島崎藤村にゆかりが深い小さな文学館 一関・文学の蔵
私は岩手県南、一関市にある小さな文学館、一関・文学の蔵の世話人をしています。今回はその文学館の由来について紹介しましょう。
一関は古来、平泉の玄関口であることもあり、文化人をひきつけてきました。
平安時代末期から鎌倉時代初期にかけては、西行が訪れ、歌に詠みました。江戸時代には、松尾芭蕉の『奥の細道』の舞台となりました。建部清庵、大槻玄沢などの著名な蘭学者を輩出したことでも知られています。本格的な国語辞典『言海』『大言海』を日本で最初に編纂した大槻文彦は、大槻玄沢の子孫です。
明治時代になると、幸田露伴、北村透谷、島崎藤村といった文豪が一関を訪れています。
とりわけ縁が深いのが、島崎藤村です。
藤村は1893(明治26)年に、二週間ほど滞在しています。友人である北村透谷の仲介でした。当時の一関には東北屈指の酒造家「熊文」があったのですが、「熊文」の主人熊谷文之助は透谷と親交があり、長男の家庭教師を世話してくれるよう頼んでいました。
その話に乗った藤村には、別の感慨があったかもしれません。一関は、藤村が恋焦がれた佐藤輔子が少女時代を過ごした土地でした。折しも輔子との叶わぬ恋に悩んでいた時期のことでした。
佐藤輔子は1871(明治4)年6月15日、盛岡に生まれました。異母兄の昌介は札幌農学校(後の北海道帝国大学)第一期生、北海道帝国大学初代総長を務めた人で、新渡戸稲造の親友としても知られています。
輔子は1888(明治21)年、東京・九段坂上にあった明治女学校に入学しますが、高等科一年生の時に、英語教師をしていた島崎藤村と出会います。藤村は輔子に思いを寄せますが、輔子には許婚がいて、この恋は実りませんでした。
傷心の藤村は明治女学校を退職し放浪の旅に出ますが、輔子を忘れることができず、一関を訪れたのです。
ゆかりの地には、1993年に藤村の文学碑が建てられています。自伝的小説『春』最終章からとったもので、次のように刻まれています。
あゝ 自分の やうなものでも どうかして生きたい

「一関・文学の蔵」という運動が始まったのは、ひとつにはこうした藤村との縁です。一関に藤村の文学碑を建てようという動きがまず起こり、地元の文学者を中心とした人々の尽力により、文学碑が実現し、「島崎藤村と一関」と題するリーフレットも作成されました。
文学碑が建てられたのは、かつての「熊文」敷地内でした。「熊文」はすでに没落し、世嬉の一酒造に敷地の所有者は移っていました。
1986(昭和61)年には、「大蔵」と呼ばれた東北一の仕込み蔵を改造し、「世嬉の一酒の民俗文化博物館」が開館しました。酒造りの拠点を移動したことで遊休施設となっていた酒蔵を、有効利用したのです。
1988(昭和63)年12月、一関市大町の明治初期に建てられた三階建て土蔵が区画整理事業により取り壊されることになりました。
その利用方法に関し市民の有志が相談した過程で、三階建て土蔵を復元して文学館にーーという構想が持ち上がりました。
構想に弾みをつけたのが、一関に移住してきたばかりの作家、色川武大の急逝でした。
色川は、ジャズに深い関心を寄せた作家でした。全国に名を知られたジャズ喫茶「ベイシー」を色川は何度も訪れ、一関への移住を決めたのです。
「ベイシー」は、醤油蔵を改造してつくった喫茶店です。いわば、「音楽の蔵」。その対比で「文学の蔵」があってもよいのではないか。そういう話が出て、文学館づくりの運動を「文学の蔵」と命名することに決定しました。
色川武大夫人の色川孝子からはやがて、遺品を一関で生かせないかという相談が運動関係者に寄せられました。
一関にゆかりの深い井上ひさしも手弁当で運動に積極的に協力することを約束しました。
1989(昭和64)年にスタートした「文学の蔵」設立委員会(三好京三会長)はその後、着実な歩みを続けました。
1990年には、「井上ひさしの日本語講座」のほか、一関ゆかりの文学者(内海隆一郎、中津文彦、三好京三、馬里邑れい、及川和男、星亮一、遠藤公男、森田純、光瀬龍、志賀かう子)によるリレー講演が行われ、全国各地から多くの参加者を集めました。
1991年には、大槻文彦『言海』完成100年記念事業、島崎藤村に関する講座が開催されました。その後も毎年公開講座を開催し、東日本を中心に全国から多くの参加者を集めた結果、一関の名は次第に知られるようになりました。
そうした経緯があり、2006(平成18)年、世嬉の一酒の民俗文化博物館内に「いちのせき文学の蔵」が開館したのです。私はこの運動に理事、世話人として参画し、一関・文学の蔵発行の雑誌『ふみくら』の編集などに当たってきました。
一関・文学の蔵の詳細に関しては、下記のホームページをご覧ください。
いちのせき文学の蔵 - bungakunokura ページ!
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