見出し画像

観光と自然再生:サステナブル観光の新パラダイム (更新版)

 「自然を減らさない」では足りない。2030年までに自然を“増やす”――それがネイチャーポジティブの中核です。これをツーリズムに適用したのが、「ネイチャーポジティブツーリズム」です。観光は自然資本に依存する最大級の産業。にもかかわらず、保全・再生への資金投入は慢性的に不足しています。本稿は、Linked-in記事の中でも最も「いいね」を獲得した、記事を事例や枠組みなどを、皆様からのリクエストに応える形で、補強して更新しました。今日も楽しんでいってください!



0.はじめに

 美しい自然景観や豊かな自然の恵みは、旅の醍醐味です。観光産業の80%以上の物品・サービスは自然資源や生態系に依存しています。その一方で、生物多様性の喪失は今や世界的なリスクの一つとされており、「自然を壊してこそ成り立つ」旅行業界は存亡の危機に立たされているかもしれません。例えば、きれいなニッコウキスゲは鹿の食害に会ったり、海では磯焼けで海の幸がとれなくなり、杉やヒノキの花粉でアレルギーが重い人たちは家に閉じこもってしまいます。注目されてつつあるのが「自然再生型観光(Nature Positive Tourism)」という考え方です。これは単に環境負荷を抑えるにとどまらず、観光を通じて地域の自然を回復・再生しようとする新たなパラダイムです。2024年4月には、UNWTO(国連世界観光機関)とWTTC(世界旅行ツーリズム協議会)などが連携して、観光業界全体が生物多様性喪失を逆転させるための取り組みをまとめた報告書『Nature Positive Travel & Tourism in Action』(是非お読みください!おすすめ)が発表され、徐々に取り組みが広がっています。

観光業の1兆ドル問題:愛する場所を救えるか?(7分33秒)

NotebookLMによる、PodCastディープダイブ(20分:32秒)


1.最新トレンド

 観光業界は「自然の守護者(Guardians of Nature)」となるべく、持続可能性の次のステージへシフトしつつあります。

 2022年の生物多様性条約COP15(中国・昆明)では、UNWTO・WTTC・Sustainable Hospitality Allianceらが「Nature Positive Tourism Partnership(NPTP)」を発足させて以来、自然再生型観光は業界・政府両面で急速に広がりを見せています。2024年4月のアースデイには、これらの議論をまとめた報告書が発表され、以降もCOP16(コロンビア・カリ開催)でNPTPの成果が紹介されています。また、国際的な専門家会合でも「観光業は自然再生に貢献できる力を持つ」というメッセージが強調されています。こうした動きの中、旅行業界ではWTTCへの賛同登録が急増し、2023年までに150社以上の企業・自治体・NGOが支援を表明しています。IUCN(国際自然保護連合)も「観光の50%以上が自然に依存するため、観光セクターが極めて重要な役割を果たせる」と指摘し、自然再生型アプローチの早期導入を呼びかけています。各国政府も観光と環境政策の連携を強化しています。こうした流れを受け、世界各地で観光地マネジメント指針に自然保護項目が盛り込まれ始めています。

 民間企業も足並みを揃えてきました。既に150社を超える旅行・観光関連事業者や地域団体が「自然再生型観光ビジョン」に賛同登録しています。NPTPには旅行会社やホテル連盟、航空会社などのリーダー層が参加しています。こうした企業は生物多様性関連の投資やNGOとの連携を強化し、自社サプライチェーンのグリーン調達にも取り組みつつあります。また旅行業界団体や認証機関も生物多様性要件を強化し、業界ぐるみで環境指標を追跡する動きが出ています。結果として、ツアー商品の中に環境再生型プログラム(例えば現地植林・生態系モニタリング体験など)を組み込むケースが増え、旅行者自身が「参加型の保全活動」を楽しめるモデルも見られるようになってきました。

 コスタリカニュージーランドオーストラリアといった自然豊かな国々が先進的な自然保護ツーリズムを展開しています。またベルギー・フランダース州の「Travel to Tomorrow」プロジェクトや、ブラジル・クリチバ市、スペイン・エル・イエロ島など、都市・島単位で再生型観光モデルを追求する地域もあります。国内では、宮崎県串間市が住民主体のエコツーリズムを推進し、観光客に地域の保全活動を体験させて「地域のファン」を育成しています。京都府南丹市美山町では里山で農業・林業体験と自然観察を組み合わせ、参加者に食や命の尊さを学ばせるエコツアーが実施されています。埼玉県飯能市では、観光客が通年で森林整備(植樹・伐採など)に参加するプログラムを通じて、森林の持続的利用と地域活性化を両立する仕組みを構築中です。

UN Tourism報告書「Nature Positive Travel & Tourism in Action」より抜粋

 これらの事例に共通するのは、旅行者が地域の自然保全に自発的に関わることで地域の自然・文化を「大切に思う気持ち」が育ち、観光客が長期的な地域のファンになる点です。


2.サステナブルツーリズムとネイチャーポジティブツーリズム

 似ている概念にサステナブルツーリズムがあります。「サステナブルツーリズム」や「ネイチャーポジティブツーリズム」、どちらも環境や地域に配慮した観光を指しますが、その目指す方向性には違いがあります。サステナブルツーリズムは持続可能な観光の基盤となる考え方であり、ネイチャーポジティブツーリズムはその中でも特に自然環境の回復に焦点を当てた、より積極的で発展的なアプローチと言えるでしょう。サステナブルツーリズムとネイチャーポジティブツーリズムの最も大きな違いは、自然環境に対する目標設定にあります。サステナブルツーリズムは、現状を維持しつつ、将来にわたって観光を持続させることを目指すのに対し、ネイチャーポジティブツーリズムは、失われた自然を取り戻し、より豊かな状態にすることを目指します。

2.1.サステナブルツーリズム:持続可能性への配慮

 サステナブルツーリズム(持続可能な観光)とは、国連世界観光機関(UNWTO)によると、「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」と定義されています。簡単に言うと、観光地の環境、文化、経済を持続可能な形で発展させていくことを目指す考え方です。具体的には、以下の3つの側面が重視されます。

  • 環境の保全: 自然環境や生物多様性への負荷を最小限に抑え、保護・育成に貢献する。

  • 文化の尊重: 地域の伝統文化や生活様式を尊重し、その継承に貢献する。

  • 経済の活性化: 観光によって地域経済を潤し、住民の生活向上に貢献する。

具体的な取り組み例:

  • エコツアーの実施(自然環境への負荷が少ない移動手段の利用、ごみの持ち帰りなど)

  • 地産地消の推進(地域の食材や産品を活用した食事や土産物の提供)

  • 伝統文化体験プログラムの提供

  • 宿泊施設での省エネやリサイクルの徹底

  • 観光客への環境・文化に関する啓発活動

2.2.ネイチャーポジティブツーリズム:自然をより良くする観光

 ネイチャーポジティブツーリズムは、サステナブルツーリズムの考え方をさらに一歩進め、観光を通じて自然環境を積極的に回復させ、生物多様性を向上させることを目指すものです。「ネイチャーポジティブ」とは、自然資本の損失を止め、回復軌道に乗せるという考え方であり、これを観光に応用したものがネイチャーポジティブツーリズムです。つまり、単に環境への影響を減らすだけでなく、観光活動が自然にとってプラスになることを目指す、より積極的なアプローチと言えます。

具体的な取り組み例:

  • サンゴ礁の植え付け体験ツアー

  • 植林活動や里山保全活動への参加を組み込んだツアー

  • 野生生物の生息地を保護・再生するプロジェクトへの支援を伴う観光

  • グリーンインフラ(自然の機能を活用したインフラ)を活用した観光施設の整備

  • 旅行代金の一部を自然保護団体へ寄付する仕組み

  • Red Sea Global(サウジ):2040年までに“30%の純保全益”を達成する企業目標を公表。再エネ100%運用、海洋保護区設定、訪問者キャップなど、開発前提を自然回復に合わせて再設計。

  • Iberostar “Wave of Change”:サンゴ・マングローブ再生、責任ある水産調達、沿岸域の自然回復を柱に、ホテル運営と生態系再生を一体化。

  • Chumbe Island(タンザニア)エコツーリズム収益で私設海洋保護区を自己資金運営。保護・監視・教育を観光収入で持続。

  • Fregate Island(セーシェル):観光収益で絶滅危惧種の回復や長期モニタリングを支援し、島の生態系を再生。

観光セクター別実践事例と効果

 特にプレミアムなネイチャーポジティブツーリズムを提供するためには、具体的に定量的に効果を計測し、提供・開示することも重要なこととされています。もちろん、旅行者は、地球に良いから」だけでは動きません。体験の質利便に直結する時、予約は伸びます。例えば、静かで暖かい客室、待たされない移動、清潔で美味しい地元食材、わかりやすい使途公開(寄付・課徴の行き先)です。大規模調査でも、9割超の旅行者が「よりサステナブルな旅」を望む一方、具体的で可視化された貢献を求めています。数字と参加導線の提示が鍵です。

 世界の代表例では、入域料の引上げや宿泊課税、誓約スキームの導入が並びます。成功パターンはシンプルです。共通点は“集めやすく、使い道が明確で、地元が納得する”ことです。海外の事例を載せていますが、奄美大島や屋久島、蓼科や富士山や山陰の国立公園、北海道のスキーリゾートなど日本での事例でも、同様です。

  1. 価格シグナル:入島・入域・宿泊に小さな上乗せ。

  2. 用途の厳格化:保全・再生・教育など使途を特定。

  3. 地元への分配:周辺コミュニティへ一定比率を還元。

  4. 透明性:年次で使い道と成果を公開。

ネイチャーポジティブツーリズムの4段階アプローチ

 一方、こうした、自然に配慮そのものが疲れてしまわないよう、自然に配慮することで、自社がどのようなメリットがあるのかを整理する必要もあります。これは環境倫理的要請であると同時に、観光産業のレジリエンス向上と長期的競争力確保のための経営戦略でもあります。

PwCによるネイチャーポジティブ実現の4つのマネタイズパス

 先行リゾートの事例から学ぶ要点としては、“正味プラス”を目標に:再エネ100%、訪問者キャップ、保護区設定を組み合わせ、開発前提を自然回復に合わせ直します。この上で、運営×再生を一体化し、例えば、藻場やサンゴやマングローブの再生を、調達・メニュー・教育と結び、宿泊体験の中に組み込みます。また、自然共生サイト(OECM)のような、私設保護区モデルを設け、観光収益で保護・監視・教育を回す事例も、長期に機能します。ポイントは小さくても“恒常的な資金”を確保することです。ネイチャーポジティブ・ツーリズムは、理想論ではありません。場所を起点に測り、優先順位を科学で決め、自然を活かす解決策でハコを整え、資金を太らせ、開示で信頼を積み上げる――この順番を守れば、どの地域でも始められます。
旅が自然をすり減らす時代は終わります。1泊、1枚の許可、1回の送迎が、確かな面積と生きものの回復に置き換わる。2030年へ向けて、観光は受益者から再生の投資家へ。次の繁忙期までに、最初の一歩を現場に落としていきましょう。


(ご参考)

 XXXツーリズムって、似た言葉が多いのでいかに簡単に整理しますね。ネイチャーポジティブツーリズムは、自然へのプラス効果へコミットメントすることがポイントです。

ネイチャーポジティブツーリズムは、自然へのプラス効果へコミットメント!

課題と今後のとるべきアクション

 ネイチャーポジティブツーリズムは、「環境負荷最小化」や「環境を学ぶ意識啓発」を超え、「積極的に自然資本を回復・強化し、生物多様性に「純増」をもたらす」ことを狙う、野心的パラダイムです。

一方で、野心が大きすぎると、もちろん、課題も出てきます。

  • 資金調達: 初期投資・維持管理費用、短期収益の不確実性。

  • 地域住民との合意形成: 利害調整、住民の理解・協力。

  • 効果測定の難しさ: 「自然の純増」の定量的評価、標準指標不足。

  • グリーンウォッシング対策: 実態伴わない環境配慮訴求のリスク。

  • 専門人材の不足: 生態学、地域計画等の専門家。

そうですよね。いきなり「ネイチャーポジティブ」「測定しよう」と言われても、ですよね。

 でも、エコツーリズム認証が立ち上がり、観光を通じた資金調達・環境サービスへの報酬モデルも模索されています。実際、オンライン旅行予約サイトでは、個別にサステナブルツーリズムやエコツアー認証を行っています。さらに、国際認証として有名なものも出てきているようです。

 旅行会社やリゾート事業者にとっては、さらに、地域創生に挑戦しているまちづくりを行っているDMOの皆様において、インバウンドや新しいに拠点居住を求めている「日本の自然」なるものへの渇望に対するうっすらとしたウォンツに対して、新しい「体験」を提供する機会ととらえることができそうです。研究機関の本格的な科学の香りと、楽しい体験、自治体のウェルカムで柔軟なファシリテーション、観光事業者のきちんとした開示、このあたりがポイントだと思います。日本も、京都・ニセコ・東京ディズニーランドだけではなく、ネイチャーポジティブのメッカになってゆくといいなと思います。

ステークホルダー間の強固な連携と「協創 (Co-creation)」の為のアクション

 最後に、ネイチャーポジティブに関する、観光セクターの合意形成とガイダンス(「業界の標準書」)を以下に共有します。ご参考ください。

  • UN Tourism(旧UNWTO)×WTTC×Sustainable Hospitality Alliance:COP15でNature Positive Tourism Partnershipを発足。2024年には『Nature Positive – Travel & Tourism in Action』を公表し、実装の型を整理。

  • SBTN(Science Based Targets for Nature):企業向け自然目標の実装ガイダンスが整備。ホテル・リゾートも水・土地・海洋の優先課題を科学的に特定し、AR3T(Avoid/Reduce/Restore&Regenerate/Transform)で行動順序を設計。

  • IUCN NbS標準&ミティゲーション・ヒエラルキーAvoid→Minimize→Restore→Offsetの順守が前提。観光プロジェクト評価の基本線。


初出:5月29日、更新版:9月6日

#NaturePositive
#EcoTourism


いいなと思ったら応援しよう!