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〜 おへその乱読1000本ノック #0039 ~ Dunedin PACE:老化の速度を測る次世代のエピジェネティック・バイオマーカー

 老化研究の分野では近年、DNAメチル化データを用いて生物学的年齢を推定するエイジングクロックが大きな注目を集めています。HorvathクロックやGrimAgeなどの指標は、健康状態や死亡リスクとの関連が示され、老化研究における重要なツールとなりつつあります。
 しかし、こうした指標の多くは「現在どれくらい老化しているか」を推定するものであり、「どのくらいの速さで老化しているのか」という問いには必ずしも直接答えるものではありません。老化の理解や介入研究を進めるうえでは、生体がどの速度で変化しているのかを測定する視点も重要になります。
 本論文は、この老化の進行速度に着目した研究です。ニュージーランドのDunedinコホートの長期縦断データをもとに、複数の臓器系の生理指標の変化から老化の進行速度(Pace of Aging)を定量化し、それをDNAメチル化データから推定できる指標として構築したのが DunedinPACE です。

要旨
 老化研究の分野では近年、DNAメチル化データを用いて生物学的年齢を推定するエイジングクロックが広く利用されている。しかし、これらの指標の多くは老化の状態を示すものであり、個体がどの程度の速度で老化しているかという進行速度を直接評価するものではない。本研究では、ニュージーランドのDunedin Studyの長期縦断データを基盤として、老化の進行速度(Pace of Aging)をDNAメチル化データから推定する新しい指標 DunedinPACE を開発した。
 DunedinPACEは、26歳から45歳までの約20年間にわたり追跡された複数臓器系の生理指標の変化から算出されたPace of Agingを基準とし、その情報を単一時点の血液DNAメチル化データから推定するアルゴリズムとして構築された。解析の結果、この指標は縦断研究から算出された老化速度と高い相関を示すとともに、身体機能や認知機能の低下、生理学的な生物学的年齢指標、慢性疾患の発症、身体機能障害、死亡リスクと関連することが示された。また、幼少期の社会経済的環境や被害経験とも関連が認められ、若年期の段階でも老化速度の個人差が検出される可能性が示唆された。
 本研究の重要な点は次の3点にまとめられる。第一に、DunedinPACEは生物学的年齢ではなく老化の進行速度を推定するDNAメチル化指標として設計されている。第二に、同一年齢コホートの長期縦断データに基づいて構築されており、複数臓器系の機能低下を統合した老化過程を反映する指標となっている。第三に、慢性疾患や死亡などの健康アウトカムと関連することが示されており、老化研究や老化介入研究におけるバイオマーカーとして利用できる可能性がある。
 DunedinPACEは、老化の年齢ではなく速度を測定する指標として、今後の老化研究や老化介入研究において重要な役割を果たす可能性がある。

1. イントロダクション

1.1 老化研究と介入評価の課題

 近年、細胞レベルの老化メカニズムに関する研究の進展により、細胞や臓器の機能低下の進行を遅らせる可能性のある介入が、モデル生物を用いた研究で数多く報告されている。しかし、人においてこうした老化抑制介入の効果を評価することは容易ではない。人の寿命は長いため、健康寿命の延伸や死亡率の低下といった最終的なアウトカムを直接測定するには、非常に長い時間を要するからである。そのため、老化研究や老化介入試験においては、個人の老化の進行をより短期間で評価できる指標が必要とされている。特に、介入の前後で老化の進行速度が変化したかどうかを評価できるような、生物学的指標の開発が求められている。

1.2 Pace of Agingという概念

 老化は単一の臓器で起こる現象ではなく、心血管系、代謝系、腎臓、肝臓、免疫系、呼吸機能など、複数の臓器系にわたる機能低下が徐々に進行する過程として理解される。この観点に基づき、著者らはこれまでの研究において、生体の複数の臓器系の変化を統合することで、個人ごとの老化の進行速度を定量化する指標 Pace of Aging を提案してきた。
 この指標は、ニュージーランドのDunedin Studyに参加する同一年齢コホートを対象として、複数の臓器系に関する生理指標を長期間にわたって追跡し、それぞれの指標の変化速度を統合することで算出される。これにより、個人が1年間のあいだにどれだけ生物学的に老化したかを評価することが可能となる。

1.3 Pace of Aging測定の実用上の問題

 しかし、Pace of Agingは長期縦断データに基づいて計算されるため、その測定には複数回の追跡調査と多様な生理指標の測定が必要となる。このような測定は大規模コホート研究では可能であるものの、一般的な疫学研究や臨床試験においては実施が難しい。
 この問題を解決するため、著者らはこれまでに、血液中のDNAメチル化データを用いてPace of Agingを推定する指標として、DunedinPoAmを開発している。この指標は、単一時点の血液サンプルから老化の進行速度を推定する試みであり、DNAメチル化データから老化の速度を推定できる可能性を示した。

1.4 既存指標の限界と改良の必要性

 しかし、DunedinPoAmにはいくつかの限界が存在する。第一に、この指標は若年成人期から中年期にかけての約12年間の変化をもとに構築されており、老化に伴う生理的変化を十分に捉えていない可能性がある。第二に、測定時点が3回に限られているため、老化速度の推定精度に制約がある。また、DNAメチル化アレイを用いた測定では、技術的な再現性が必ずしも高くないCpGプローブが含まれており、指標の信頼性に影響を与える可能性も指摘されている。このような問題は、介入研究などで同一個人の変化を追跡する際に特に重要となる。

1.5 本研究の目的

 本研究では、これらの課題を解決するために、新たなDNAメチル化指標である DunedinPACE(Pace of Aging Calculated from the Epigenome) を開発した。この指標は、Dunedin Studyの参加者を対象として、26歳から45歳までの約20年間にわたる複数の臓器系の機能変化から算出されたPace of Agingを基礎とし、その情報を単一時点のDNAメチル化データから推定できるよう機械学習を用いて構築されたものである。
 本研究では、この新しい指標の構築方法を示すとともに、複数の独立コホートを用いて、その信頼性および健康指標や疾病リスクとの関連を評価する。

2. DunedinPACEの構築

 本研究では、DNAメチル化データから個人の老化の進行速度を推定する指標 DunedinPACE を開発した。この指標の構築は、大きく 2つの段階で行われている。

2.1 縦断データからPace of Agingを算出する

 まず、Dunedin Studyのコホートデータを用いて、個人ごとの老化の進行速度 Pace of Aging を算出した。対象は1972–1973年にニュージーランド・ダニーデンで出生した 1037名の同一年齢コホートであり、成人期における老化の進行を評価するため、26歳、32歳、38歳、45歳の4時点で追跡調査が行われた。
 老化の進行は、複数の臓器系の機能変化として捉えられる。そこで本研究では、心血管系、代謝系、腎機能、肝機能、免疫系、歯周状態、呼吸機能などに関連する 19種類の生理指標を用いて、各参加者の身体機能の変化を評価した。
 それぞれの指標について、線形混合効果モデルを用いて個人ごとの経時変化を推定し、その変化速度を求めた。さらに、これら 19指標の変化速度を合算することで、個人ごとの老化の進行速度 Pace of Aging を算出した。
 算出された値は、平均が1年間で1年分の生物学的老化が進むようにスケーリングされている。実際には個人差が大きく、1年間で0.4年程度しか老化しない人から、2年以上老化が進む人まで幅広い分布が観察された。

2.2 DNAメチル化データから老化速度を推定する

 次に、この20年間の縦断データから得られたPace of Agingを、単一時点の血液サンプルから推定できるようにするため、DNAメチル化データを用いたモデルを構築した。
 DNAメチル化データは、45歳時点で採取された血液サンプルから取得されたIllumina EPICアレイのデータを用いた。ここでは、測定の再現性が低いCpGサイトを除外し、信頼性の高いプローブのみを解析対象とした。
 このデータを用いて、20年間のPace of Agingを予測するアルゴリズムを機械学習により構築した。具体的には、DNAメチル化値を説明変数とし、Pace of Agingを目的変数として elastic-net回帰を適用した。
 解析の結果、最終的なアルゴリズムは 173のCpGサイトを含むモデルとなり、このモデルにより血液DNAメチル化データから個人の老化速度を推定できる指標が得られた。この新しいDNAメチル化指標を DunedinPACE (Pace of Aging Calculated from the Epigenome) と命名した。

2.3 DunedinPACEの特徴

 DunedinPACEは、従来のDNAメチル化クロックとは設計思想が異なる指標である。多くのエイジングクロックは、異なる年齢の人々を対象とした横断データを用いて構築されており、DNAメチル化パターンから生物学的年齢を推定することを目的としている。一方、DunedinPACEは同一年齢コホートを長期間追跡した縦断データに基づき、老化の進行速度を推定する指標として設計されている。
 この設計にはいくつかの特徴がある。第一に、同一年齢コホートを用いることで、世代差(cohort effect)の影響を最小化できる。第二に、若年成人期から追跡することで、疾患発症や生存バイアスの影響を避けられる。第三に、複数の臓器系の機能変化を統合することで、老化の進行過程を反映する指標となる。
 このようにして構築されたDunedinPACEは、単一の血液サンプルから個人の老化の進行速度を推定するDNAメチル化指標として利用可能である。

3. 指標の信頼性の検証

 DunedinPACEが老化の進行速度を反映する指標として妥当であるかを検証するため、本研究では複数の観点から評価を行った。まず、縦断研究から算出されたPace of Agingとの一致を確認し、さらに身体機能および認知機能の低下との関連を検証した。加えて、DNAメチル化測定における再現性(test–retest reliability)を評価した。

3.1 Pace of Agingとの一致

 まず、DNAメチル化から推定されたDunedinPACEが、縦断研究に基づくPace of Agingをどの程度再現するかを検証した。図1Aに示すように、DunedinPACEは20年間のPace of Agingと強い相関(r = 0.78)を示した。これは、先行研究で開発された指標DunedinPoAm(r = 0.60)と比較しても高い一致度であり、新しい指標が縦断的に測定された老化速度をより正確に反映していることを示している。この結果は、DunedinPACEが単なるDNAメチル化パターンの変化ではなく、長期縦断研究で測定された生理学的老化の進行速度を反映している可能性を示している。

図1 DunedinPACE と 20 年間の老化ペースとの相関関係、および身体機能と認知機能の低下と主観的な老化の兆候との関連性 A DunedinPACEと20年間のPace of Agingの関係。Dunedin Studyの参加者において、DNAメチル化から推定されたDunedinPACEと、26歳から45歳までの縦断データから算出されたPace of Agingとの関係を示す。両者の間には強い相関(r = 0.78)が認められ、DunedinPACEが長期的な老化速度を反映する指標であることが示された。 B DunedinPACEと身体機能・認知機能との関連。45歳時点で測定された身体機能、認知機能、および主観的老化指標とDunedinPACEとの関連を示す。DunedinPACEが高いほど、身体機能および認知機能の低下と関連する傾向が認められた。 C DunedinPACEと機能低下の関係。DunedinPACEと身体機能および認知機能の変化量との関係を示す散布図。DunedinPACEが高い個人ほど、身体機能の低下や認知機能の低下が大きい傾向が認められた。

3.2 身体機能および認知機能の低下との関連

 次に、DunedinPACEが実際の老化表現型と関連するかを検証するため、身体機能、認知機能、および主観的老化指標との関連を評価した。解析の結果、DunedinPACEが高い個人ほど、バランス能力、歩行速度、握力、運動協調性、椅子立ち上がり能力のような身体機能が低い傾向を示した(図1B)。また、ワーキングメモリや処理速度などの認知機能とも関連が認められたうえ、自己評価健康状態や顔貌の老化評価とも関連していた(図1B)。さらに、DunedinPACEが身体的および認知的老化の指標と一致することが示された(図1C)。
 これらの関連の効果量は、縦断研究から算出されたPace of Agingと同程度であり、DunedinPACEが老化に伴う機能低下を反映していることを示している。

3.3 測定の再現性(test–retest reliability)

 DNAメチル化指標を介入研究などで利用するためには、測定の再現性が高いことが重要である。そこで、同一サンプルを繰り返し測定したデータを用いて、DunedinPACEの再現性を評価した。その結果、DunedinPACEの再測定一致度は ICC = 0.96 と非常に高く、従来のDunedinPoAm(ICC = 0.89)よりも優れた再現性を示した(図2)。
 さらに、別の独立したデータセットにおいても同様に高い再現性が確認され、EPICアレイ同士の比較ではICC = 0.97、450kアレイとEPICアレイの比較でもICC = 0.87と高い一致度が得られた。
 これらの結果は、DunedinPACEが技術的な測定誤差の影響を受けにくく、縦断研究や介入研究において信頼性の高い指標として利用できる可能性を示している。

図2 DunedinPACEの再現性評価 同一血液サンプルのDNAメチル化データを用いた再測定解析の結果を示す。2回の測定値の間には高い一致が認められ、DunedinPACEは非常に高い再現性(ICC = 0.96)を示した。

4. 他の老化指標との関係

 DunedinPACEが老化の進行速度を反映する指標として妥当であるかを評価するため、本研究では既存のDNAメチル化クロックおよび生理学的指標との関連を検証した。また、自己評価による健康状態との関係についても解析を行った。これらの解析には、英国の大規模パネル研究 Understanding Society Study のデータが用いられた。対象者はDNAメチル化データおよび血液生化学データが取得されている1175名である。

4.1 年齢との関係

 まず、DunedinPACEと暦年齢との関係を検討した。図3Aに示すように、年齢が高い個人ほどDunedinPACEの値も高くなる傾向が認められた(r = 0.32)。この結果は、加齢に伴って老化の進行速度が増加するという人口統計学的知見と一致するものである。また、この相関は従来の指標DunedinPoAmよりも強いものであった。
 さらに、米国のNormative Aging Studyにおいて同一個人の縦断データを解析したところ、DunedinPACEは5年間の追跡で平均0.021増加することが示された。この変化量は標準偏差の0.2倍程度の増加に相当し、個人内でも加齢に伴って老化の進行速度が増加する傾向が確認された。

4.2 エピジェネティッククロックとの関連

 次に、DunedinPACEと既存のDNAメチル化クロックとの関連を検討した。比較対象として、Horvath clock、Hannum clock、PhenoAge clock、GrimAge clockの4種のエイジングクロックを用い、それぞれのクロックから算出される 年齢加速指標との相関を評価した(図3B)。DunedinPACEはHorvath clockとは弱い相関(r = 0.13)を示した一方で、Hannum clock(r = 0.26)およびPhenoAge(r = 0.36)とは中程度の相関を示した。また、GrimAgeとは比較的強い相関(r = 0.58)が認められた。
 これらの結果は、DunedinPACEが既存のエイジングクロックと一定の関連を持ちながらも、完全には同一の情報を反映していないことを示している。

図3 DunedinPACEと他の老化指標との関係 Understanding Society Studyの参加者を対象として、DunedinPACEと暦年齢、既存のDNAメチル化クロック、生理学的生物学的年齢指標、および自己評価健康状態との関連を示す。 A 暦年齢とDunedinPACEの関係。年齢が高いほどDunedinPACEも高い傾向が認められる。 B DunedinPACEとエピジェネティッククロック(Horvath、Hannum、PhenoAge、GrimAge)との相関。 C DunedinPACEと生理学的生物学的年齢指標(KDM Biological Age、Phenotypic Age、Homeostatic Dysregulation)および自己評価健康状態との関係。 これらの結果は、DunedinPACEが既存の老化指標と一定の関連を持ちながらも、独自の老化情報を反映する指標であることを示している。

4.3 生理学的な生物学的年齢との関連

 DNAメチル化以外の指標との関係を検討するため、血液生化学データおよび生理指標から算出された生物学的年齢との関連も評価した。以下の3つの指標を用いて関係性を評価した結果、DunedinPACEはこれらの指標と有意な正の相関を示した。
 ・KDM Biological Age advancement:r = 0.30
 ・Phenotypic Age advancement:r = 0.32
 ・Homeostatic Dysregulation:r = 0.09
 これらの結果は、DunedinPACEがDNAメチル化に基づく指標でありながら、生理学的な老化の程度とも関連していることを示している。

4.4 自己評価健康状態との関連

 最後に、参加者の自己評価健康状態との関連を検討した。その結果、健康状態を良いと評価する参加者よりも、悪いと評価する参加者のほうがDunedinPACEの値が高い傾向が認められた。特に、excellentとpoorのグループ間では大きな差(Cohen’s d = 0.74)が確認された(図3C)。
 この結果は、DunedinPACEが客観的な生理指標だけでなく、個人の主観的健康状態とも関連することを示している。

5. 健康・疾病アウトカムとの関係

 DunedinPACEが健康状態や疾病リスクと関連する指標であるかを検証するため、本研究では複数の独立コホートを用いて、慢性疾患の発症、身体機能の障害、死亡リスクとの関連を解析した。主な解析には、米国の Normative Aging Study (NAS)と Framingham Heart Study Offspring Cohortのデータが用いられた。
 ここで、Normative Aging Studyは、米国退役軍人省によって開始された縦断研究であり、主として健康な成人男性を対象に、加齢に伴う健康状態の変化を長期的に追跡している。また、Framingham Heart Study Offspring Cohortは、心血管疾患のリスク要因を解明するために開始されたFramingham Heart Studyの第2世代コホートであり、親世代の参加者の子どもを中心とする集団を対象として、心血管疾患や死亡などの健康アウトカムが長期にわたり追跡されている。

5.1 Normative Aging Studyにおける解析

 Normative Aging Studyでは、DNAメチル化データが取得された 771名の高齢男性(平均年齢77歳)を対象として解析が行われた(図4A)。DNAメチル化測定後の追跡期間(1999–2013年)において、参加者の約46%が死亡し、23%が新たな慢性疾患を発症した。対象となった慢性疾患には、高血圧、2型糖尿病、心血管疾患、慢性閉塞性肺疾患、慢性腎疾患、がんなどが含まれる。
 解析の結果、DunedinPACEが高い個人ほど、慢性疾患の発症および死亡リスクが高いことが示された。具体的には、
 ・新規慢性疾患発症:HR = 1.23
 ・既存慢性疾患:RR = 1.16
 ・死亡リスク:HR = 1.26
であり、老化速度が速いほど健康アウトカムが悪化する傾向が確認された。 

5.2 Framingham Heart Studyにおける解析

 次に、Framingham Heart Study Offspring Cohortの 2471名(平均年齢66歳)を対象として解析が行われた(図4B)。DNAメチル化測定後の追跡期間(2005–2018年)において、23%が死亡、13%が心血管疾患を発症、6%が脳卒中または一過性脳虚血発作(TIA)を発症した。
 解析の結果、DunedinPACEが高い個人ほど以下のリスクが高いことが示された。
 ・心血管疾患:HR = 1.39
 ・脳卒中/TIA:HR = 1.37
 ・死亡:HR = 1.65
 また、日常生活動作(ADL)の障害についても解析が行われ、DunedinPACEが高いほど身体機能障害の発生率が高いことが示された。具体的には、Nagi、Katz、Rosow-Breslauの各ADL指標において、障害発生率が有意に高かった。

図4 DunedinPACEと死亡リスクの関係 Normative Aging StudyおよびFramingham Heart Study Offspring Cohortにおける死亡リスクの解析結果を示す。参加者はDunedinPACEの値に基づき、平均より1標準偏差以上低い群(slow)、平均付近の群(average)、平均より1標準偏差以上高い群(fast)の3群に分類された。Kaplan–Meier生存曲線により、老化速度が速い群ほど生存率が低い傾向が示されている。

5.3 結果の解釈

 これらの結果は、DunedinPACEが単なるDNAメチル化パターンの変化を示す指標ではなく、慢性疾患の発症や身体機能障害、死亡リスクと関連する老化指標であることを示している。すなわち、老化の進行速度が速い個人ほど、健康状態の悪化および寿命の短縮と関連する傾向が観察された。

6. 早期環境要因との関係

 DunedinPACEが老化の進行速度を反映する指標であるならば、健康寿命の短縮と関連する環境要因に曝露された個人では、若い時点から老化速度が速い可能性がある。そこで本研究では、幼少期の社会環境と老化速度との関係を検討した。
 この解析には、英国の Environmental Risk (E-Risk) Longitudinal Twin Study のデータが用いられた。この研究は1994–1995年に出生した双子を対象とする縦断研究であり、参加者のDNAメチル化データは18歳時点で取得されている。解析には 1658名のデータが用いられた。
 本研究では、健康寿命の短縮と関連することが知られている2つの幼少期環境要因が検討された。
 ・幼少期の社会経済的地位(socioeconomic status)
 ・幼少期の被害経験(victimization)

6.1 幼少期の社会経済的地位との関係

 幼少期の社会経済的地位は、両親の教育歴、職業、収入などの情報をもとに評価された。社会経済的地位が低い家庭で育った参加者は、高い家庭で育った参加者と比較して DunedinPACEが高い傾向(Cohen’s d = 0.38)を示した(図5A)。この結果は、幼少期の社会経済環境が老化速度の個人差と関連する可能性を示している。

6.2 幼少期の被害経験との関係

 次に、幼少期の被害経験と老化速度との関係が検討された。被害経験は、母親への聞き取り調査および家庭訪問調査を通じて収集されたデータに基づき評価された。対象となる被害経験には以下が含まれる。
 ・家庭内暴力への曝露
 ・いじめ
 ・成人による身体的・性的虐待
 ・ネグレクト
 これらの経験の種類数に基づき、被害経験の程度(polyvictimization)が評価された。複数の被害経験を持つ参加者は、被害経験のない参加者と比較して DunedinPACEが高い傾向(Cohen’s d = 0.47)を示した(図5B)。

6.3 結果の解釈

 これらの結果は、健康状態の悪化や寿命の短縮と関連する幼少期の環境要因が、若年期の時点ですでに老化の進行速度と関連している可能性を示している。すなわち、老化速度の個人差は中高年期に初めて現れるのではなく、青年期の段階ですでに検出可能である可能性が示唆された。

図5 幼少期環境要因とDunedinPACEの関係 Environmental Risk(E-Risk)Longitudinal Twin Studyの参加者を対象として、18歳時点で測定されたDunedinPACEと幼少期環境要因との関係を示す。 幼少期の社会経済的地位別のDunedinPACE。社会経済的地位が低い群ほどDunedinPACEが高い傾向が示されている。 B 幼少期の被害経験の程度(polyvictimization)とDunedinPACEの関係。被害経験の種類数が多いほどDunedinPACEが高い傾向が認められる。

7. 考察

 本研究では、DNAメチル化データから老化の進行速度を推定する新しい指標 DunedinPACE を開発した。この指標は、Dunedin Studyにおける約20年間の縦断データから算出された Pace of Aging を基盤としており、その情報を単一時点の血液DNAメチル化データから推定できるように設計されている。
 解析の結果、DunedinPACEは身体機能や認知機能の低下、生理学的な生物学的年齢指標、慢性疾患の発症、身体機能障害、死亡リスクなどと関連しており、老化の進行速度を反映する指標である可能性が示された。また、幼少期の社会経済環境や被害経験とも関連が認められ、若年期の段階でも老化速度の個人差が検出される可能性が示された。

7.1 DunedinPACEの特徴

 DunedinPACEは、既存のDNAメチル化クロックとは設計思想が異なる指標である。多くのエイジングクロックは横断データを用いて構築されており、主に生物学的年齢の推定を目的としている。一方、DunedinPACEは同一年齢コホートの長期縦断データをもとに、老化の進行速度を推定する指標として開発された。
 この研究では、従来のDunedinPoAmと比較して、以下の点で改良が加えられている。
 ・ 老化速度の推定に用いる追跡期間が 12年から20年へ延長された
 ・ 測定時点が 3回から4回へ増加した
 ・ 再現性の低いCpGプローブを除外した
 ・ 指標の正規化手順が導入された
 これらの改良により、DunedinPACEは従来の指標よりも高い再現性と精度を示すことが報告されている。

7.2 老化研究における意義

 DunedinPACEは、老化研究および老化介入研究において有用な指標となる可能性がある。人における老化介入研究では、健康寿命の延伸や死亡率の変化といった最終的なアウトカムを直接評価することは非常に時間がかかる。そのため、老化の進行速度を短期間で評価できる指標が必要とされている。DunedinPACEは単一の血液サンプルから測定可能であり、かつ再現性が高いことから、老化の進行速度を評価するバイオマーカーとして、介入研究や疫学研究において利用できる可能性がある。

7.3 研究の限界

 本研究にはいくつかの限界がある。まず、DunedinPACEの開発に用いられたDunedin Studyは比較的小規模なコホートであり、かつ主に欧州系集団から構成されている。そのため、異なる人種集団や地域において同様の結果が得られるかについては、今後の検証が必要である。
 また、本研究では老化に関連する具体的な疾患ごとの解析は十分に行われておらず、より大規模なコホートにおける追加研究が求められる。さらに、老化を反映するバイオマーカーはDNAメチル化以外にも、プロテオミクスやメタボロミクスなどさまざまな生体分子レベルで提案されており、これらの指標との比較検討も今後の課題である。

7.4 今後の展望

 DunedinPACEが老化研究において実際に有用な指標となるためには、今後の研究において、老化介入によってこの指標が変化すること、そしてその変化が健康寿命の延伸と関連することを示す必要がある。このような検証が進めば、DunedinPACEは老化の進行速度を評価する実用的なバイオマーカーとして、老化研究や介入研究において重要な役割を果たす可能性がある。



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