あなたのご近所にも、新種の希少種が存在する
書こう書こうと思って、完成させられなかったのですが、ようやっとUpさせていただきます。福岡市科学館館長であり、九州大学名誉教授の矢原徹一先生が、8月に日本植物学会の最高栄誉である「日本植物学会 大賞」を受賞なさっていらっしゃいます。「約200種の新種発見からわかってきた予想外の真実」。最新の分子系統解析を武器に、日本列島の植物分類が文字どおり「総点検」され、その結果として200種を超える新種が浮かび上がったという成果です。矢原先生おめでとうございます!
▼ 矢原館長が「2025年度 日本植物学会 大賞」を受賞しました。
それは、保全の常識を変えてしまうものでした。今日はこの内容を見て参りましょう。今日も楽しんでいって下さいね。
【お急ぎの方】何が凄いの?サマリWeb
隠された生物多様性のフロンティア:日本
1.実はどこにでも希少種は存在するかも
1.オープンな調査による 「約200種の新種発見」
矢原先生は、かつて率いた東南アジア熱帯雨林での大規模プロジェクトでは、ボルネオ島やカンボジアなど、生物多様性のホットスポットでありながら調査が不十分な地域において、約1,000種の新種発見を見込む壮大なインベントリー調査を行ってきたことがあります。そこでの経験――すなわち、山を一つ越えれば植生が変わり、谷ごとに異なる種が分化しているという熱帯の「ハイパー多様性」の肌感覚――をお持ちの日本最高峰の生態学者のお一人です。矢原先生は2020年以降、北海道から沖縄まで日本各地で集中的な植物調査を行い、その試料に対して高精度の分子系統樹と詳細な形態比較を組み合わせ、約40属の植物について分類学的な再検討を行いました。(福岡市科学館)。
この再検討の特徴は、デオキシリボ核酸(DNA)の塩基配列を利用した「次世代DNAバーコーディング」と、ゲノム情報を効率よく比較できるMIG-seqという手法を全面的に取り入れていることです。「DNAバーコーディング」は、生物種ごとに特徴的なDNA配列の短い領域を「バーコード」とみなし、それを読み取ることで種を識別する技術です。「MIG-seq」は、ゲノム全体から分散した多数の領域を一度に読み取ることで、近縁な集団や隠れた系統差を高い解像度で検出できる手法です。
また、ユニークな調査の試みでも注目すべきです。一般社団法人「九州オープンユニバーシティ (QOU)」は、プロの研究者と市民科学者(アマチュア植物愛好家)をつなぐプラットフォームとして機能しています。環境研究総合推進費の支援を受けて実施されたこのプロジェクト(2020-2022)は、文字通り日本中の植物を「総点検」するものでした。
市民科学(Citizen Science)の統合: 日本には、プロ顔負けの知識を持つ在野の植物愛好家が数多く存在します。彼らは地元の植物を知り尽くしており、「ここの個体は図鑑と少し違う」という違和感を鋭敏に察知します。矢原チームは彼らと連携し、その「違和感」のある個体をサンプリングし、MIG-seqで解析するというワークフローを確立しました。
スライド図鑑による迅速な共有: 発見された情報は、従来のように重厚な書籍になるのを待つのではなく、「スライド図鑑」という形でウェブ上で迅速に公開さ、これにより、最新の分類知見が即座にフィールドへフィードバックされ、さらなる発見を呼ぶ好循環が生まれました。
2.保全の常識が変わる・・・
この「日本の野生植物総点検」とも言うべき取り組みの延長線上に、今回の「約200種の新種発見」があります。重要なのは、これらが未踏の南米奥地ではなく、「すでにフロラ(植物誌)が整備されたはずの日本列島」で見つかっていることです。ここに、世界の関心を引くポイントがあります。
福岡市科学館の公式ページは、今回の研究によって次の三つの「常識」が覆されたとまとめています。(福岡市科学館)
日本の植物の新種発見は、ほぼ終わっている。
多様な種に分化しているのは、限られた属だけである。
固有種があるのは、限られた場所だけである。
それぞれ、どういう意味を持つのかを少し噛み砕いてみます。
1. 「新種発見はほぼ終わった」は、分子系統学の前提が変わった
日本では、多くの人が「日本の植物相はおおむね書き尽くされた」と考えてきました。しかし、これらは主として形態の違いにもとづく分類です。細かな形の違いが少ないグループや、地理的に離れた集団が「一見同じ」に見える場合、それらを一つの種として扱ってきた経緯があります。MIG-seqのようなゲノム全体を俯瞰する方法で系統樹を描くと、「一つの種」とされてきた集団の中に、交雑がほとんど起きていない複数の系統が潜んでいることがわかります。形態の差はごくわずかでも、遺伝的には長い間独立して進化してきた「事実上の別種」である、というケースが次々に見つかったのです。これは日本だけの現象ではありませんが、「よく調べ尽くされた先進国のフロラにも膨大な隠蔽種がいる」ということを、日本全土スケールで示した点が、世界的に見ても例外的です。
2. 「多様化している属は限られている」は、実際にはもっと広く起きていた
従来、「爆発的に種分化したグループ」として注目されてきたのは、タンポポ属やアザミ属のような、無融合生殖や頻繁な交雑を行う一部の「厄介な」属だけが種分化を続けていると思われていました。ところが、矢原さんのチームが再検討した約40属の中には、これまで「地味で単調」と見なされてきたグループも含まれており、その中からも複数の新種が見つかっています。これは、「特殊な属だけが多様化しているのではなく、日本列島という舞台自体が、多くの系統にとって種分化を促す環境だった」ことを示唆します。換言すると、日本は特定の“スター選手”だけでなく、平凡に見える植物たちにも種分化のチャンスを与えてきた場所だ、ということになります。
3. 「固有種の場所は限られている」は、ミクロなスケールで崩れつつある
日本には、屋久島、奄美群島、小笠原諸島など、古くから固有種が多いことで知られる地域があります。たとえば奄美群島では1,800種を超える維管束植物のうち、60種以上が群島固有とされるなど、局所的な固有性の高さが報告されています。従来、「固有種が集中するのは、そうした特別な島や山だけ」というイメージがありました。ところが、分子データで見ると、本州や九州の“普通の山地”や、平地に近い環境でも、谷ごと、山塊ごとに遺伝系統が分かれた集団が多数見つかります。身近な里山や河川敷、石灰岩地といった、日本列島の至る所にマイクロ・エンデミズム(局所固有性)が存在することを示しています。日本植物学会大賞の研究概要も、「固有種があるのは限られた場所である」という常識が覆されたと明記しています。(福岡市科学館)
このことは、保全の観点から見ると非常に重要です。「有名な島や国立公園だけ守ればよい」のではなく、平地に近い二次林や河川沿いの小さな谷にも、その場所にしかいない系統が潜んでいる可能性が高い、というメッセージになるからです。これは・・・・かなり、やばい!!
もし、これまで「普通種」だと思われていた植物が、実は複数の「狭域固有種」の集合体だったとしたら、これまでの自然保護政策は根本的な見直しを迫られることになります。また、企業においては、希少種DBに掲載されていなければOKというスタンスでは済まない、ということにもなってまいります。希少種が「わかっている」前提と、「分かっていない」前提では、大きく変わるわけです。
絶滅リスクの過小評価: 広域分布種であれば、ある産地が開発で消失しても「他にあるから大丈夫」と判断されます。しかし、それが実はその場所だけの固有種であった場合、その開発は即座に「絶滅」を意味してしまいあす。シライワアケボノソウの事例は、レッドリストの再評価が急務であることを警告しています。
生態系サービスの理解: ギボウシ属やキスゲ属 (Hemerocallis) のように、種によって送粉者が異なる(蝶媒か蛾媒か)場合 、植物種の誤認は、それを取り巻く昆虫相や生態系ネットワークの誤解に直結します。
MIG-seq法によるハーバリウム標本の活用成功は、世界中の自然史博物館の価値を一変させます。ロンドン、パリ、ニューヨークの博物館に眠る数億点の標本は、単なる「枯れた植物」ではなく、過去の生物多様性を解読し、気候変動による分布変遷や失われた遺伝的多様性を復元するための「ゲノムアーカイブ」として再定義されるべきなのかもしれません。
だって、「先進国はもう調べ尽くされた」という思いますよね?「未発見の生物多様性=熱帯の発展途上国」というイメージ。でも、知らないという事実。ということは、どこにでも「隠れたホットスポット」があるということ。「有名サイト以外にも、ミクロな固有系統が広く分散している」可能性を示します。これは、保護区やその他のOECMなど保全地域の配置を考え直す必要があるかもしれません。特に、島国である「地形のひだ一つ一つが独立した進化の舞台になる」ような条件が、日本では特に整いやすいと考えています。これは、同じ温帯圏のヨーロッパ大陸や北米大陸とは異なる、日本列島特有の構造です。でも、地球上の他の地域でも、同様かそれ以上の「隠れた多様性」が存在する可能性を示唆します。南米や東南アジアだけでなく、ヨーロッパ、北米、東アジアの「既知のフロラ」も、分子データを用いた総点検によって、再び塗り替えられるかもしれません。
もう一つ重要なことは、「ホットスポット保全は、地図上の点ではなく、プロセスの保全へ」ということです。従来のホットスポット概念は、「固有種が多い場所」を地図上に塗ることが中心でした。しかし、「今まさに種分化が進行しているプロセスそのものを守る」という発想の必要性があることを示唆しています。身近に潜む「見えにくいホットスポット」があるってワクワクしますよね。
2. MIG-seq法による「見えざる種」の可視化
重要なことは前節に書きましたが、ここでは改めて、なぜ、これほどの数の新種が、21世紀の今まで見過ごされてきたのか?を見てゆこうと思います。
その答えの半分は、人間の眼の限界にあり、もう半分は、それを突破するテクノロジーの不在にありました。「200種発見」を物理的に可能にしたのは、東北大学の陶山佳久教授らによって開発されたDNA解析技術、「MIG-seq法 (Multiplexed ISSR Genotyping by Sequencing)」です。
2.1 形態学的分類の限界と「隠蔽種」
伝統的な植物分類学は、形態(花の色、葉の形、毛の有無など)に依存してきました。しかし、植物の進化において、生殖隔離(互いに交配できなくなること)と形態的変化は必ずしも同時に進行しません。
隠蔽種 (Cryptic Species): 外見は瓜二つだが、遺伝的には完全に別種であり、交配しない集団。
表現型可塑性: 同じ種であっても、環境(日向か日陰か、土壌の質など)によって姿形を大きく変える能力。
これまでの分類学では、わずかな形態差しかない個体群は「同種内の変異」として対応されており、乾燥した標本では色が失われ、微妙な立体的特徴が潰れてしまうため、博物館に眠る標本からは真の多様性を読み取ることが困難でした。
2.2 MIG-seq法の技術的ブレイクスルー
従来の次世代シーケンサー解析(RAD-seq法など)は、高品質かつ高分子のDNAを必要としていました。これは、新鮮な生葉を採取しなければならないことを意味し、100年前に採集された貴重な押し葉標本や、乾燥してDNAが断片化したサンプルには適用できませんでした。しかし、MIG-seq法は以下の点で革命的でした。
PCRベースのアプローチ:
MIG-seqは、ゲノム中に散在するマイクロサテライト(SSRs)間の領域をPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)によって増幅し、その配列を読む手法。PCRは微量のDNA断片からでも目的の領域を増幅できるため、DNAが劣化・断片化した古い標本からでも解析が可能となった 。これにより、過去数十年〜数百年かけて蓄積された膨大なコレクションが、突如として「ゲノム情報の宝庫」へと変貌。コストと簡便性:
全ゲノム解析(WGS)に比べて圧倒的に安価であり、数千個体という規模の集団解析を現実的な予算内で可能に。種を定義するためには、1個体ではなく、集団全体の遺伝的構造を把握し、他の集団と遺伝的交流(gene flow)がないことを証明しなければならないが、MIG-seqはこの「集団遺伝学的アプローチ」を分類学のスタンダードへと押し上げた。巨大ゲノムへの適用:
植物(特に単子葉類や裸子植物)の中には、コムギのように巨大かつ複雑なゲノムを持つものが存在する。MIG-seqはゲノムサイズに関わらず、有効なSNP(一塩基多型)情報を取得できるため、これまで解析が敬遠されていた分類群にもメスを入れることが可能となった。
3. 再発見された日本の植物の例
本記事の最後では、研究によって明らかになった新種・新分類群のサンプルをご紹介して終わりにしようと思います。
3.1 バラ属の100年ぶりの新種:キリシマイバラとシコクイバラ
バラ属 (Rosa) は園芸的にも重要であり、多くの愛好家や研究者の注目を集めてきたグループです。にもかかわらず、日本における野生バラの新種発見は、1918年のツクシイバラ (Rosa multiflora var. adenochaeta) の記載以来、実に107年もの間、途絶えていました。
キリシマイバラ (Rosa kirishimaensis): 九州の霧島山系等に分布するこの種は、これまでヤブイバラ (Rosa luciae) と混同されていましたが、ヤブイバラが純白の花を咲かせるのに対し、キリシマイバラは淡いピンク色の花弁を持ちます。MIG-seq解析の結果、両者が同所的に(同じ場所に)生育している場合でも、遺伝的に交雑していないことが判明しました。これは、両者の間に強力な生殖隔離メカニズム(開花期のずれや送粉者の違いなど)が存在することを示唆しており、生物学的種概念において「別種」と断定する決定的な証拠となっています。
シコクイバラ (Rosa luciae subsp. shikokuensis): 四国に分布するこの分類群は、フジイバラ (Rosa fujisanensis) に似るが、葉がより大型である等の特徴を持ちます。ゲノム解析は、これがフジイバラの変異ではなく、四国という地理的環境で独自に分化した亜種であることを支持しています。
これらの発見は、「目立つ植物」「人気のある植物」であっても、詳細な遺伝的検討を経ていない種がまだまだ残されている可能性を示しています。
3.2 ギボウシ属の適応放散:四国の谷に潜む多様性
ギボウシ属 (Hosta) は、日陰に強い園芸植物として世界中で愛されていますが、四国・高知県を中心とした調査を行い、一挙に5つの新種(ミナヅキギボウシ H. minazukiflora、ナガエギボウシ H. longipedicellata 等)と1つの新亜種を記載しました。
フェノロジー(生物季節)による隔離: 新種の一つ「ミナヅキギボウシ」は、その名の通り6月(水無月)に開花します。近縁種が8月等に開花する場合、たとえ隣り合って生えていても花粉の交換は起きません。四国の急峻な山岳地形は、谷ごとに微気候を変え、それぞれの谷に隔離された個体群が独自の開花スケジュールを進化させる「適応放散」の舞台となっていました。MIG-seq解析は、これらの集団が遺伝的にも明瞭に分化していることを裏付けました。
3.3 屋久島の極限環境と矮小化:ヤクシマイトハコベ
世界遺産・屋久島は、多くの固有種で知られていますが、そこにもまだ未記載の種が隠れていました。
高山適応としての矮小化: ヤクシマイトハコベ (Stellaria alsine subsp. nana) : このハコベの仲間は、茎の高さが2.5〜6cmという極端な矮性(dwarfism)を示しています。これは強風吹き荒れる屋久島の高山帯への適応と考えられます。従来であれば「環境が悪いために小さくなった個体」として処理されがちな形態ですが、MIG-seqはこの矮小形質が環境による一時的なものではなく、遺伝的に固定された亜種レベルの分化であることを証明しました。
3.4 菌従属栄養植物の隠秘性:オキシギネ・ヤマシタエ
光合成をやめ、菌類に寄生して生きる菌従属栄養植(Mycoheterotrophs)は、その特異な生活史ゆえに発見が極めて難しく、地上に姿を現すのは開花時のわずかな期間だけであり、サイズも極小です。
オキシギネ・ヤマシタエ (Oxygyne yamashitae): 屋久島の照葉樹林床から発見されたこのヒナノボンボリ科の新種は、近縁種である O. shinzatoi とは花の内部形態(雄しべの位置や柱頭の突起など)で明確に区別されます。
3.5 アケボノソウの180年目の真実:シライワアケボノソウ
リンドウ科のアケボノソウ (Swertia bimaculata) は、1846年にシーボルトらによって記載されて以来、日本全国に分布する単一種であると疑われて来ませんでした。しかし、本研究により、九州の石灰岩地(白岩山など)に分布する集団は、雄しべや蜜腺の色が異なり、遺伝的にも完全に別種であることが判明。
シライワアケボノソウ:約180年もの間、誰もが「アケボノソウ」だと信じて疑わなかった植物が、実は2つの異なる種を含んでいた!石灰岩地という特殊な土壌環境が、隔離と分化を促進した好例です。
