきた組織ばかりで、生物多様性フットプリンティング、自然資本の評価と会計、そしてネイチャーポジティブに貢献するビジネスモデルとファイナンスの分野で、実績を積み重ねてきました。そこから出てきた成果物ですから、学術的な裏付けと実務的な視座の両方を備えた内容になっています。このペーパーは、ビジネスブリーフィングとより詳細なテクニカルレポートの2つの文書と合わせて読まれることが想定されています。2つの文書が一体となって、ネイチャーポジティブ整合型ビジネスモデルの根拠を構築し、スケールアップの障壁とイネーブラーを探り、実際にどう開発できるかを概説するという構成です。今回は、その中の「実例とケーススタディ」に焦点を当てたものです。
なぜ今、「ビジネスモデルの型」が必要なのか
ネイチャーポジティブの事業機会は気候変動対策以上に多様で複雑です。気候変動対策が基本的にはGHG排出量という単一の指標で議論できるのに対し、自然資本は生物多様性、土壌、水、大気、海洋など多次元の要素から成り立っています。地理的な場所情報も重要です。同じ種類の活動でも、それが行われる場所の生態学的文脈によって自然への影響は大きく異なります。この複雑性が、ビジネスモデルの類型化を困難にしてきた一因でもあります。CISLのペーパーは、この複雑性に正面から取り組んでいます。自然と調和しながら経済的価値を生み出すビジネスモデルには、実はパターンがある。そのパターンを7つに整理し、それぞれの構造、貢献のメカニズム、測定手法、実例を体系的にまとめたのが今回のペーパーです。CISLが提示するネイチャーポジティブ整合型ビジネスモデルの定義は、「自然ポジティブの原則を中心に価値提案と根拠が構築された、財務的に存続可能な事業体」です。これらのモデルは、「所与のランドスケープ、シースケープ、エコロジー、エコシステムの中で、自然資本、経済資本、社会資本と調和して、価値を捕捉し、創造し、提供する」ものであり、「まず第一に、ミティゲーション・ヒエラルキーに沿って、自然への影響を回避し、最小化し、回復し、オフセットすることを目指す」とされています。最終目標は、「ネイチャーポジティブでレジリエントな経済への貢献」です。

この定義の中で特に注目すべき点が3つあります。
第一に、「財務的に存続可能な事業体(financially viable business entities)」という条件です。つまり、慈善活動やCSR活動ではなく、経済的に持続可能なビジネスとして成立することが前提条件になっています。これは非常に重要なポイントです。ネイチャーポジティブは「コスト」ではなく「ビジネスモデル」として設計されるべきだ、というメッセージが込められています。経営会議で「ネイチャーポジティブは投資であり、コストではない」と説明する際の根拠になる定義です。
第二に、「自然資本、経済資本、社会資本と調和して」という表現です。自然だけ、あるいは経済だけを最適化するのではなく、三者のバランスを取りながら価値を創出する。これは「トリプルボトムライン」の考え方を、ビジネスモデルの設計原理にまで落とし込んだものと言えます。先住民コミュニティとの協働を重視するBoreal NACの事例が示すように、社会的な正統性なしにはネイチャーポジティブは持続しないのです。
第三に、「ミティゲーション・ヒエラルキーに沿って」という優先順位の明確化です。まず回避し、次に削減し、それでも生じたダメージは回復し、最終手段としてオフセットする。この順序は厳格であり、「回復やオフセットがあるから、最初から回避しなくてもいい」という逆転を許さない構造になっています。企業が自然資本戦略を検討する際も、この優先順位を意識することが重要です。
ここで特に重要なのは、この7つが「理想型」ではなく「実在型」だということです。すべてのアーキタイプに実際の企業事例が紐づいています。理論上こうあるべきだという話ではなく、「現行のシステムの中で、すでに動いているもの」を分類した結果なのです。現実に存在するビジネスモデルを観察し、そこからパターンを抽出した帰納的な整理であるからこそ、実務家にとっての参考価値が高いと考えます。
全体像──ビジネスモデルキャンバスとAR3Tフレームワーク
CISLはこの7つのアーキタイプを整理するにあたり、2つの分析フレームワークを活用しています。
ひとつは「ビジネスモデルキャンバス」です。もともとはOsterwalderらが開発した、ビジネスモデルの構造を可視化するためのツールですが、CISLはBockenら(2018年)がサーキュラービジネスモデルの文脈で拡張した版を採用しています。通常のビジネスモデルキャンバスが「価値創造」「価値提案」「価値提供」「価値獲得」の4領域で構成されるのに対し、この拡張版では「利益(Profit)」に加えて「人(People)」と「地球(Planet)」の3つの次元で価値提案を捉えます。さらに、コスト構造と収益ストリームも「システム全体のステークホルダー」を視野に入れたものに拡張されています。各アーキタイプがビジネスモデルのどの要素に主に働きかけるのか──キーアクティビティなのか、顧客関係なのか、収益構造なのか──が視覚的に示されていて、自社のビジネスモデルのどこに変革が必要かを特定するのに役立ちます。
もうひとつは、SBTNのAR3Tフレームワークです。これは緩和ヒエラルキー(ミティゲーション・ヒエラルキー)と呼ばれる考え方を企業行動に適用したもので、4つのステップから構成されています。

第一ステップの「Avoid(回避)」は、もっとも重要で、もっとも最初に取り組むべきステップです。自然と生物多様性への潜在的なネガティブインパクトを、そもそも回避することを指します。活動の計画段階で、代替地の選定やオペレーションの変更によって、ダメージが生じないようにします。たとえば、工場の立地を生態学的に敏感なエリアから離す、開発計画を生物多様性ホットスポットを避けて設計する、といった判断です。
第二ステップの「Reduce(削減)」は、回避が不可能な場合に、インパクトをできるだけ最小化することです。侵襲性の低い工法の採用や、オペレーション効率の改善を通じて、環境への害の深刻さ、範囲、持続期間を減らします。完全にゼロにはできなくても、可能な限り小さくする努力です。
第三ステップの「Restore & Regenerate(回復・再生)」は、自然へのダメージが生じた場合に、影響を受けた地域を回復・修復する取り組みです。劣化した生態系を元の状態に戻す「回復(Restoration)」と、完全には元に戻せなくても生態系の健全性と機能性を改善する「修復(Rehabilitation)」の両方が含まれます。
第四ステップの「Transform(変革)」は、企業が埋め込まれているシステムそのものを変えることです。企業の自然損失の原因への対処能力を制約している、根底にあるシステムの変革が必要になります。ネイチャーポジティブに整合した規制変更を支持するなど、システムレベルの変革を推進する活動がここに含まれます。個社の努力の限界を認識し、その限界を決めている構造そのものを変えにいく、という発想です。
この4段階のフレームワークは、企業が自社の取り組みを「自己採点」するためのツールとしても使えます。「うちの取り組みは主にReduceの段階にある。Avoidの段階での取り組みが不足している」──こうした診断ができれば、優先順位の再設定が可能になります。多くの日本企業はReduceの段階(効率改善、排出削減、廃棄物低減)には一定の取り組みをしていますが、Avoid(そもそも自然への影響が大きい活動を行わないという判断)やRestore & Regenerate(積極的に自然を回復する活動)にはまだ十分に踏み込めていないケースが多いのではないでしょうか。

7つのアーキタイプは、このAR3Tの階層の異なる位置に配置されます。アーキタイプ1と2は主に「回避・削減」の層に位置します。アーキタイプ3と4は「回復・再生」の層に上がり、同時に「変革」の領域にもかかっています。アーキタイプ5は「回避」から「変革」まで最も幅広くカバーします。アーキタイプ6は「変革」の層に位置し、アーキタイプ7も「変革」の頂点にあります。つまり、企業のネイチャーポジティブへの取り組みには段階があり、それぞれの段階に応じたビジネスモデルのパターンがある、という構図です。自社がいまどの段階にいて、次にどの段階を目指すべきかを考えるための地図として、非常に有用な整理だと思います。
もうひとつ重要な点を押さえておきます。CISLのペーパーは、各アーキタイプについて単に定義と事例を示すだけでなく、A-Trackプロジェクトがそのアーキタイプをどう支援しているかも明示しています。これは研究プロジェクトとしての自己参照ですが、実務家にとっても意味のある情報です。なぜなら、「どのアーキタイプを推進するために、どのような方法論的支援が利用可能か」がわかるからです。
たとえば、A-TrackはLCA(ライフサイクルアセスメント)に生物多様性と生態系サービスを統合する手法の高度化に取り組んでおり、これはアーキタイプ1・2・3の測定基盤を強化します。LCAとNCA(自然資本会計)の橋渡し──NCAの空間的・サイト固有の特性を活用してLCAの製品固有・ゆりかごから墓場までのスコープを補完する──はアーキタイプ4に対応します。マッピングツールやメトリクスを用いた特定の場所における自然資産の状態評価は、アーキタイプ5のロケーションベースの意思決定を支援します。そして、Embed Nature Programmeによるキャパシティビルディングと政策提言は、アーキタイプ7を直接支えます。
こうした「アーキタイプと方法論的支援の対応関係」は、企業がネイチャーポジティブ戦略を推進する際に「どこから手をつけるか」を考える上での手がかりになります。自社が選んだアーキタイプに対応する測定手法やツールを特定し、それを自社の管理体制に組み込んでいく──この実装のプロセスが、戦略を「絵に描いた餅」で終わらせないための鍵です。
アーキタイプ1:自然影響を最小化する製品・サービス
最初のアーキタイプは、もっとも基本的で、もっとも多くの企業にとって「最初の一歩」となりうるものです。核となる価値提案は、素材やプロセスの効率化、そしてサーキュラリティ(循環性)の向上を通じて、自然への負荷を減らすことです。AR3Tフレームワークでは「回避」と「削減」の層に位置づけられます。ビジネスモデルキャンバス上では、すべての領域に変革が及ぶ──つまり、製品設計から調達、製造プロセス、流通、顧客関係、収益構造まで、全面的な見直しが求められます。

具体的なビジネスプラクティスとしてCISLが挙げているのは3つです。
ひとつめは「持続可能な素材調達とイノベーション」です。高インパクトな原材料を低インパクトなものに代替すること、そして「何を」調達するかだけでなく「どこから」調達するかという産地戦略まで含めた包括的な見直しを行います。低投入型の農業原料やリサイクルプラスチックなどがその例として挙がっています。ここで重要なのは、素材の代替だけでなく、調達元の地理的・生態学的な文脈まで含めて判断するという視点です。同じパーム油でも、インドネシアの泥炭湿地を開拓して作られたプランテーションからのものと、RSPO認証を受けた管理された農園からのものでは、自然へのインパクトがまったく異なります。同じ木材でも、原生林から伐採されたものと、FSC認証を受けた持続可能な植林地から来たものでは、生物多様性への影響が大きく違います。
ふたつめは「サーキュラー・プロダクトデザイン」です。製品設計にサーキュラーの原則を組み込み、耐久性、修理可能性、モジュラー性、再利用可能性、そして最終的なリサイクル可能性を担保します。計画的陳腐化(プランド・オブソレッセンス)からの脱却がその本質です。スマートフォンのバッテリーや画面の交換可能化、モジュラー設計の家具などが例として挙がっています。ヨーロッパではFairphoneのようなモジュラー設計のスマートフォンが実際に市場で販売されており、ユーザーが自分でバッテリーやカメラモジュールを交換できる設計になっています。EUの「修理する権利(Right to Repair)」規制ともつながる動きですね。
みっつめは「オペレーションとプロセスの効率化」です。製品そのものだけでなく、事業活動全体のネイチャー・フットプリントに目を向け、水、エネルギー、資源の効率を改善します。操業上の「ホットスポット」を特定し、そこに集中的に対処するアプローチです。たとえば工場の冷却水の循環利用率を上げる、製造プロセスの廃棄物を別の工程のインプットとして再利用する、物流の最適化でCO2排出と土地利用負荷を同時に削減するといった取り組みがこれに含まれます。

ネイチャーポジティブ経済への貢献としては、CISLはこのアーキタイプを「限定的だが必要なステップ」と位置づけています。再生型・回復型のモデルに向かうための出発点であり、特に食料や医薬品のように人間の生存に不可欠な活動や、技術的な代替手段がまだ存在しない分野では、この段階が不可欠です。ただし、重要な留意点があります。単位あたりの効率改善が、より有害な代替品を市場から実際に駆逐しなければ、全体としてのインパクトは減りません。いわゆるリバウンド効果、あるいはジェヴォンズのパラドックスです。効率が上がった分だけ消費量が増えれば、総量としてのインパクトは変わらないか、むしろ増える可能性すらあります。
インパクトの実証には、ライフサイクルアセスメント(LCA)による削減量の算定、自然資本会計、そして個別のインパクトと依存度に関する自然の状態指標が用いられます。A-Trackプロジェクトは、LCAに生物多様性と生態系サービスを統合することで、組織が自然へのインパクトをより精緻に測定・管理・報告できるようにする取り組みを進めています。同時に、既存のツールやフレームワークの整合を図り、生の自然データを使えるインサイトに変換する「ネイチャー・インフォメーション・パスウェイ」の構築にも取り組んでいます。
ケーススタディ:Natura(ブラジル)
このアーキタイプのケーススタディとして取り上げられているのが、ブラジルの多国籍化粧品・パーソナルケア企業Natura社です。Naturaの位置づけは興味深いものです。同社のビジネスモデルは基本的には美容製品を消費者に販売することであり、その構造自体が根本的に変わっているわけではありません。しかし、業界標準と比較して自然への負荷を大幅に減らすための多層的な取り組みを行っており、その深さと広がりがこのアーキタイプの先進事例として選ばれた理由です。Naturaの取り組みには、統合損益計算、ブレンドファイナンスの活用、森林産物の持続可能な収穫に対するプレミアム支払いと便益共有が含まれます。
戦略の柱は複数あります。「ラテンアメリカ向けリジェネレーション戦略(Vision 2050)」はリジェネラティブなビジネスになるという志を打ち出しています。地球のシステムが自己更新能力を失いつつある中で、単に自然を支援するだけではもはや十分ではないという認識に基づいています。「Commitment to Life」はデジタル配列情報の公正な共有、100%森林破壊フリーのサプライチェーン、アマゾン熱帯雨林の保護と回復への貢献など、具体的な期限付き目標を含むコミットメントです。「Naturaアマゾン・プログラム」は社会環境上の課題をビジネスと持続可能な地域開発の機会に転換し、バイオエコノミーと自然に関する継続的イノベーションを通じて、アマゾン地域における持続可能な科学技術のリーダーシップ強化を目指すプログラムです。特筆すべきは「統合損益計算(Integrated Profit and Loss)」です。従来の財務損益計算書と同じ構造を持ちながら、バリューチェーン全体における環境・社会・人的側面のパフォーマンスとインパクトを貨幣価値で定量化する先駆的手法です。Naturaはこの手法を用いて、財務結果に加えて環境・社会・人的次元の影響を測定する年次報告書を毎年作成しています。これは日本企業が取り組む「統合報告」の一歩先を行く試みと言えるでしょう。単に財務とESGの情報を並列に掲載するのではなく、同じ「損益」の論理で環境・社会インパクトを統合的に把握する仕組みです。
「リビング・アマゾン・メカニズム」は、譲許的資本と商業的資本を組み合わせたブレンドファイナンスの手法で、自然関連投資のリスク低減を図ります。Naturaが収穫前に原材料の購入を保証することで、他の投資家にとってのリスクが下がります。立っている森林から経済的価値を創出しながら地域コミュニティを支援するモデルです。長期契約、公正な価格設定、地域のインフラと研修への投資を通じて、経済的インセンティブを自然の保護・回復活動に構造的に整合させている点が注目されます。2023年のManagement Science誌に掲載された研究では、Naturaの持続可能な原材料調達システムが約73万ヘクタールの熱帯雨林の保全と5,800万トンの炭素排出回避に関連しているとの結果が報告されています。
「まず自社の製品・サービスの自然フットプリントを測り、減らす」という意味で、ほぼすべての企業がここからスタートできます。それを「ネイチャーポジティブ戦略の一環」として体系的に位置づけ、LCAや自然資本会計で定量的に効果を測定・報告しているかどうかが、今後の差別化のポイントになっていくでしょう。Naturaの事例から企業が学べることは少なくありません。ひとつは、統合損益計算のような「自然の価値を財務と同じ土俵で語る」仕組みの構築です。多くの企業は統合報告書で財務情報とESG情報を並列に記載していますが、それらを同一の「損益」ロジックで統合的に捉えるアプローチはまだ少数です。もうひとつは、サプライチェーン上流のコミュニティとの「価値共有」の仕組みです。企業のサプライチェーン管理は効率性とコスト削減を軸に設計されることが多いですが、Naturaのように調達先コミュニティの持続可能な生計を事業モデルに組み込む発想は、EUDR(EU森林破壊規制)への対応としても有効な視点です。大豆やパーム油、コーヒーなどを調達する食品・飲料メーカーにとって、Naturaのリビング・アマゾン・メカニズムは参考になる先行事例といえるでしょう。さらに言えば、素材・電子部品メーカーにとっても、このアーキタイプは無縁ではありません。ガラス製造における原料の採掘地の生態系への影響、電子部品に使用されるレアメタルの調達元の環境負荷など、サプライチェーン上流の自然インパクトは、どの製造業にも潜在的に存在します。それを定量的に把握し、低減するための体系的なアプローチを構築すること──まさにこのアーキタイプ1の実践です。建設業においても、このアーキタイプは多くの示唆を提供してくれます。注目すべきは、こうした取り組みがコスト削減と両立しうることです。廃棄物の削減、資源の効率的利用、リサイクル材の活用は、環境負荷の低減と同時に原材料コストの削減にも寄与します。「環境にいいことは高くつく」という思い込みは、このアーキタイプにおいては必ずしも当てはまりません。むしろ、資源効率の改善は、中長期的にはコスト競争力の源泉にもなりうるのです。
アーキタイプ2:自然影響を最小化するサービスモデル
ふたつめのアーキタイプは、「所有から利用へ」という転換を通じて自然負荷を下げるモデルです。核となる価値提案は、所有権よりもアクセスを優先し、資産の稼働率を最大化することです。このアーキタイプがネイチャーポジティブに貢献するメカニズムは明快です。顧客との関係を「所有」から「利用」に変えることで、収益を物質的な生産からデカップリング(切り離し)します。各物理資産やサービス資産の効用を最大化することで、社会的需要を満たすために必要な製品やサービスの総数を減らします。結果として、天然資源の使用量削減、汚染の低減、気候排出の削減を通じて、生態系への負荷が下がるという論理です。

3つのビジネスプラクティスが挙がっています。
「プロダクト・アズ・ア・サービス(PaaS)」は、提供者が製品の機能やアウトプットをサービスとして販売し、製品の所有権は提供者が保持するモデルです。このモデルの核心は、提供者の財務的インセンティブを製品の長寿命化と効率化に整合させることにあります。所有権を保持しているからこそ、長持ちする製品を作り、メンテナンスを確実に行い、最終的に回収・再製造するインセンティブが生まれます。Signifyの「照明のサービス化」は、顧客が照明器具を購入するのではなく、「照明(ルクス)」というサービスに対して料金を支払うモデルです。ミシュランの「タイヤのサービス化」は走行キロメートルあたりの料金体系で、MUD Jeansはジーンズのリースという形式を採用しています。
「シェアリング・プーリングプラットフォーム」は、デジタルプラットフォームを活用して使われていない資産の共有を促し、消費量そのものを減らすモデルです。カーシェアリング、ツールライブラリ、コワーキングスペースなどが該当します。「統合的な引き取り・修繕・再販プログラム」は、リバースロジスティクスを通じてサーキュラーエコノミーとPaaSモデルを支える仕組みです。パタゴニアの「Worn Wear」プログラムやIKEAの「Buyback & Resell」サービスが代表例です。
インパクトの実証には、機能単位あたりのLCA、資産稼働率、自然資本会計に加えて、サービスモデルの成功を捕捉するための企業指標が用いられます。リカーリング収益、顧客獲得コスト、顧客離脱率(チャーンレート)などです。これらの指標は、資産寿命の最大化というサステナビリティ目標と本質的に連動しています。つまり、事業としてのKPIと環境上のKPIが自然に一致する構造になっているのです。これはネイチャーポジティブ経営における理想的な状態──ビジネスの成功と自然への貢献が構造的に整合する──の好例と言えます。
ここでひとつ重要な論点を付け加えておきます。このアーキタイプのインパクト実証において、CISLは「企業指標とサステナビリティ指標の本質的な連動」を強調しています。リカーリング収益が増え、顧客離脱率が低下するということは、同時に資産の寿命が延び、新品製造に伴う資源消費が抑制されているということです。事業のKPIと環境のKPIが構造的に一致している。これは、「サステナビリティと収益性はトレードオフ」という思い込みを根底から覆す設計原理です。
このアーキタイプ2の適用を考えるとき、もうひとつ見逃せない視点があります。それは「共有経済」と地域コミュニティの関係です。CISLが挙げるシェアリング・プーリングプラットフォームの例──カーシェアリング、ツールライブラリ、コワーキングスペース──は、都市部の匿名的な共有をイメージさせます。しかし地域コミュニティには、「結(ゆい)」のような伝統的な相互扶助の仕組みがあり、農機具の共同利用や共有地の管理など、もともとシェアリングの文化的土壌が存在します。この伝統的な共有文化をデジタル技術で再活性化し、自然負荷の低減と地域経済の循環を同時に実現するモデル──たとえば、中山間地域で農業機械や林業機械のシェアリングプラットフォームを構築し、機械の稼働率を最大化しながら新規購入を抑制する──といった取り組みは、アーキタイプ2の展開として有望ではないでしょうか。資産の共有を通じて、製造に伴う資源消費を減らし、同時に過疎化が進む地域の経済的負担を軽減する。テクノロジーと伝統的知恵の融合です。
アーキタイプ3:再生型の製品・サービス
3番目のアーキタイプからは、質的にレベルが上がります。「害を減らす」から「積極的に良くする」への転換です。核となる価値提案は、自然システムに対する直接的、測定可能、検証可能なネットポジティブのインパクトを生み出し、自然資本の回復から価値を創出することです。CISLの表現を借りれば、「『より害を少なくする(doing less harm)』から『より多くの善を行う(doing more good)』へのパラダイムシフト」です。

ビジネスプラクティスは幅広く展開されています。「生態系回復サービス(Ecosystem restoration-as-a-service)」は、森林・湿地・マングローブなどの回復をコア事業とし、検証された成果を販売するモデル。公共セクターへの成果販売、規制市場(BNG義務化など)、あるいはPES(生態系サービスへの支払い)を通じて収益を得ます。ここでは回復活動そのものが本業になるのです。RE:WILDのような国際NGOだけでなく、林業事業体や造園会社がこの方向に事業を拡張する可能性があります。

「再生型農業・食料生産」は、土壌の健全性を回復し生物多様性を向上させる農業モデルです。被覆作物の導入、不耕起栽培、輪作の多様化、アグロフォレストリーなどの手法を通じて、従来の農業が「自然を消費する」のに対して「自然を増やしながら食料を生産する」という根本的な転換を志向します。世界のGHG排出の約4分の1は食料システムに起因するとされており、再生型農業への移行はネイチャーポジティブと気候変動対策の双方に貢献する戦略です。
「再生型建築」は、開発サイト周辺の生態系とコミュニティを回復・改善する設計手法で、ミラノのボスコ・ヴェルティカーレが象徴的な例です。このプロジェクトでは約900本の樹木と2万本以上の植物が建物のファサードに統合され、都市部に森林の機能──大気浄化、生物多様性の提供、ヒートアイランド効果の緩和、騒音低減──を組み込んでいます。
「バイオ統合型・バイオミメティック製品」は、設置される環境に積極的に利益をもたらす製品で、炭素固定建材や生物由来包装材が例として挙がっています。バイオミミクリー(生物模倣)の発想は、自然のパターンや戦略を製品設計に応用するものであり、たとえばシロアリ塚の換気システムからインスピレーションを得たビルの空調設計や、ハスの葉の撥水構造を模倣した自浄性コーティングなどが知られています。材料科学の強みを活かせば、この分野での技術開発は十分に競争力を持ちうるでしょう。
インパクトの実証には、LCAに基づく改善効果の文書化に加え、Biodiversity Net Gainなどのネットポジティブ評価フレームワーク、個別のインパクトと依存度に関する自然の状態指標が用いられます。
ケーススタディ:Spains Hall Estate(イギリス)
イギリスのSpains Hall Estateは、小規模な土地管理・農業会社です。CISLはアーキタイプ1と3の両方の特徴を持つ事例として位置づけています。転機は2019年の自然資本評価でした。既存の土地利用モデルにおけるリスクと機会を定量化し、2022年の水モデリング調査で脆弱性と農場内水管理の可能性がさらに明確になりました。科学的知見が経営判断の基礎になった好例です。同社は公開された「生態学的ランドスケープ計画」を全体枠組みとし、キングス・カレッジ・ロンドンなどと連携して管理ランドスケープのモニタリングを行っています。結果として、従来の畑作中心のアプローチから、ナッツの低密度栽培、永続的地被植物、大規模野生生物ハビタット、森林創出、ビーバーと人工システムを活用した湿地創出を組み合わせた複合システムへと転換しました。環境庁は地域の洪水リスク低減を確認しており、種の出現やハビタット形成の正のシグナルも報告されています。
このモデルの強みは、自然成果が直接的であることです。自然を守る説明ではなく、自然を回復させる実体があるため、企業、自治体、投資家、地域住民に対して説得力を持ちます。また、農産品、観光、不動産、保険、防災、健康、教育、カーボン、自然クレジットなど、複数の収益源を組み合わせやすい点も魅力です。
一方で、事業としては難易度が高いです。自然回復には時間がかかります。土壌が改善するにも、森林や湿地が機能するにも、数年から十数年単位の時間が必要です。また、成果測定も簡単ではありません。どの種が増えたのか、水質がどう改善したのか、土壌有機物がどれだけ増えたのか、洪水リスクがどれだけ下がったのかを、科学的に測る必要があります。さらに、土地の権利、地域住民との合意、初期投資、長期管理、気候変動による不確実性もあります。したがって、このモデルは単独では立ち上げにくいです。成功させるには、企業の長期購入契約、地域金融、自治体の支援、インパクト投資、補助金、自然クレジット、観光収益などを組み合わせる必要があります。実際、ユースケースでは、課題も率直に記されています。最大の障壁は移行資金の確保でした。50万ポンド超の投資はEstate自身の資金、助成金、ネイチャークレジットの販売から賄われてきました。外部のトランジション・ファイナンスを獲得する難しさが、スケールアップのボトルネックとして浮かび上がります。ただし、そのためには移行期の資金をどう手当てするかという問題を避けて通れません。ブレンドファイナンスの仕組み──たとえば、地方自治体の補助金、農林水産省の交付金、民間の生物多様性クレジット購入、そしてインパクト投資家からの出資を組み合わせた「ネイチャー移行ファイナンス」──の設計が、このアーキタイプのスケールアップには不可欠です。その意味で、次の4番目の類型が重要になります。
アーキタイプ4:再生型バリューイネーブラー
4番目のアーキタイプは、自然回復の成果を市場に接続するモデルです。再生型製品・サービスが「自然を回復する現場」だとすれば、この類型は「その回復価値を買い手に届ける市場インフラ」です。具体的には、自然回復プロジェクトの仲介、自然クレジット、自然価値の検証、再生型農産品のサブスクリプション、エコツーリズム、自然体験、教育プログラム、企業向け自然回復投資商品などが該当します。このモデルの本質は、自然回復の成果を「見える化し、信頼できる形にし、購入可能にする」ことです。自然回復は重要ですが、それだけでは市場になりません。企業や消費者が支払う理由が必要です。金融機関が投資する根拠が必要です。開発事業者が法規制対応として使える基準が必要です。地域が長期的に維持管理できる収益源が必要です。この橋渡しをするのが、再生価値の実現支援モデルです。本質は「市場創出」にあります。

「サブスクリプション・キュレーションサービス」は再生型生産者とエンドマーケットをつなぐ安定チャネルの構築、「エコツーリズム・体験型サービス」はアーキタイプ3が生み出した回復自然資本の収益化です。リワイルディング・プロジェクトによるワイルドライフサファリなど、回復されたランドスケープの中で高付加価値の体験を創出し、その収益を再投資する循環モデルです。
ケーススタディ:Environment Bank(イギリス)
Environment Bankは、民間資金を大規模に自然に振り向けることを事業目的とする生態学志向の金融機関です。「ハビタットバンク」──法的に保護され専門的に管理された自然回復のための地理的エリア──を創出し、そこからBNGユニット(法定義務への準拠用)とネイチャーシェア(自発的な非オフセット商品)の2つの収益チャネルを生み出しています。たとえば、飲料メーカーが水源地域の森林や湿地に投資する。食品メーカーが調達地域の再生農業を支援する。不動産会社が開発地周辺の生物多様性回復に資金を出す。保険会社が洪水リスク低減につながる自然再生に関与する。観光事業者が藻場や里山の再生をブランド価値に転換する。このモデルの強みは、自然回復の現場が資金不足になりやすいという構造的課題を解決できる点です。同社の戦略は、長期的なランドスケープ規模のハビタット回復に焦点を当てています。草地・湿地・森林・河畔回廊など多様な生態系で少なくとも200%の生物多様性向上を目指し、炭素隔離・土壌改善・地主への新収益源といったコベネフィットを創出します。
このモデルが示す重要な教訓は、規制が市場を創出するという構造です。弱点は、信頼性です。自然価値を取引するモデルは、グリーンウォッシュになりやすいです。特に「自然クレジット」「生物多様性オフセット」「自然回復貢献」などの言葉は、設計を誤ると批判を招きます。したがって、このモデルでは、ベースライン、追加性、長期管理、第三者確認、地域合意、重複計上の防止が不可欠です。
アーキタイプ5:バリューチェーン再構築
5番目のアーキタイプは、個別の製品やサービスではなく、バリューチェーン全体の構造を再設計するモデルです。企業単体ではなく、供給網や地域全体の構造を変えるモデルです。核となる価値提案は、バリューチェーン全体でのコラボレーションとイノベーションを通じた集団的な効率性とレジリエンスの実現です。AR3Tフレームワーク上で最も幅広くカバーするアーキタイプであり、「回避」から「変革」まですべてに関与します。
多くの自然負荷は、自社の工場やオフィスではなく、サプライチェーン上流で発生しているから重要です。食品企業であれば、農地、水源、飼料、森林、漁場が重要です。アパレル企業であれば、綿花、染色、水使用、化学物質、土地利用が重要です。建設会社であれば、木材、セメント、砂利、鉄鋼、土壌、開発地の生態系が重要です。デジタル企業であれば、データセンターの水・電力、半導体原料、鉱物資源、電子廃棄物が重要です。つまり、自然関連リスクは、企業単体では解けません。この類型の本質は、企業、サプライヤー、自治体、金融機関、地域住民、研究機関、NGOなどが連携し、資源の流れ、契約、調達基準、土地利用、廃棄物利用、データ共有を再設計することです。
代表的な形は、次のようなものです。食品会社が農家と長期契約を結び、再生農業への移行費用を支援する。複数の工場が集まる工業団地で、ある企業の廃熱や副産物を別の企業が利用する。流域単位で、上流の森林保全、中流の農業改善、下流の工場・都市の水リスク管理を一体化する。地域内で資源循環をつくり、輸送距離、廃棄物、外部依存を減らす。

4つのビジネスプラクティスが挙がっています。「持続可能なサプライチェーンマネジメント」はコンプライアンスを超えたサプライヤーとの協働的パートナーシップ。食品企業が農業生産者の再生型移行を支援するケースがその例です。「産業共生(インダストリアル・シンビオシス)」は、共同立地する複数企業が廃棄物を相互のインプットとして活用するクローズドループの構築で、デンマークのカルンボーが古典的成功例です。 CISL/A-Trackの資料では、産業共生の例としてデンマークのKalundborgが紹介されています。複数の企業が、余剰熱、蒸気、石膏などを相互利用することで、閉じた資源循環に近い産業生態系を形成する考え方です。「リージョナライゼーションとオンショアリング」はサプライチェーンの意図的短縮、「ランドスケープレベルのアプローチ」は特定地域における土地・資源管理へのマルチステークホルダー参画です。
カルンボーの事例をもう少し深堀りすると、そこには「偶発的に始まった共生が、時間をかけて制度化された」という歴史があります。1960年代に始まった企業間の廃棄物交換は、当初は純粋にコスト削減の動機からでした。それが数十年かけて拡大し、体系化され、今では世界中の産業共生プロジェクトのモデルケースとなっています。つまり、産業共生は最初から完全な形で設計されるのではなく、小さな協働から始まり、成功体験を積み重ねながら拡大していくものだということです。工業団地にも、この「小さな協働」から始める余地は大きいはずです。たとえば、食品加工場の排水を隣接する農地の灌漑用水として利用する、製造業の廃熱を隣接する温室栽培に供給する、建設現場の掘削残土を隣接する緑地整備に活用する、といった局所的な資源循環から始めて、徐々にネットワークを拡げていく。こうした産業共生の「XX版カルンボー」は、水ポジティブ工業団地やネイチャーポジティブ地区といった構想の基盤にもなりうるでしょう。
このモデルの強みは、効果が大きいことです。製品単体の改善よりも、サプライチェーンや地域の構造を変える方が、自然負荷の削減幅は大きくなります。また、企業にとっても、調達安定性、価格変動リスクの低減、規制対応、ブランド向上、地域との関係強化につながります。
一方で、実行は難しいです。理由は、関係者が多いからです。誰が費用を負担するのか。誰がデータを出すのか。誰が成果を主張できるのか。誰が長期管理を担うのか。こうした調整が必要になります。そのため、このモデルでは、単なる環境担当者の努力では不十分です。調達部門、事業部門、財務部門、法務部門、地域金融、自治体を巻き込む必要があります。流域、森林、農地、沿岸、都市開発、工業団地をまたぐ調整が重要になります。県、市町村、企業、金融機関が役割分担を明確にしないと、良い構想で終わってしまいます。
アーキタイプ6:補完的サービス提供
6番目のアーキタイプは、他の企業がネイチャーポジティブを実現するための道具・知識・サービスを提供する事業者のモデルです。他社のネイチャーポジティブ移行を支えるサービスです。 ビジネスプラクティスには、「データ・アナリティクスプラットフォーム」(生物多様性フットプリンティングなど)、「自然特化型コンサルティング」(マテリアリティ評価、自然資本評価、チェンジマネジメントなど)、「引き取り・修繕・再販プログラム」があります。コンサルティング、データ分析、自然資本評価、開示支援、リスク評価、衛星データ、環境DNA、音響モニタリング、ダッシュボード、研修、認証、検証などを提供するモデルです。この類型の本質は、「自社が直接自然を回復するのではなく、他社が自然を理解し、測り、改善し、説明できるようにする」ことです。CISLはこのモデルを「自然への負荷を最小化し、グリーンウォッシングを防ぐための重要なガードレール」と位置づけています。

ケーススタディ:Intrinsic Exchange GroupとNatureMetrics
このアーキタイプでは2社が取り上げられています。
Intrinsic Exchange Group(IEG)は2017年設立の金融イノベーション企業で、「ナチュラル・アセット・カンパニー(NAC)」の開発を通じて自然の経済的価値を主流経済に組み込む試みを行っています。NACは特定の土地エリアを管理し、自然資産の価値と生態系サービスの生産を最大化する目的設定型の法人です。生態学的パフォーマンスが株主リターンに構造的に連動する設計になっています。NACの自然資本価値は将来の生態系サービス生産能力に基づき算定され、劣化はエクイティの減少として反映されます。最初の実働NACである「Boreal NAC」は北米の先住民主導イニシアティブで、100万エーカー超の土地を管理しています。IEG自体はアーキタイプ6(サービス提供者としてNACの組成を支援)に分類されますが、NACそのものはアーキタイプ4(再生型バリューイネーブラー)に近いという入れ子構造が興味深い点です。IEGの戦略は、既存のアプローチでは不十分なネイチャーポジティブ経済への資金供給ギャップ──いわゆる「missing trillions」──を埋めるためのスケーラブルな資本市場ソリューションとしてNACを位置づけています。
NACの概念は、自然資本の経済学における長年の課題──「自然の価値をどうやって資本市場の論理に載せるか」──に対するひとつの解答です。従来の環境保全活動は、寄付やグラント(助成金)に依存する「コスト」として扱われがちでした。しかしNACは、生態系サービスの将来的な生産能力をエクイティ(株式資本)として構造化することで、通常の企業と同じ資本市場のメカニズムを通じて投資を呼び込む仕組みです。投資家にとっては、市場水準のリターンを得ながら、そのリターンが生態学的パフォーマンスに紐づいている──という、これまでにない投資商品になります。
NatureMetricsは、環境DNA(eDNA)やバイオアコースティクスなど現場レベルの自然データを活用して生物多様性をスケーラブルに計測する「ネイチャーテック」企業です。産業クライアントの操業立地選定支援(eDNAデータに基づくミティゲーション・ヒエラルキーの適用)、保全NGOの資金配分最適化(保護と回復のどちらがインパクト最大化するかの分析)、NbSプロジェクトの進捗モニタリングなどを提供しています。NatureMetricsの戦略で特筆すべきは、「自社は自然との直接的な関係がほとんどないにもかかわらず、クライアントが自然関連リスクにさらされるシステムの中で事業を継続できるかどうかに実質的に依存している」という自己認識です。自然のための最善の成果を追求することが短期の受注確保の命題であると同時に、長期的存続の必然でもあるという構造は、コンサル業やデータプラットフォーム事業だけでなく金融・保険業にも通じる示唆を含んでいます。ここでもうひとつ指摘しておきたいのは、NatureMetricsの事例が示す「インパクト投資家との整合」という視点です。NatureMetricsの事業は、インパクト志向の投資家に支えられています。その投資家たちは、事業の成長と自然への正のインパクトの間に明確なリンクがあることを、投資継続の条件としています。
このモデルは、事業として非常に立ち上げやすいです。なぜなら、企業側にはすでに需要があるからです。補完サービス提供は、ネイチャーポジティブ市場の入口として非常に強いです。
ただし、弱点もあります。このモデルだけでは、現場の自然成果が弱くなりがちです。報告書を作る、評価をする、ダッシュボードを作るだけでは、自然は回復しません。企業側も、開示だけで終わるとグリーンウォッシュ批判を受けます。したがって、このモデルは単独ではなく、再生型事業、バリューチェーン改革、地域プロジェクト、金融支援と結びつける必要があります。実務上は、6番目の「補完サービス提供」を入口にして、5番目の「バリューチェーン再構成」や3番目の「再生型製品・サービス」へ展開するのが最も現実的です。
アーキタイプ7:目的あるスチュワードシップ
7つ目は、社会の支持、理解、行動変容をつくるモデルです。最後のアーキタイプは、他の6つとは質的に異なります。物理的な製品でもサービスでもなく、ステークホルダーの価値観、マインドセット、行動に影響を与えることで価値を創出するモデルです。
具体的には、企業内の自然リテラシー研修、従業員参加型の自然再生活動、消費者啓発、政策提言、地域保全活動、学校教育との連携、企業ブランドを使った社会的キャンペーンなどが含まれます。このモデルの本質は、市場の前提条件を変えることです。いくら良いネイチャーポジティブ商品やサービスがあっても、消費者が価値を理解しなければ売れません。企業の調達部門が自然価値を理解しなければ、価格だけでサプライヤーを選び続けます。金融機関が自然リスクを理解しなければ、投融資判断に反映されません。自治体や地域住民が納得しなければ、自然再生プロジェクトは進みません。したがって、スチュワードシップは、他の6類型を支える土台です。

ビジネスプラクティスは3つです。
「企業内環境教育・トレーニング」はサステナビリティ部門を超えた全社文化の醸成。
「パブリック・アウェアネスと企業アドボカシー」は企業のプラットフォームを活用した社会的・政治的変化の推進。
「コミュニティベースの保全とエンパワメント」は地域コミュニティが自然環境の守り手となるための投資です。
地味に見えるかもしれませんが、このアーキタイプなしには他の6つも十分に機能しません。消費者がネイチャーポジティブな製品を選ぶ動機がなければアーキタイプ1の市場は育たない。投資家が自然資本の価値を認識しなければアーキタイプ4の市場インフラは成立しない。政策立案者がネイチャーポジティブを規制枠組みに組み込まなければアーキタイプ5のバリューチェーン再構築は推進力を失う。社会全体の「当たり前」を書き換える活動が、すべてのビジネスモデルの土台を支えているのです。
ただし、単独で収益化するのは難しいです。教育、啓発、研修、キャンペーンは、重要ではありますが、直接的な売上規模には限界があります。このため、スチュワードシップは、コンサルティング、地域プロジェクト、商品開発、観光、不動産、金融商品などと組み合わせるべきです。たとえば、企業の自然資本研修を単発で売るのではなく、その後に自然リスク診断、調達改革、地域プロジェクト参加、開示支援、従業員参加プログラムへつなげる。こうした設計が必要です。
アーキタイプを活用して、ビジネスモデルを変革する
CISLの7つのアーキタイプは、ネイチャーポジティブ・ビジネスモデルの「世界地図」を初めて体系的に描き出したものです。その地図の上に、企業はこれから自社の位置を書き込み、行き先を定め、移動のための道筋を描いていく必要があります。

この自社のバリューチェーンの再デザイン作業において留意すべきことが、あります。
アーキタイプのエコシステムの重要性です。7類型のうち、どれか一つだけを選ぶと弱くなります。自然負荷を減らす製品だけでは、差別化が弱いです。サービス化だけでは、自然回復の直接性が弱いです。再生型事業だけでは、資金回収が難しいです。自然価値の仲介だけでは、信頼性が課題になります。バリューチェーン改革だけでは、調整コストが高いです。補完サービスだけでは、現場成果が弱くなります。スチュワードシップだけでは、収益化が難しいです。だからこそ、組み合わせが重要です。最も強いモデルは、補完サービスを入口にして、企業の自然関連リスクを診断し、バリューチェーンを再構成し、地域の自然回復プロジェクトを組成し、自然価値を検証し、企業の開示とブランドに接続し、従業員や地域社会の行動変容までつなげるモデルです。

従って、企業のゆるいネットワークが大切になります。CISLのアーキタイプが1つのバリューチェーンの「ビジネスモデルキャンバス」を基本単位としていることへの注意です。産業構造を考えると、複数企業の連携や、企業と自治体の協働、特に流域や地域といった、それぞれの地域での「面」での取り組みが、ネイチャーポジティブの実装においては重要な単位になります。「ネイチャーポジティブ地区」や「流域ベースのネイチャーポジティブ協議体」のような、複数のアーキタイプを組み合わせた「面的な」実装モデルの開発が求められるのではないでしょうか。
そして、それらの変革を担う、地域や産業を越境して活動するネイチャー系スタートアップの役割も見逃せません。

出典:University of Cambridge Institute for Sustainability Leadership (CISL). "Nature positive business models: Archetypes, practical examples and case studies." A-Track. Cambridge, UK: Cambridge Institute for Sustainability Leadership. April 2026.
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