繁栄するデジタル経済は、ネイチャーポジティブなシステムの上に成り立つ:「Nature Positive: Role of the Technology Sector」(WEF2025)を読む
生成AI、この1年間で急速に性能が向上しました(今回の記事は、GoogleさんのNotebookLMにお世話になっています)。しかし、デジタル経済の背景には、大きな自然への負荷があります。
だからこそ、デジタル経済は、ネイチャーポジティブなシステムの上に成立させる必要があります。来年7月に開催されるThe Globa Nature Positive Summitがワールドクラスのネイチャーポジティブのイベントなのに、なぜ日本の熊本で開催されるか?といえば、そこに、デジタル産業と自然資本との関係の一つの答えがあるから世界が注目しているからです。
さて、今日は、今月(2025年12月4日)に発行された、世界経済フォーラム(WEF)による、「Nature Positive: Role of the Technology Sector」(ネイチャー・ポジティブ:テクノロジーセクターの役割)を皆さんと一緒に読んでまいります。以下、本文の記事は、当該レポートのサマリになっています。今日も楽しんでいってくださいね。
音声PodCastガイド:AI世界が拡大する中、ネイチャーポジティブは究極の革新になるか?

なぜ今、テクノロジー企業は自然に向き合うべきなのか
テクノロジーは現代生活のあらゆる側面に浸透しており、年間1兆個以上の半導体が販売され、11,000を超えるデータセンターが稼働しています。AI、クラウドコンピューティング、高性能エレクトロニクスに牽引され、セクターは力強い成長を続ける見込みです。しかし、この成長は水と土地の利用、汚染、廃棄物、排出という形で、自然に大きな足跡を残しています。
半導体製造は年間1兆リットル以上の淡水を消費し、データセンターはカリフォルニア州のピーク時の電力需要に匹敵する60GW以上のエネルギーを消費します。廃棄されるハードウェアは年間600億kgの電子廃棄物(e-waste)を生み出し、そのリサイクル率は4分の1未満です。これらの自然システムへの影響と天然資源への依存に対処しなければ、テクノロジーセクターの短期的な事業継続許可と長期的なレジリエンスが脅かされます。実際に2024年5月以降、米国では天然資源と電力への需要に関する地域社会の懸念から、640億ドル相当のデータセンタープロジェクトが阻止または遅延しています。
テクノロジー企業が「ネイチャーポジティブ」を目指すことは、未来の事業機会を掴む上で不可欠です。「ネイチャーポジティブ」とは、「2020年を基準として、2030年までに自然の損失を止め、回復軌道に乗せ、2050年までに完全に回復させる」という世界的な社会目標です。簡単に言えば、2030年には2020年よりも多くの自然が存在し、その後も回復が続く状態を目指すことを意味します。
なぜ今、テクノロジー企業は自然に向き合うべきなのか、こちらの8分の動画サマリをご覧ください。

テクノロジーセクターのネイチャーポジティブへの移行:7つの優先行動計画
デジタルセクターの課題に対処するため、テクノロジー企業(半導体製造、データセンター、ハードウェア)のリーダー向けに、自然への影響と依存に取り組むための7つの優先行動を本レポートでは、提言しています。
1. レジリエントで回復力のある水利用の推進
2. 汚染の緩和とサーキュラリティの追求
3. 非電力由来の運用・内包排出への取り組み
4. 土地のスチュワードシップと再生の促進
5. 持続可能な事業運営電力の確保
6. サプライチェーンとの連携
7. 外部エンゲージメントと政策形成の支援
これらの行動は、リスクを管理するだけでなく、コスト削減や資源回収といった財務的な機会も創出します。テクノロジーは革新的なセクターであり、今こそ自然に関してもリーダーシップを発揮する機会があります。さぁ詳しく見てまいりましょう。
1. 強靭で回復力のある水利用の推進
半導体製造業は年間1兆リットル以上の淡水を使用し、データセンターも冷却のために膨大な量の水を消費します。これは単なる環境負荷の問題ではなく、水ストレスの高い地域では事業継続性を揺るがす直接的な財務リスクとなります。水はテクノロジーセクターの生命線であり、その持続可能な管理は最優先課題です。
水ストレスの評価 :施設開発の前に、立地候補地の現在および将来の水ストレス(水需給の逼迫度)を評価することが不可欠です。例えば、Googleはアリゾナ州でのデータセンター建設計画において、地域の水供給への影響を考慮し、空冷方式を採用することを決定しました。
効率性を考慮した設計と運用 :施設の設計段階から水効率を組み込むこと、そして運用開始後も継続的にプロセスを改善し、水使用量を削減することが重要です。
ウォーターフットプリントの完全な評価 :ISO 46001などの国際基準を用いて、自社の事業だけでなく、電力消費に伴う間接的な水使用量(エンベデッドウォーター)も含めた、完全なウォーターフットプリントを把握すべきです。現状では、データセンター事業者の3分の1未満しか水使用量を追跡していません。
クローズドループシステムと水の再利用 :使用した水を施設内で浄化し、冷却などに再利用する「クローズドループシステム」は非常に効果的です。Intelや台湾の半導体メーカーは、80%を超える高い水リサイクル率を達成しており、非飲用水の活用と合わせて淡水の取水量を大幅に削減しています。
流域の回復支援 :事業活動の範囲を超え、地域社会と連携して水源となる流域の保全・回復プロジェクトを支援することも重要です。Amazon Web Services (AWS)は、ブラジルや南アフリカなどで流域回復プロジェクトに投資し、地域全体の水の健全性に貢献しています。
水利用の最適化がオペレーションの「入口」の戦略だとすれば、次の課題である汚染をなくし資源を循環させることは「出口」の戦略です。この二つを統合して初めて、真に持続可能な生産プロセスが完成します。
2. 汚染の緩和とサーキュラリティの追求
世界では年間620億kg以上もの電子廃棄物(e-waste)が発生していますが、そのうち適切にリサイクルされているのはわずか22%に過ぎません。これは深刻な環境汚染を引き起こすだけでなく、貴重な資源の損失にも繋がっています。
循環性と修理可能性を考慮した設計 製品の設計段階から、リサイクル素材の活用や、部品交換が容易なモジュール設計を取り入れることで、製品の寿命を延ばし、廃棄物を削減します。
機器の寿命延長と修理インフラの整備 製品が長く使われるほど、新たな製造に伴う環境負荷は減少します。Appleは世界中に5,000以上の認定修理拠点のネットワークを構築し、消費者が製品を修理して使い続けられる体制を整えています。
回収プログラムの確立 使用済み製品を効率的に回収し、再利用・リサイクルする仕組みが不可欠です。Microsoftは、データセンターから排出される2024年に退役したコンピューターサーバーやその他の機器の90%以上をリサイクル・再利用する「サーキュラーセンター」を運営しています。また、オーストラリアの「MobileMuster」プログラムは、複数の企業が連携して携帯電話を回収する官民連携の成功事例です。
汚染と廃棄物の管理 廃棄物を資源として捉え直すことで、環境負荷を低減しつつ新たな事業価値を創出できます。半導体メーカーのTSMCは、廃棄物リサイクル率96%約4,000万ドルの利益を生み出しました。また、Microsoftはデンマークのデータセンターで発生する余熱を、地域の暖房システムに供給しています。
資源の循環は廃棄物を減らすだけでなく、新たな原材料の採掘や製造に伴う温室効果ガス排出を回避することにも直結します。これは、次の課題である非電力由来の排出への取り組みと密接に連携しています。
3. 非電力由来のGHG排出への取り組み
テクノロジーセクターの温室効果ガス(GHG)排出は、電力消費だけが原因ではありません。特に半導体製造プロセスでは、フッ素化ガスなど、二酸化炭素の数千倍もの温暖化ポテンシャルを持つ特殊なガスが使用されています。これらの管理は、規制強化や評判リスクを回避するための隠れた、しかし重要な経営課題です。
漏洩の監視と防止 最初のステップは、地球温暖化係数(GWP)が高いガスが使用されているプロセスを特定し、漏洩がないか継続的に監視することです。漏洩を未然に防ぐことが、最も効果的でコスト効率の高い排出削減策となります。
排ガス処理装置の利用 排出を避けられないガスについては、回収して無害化する排ガス処理装置(スクラバー)の導入が有効です。Samsungが使用する「Regenerative Catalytic System (RCS)」は、最大95%という高い処理効率を実現しています。
カーボンクレジットへの投資 技術的に削減が困難な排出量については、質の高いカーボンオフセットや除去クレジットへの投資が補完的な役割を果たします。先進的な事例として、Microsoftは2030年までに「カーボンネガティブ」を達成するという目標を掲げ、創業以来排出した全ての炭素を大気中から除去することを目指しています。
大気中への排出ガスという地球規模の課題は、事業所が立地する土地の生態系という、よりローカルな自然への影響と表裏一体です。健全な大気環境は、健全な土地利用があってこそ維持されます。
4. 土地の管理と生態系回復の促進
データセンターや製造工場などの大規模インフラの建設は、貴重な生態系や生物多様性を損なう可能性があります。事業用地の選定から管理に至るまで、土地への影響を最小限に抑え、積極的に自然を回復させる視点が求められます。
ブラウンフィールド(再開発地)の優先 新規開発を行う際は、原生自然を破壊するのではなく、すでに開発された土地(ブラウンフィールド)を優先的に利用します。これは新たな自然破壊を回避するだけでなく、地域社会の懸念を和らげ、序論で述べた事業の「運営許可」を確保する上でも極めて有効な戦略です。
生物多様性リスクの評価 サイト選定時には、原生自然地域や絶滅危惧種の生息地など、保護価値の高い生態系を回避することが極めて重要です。事前のリスク評価が、取り返しのつかない損失を防ぎます。
グリーンインフラと在来種の活用 事業敷地内に緑地を設けることは、冷却効果による省エネ、従業員のウェルビーイング向上、そして生物多様性の保全に繋がります。Microsoftはオランダのデータセンターで、地域の生態系に配慮して在来植物を植え、ミツバチなどの受粉媒介者のための生息地を創出しました。
生物多様性オフセットへの投資 事業による生態系への影響が避けられない場合、質の高い生物多様性オフセット(代償措置)に投資することで、「損失ゼロ(No Net Loss)」、さらには「純増(Biodiversity Net Gain)」を目指すべきです。
事業用地という直接的な土地利用の管理は、その土地で消費される電力の調達方法、つまり発電に伴う間接的な土地利用とも深く結びついています。持続可能な土地管理は、持続可能な電力戦略と一体で考える必要があります。
5. 持続可能な電力による事業運営
テクノロジーセクターは世界の総エネルギー消費の**約4%**を占めており、AI需要の急増により、その割合は今後さらに拡大すると予測されています。電力の調達方法をクリーンなものに変えることは、セクター全体の環境フットプリントを劇的に改善する上で最も影響力の大きい行動の一つです。
低炭素エネルギー源の利用 敷地内に太陽光パネルを設置するオンサイト発電や、再生可能エネルギー発電事業者と直接契約を結ぶ電力購入契約(PPA)を通じて、クリーンな電力の利用を拡大します。Lenovoは自社施設に合計17MWの太陽光発電設備を導入しています。
再生可能エネルギーインフラへの投資 単に電力を購入するだけでなく、再生可能エネルギーの発電・蓄電・送電網といったインフラ自体への投資も重要です。Googleは2024年、再生可能エネルギー開発企業と200億ドルの契約を結び、インフラ整備を直接支援しています。
エネルギー効率の高い設計 建物の断熱性を高め、高効率な空調システム(HVAC)やLED照明を導入するなど、施設全体のエネルギー効率を最大化する設計が求められます。
冷却システムの最適化 データセンターのエネルギー消費の大部分を占めるのが冷却です。GoogleはAIを活用して冷却システムの効率を30%Microsoftは、データセンターの運用温度を従来より高く設定することで、冷却に必要なエネルギーを削減する取り組みを進めています。
自社の事業運営における持続可能性の追求は、第一歩に過ぎません。真のネイチャーポジティブを実現するためには、その影響が及ぶ広範なサプライチェーン全体へと視点を広げなければなりません。
6. サプライチェーンとの連携
テクノロジー企業の環境フットプリントの大部分は、原材料の採掘、部品製造、製品の組み立てといったサプライチェーンの各段階で発生しています。この課題に取り組むには、行動2で述べたサーキュラーデザインの原則や、行動5で議論した持続可能な電力調達へのコミットメントが不可欠な前提となります。サプライヤーとの緊密な連携なくして、真のネイチャーポジティブは達成できません。
サステナビリティ認証を持つサプライヤーとの協業 ISO 14001(環境マネジメント)やFSC(森林管理協議会)といった国際的な認証を取得しているサプライヤーを優先的に選定することで、サプライチェーン全体のリスクを管理します。Delta Electronicsは、サプライヤーに対して独自の行動規範を設け、協働でサステナビリティ目標を設定しています。
低インパクトな原材料の優先 リサイクル素材や、より環境負荷の低い方法で採掘・製造された素材を積極的に利用します。Appleは、リサイクル素材や低炭素素材の調達を推進することで、これまでに620万トンの温室効果ガス排出を回避しました。
高インパクトな化学物質やガスの代替 サプライヤーと協力し、PFAS(永遠の化学物質)や高いGWPを持つガスを、より安全な代替品に切り替えるための研究開発を進めることが重要です。
サプライチェーン全体でのコミットメント設定 自社だけでなく、サプライヤーにも明確な目標と期待値を設定し、サプライチェーン全体での変革を促します。Acerはサプライヤーに対し、事業拠点における生物多様性リスクの評価と対策を要請しています。
サプライチェーンという企業が直接影響を及ぼせる範囲からさらに視点を広げ、業界全体、そして社会システムそのものを変革していくためには、政策立案者やコミュニティといった外部との対話が不可欠となります。
7. 外部との連携と政策形成への貢献
ネイチャーポジティブへの移行は、一企業や一セクターの努力だけで成し遂げられるものではありません。政府、規制当局、顧客、地域コミュニティといった外部のステークホルダーと積極的に連携し、社会システム全体の変革を主導することが、自社の取り組みを確固たるものにする上で不可欠です。
政策形成への積極的な関与 業界団体や政府の諮問委員会に積極的に参加し、科学的知見に基づいた実効性のある政策の形成に貢献すべきです。米国の「AI安全性・セキュリティ委員会」には、多くのテクノロジー企業が参加し、専門的な知見を提供しています。
科学的根拠に基づく情報開示 TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)やSBTN(科学と整合した目標ネットワーク)といった国際的なフレームワークを活用し、自社の自然への影響や依存度を透明性高く開示することが求められます。
セクター全体のベンチマーク構築への協力 規制当局や研究機関と協力し、信頼性の高いデータを共有することで、業界全体のパフォーマンスを測定・比較するための基準(ベンチマーク)を構築します。「欧州グリーンデジタル連合(EGDC)」は、企業が連携してデジタルソリューションの環境への貢献度を測定する方法論を開発しており、このような協調的な取り組みが業界全体の進歩を加速させます。
これまで見てきた7つの行動を統合し、一貫した戦略として推進することによってのみ、真の変革が実現します。
結論:繁栄するデジタル経済は、ネイチャーポジティブなシステムの上に成り立つ
本稿で概説した7つの優先行動分野は、単なるベストプラクティスのリストではありません。これらは相互に依存し合う、ネイチャーポジティブ移行に向けた単一の統合戦略の柱です。この包括的なアプローチを実践することは、テクノロジー企業が直面する自然関連のリスクを戦略的に管理し、事業のレジリエンス、コスト効率、そして新たなイノベーションの機会を最大化するための不可欠な道筋を示しています。この統合戦略を習得した企業は、より多くの投資を引きつけ、優秀な人材を惹きつけ、市場での優位なアクセスを確保することで、今後10年間の持続的な競争優位性を築くでしょう。テクノロジーセクターは、その卓越したイノベーション能力、豊富な資本、データ活用技術、そして社会的な影響力を駆使し、経済成長と自然保護を両立させる持続可能なモデルへの移行を主導する、他に類を見ないポテンシャルを秘めています。
「繁栄するデジタル経済は、ネイチャーポジティブなシステムの上に成り立つ(a thriving digital economy depends on nature-positive systems)」という洞察が示すように、自然という基盤を守り育むことは、セクター自身の未来を守ることと同義です。テクノロジーセクターが自らの変革をリードすることで、地球と共生するより良い未来を築くことができるのです。
アクションにすぐ移れない、まだ怖い企業は、ダブルマテリアリティを描くところから着手すると良いでしょう。理解のためにもTNFDの執筆し、それをどんどんバージョンアップしてゆくことが重要です。ぜひ、まず、今回のWEFのレポートを契機に、挑戦してみててください。
2026年の6月には、日本の熊本で開催される、The Globa Nature Positive Summit 2026の場では、デジタル業界向けのTNFDのセクターガイダンス(最後のセクターガイダンスともいわれています)もリリースされる予定です。こちらで、デジタル産業の皆さんの検討は、さらに加速するはずです。ぜひ、熊本でお待ちしております!


