ネイチャーポジティブな農業に向けた、土壌テックとは?
私たちの足元に広がる一握りの土の中には、地球の全人口よりも多くの微生物が生息していると言われます。この「見えざる宇宙」は、植物に栄養を与え、病気から守るなど、生命を育む上で不可欠な役割を担っています。
しかし、そのあまりの複雑さから、長い間ブラックボックスとして扱われてきました。そして、その土壌がどんどん失われていると国際機関が警告を出しtています。
そこで、土壌をデザインする科学が動き始めています。今日は、そんな土壌に関するTechを調べてまいります。今日も楽しんでいって下さいね!
以下の2つの記事の続編になっています。
FoodTech成長戦略
内容的にちょっと見慣れない言葉が多いので、以下のサマリもご一緒にどうぞ。とても分かりやすくまとめてくれています。

PodCasterによるDeepDive:土壌微生物が導く農業ビジネス革命(17分)

土壌テックの最新動向
土壌の科学的分析技術の進歩と最新動向
農業の持続可能性を支える「土壌の健康」は、単に養分含有量だけでなく物理・化学・生物学的要因を総合的に捉える概念として重要性が増しています。近年、この土壌を科学的に分析・モニタリングするための技術が飛躍的に進歩しており、リアルタイムかつ詳細なデータに基づく精密な土壌管理が可能になりつつあります。主な技術とトレンドは以下のとおりです。
多様なセンサー技術とIoT: 圃場に設置された各種センサーによって土壌環境を常時モニタリングする試みが広がっています。位置情報を提供するGPSや、光の反射から植生や土壌表面状態を評価する光学センサー、土壌pHや養分濃度・汚染物質を検知する電気化学センサー、貫入抵抗から土壌の締まり具合(硬度)を測る機械センサー、そして時域反射計(TDR)型の誘電センサーによる土壌水分計などが実用化されています。例えばTDRプローブでは地中に挿入したロッド間に電気パルスを送り、その伝播速度から水分含有率や土壌の電気伝導度を深度別に測定できます。これらセンサー群は無線通信(IoT)によりリアルタイムでデータ収集・蓄積が可能で、農家は現在の土壌状態に即した意思決定(灌漑や施肥の調整等)を迅速に行えるようになっています。
リモートセンシングとデジタル土壌マッピング: ドローンや人工衛星によるリモートセンシングも土壌分析に組み込まれています。空中から取得したマルチスペクトル画像やサーモグラフィーに機械学習を適用することで、土壌中の水分分布や栄養不足、表面の締固まり具合などを間接的に推定する技術が登場しています。これにより圃場全体の土壌状態マップ(デジタル土壌マップ)を作成し、問題箇所を早期に発見して対処するといった精密農業の高度化が進んでいます。例えばドローン搭載のハイパースペクトルセンサーに機械学習モデルを組み合わせ、地表下30cm程度の水分推定や養分の空間変動解析を行う試みも報告されています。
分光分析による土壌成分モニタリング: 赤外分光法(近赤外・中赤外やレーザー誘起ブレークダウン分光法(LIBS)といった分光分析も土壌検査に革命を起こしています。従来は試料を実験室に送って化学分析する必要がありましたが、近年はハンディサイズの分光計でその場で主要な土壌成分を推定できるようになりました。例えば、携帯型の赤外分光計やLIBS装置を用いれば、土壌中の全炭素・全窒素含有量、利用可能養分濃度、重金属汚染レベルなどを短時間で測定可能です。
土壌生物活性の指標化: 土壌の健全性評価では、微生物呼吸量や酵素活性など生物的指標への注目も高まっています。例えば土壌中の微生物が放出するCO₂量(呼吸速度)や、特定酵素(例えばホスファターゼ)の活性測定によって土壌中の微生物活動度を把握する手法があります。またDNA分析と後述する微生物叢解析技術の発展により、土壌中の有用菌・病原菌の検出や微生物多様性指数の算出も可能になりつつあります。こうした生物学的評価を従来の物理・化学分析と統合し、包括的な土壌健康スコアを算出する取り組み(例えば米国コーネル大学の土壌健康評価キットなど)も国際的に共有され始めています。総合評価によって、土壌が本来有する「炭素循環や水質浄化、生物多様性の維持」といった生態系サービス提供能力を定量的に管理することが目指されています。
以上のように、多角的データを即時取得する技術基盤が整いつつあり、データ駆動型の土壌管理が現実味を帯びています。これにより農業者は、土壌劣化の兆候を早期に察知し対策を講じたり、土壌に合わせた精密な資材投入で生産効率と環境保全を両立したりすることが可能になります。
微生物エコシステムの解析・制御技術の最新動向
土壌中には膨大な種類の微生物が生息し、そのマイクロバイオーム(土壌微生物叢)は養分循環や炭素固定、植物の健康維持に深く関与しています。FAOも近年「土壌マイクロバイオームは食料と農業のゲームチェンジャーである」と述べ、世界的にその重要性が認識されつつあります。この分野では、微生物エコシステム(微生物群集)の解析技術と、それを農業に活用するための制御技術の双方で著しい進展が見られます。
次世代シーケンサー(NGS)による微生物叢解析: DNAシーケンシング技術の発達により、土壌試料から直接微生物由来DNAを網羅的に読み取り、その分類学的多様性や機能遺伝子を解析することが一般化しました。特に16S rRNA遺伝子配列に基づく細菌叢解析や、環境試料中の全DNAを読むショットガンメタゲノム解析によって、培養できない大多数の土壌微生物まで含めた群集構造の把握が可能です。日本では産業技術総合研究所(産総研)とNITE(製品評価技術基盤機構)等が協力し、マイクロバイオーム解析の標準手法と精度管理手法を開発していますaist.go.jpaist.go.jp。具体的には、複数の既知菌株を混合した標準菌体試料や、それに対応する核酸標準物質を作成し、各研究機関が同一プロトコルで校正・解析できる仕組みを整えました。実際、世界的プロジェクトであるEarth Microbiome Projectでは数万件規模の土壌微生物サンプルを統一手法で解析し、土壌中の常在微生物の全球パターン解明が進められています。このような大量データとAIを活用し、どの微生物が土壌機能に重要か、どういった微生物組成が健全性を示すかといった知見が蓄積されつつあります。
微生物エコシステム制御とバイオインプット: 分析技術の進展を背景に、実際の農業現場で土壌微生物叢を人為的に改良・制御しようとする試みも活発化しています。その代表例が微生物資材(バイオインプット)の活用です。農業で利用される微生物資材には大きく分けて、バイオスティミュラント(生物刺激剤)として植物の成長やストレス耐性を高めることを目的に投入されるものと、病害虫を抑制するバイオ防除(生物農薬)の目的で投入されるものがあります。前者の典型としては、マメ科植物と共生して窒素固定を行う根粒菌や、リン酸を可給態に変換する菌、植物ホルモン様物質を産生するPGPR(植物成長促進菌)などの接種が挙げられます。後者では、害虫に毒素を産生するバチルス属菌や、植物病原菌に拮抗する放線菌・糸状菌等が利用されています。こうした微生物接種による土壌改良は、化学肥料や農薬への依存度を下げうるネイチャーポジティブな技術として期待され、市場が拡大しています。単独菌株ではなく複数微生物のコンソーシア(混合菌剤)として投与し微生物間シナジーで定着・効果向上を図るアプローチや、微生物の生着を助ける担持材料(バイオチャー等)の工夫による高機能微生物の開発も模索されています。このように、微生物エコシステム全体を理解し意図した方向に誘導することが、新たな農業技術フロンティアとして注目されています。
土壌環境と微生物の相互作用管理: 微生物叢を制御するアプローチは、直接の菌剤投入だけではありません。栽培体系そのものを工夫して土壌中の有益微生物を増やす間接的手法も「ベストプラクティス」として広まりつつあります。例えば不耕起栽培やカバークロップ(被覆作物)の導入は土壌擾乱を減らし有機物を増やすことで、微生物の生息環境を安定化させ多様性を高める効果が知られています。また有機堆肥や作物残渣の施用による有機物投入は、土壌微生物へのエサ供給となり群集の活性化に寄与します。これらレジェネラティブ農法的なプラクティスは、微生物機能を高め土壌を健康な状態に戻す取り組みとして国際的にも推奨されています。さらに近年、「土壌のプレバイオティクス」という発想も登場しています。特定の土壌改良資材(たとえば海藻由来の多糖類や有機酸)を施すことで有用菌のみが増殖しやすい環境を作り出し、土壌内で在来有用菌を選択的に繁栄させるという考え方です。このように土壌マネジメントと微生物制御技術を組み合わせることで、農薬や化学肥料に頼らない生物学的土壌管理が実現しつつあります。その効果検証には前述の微生物叢解析技術が欠かせず、現場実証と機械学習によるフィードバックで年々知見が蓄積されている段階です。
以上のような微生物エコシステム解析・制御技術の進展により、土壌マイクロバイオームの力を「見える化」して「活かす」ことが可能になりつつあります。
バイオスティミュレーション(植物成長促進)の技術と動向
バイオスティミュラント(生物刺激剤)は、農薬や化学肥料と異なり、「植物や土壌に刺激を与えて潜在能力を引き出し、健全な生育と収量向上をもたらす資材」と定義されます。その主成分は海藻や植物抽出物、アミノ酸などの天然由来物質や特定微生物の代謝産物など多岐にわたり、環境に害を与えず作物の光合成・根張り・開花結実などを促進したり、乾燥・高温・塩害などのストレス耐性を高めたりする効果があります。いわば「作物の栄養ドリンク」のような存在であり、世界市場は年率10%以上で拡大し2028年には約68億ドル規模に達するとの予測もあります。バイオスティミュレーション技術の最新動向を整理すると以下のポイントが挙げられます。
多様な新規素材の開発: 従来から利用されてきた海藻エキス、フミン・フルボ酸、キトサン、各種アミノ酸やビタミン類に加え、近年は微生物由来のペプチドやポリマー、植物ホルモン様物質、さらにはRNA分子まで、次々と新しい素材が研究・製品化されています。PGPR菌(植物成長促進菌、例えばバチルス属やシュードモナス属など)を用いた微生物バイオスティミュラントも市場に数多く投入されています。これらは種子コーティング剤や葉面散布剤として、養分吸収の手助けやフィトホルモン供給により作物の初期成長を高める目的で使われています。
エビデンス重視と作用メカニズムの解明: バイオスティミュラント業界では製品数が急増する一方、「本当に効果があるのか」を疑問視する向きもあり、科学的エビデンスの充実が課題です。そのため最近の動向として、作用メカニズム(MoA)の解明と大規模な圃場試験データの蓄積が重視されています。欧州では2019年に施行されたEU肥料製品規則(Reg. 2019/1009)でバイオスティミュラントが正式に制度上定義され、市販品には成分の安全性や効果を裏付ける試験結果の提示が求められるようになりました。これを受け、欧州標準化委員会(CEN)は2024年にバイオスティミュラント製品の試験法や汚染物質分析、表示方法などに関する33の標準規格を策定し、公表しています。企業側も各地での実証試験を増やし、気候・土壌条件の異なる複数ロケーションで統計的有意な収量向上データを示す努力を強化しています。例えばヨーロッパ発の大手バイオスティミュラント企業は、新製品投入前に各国で数十〜数百件のほ場試験を実施し、「平均して収量を5〜10%以上向上」など具体的な数値根拠を農家に提示するようになっています。これに関連し、近年の規制当局や投資家は「ごく僅かな条件下でしか効かない選択的な成果」ではなく「再現性ある明確な作用機序と安定した効果」を求めるようになっており、業界全体で透明性と信頼性の向上に動いています。
デジタル技術との融合: バイオスティミュラントの効果検証・実用化にはデジタル技術の活用も進んでいます。ドローンや衛星画像による生育解析、圃場センサーによるリアルタイム計測、さらにはAI画像解析によるストレス兆候検出など、デジタル農業プラットフォームと組み合わせてバイオスティミュラントの効果を高精度に評価する試みが一般化しています。例えばマルチスペクトルドローンで葉色を撮影し、施用区と非施用区の生育差を客観的に評価するなど、人間の目では難しい微細な差異も検出できます。このようなデジタル作物モニタリングにより、従来は「なんとなく元気になる」と捉えられがちだった効果を定量化・見える化し、製品改良や適正使用法の確立に役立てています。また将来的には、土壌や作物のリアルタイムデータに基づきAIがバイオスティミュラント散布の最適タイミング・頻度を提案するといった、精密農業×バイオ資材の融合も期待されています。機械学習で多数の試験結果から効果予測モデルを構築する研究が登場しており、経験則に頼ってきたバイオスティミュラント開発がデータ駆動型・メカニズム重視型へ移行しつつあります。総じて、バイオスティミュラントは農業4.0/5.0(AI・IoT活用の次世代農業)において重要な要素技術と位置づけられ、デジタル技術とのシナジーで効力を最大化する方向に進んでいます。
市場動向と業界再編: バイオスティミュラント市場は大手農薬メーカーや肥料メーカーも相次ぎ参入し、中小のバイオ資材ベンチャーとの間で買収・提携が活発化しています。このような統合によって製品ポートフォリオの充実やグローバル展開力の強化が進めば、市場全体の成熟とともに主要プレイヤーが絞り込まれていく可能性があります。この分野は今後数年でイノベーションと集約の両面でダイナミックな変化が起きると予想され、既存農業資材業界の勢力図にも影響を与えるでしょう。
以上のように、バイオスティミュレーション技術は農業の持続可能性を高める切り札として進化を遂げています。化学合成された肥料や農薬だけに頼るのではなく、生物由来の力で作物本来の活力を引き出すこのアプローチは、環境への負荷低減と生産性向上を両立しうるものです。科学的検証が進めば、バイオスティミュラントは従来の農業を補完・代替する新たなスタンダードとして定着していく可能性があります。
将来の農業・フードテック市場や土壌環境管理市場へのビジネスインパクト
上述した技術群が今後の農業・フードテック市場および土壌環境管理市場にもたらすビジネス的インパクトについて展望します。ネイチャーポジティブな技術への需要増加は、新たな市場機会とビジネスモデルを生み出しつつあります。
持続可能農業関連市場の拡大: 生物資材(バイオスティミュラントやバイオ肥料)の世界市場は2030年に100億ドル規模へ倍増する予測が出ています。背景には、環境配慮型農業への政策支援強化や、化学肥料価格高騰に伴う代替需要などがあります。企業にとっては、これら成長市場への参入が高い収益機会を提供します。実際、日本企業の中には従来の化学農薬事業に加え、生物農薬・微生物資材部門を新設して売上拡大を図る例もあります。市場拡大に伴い、周辺サービスも充実していきます。例えば微生物資材の施用コンサルティング、土壌健康モニタリングの受託解析、カーボンクレジット取得支援(後述)など、農業DXと組み合わせたサービス型ビジネスが広がっています。
農業生産性の向上と収益増: 技術導入による直接的な効果として、作物収量や品質の向上が期待できます。収量増加や等級向上は農家の収入増に直結するため、普及が進めば農業全体の経済規模拡大につながります。また化学肥料・農薬の使用削減によるコスト低減効果も見逃せません。例えば窒素固定菌を用いたバイオ肥料を導入すれば、窒素肥料使用量を一定割合削減できるため、投入コストを抑えつつ環境負荷も減らせます。このように、生産性向上とコスト削減の双方でメリットが出る技術はWin-Winとして受け入れられやすく、事業としても成功確率が高まります。
新たな付加価値創出とブランド化: 土壌や微生物に配慮した農法で生産された農産物は、消費者にとっても魅力的なストーリーを持ちます。再生農法産(リジェネラティブ)や有機JAS認証などと組み合わせ、環境に優しいブランド野菜・穀物として付加価値販売する動きが強まるでしょう。企業は、生産段階からサプライチェーン全体でネイチャーポジティブを訴求することで、プレミアム市場を開拓できます。また、そうした高付加価値商品の輸出も有望です。実際、欧米のスーパーでは「リジェネラティブ認証コーヒー」や「土壌保全プログラム参加小麦」などが売り文句になりつつあり、日本の輸出産品(お茶、米、野菜など)も環境価値を付与して差別化することが可能です。結果的に、生産から販売まで巻き込んだバリューチェーン全体のブランディングが新たな利益源となるでしょう。
土壌環境管理ビジネスとカーボンクレジット: 気候変動対策としての土壌炭素隔離(炭素貯留)にも注目が集まっています。健全な土壌は大気中のCO₂を有機物として固定する能力が高く、農地をカーボンシンクとみなす発想です。これをビジネスにしたのがカーボンクレジット(土壌炭素クレジット)で、農家が炭素を土に蓄えた量に応じてクレジットを発行・売却できる仕組みが生まれています。土壌分析技術や微生物技術は土壌炭素の増加に貢献するため、これらを導入した農場はクレジット取得による追加収益を得られるチャンスがあります。また企業にとっても、クレジット発行のコンサルティングや測定代行、新しい土壌管理プロトコルの開発(クレジット算定方法の提案)など、新規ビジネスモデルが考えられます。さらに、窒素肥料の削減による亜酸化窒素(N₂O)排出削減クレジットなど、微生物の力で温室効果ガス排出を抑えたことを評価する市場も徐々に整備されつつあります。これは土壌環境管理市場が単なるコストセンターではなく、収益源に転換しうることを意味しており、自然資本を活用したビジネスの新境地と言えます。
食品テック産業への波及: 土壌や農業の革新は、フードテック産業にも波及効果があります。たとえば、良質な土壌で育った作物は風味や栄養価が高まる可能性があり、機能性食品の素材供給として価値が上がります。また微生物技術の応用先として、土壌由来菌を使った発酵食品の開発やプロバイオティクス(人の腸内環境を整える微生物製剤)への応用も考えられます。実際、ある土壌菌株から抽出した物質が腸内フローラを改善するサプリメントに応用された例もあります(仮想事例)。このように、農業分野で培った微生物の知見が食品・医療分野に展開されることで、新たな付加価値創造が期待できます。さらに消費者の関心として、食の安全・安心やサステナビリティが重視される中、生産段階の土壌管理がしっかりしていること自体が食品ブランドの価値を高める傾向もあります。トレーサビリティ情報に「土壌分析済み」「農薬不使用(土壌生物多様性保全)」といった要素を付記する動きも出てきており、土壌から食卓までのストーリーがマーケティング要素となる時代が来ています。
規制環境と参入機会: 世界的に環境規制が強まる中で、企業にはリスクと機会の双方が訪れます。欧州では化学農薬の使用削減目標(Farm to Fork戦略)やグリホサート禁止の議論などがあり、代替手段としてバイオ製品の需要が増えます。一方でバイオ製品自体にも規制(前述のEU規則や各国の登録制度)が整備されつつあり、新規参入には一定のハードルがあります。しかしこれは裏を返せば、高品質で規制をクリアした製品であれば参入障壁が高まる分、高い市場占有が期待できることを意味します。日本企業は品質管理や規制対応のきめ細かさに定評があり、この強みを活かせばグローバル市場で信頼性の高いサプライヤーとして地位を築けるでしょう。また知的財産の面でも、微生物株や製法の特許戦略を国際的に展開することで競争優位を確保することが大切です。特に微生物由来製品は特許での独占が難しい部分もありますが、ノウハウの蓄積やブランド力で市場をリードすることが求められます。
総じて、土壌分析技術・微生物エコテクノロジー・バイオスティミュラントは、今後の農業・環境ビジネスにおいて不可欠な柱となっていくでしょう。地球規模の課題(食料需要増、気候変動、生物多様性損失)に同時に応えるソリューションとして、これら技術への社会的期待と市場規模は着実に拡大しています。一方で、効果のエビデンス構築や規制対応など乗り越えるべきハードルもあります。しかし、それらをクリアしていくこと自体が他社との差別化となり、先行者利益を享受できるでしょう。ネイチャーポジティブを掲げるビジネスにとって、土壌と微生物を味方につけることは持続的競争優位の源泉となるのです。
日本の強みと国際展開
日本の強みとしては「発酵・培養等のバイオ技術力」「環境改善に資する高品質資材の創出力」が挙げられます。さらに国内市場での実績をもとに、新興国の開発課題や先進国の環境ニーズに応えるべく国際展開を志向する企業が増加している点も特徴的です。政府や国際機関の支援を得て海外での実証を積み上げるケースも見られ、日本発のネイチャーポジティブ技術が世界に貢献しつつビジネス拡大する好循環が生まれつつあります。以下に主なプレイヤーや事例を挙げ、その技術的・事業的強みと海外展開の状況を整理します。
大手化学・肥料メーカーの新規参入: 伝統的に農薬・肥料を手掛けてきた大手企業も、生物資材や土壌微生物技術への参入を強化しています。例えば日産化学はバイオサイエンス研究所内にマイクロバイオーム制御の専門部署を立ち上げ、微生物資材や生物農薬の開発に注力しています。同社は海外スタートアップ買収も通じて技術基盤を強化し、土壌中の複雑な微生物系を制御する新剤の創製を目指していますnissanchem.co.jp。また味の素株式会社は発酵技術を強みにアミノ酸由来のバイオスティミュラント製品を展開しています。同社グループはうま味調味料「味の素Ⓡ」等の製造過程で生じる栄養豊富な発酵液を有効活用し、これを原料とした葉面散布剤など複数の生物刺激資材を商品化しましたagritecno-japan.com。味の素グループの製品は国内外で販売されており、アミノ酸発酵の副産物を循環利用する日本ならではのアプローチとして海外からも注目されています。さらに、住友化学やクミアイ化学工業といった農薬大手もPGPR菌や菌根菌を活用した土壌改良剤の研究・販売を進めており、日本発の技術を海外市場に持ち込む動きが活発です。
バイオスティミュラント協議会と国内企業連合: 日本国内では2018年に日本バイオスティミュラント協議会(JBSA)が発足し、官民で市場育成と情報共有を図っています。設立当初は8社で始まったこの協議会も、2025年時点で正会員35社・賛助会員100社以上に拡大しています。
農業スタートアップの台頭: 従来の大企業に加え、スタートアップ企業も斬新なアプローチで土壌・微生物分野に挑戦し、海外展開に成功しつつあります。
廃棄物由来の土壌改良材:TOKYO8の事例: 東京都に本社を置く中堅企業太陽油化は、本業の下水汚泥処理技術から派生して生まれた植物活性剤「TOKYO8」を開発しました。TOKYO8は下水処理で培養した1500種以上の多様な細菌のノウハウを応用した資材で、土壌中の有機物を速やかに分解して土壌を蘇らせる作用があります。堆肥のように大量投入する必要がなく、10〜100倍に希釈した液を散布するだけで効果を発揮し、土壌団粒構造の形成(いわゆる土を「ふかふか」にする効果)や土壌中の有用微生物多様性維持にも寄与します。実験ではTOKYO8使用区で収穫量が50%増加し、野菜の大きさが2倍近く育つなど顕著な成果が確認されています。低コストで現地生産も可能なため、すでにアフリカ(ザンビアやモーリタニア)など農業生産性が低い地域での実証が進められており、食料不足解消や土壌劣化対策のソリューションとして国際的な期待を集めています。太陽油化の例は、日本の産業技術(下水処理)を異分野の農業課題に転用し、グローバルニーズに適合させたケースとして評価できるでしょう。
研究機関・大学の貢献: 国立研究開発法人農研機構(NARO)や理化学研究所、各大学も土壌・微生物技術の研究開発で国際競争力を有しています。例えばNAROはアジア・アフリカ諸国との共同研究プロジェクトを通じて、現地土着菌を活用したバイオ肥料の開発や、水稲のメタン排出抑制に資する微生物の研究などを行っています。また理研や筑波大学は、海外の土壌微生物資源(たとえば乾燥地帯の耐塩性菌など)の探索とその機能解明で国際的成果を上げています。こうした公的研究機関の知見は企業とも共有され、製品化や海外展開の土台になっています。さらに、前述の国際コンソーシアムJINOWA(地の輪)は、日本・ドイツ・イタリアなどの企業と研究者が連携し地域コミュニティ単位での生態系回復を目指す取り組みで、UN「生態系回復の10年」(2021〜2030)にも参画しています。JINOWAでは土壌再生を中心テーマに据えており、日本発の土壌改善モデルを欧州各地で実証するなど、学術・ビジネスを横断した国際協働が行われています。
日本で培われた優れた技術や実践が、世界における事実上の標準(デファクトスタンダード)や慣行として広がっていく鍵となるプレイヤーや連携の方向性を考察します。
鍵となるプレイヤー: 国内ではJBSAや農水省、国際的にはEBIC(欧州バイオスティミュラント協議会)やFAOの土壌パートナーシップなどが重要なステークホルダーです。日本の企業・研究者はこれら組織のイベントや委員会に積極的に参加し、国際ネットワークの形成と情報発信を続けることが求められます。また、グローバル企業との戦略的提携も一つの道です。シンジェンタやBASF等の多国籍企業はバイオソリューション分野で有望技術を常に探しており、日本企業とのライセンシング契約や共同開発の実績も出始めています。例えば2022年にはBASFベンチャーキャピタルが日本のアグリバイオ企業に出資するといった動きもありました(※仮例)。こうした提携を通じて、日本の技術がグローバル企業の製品ラインナップに組み込まれれば、一気に世界標準へ押し上げる推進力となります。
日本発の慣行・概念の普及: 技術そのものだけでなく、日本の伝統的知見や慣行が国際的評価を得るケースもあります。例えば米ぬかやもみ殻を利用した土づくり、抑草のための水田の冬期湛水といった日本の有機農業的手法が、欧州の一部で注目され実践され始めています。また、「土と人との共生」という哲学的アプローチを打ち出すJINOWAの活動は、技術供与だけでなく教育や文化面での発信を伴うユニークな取り組みとして評価されています。単なる技術移転にとどまらず、自然観や価値観の共有まで含めて国際発信していくことが、日本発のソフトなベストプラクティスを広める上で重要でしょう。
また、土中環境の調査も、強みがあります。
・土壌・地下水の汚染リスクを、法令に沿って調べて対策につなげるレーン
例:工場跡地、再開発、M&Aや不動産取引、造成・掘削、PFASやVOC等の化学物質対応
・土壌の健全性(ふかふかさ、水のしみ込み、栄養循環、微生物の働き)を、データで把握して改善するレーン
例:有機・再生型農業、サプライチェーンのレジリエンス(干ばつ・豪雨耐性)、生物多様性や炭素の管理
