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美術館で会った人だろ、アンタ。 15

TRIO Modern Art Collections
from Paris, Tokyo and Osaka
大阪中之島美術館

さて、大阪であるます。
相変わらず中之島は人が多い。
この展覧会は
三つの美術館のナカの人が
お題を出し合って
お題に見合った作品を出し合って
皆さんに見比べてもらおう
という頑張った企画
とのことであるます。
お題の数が34。
頑張りすぎぢゃないですか。
テキトーにお茶を濁していきますか。

1.コレクションの始まり

パリ:ロベール・ドローネー『鏡台の前の裸婦(読書する女性)』1915

パリ市立近代美術館会館の契機になった
Dr.ジラルダンの遺贈品だそうだ。
いきなりこれだもんね サスガ リュウセキ ナガレイシ。
裸婦の肉体の中に在る円弧が
謎に飛び交っているね。
この方、円弧が好きだからね。

東京:安井曽太郎『金蓉』1934

Authentic.
手とか顔とかものすごくリアルなんだけど
ぢつわ、その他は結構、筆が走ってるみたい。
足先の表現とか見てみるといい。
でも、印象的には品がある。
お上に好まれそうな感じ。

大阪:佐伯祐三『郵便配達夫』1928

美術館開設の端緒となった商人
山本發次郎のコレクション。
コレクターの人はハイカラ好きだったんだろうね。
佐伯作品は他にも出てたけど
ユトリロっぽいね。
カリギュラフィ飛ばしてたりして。
ユトリロが建物描くみたいに人物をかいたら
人間離れした四角野郎になっちゃった。
ロボット三等兵の方がオーガニックだよな。

2.川のある都市風景

大阪:小出楢重『街景』1925

どの頃か知んないけど
あの頃の大阪。
それがいつ頃であるかは
たいして意味はない。
少なくともアタシには。

3.都市と人々

東京:長谷川利行『新宿風景』1937

この作品は、作家のココロに映った風景を
写実的に描いたんではないかな。
ホコリっぽかったんぢゃないよね。
グレイッシュになるだろうから。
きっと夕暮れ時なんだろうね。

パリ:モーリス・ユトリロ『セヴェスト通り』1923

ほら、
建物の描き方と、佐伯作品の人物の書き方。
そっくりだろ。
いや、面白いね。
でも、カリギュラフィは飛んでない。

4.都市のスナップショット

パリ:アンリ・カルティエ=ブレッソン『ムフタール通り』1952

こーゆーなんでもない一瞬を画像として定着させると
作品になるんだね。
ワザマエ、とゆーことですね。

東京:富山治夫『「現代語感」より過密』1964

これもね、なんでもないかもしれんけど
60年位寝かして置くと
立派に作品になるんだね。
ところで左端のおねえさん
DENGUE FEVERのヴォーカルの人みたいだな。

大阪:川崎亀太郎『マヌカン』1940頃

もう一つの写真の作り方。
好きだなぁ。
きっと、作る人も楽しかったんだろうな。

5.加速する都市

大阪:ウンベルト・ボッチョーニ『街路の力』1911

この人、未来派野郎なんですね。
この一派の人たちって一般的に
2次元的な移動であるとか
レイヤーの集積みたいな
イメージがあるんだけど
なんだか上昇志向を感じるね。
上へ上へと、上っていくようなベクトルをね。

6.広告とモダンガール

パリ:パブロ・ガルガーリョ『モンパルナスのキキ』1928

うん、これしかない。
付け足すこともない。
so it goes.

7.都市の遊歩者

大阪:佐伯祐三『レストラン(オテル・デュ・マルシェ)』1927

誰も歩いてませんがー。
座ってるみたいなんですがー。
線の感じはやっぱユトリロですね。
佐伯さんはなんと、
カリギュラマシーンになったのです。

8.近代都市のアレゴリー

大阪:前田藤四郎『屋上運動』1931

なんだか既視感のある人物群像。
レジェだっけ。
なんてっか
アクティブで近代的な肉体って感じ。

デュフィの電気の精はでかすぎなのでパス。

9.都市のグラフィティー

大阪:ジャン=ミシェル・バスキア『無題』1984

映画の「バスキア」でも描かれてたけど
この人の描き方は色と言葉を置いていって
その上を塗り重ねていくみたいに
言葉と色を重ねていくみたいだね。
解説によるとニューヨークと東京に
インスパイアされてとのことなんだけど
東京は感じん。
エタンの構造式が東京なのかい?

余談ではあるが映画「バスキア」で
アンディ・ウォーホール役の吹替えを
野沢那智がやっててね
オネエ口調がナカナカに素敵なんだ。
BDで確認できるよ。

10.空想の庭

アンドレ・ボーシャン『果物棚』1950

たいして美味しそうには見えない果物が
妙に行儀よく並んでる果物棚。
あんまし繊細さを感じる表現ぢゃない。
で、妙に繊細な感じで果樹(?)と
どーゆーことか虹色の蝶とか
マヌケな感じに飛んでる鳥とか
ヘンに機嫌よさそうな空とか。
空想というより妄想みたいな。
きっと夢にこんなのでてきたら
ヤな気分だと思うよ。

11.夢と幻想

20世紀前半のアートにとって
これは外せないテーマだね。
ていうかこの頃からやっと
妄想エンジンを全開できるようになってきた。

東京:三岸好太郎『雲の上を飛ぶ蝶』1934

タイトルに異議あり。
一等目立ってるの蛾やないですか。
他の昆虫っぽいのもいるし。
でも妄想の中では
これがリアルになりえるのですな。
ホントしょうがざるを得ない。
君は細かいことに五月蠅さすぎる、
と窘められてしまいます。

12.戦争の影

東京:北脇昇『空港』1937

作家の幻視した内容までは読み取れないけど
寂寥感に満ちた風景。
ここから何かが産まれてくるというより
干からびてゆく
という予感しかない。

13.現実と非現実のあわい

大阪:ルネ・マグリット『レディ・メイドの花束』1957

いつものマグリット節。
衝撃を受けるというより
あぁ、いつものやつだね
という
謎の安心感がある。
ちなみに
フローラさん、
なんかやつれてますね。
お身内にご不幸でもあったのですか。

14.まどろむ頭部

こーゆー即物的(か?)なタイトル好きだなぁ。
偉そうぢゃなくて含蓄がある。

大阪:イケムラレイコ『樹の愛』2007

知らなかった人だけど地味にイイ。
結構ルドンっぽいけど
まどろみ具合が実に気持ちよさそうだね。

15.モデルたちのパワー

東京:萬鉄五郎『裸体美人』1912←重要文化財

うわー!でたー。
パワフルで、
すげー包容力のありそうな人物像。
でもって
筆致がそれを引き立てる引き立てる。
重要文化財かぁ。
金剛力士像の仲間かな。
(こちらは国宝。)
ところで頭上に浮遊する桃色のUFOはなんだ?
この人、結構これをやってるらしい
困ったもんだ。

16.自画像

パリ:シャイム・スーティン『グロテスク』1922-25

昔ね、さるマネキン屋さんが
こんな感じのマネキンを作成したんだ。
だけどpoliticalにcollectedぢゃないって
非難囂々になったことがあるのですね。
ふと思い出したんだけど
アートの世界は大丈夫だったんだね。
頼もしいことだね。

17.子供の肖像

みんな大好き子供の肖像。
普遍は最強であるという判り易い例。

大阪:原勝四郎『少女像』1937

自我が目覚め始めた少女の肖像。
左頬の無造作なぶっとい線がイイね。
眉は左右対称じゃないの。
テキトーな服の柄。
細かいことはあんまり考えず
勢いに任せて仕上げてしまった。
気持ちのいい潔さだね。

18.女性たちのまなざし

まなざしね。
何を見てるか、で、何を語るか。

パリ:ピエール・ボナール『昼食』1932頃

何故か空間に溶け込んでるような女性。
でも不思議と目力がある。
(これは図録では判んない。)
女性は作家の伴侶であるらしい。
この時、作家は女性の
目だけを感じているんだろうね。

19.美の女神たち

大阪:マリー・ローランサン『プリンセス達』1928

先ずはゴメンナサイ。
中央と真ん中の人物の間に
非常出口の表示が写り込んでしまった。
気づかなかったんだよぉ。

ローランサンさんは
目に見えたものを写実的に描いただけで
こうなってしまうという
稀有な資質をお持ちだったようです。
つまりはド近眼であると。
その資質をしっかりと生かした
素晴らしい世界。

20.人物とコンポジション

パリ:マリア・ブランシャール『果物かごを持った女性』1922頃

見ていると眩暈に似た感覚に入ってしまう。
タイルの貼り方がオカシイ。
建物のパースがヘン。
屋根から伸びているビラビラはなんだ。
遠景もなんかオカシイ。
その割には人物は平然としている。
階段のへりに止まってるのはなんだ。
謎が謎を呼び
どうでも良くなってしまう。
絵画ってのは2次元の中で3次元を錯視させるもんだろ
その上の次元のことは認識できないんだよ。
きっと。

21.分解された体

東京:萬鉄五郎『もたれて立つ人』1917

再び登場。
なんてっか、キュビズム絵画って
ダークな世界って感じのが多いぢゃない。
これはさ,
赤いから三倍速なんだ(嘘)。
もとい、
生命の力を感じるんだよ。
あと、分解ってよりも
イイ感じに
transformされた肉体って感じなんだ。

22.機械と人間

パリ:フェルナン・レジェ『パイプを持つ男性』1920

グレーの色使いがインダストリな感じだね。
画面の構成がリズミカルなイメージだ。
パイプってのは喫煙具ぢゃなくて鉄管なんだね。
男性は結構幸せそうな表情だ。
何故か仔犬がいる。
安全に対する意識が低いぞ。
「モダン・タイムス」の幸せ版かな。

23.プリミティブな線

パリ:カレル・アベル『村の上の動物たち』1951

こどもの描く絵は、
輪郭線が一番大事。
だからしっかりと線を引く。
カタチとかは2の次でいいから
先ずはしっかりと。
太くなっちゃっても元気があってよろしい。
あぁ、色ですか。
好みの色を元気よく塗ればよいです。
はみ出しなんかは気にしなくていいです。
でね、
出来上がると気持ち良くなるですよ。

24.デフォルメされた体

パリ:イヴ・クライン『青いヴィーナス』1962

ブロンズに
インターナショナル・クライン・ブルー
で彩色ですか。
最初モコモコの布製かと思っちゃいました。
カタチはね石器時代とかにありそうなんですが。
うん、
塗ってみるもんですね。

25.有機的なフォルム

パリ:ジャン・アルプ『5つの白い形と2つの黒い形の配置』1932

静謐な抽象。
多くは語らない、もとい、殆ど語らない。
こーゆーのもカッケーなぁ。
ほら石庭を目にして
そこに何を読み取るとかさ。
他の人に語っちゃだめだよ。
きっと恥ずかしいから。

26.色彩とリズム

大阪:菅野聖子『フーリエ変換(プロコフィエフ 束の間の幻影)』1978

線と色彩、すべてにテクニカルな法則を感じてしまう。
アタシはプロコよりもライヒのような気がするけどね。
もしくはASHRA TENPELとか。
なんかそんな感じのモアレ現象を感じちゃうね。

27.差異と反復

大阪:中西夏之『紫・紫 XIV』1982

薄墨色の斑点、規則的に配置。
白い菱形格子、比較的規則的に配置。
紫色の斑点、比較的規則的に配置、カタチは不ぞろい。
ノイズ成分;大きな紫斑点・白い円弧と線。
これを大画面いっぱいに配置。
まんまミニマルミュージックではないですか。

28.色彩の生命

大阪:マーク・ロスコ『ボトル・グリーンと深い赤』1958

静かな佇まいだけど
その奥で何かが動こうとしているみたいに感じる。
静謐の奥の蠢動。
ほら、下のほうから何か四角いやつが
浮かび上がろうとしているぞ。

29.軽やかな彫刻

大阪:アレクサンダー・カルダー『テーブルの下』1952

上はどうでもいいのかい。
タイトルがイイよね。
奥の銀色は別作品だよ。
赤に塗ってみました。
そこもイイ。
軽やかに舞う赤トンボとかね。
何よりもイイのはかさばらないことだね。

30.ガラクタとアート

そのまんまやんけ。
ガラクタを並べて愉しいアートにするのは
ナカナカに大変なことだと思うよ。

大阪:菊畑茂久馬『ルーレット』1964

ほら、愉しいだろ。
イロイロと仔細があってね。
でさ、アタシらはそんなこと
あんましカンケーないんだよ。
出会って、その場で、わー愉し。
それが一番ハッピーだと思うよ。

31.日常生活とアート

嘘くせーなぁ、おい。
そんなことないだろう。
日常生活用品のアート化
これが正しいんぢゃないか。

大阪:倉俣史郎『ミス・ブランチ』1989

ということで超有名なこれ。
じぇったいおしりを痛くしてくれそうな椅子。
でも眼を愉しませてくれることも、また確実。
まぁ、アートというのは非日常のものだよね。

あと後ろに写り込んでるのは
マルセル・デュシャンのお兄さんの
かさばる割には役に立たない作品。

32.ポップとキッチュ

https://ja.wikipedia.org/wiki/ヘンリー・ダーガー
パリ:ヘンリー・ダーガー
『1.クランディニアンに捕らえられる
 2.森林火災に追われるヴィヴィアン・ガールズ
 3.天国に感謝できる』
『洞窟の中の光に誘いこまれる』1940-50
リンクをクリックすると概要が判るです。

これは著作権者の意向により撮影できなかったです。
図録にも写真出ていません。
著作権者って誰?

それはさておき
POPでもKITSCHでもないと思うけどね。
展示されていたのは「非現実の王国で」というタイトルの
長編物語の挿絵にあたるもの。

アンドロギュノスみたいな女の子が飛び交ってるだろ。
作者は
女の子の股間がどうなってるか知らなかったという
オハナシがある。

アタシは作者の人生自体がひとつのアートだと思う。
それはmiseryではあるんだけどね。
「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」
というドキュメンタリーで詳しく語られている。
京都のみなみ会館で見たとき衝撃だったなぁ。

33.自己と他者

このお題の作品には
特に語りたいことはない、
ということで失礼したいな。
パス!

34.カタストロフと美

破壊は創造のトリガーとなる。
でもトリガーが弾かれないことも多い。

大阪:佐藤雅晴『エレジーシリーズ(桜)』2011

アタシらは散っていくものたちを
哀惜をもって見送る。
でもそれはいつかまた、再生すると、
ぢつは願っているという
祈りのような感情なんだろうね。


またまた長文になってしまった。
3つの美術館が
最近のアートにとって
お題となるイロイロな関心事に対して
それぞれの回答を示してくれた
展覧会であったです。
さすパリ、とか、さすトンもありますが
中之島の頑張りはありがたいことでありました。
なにせ行き易いからね。

さてこの後
趣向を変えて福島へと出かけたのです。
広島の亀齢の熱燗を
なめろうと刺盛(ミニ)でやっつけたです。
結構ご機嫌だったよ。

E.N.D.

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