〜 おへその乱読1000本ノック #0091 ~ ラパマイシンは高齢期開始でもマウス寿命を延長する
ようこそ、第91回 おへその乱読1000本ノックへ。今回は、Harrisonら(2009)による、ラパマイシン投与とマウス寿命延長に関する論文を取り上げます。
前回までは、カロリー制限、タンパク質制限、BCAA制限、イソロイシン制限と、食餌成分の違いが健康寿命や寿命に及ぼす影響を見てきました。今回はその流れを分子機構の側へ進め、栄養・成長・ストレス応答を統合するmTOR経路に焦点を移します。
本論文は、mTOR阻害薬であるラパマイシンを遺伝的に多様なマウスに投与し、高齢期からの介入であっても中央値寿命および最大寿命が延長しうることを示した研究です。食餌制限で見えてきた栄養シグナルの先に、mTORという介入可能な分子標的があることを強く位置づけた一報として読んでいきます。

要旨
本論文では、mTOR経路の薬理学的阻害が哺乳類の寿命を延長しうるかを検討した。TORシグナルの低下は、酵母、線虫、ショウジョウバエで寿命延長と結びつくことが示されていたが、哺乳類においてmTORを標的とした介入が寿命を延ばすかは明らかではなかった。そこで、遺伝的に多様なマウスを用い、3施設で同時にラパマイシン投与試験を行った。
主解析では、600日齢からマイクロカプセル化ラパマイシンを飼料に混合して投与した。その結果、ラパマイシン投与群では雌雄ともに生存が改善し、平均寿命は雄で9%、雌で13%延長した。最大寿命の指標である90パーセンタイル寿命も、雄で9%、雌で14%延長した。さらに、600日齢時点からみた余命は雄で28%、雌で38%増加した。別コホートでは、270日齢からの投与によっても死亡リスクが低下した。
ラパマイシン投与により、内臓白色脂肪におけるリン酸化rpS6は4〜5倍低下し、本投与条件でmTORC1シグナルが抑制されていることが確認された。一方、剖検で推定された死因の分布は対照群と大きく変わらなかった。以上より、ラパマイシンは高齢期開始であってもマウス寿命を延長し、mTOR経路が哺乳類の老化介入標的となりうることを示した。
1.TOR経路から哺乳類mTOR介入へ
老化を遅らせる介入は、加齢に伴って増加する多くの疾患を同時に遅らせる可能性をもつ。これまでの食餌制限研究や長寿変異体の研究は、栄養状態、成長シグナル、ストレス応答が寿命制御と深く結びつくことを示してきた。その中でもTOR経路は、酵母、線虫、ショウジョウバエにおいて寿命延長と関連する主要な栄養応答経路として位置づけられていた。
TORは、栄養、エネルギー状態、成長因子、細胞ストレスに応答し、細胞成長やタンパク質翻訳を調節する。したがって、この経路は、栄養環境の変化を細胞機能や個体寿命へ結びつける候補経路となる。短寿命モデル生物では、TORシグナルの低下が寿命延長に関与することが示されていたが、哺乳類においてmTORを薬理学的に阻害することで寿命が延長するかは明らかではなかった。
ラパマイシンはmTOR経路を阻害する薬剤であり、抗腫瘍作用をもつことも知られている。本研究では、このラパマイシンを用いて、mTOR阻害が哺乳類の寿命に影響するかを検証した。特に重要なのは、介入を若齢期からではなく、高齢期に相当する600日齢から開始した点である。これにより、mTOR経路が単なる発生・成長期の制御因子ではなく、晩年からでも介入可能な老化制御標的となりうるかが問われた。
2.研究デザイン:ITPによる3施設・遺伝的多様マウス試験
2.1 遺伝的多様性と3施設同時検証
本研究は、National Institute on Aging の Interventions Testing Program(ITP)の枠組みで実施された。老化介入薬の評価では、特定の近交系マウスや単一施設に依存した結果ではなく、遺伝的背景や飼育環境の違いを越えて再現されることが重要となる。そのため、遺伝的に多様なマウスを用い、The Jackson Laboratory(TJL)、University of Michigan(UM)、University of Texas Health Science Center(UT)の3施設で同時に試験を行った。600日齢開始の主解析では、解析時点で1901匹のデータセットが用いられた。これにより、ラパマイシンの効果を、系統特異的な疾患感受性に偏らない寿命効果として評価した。
2.2 マイクロカプセル化ラパマイシンと投与開始時期
ラパマイシンは、飼料中で安定して投与するためにマイクロカプセル化され、マウス用飼料に混合された。この処理により、飼料調製過程での薬剤損失を抑え、胃内での分解から保護した。
主解析では、ラパマイシン投与を600日齢から開始した。これは高齢期からの介入に相当し、mTOR阻害が晩年からでも寿命に影響しうるかを検証する設計である。さらに、独立した別コホートでは270日齢から投与を開始し、より早い時期からの介入効果も補足的に評価した。
3.600日齢からのラパマイシン投与は雌雄の寿命を延長する
3.1 高齢期開始でも生存曲線は右方へシフトする
主解析では、ラパマイシン投与を600日齢から開始した。これはマウスの高齢期に相当する時期であり、若齢期からの長期介入ではなく、すでに加齢が進んだ段階からmTOR阻害を開始する設計である。
その結果、ラパマイシン投与群では、雄雌ともに対照群より生存が改善した。3施設のデータを統合した解析では、雌雄いずれにおいてもラパマイシン群の生存曲線は対照群より右方へシフトし、投与開始後の死亡が遅延した(Fig. 1)。

3.2 平均寿命と600日齢時点の余命の延長
ラパマイシン投与による寿命延長効果は、平均寿命の増加としても確認された。3施設を統合した解析では、平均寿命は雄で9%、雌で13%延長した。
さらに、600日齢時点からみた余命に換算すると、効果はより明瞭であった。ラパマイシン投与により、600日齢以降の余命は雄で28%、雌で38%増加した。したがって、ラパマイシンは高齢期から投与を開始しても、雌雄の生存を有意に延長した。
4.3施設での再現性と最大寿命への効果
4.1 施設別解析でも寿命延長効果は一貫する
ラパマイシンによる寿命延長効果は、3施設を統合した解析だけでなく、施設別解析でも検討された。雌では、TJL、UM、UTの各施設でラパマイシン群の生存改善が認められた。雄でも各施設で生存改善が示されたが、UMおよびUTでは600日齢以前の死亡率や飼料条件の違いが解釈を複雑にした。
この点について、本研究ではTJLの結果が重要となる。TJLでは、対照群とラパマイシン群が600日齢まで同じ飼料で飼育されており、投与開始前の飼料差による影響を受けない。この条件でも雄雌ともに生存改善が認められたことから、ラパマイシンの寿命延長効果は、少なくともTJLでは投与開始前の群間差では説明されない。したがって、施設別解析は、ラパマイシン効果の再現性を支持する一方で、雄の一部施設では解釈に注意を要する結果であった(Fig. 2)。

4.2 90パーセンタイル寿命からみた最大寿命の延長
ラパマイシン投与は、平均寿命だけでなく、最大寿命の指標にも影響した。本研究では、各群の90パーセンタイル寿命を最大寿命側の指標として評価した。
3施設を統合した解析では、90パーセンタイル寿命は雌で1094日から1245日へ、雄で1078日から1179日へ延長した。これは、雌で14%、雄で9%の増加に相当する。各施設・雌雄別の比較でも、ラパマイシン群の90パーセンタイル寿命は、対応する対照群の95%信頼区間上限を上回った。したがって、ラパマイシンは平均的な死亡時期を遅らせるだけでなく、高齢側の生存にも影響し、最大寿命の指標を延長した(Table 1)。

5.270日齢開始投与とmTORC1抑制の確認
5.1 270日齢開始投与でも死亡リスクは低下する
600日齢開始試験とは別に、270日齢からラパマイシン投与を開始した独立コホートでも生存への影響を検討した。この解析は中間解析の段階であり、最大寿命への効果を評価するには十分な追跡期間ではなかったが、3施設を統合した解析では、ラパマイシン投与群で死亡リスクが有意に低下した。
この効果は雌雄の双方で認められ、雌では各施設で有意な生存改善が示された。雄ではUMおよびUTで有意な効果が認められた一方、TJLでは有意差に至らなかった。したがって、270日齢開始投与は、中年期からのラパマイシン介入によって死亡リスクが低下しうることを示した(Fig. 3A)。

5.2 リン酸化rpS6低下によりmTORC1抑制を確認する
寿命試験で用いた投与条件がmTORC1シグナルを抑制しているかを確認するため、内臓白色脂肪におけるリボソームタンパク質S6(rpS6)のリン酸化状態を解析した。rpS6はS6 kinase 1の標的であり、mTORC1活性の指標として用いられる。
ラパマイシン投与により、内臓白色脂肪のリン酸化rpS6は4〜5倍低下した。さらに、血中ラパマイシン濃度は雌雄で同程度であり、60〜70 ng/mLの範囲であった。これにより、本研究で用いた飼料投与条件において、雌雄ともにラパマイシンが体内に到達し、mTORC1シグナルを抑制していることが確認された(Fig. 3B, C)。
6.結論:mTORは哺乳類の老化介入標的になりうる
ラパマイシン投与は、600日齢開始であっても雌雄マウスの寿命を延長した。一方、死亡個体の剖検では、対照群とラパマイシン群のあいだで推定死因の分布に大きな違いは認められなかった。したがって、ラパマイシンは特定の死因だけを選択的に変化させたというより、死亡時期そのものを遅らせた可能性がある。
ただし、この結果だけで老化速度そのものが低下したと結論することはできない。ラパマイシンの寿命延長効果は、抗腫瘍作用、細胞ストレス応答や栄養応答の変化、あるいはその両方によって説明されうる。老化過程の減速を示すには、複数の臓器、細胞種、細胞内外の加齢変化が広く遅延するかを検証する必要がある。
本研究は、ラパマイシンが高齢期開始でもマウス寿命を延長しうることを示した。これにより、mTOR経路は、哺乳類における寿命制御と加齢関連疾患の介入標的として強く位置づけられた。
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