〜 おへその乱読1000本ノック #0025 ~ 変形性関節症におけるセノリティック療法(ダサチニブ+ケルセチン)の治療効果
第25回「おへその乱読1000本ノック」へようこそ。
前々回では膝軟骨再生治療の現在地を、前回では骨切り術という関節環境を整える外科的戦略を見てきました。変形性関節症に対する治療は、削って補う、あるいは置き換えるという不可逆的な選択から、関節を温存し、将来の回復可能性を残す方向へと、少しずつ重心を移しつつあります。
こうした流れの先で、避けて通れなくなってきたのが「細胞そのものの老化」という問題です。関節の力学環境を整え、再生医療の技術が進んだとしても、そこで働く軟骨細胞が老化した状態にとどまっていれば、回復には本質的な限界が生じます。近年、変形性関節症は単なる摩耗や消耗の結果ではなく、老化した細胞が炎症や組織変性を能動的に駆動する疾患として捉え直されつつあります。
では、もし老化した細胞だけを選択的に取り除くことができたとしたらどうでしょうか。関節を削らず、置き換えることもなく、細胞環境そのものを更新することで、軟骨は再び回復の方向へ向かうことができるのでしょうか。この問いは、再生医療と老化研究が交差する地点にあります。
今回取り上げる Maurer ら(2024)は、こうした発想に基づき、セノリティック療法*を用いてヒト変形性関節症軟骨に直接介入した研究です。老化細胞を標的とすることで、軟骨の性質はどこまで変わりうるのか。本研究は、現在行われている治療と、将来検討されうる治療戦略とのあいだをつなぐ、一つの具体的な手がかりを提示しています。
* セノリティック療法
体内に蓄積した老化細胞(ゾンビ細胞)を選択的に死滅・除去し、慢性炎症の抑制や組織機能の回復を目指す最先端の抗老化・治療技術です。がん、糖尿病、血管疾患などの加齢性疾患の根本的な治療法として期待され、代表的な薬剤としてダサチニブやケルセチンなどが研究されています。
ダサチニブとケルセチン療法は、(1)老化軟骨細胞を選択的に除去し、SASP因子の発現を減少させること、および(2)YAP1の抑制と同化促進メディエーターの誘導を介して、軟骨形成表現型を回復させます。

要旨
変形性関節症(osteoarthritis, OA)は、軟骨破壊、軟骨下骨変化、滑膜炎などを伴う関節全体の疾患であり、現在の治療は主として症状緩和に限られている。近年、OA組織に老化した軟骨細胞が蓄積することが報告され、細胞老化が病態形成に関与する可能性が注目されている。本研究では、ヒトOA由来軟骨細胞および軟骨組織を用い、セノリティック療法としてDasatinibとQuercetinの併用(D+Q)が老化細胞および残存軟骨細胞の性質に及ぼす影響を検討した。
条件付き培地を用いた解析から、老化軟骨細胞由来の分泌環境が周囲の軟骨細胞の軟骨形成表現型を抑制する一方、D+Q処理後に得られた分泌環境ではその抑制的影響が認められないことが示された。さらに、D+Q療法は老化の進んだ条件においてより顕著に作用し、単離軟骨細胞および軟骨組織の双方において老化状態依存的な影響を示した。
老化細胞除去後に生き残った軟骨細胞の解析では、Ⅱ型コラーゲンやプロテオグリカンの産生増加、軟骨形成関連遺伝子の発現上昇、ならびに高継代条件下での再分化能の改善が一貫して観察された。一方、Navitoclax処理では老化関連指標の変化が認められたものの、軟骨形成表現型の回復は示されなかった。RNAシーケンス解析により、D+Q処理後の軟骨細胞では、軟骨形成および成長因子関連遺伝子群の発現上昇と、炎症および老化関連遺伝子群の発現低下が確認された。
以上より、本研究は、D+Q療法、とりわけDasatinibが、ヒトOA軟骨において老化細胞に作用しつつ、残存軟骨細胞の軟骨形成表現型を回復方向へ導く可能性を示した初めての研究である。これらの知見は、セノリティック療法の作用様式の違いが治療効果に影響しうることを示すとともに、変形性関節症における新たな治療戦略を検討するための基盤的情報を提供する。
イントロダクション
変形性関節症(OA)は、世界で最も頻度の高い関節疾患であり、軟骨の破壊にとどまらず、軟骨下骨の硬化、骨棘形成、滑膜炎など、関節全体が侵される複雑な疾患である。臨床的には痛みや関節のこわばりを特徴とし、現在の治療は主として症状緩和に限られている。近年、疾患の進行そのものを抑制する治療、すなわち疾患修飾型変形性関節症治療薬(DMOADs)の開発が進められてきたが、決定的な治療法は確立されていない。
こうした中で注目されているのが、細胞老化である。細胞老化は不可逆的な細胞周期停止を特徴とし、がん抑制や発生・創傷治癒に重要な役割を果たす一方、加齢関連疾患とも関連する。OA組織では老化した軟骨細胞が蓄積していることが報告されており、病態形成との関連が示唆されている。OAにおける細胞老化は、酸化ストレス、DAMPsの放出、慢性炎症、関節外傷などのストレス因子によって誘導されるストレス誘導性早期老化(SIPS)として理解されている。
老化軟骨細胞は、p16やp21の発現上昇、SA-β-gal活性の増加、抗アポトーシス分子BCL-2/BCL-XLの発現亢進といった特徴を示す。さらに、炎症性サイトカインやケモカイン、マトリックス分解酵素を分泌する老化関連分泌表現型(SASP)を獲得し、周囲の細胞や組織環境を慢性的に炎症化させる。この過程はinflammagingとして捉えられ、軟骨変性の進行に寄与する可能性がある。そのため、老化軟骨細胞は変形性関節症における治療標的となりうる。
老化細胞を標的とする治療は総称してセノセラピューティクスと呼ばれ、大きく二つに分類される。SASPの産生や作用を抑制するセノモルフィクスと、老化細胞を選択的に除去するセノリティクスである。中でも、DasatinibとQuercetinの併用療法(D+Q)は、動物モデルにおいてOA、骨修復、椎間板変性などの運動器疾患で有効性が示されてきた。Dasatinibはチロシンキナーゼ阻害を介して老化細胞の生存シグナルに関与し、QuercetinはPI3K/Akt経路やBCL-2を抑制することで老化細胞のアポトーシス誘導に寄与するとされている。
しかし、これまでの研究は主に動物モデルに限られており、ヒトOA軟骨細胞に対するD+Qの効果、とくに老化細胞除去後に生き残った軟骨細胞がどのような性質を示すのかについては検討が十分ではなかった。そこで本研究では、ヒト由来のOA軟骨細胞および軟骨組織を用い、D+Q療法が老化細胞を選択的に除去できるか、さらにその結果として軟骨細胞の軟骨形成能がどのように変化するかを検討した。加えて、代表的なセノリティクスであるNavitoclaxとの比較を通じて、セノリティック薬剤間の効果の違いについても評価した。本研究の結果から、D+Q、とりわけDasatinibが、ヒトOA軟骨細胞の軟骨形成表現型を安定化し、回復方向へ変化させうる可能性が示された。
1.老化はうつる/でも消せる:変形性関節症における老化細胞の周囲への影響
変形性関節症において老化した軟骨細胞が重要視される理由の一つは、老化細胞が周囲の細胞や組織環境に影響を及ぼしうる点にある。老化が個々の細胞に閉じた現象ではなく、周囲へ波及する現象であるならば、老化細胞は病態進行に関与する可能性がある。
この点を検討するため、本研究ではまず、老化した軟骨細胞が形成する分泌環境の影響を評価した。ヒトOA由来軟骨細胞にドキソルビシンを7日間処理し、ストレス誘導性早期老化(SIPS)状態を誘導した。次に、老化細胞から得られた培地(SIPS-CM)を回収し、別の軟骨細胞に投与して、パラクリン効果を解析した(Figure 1a–g)。
その結果、SIPS-CMで刺激した軟骨細胞では、細胞活性の低下がみられ、老化関連遺伝子の発現変化に加え、軟骨細胞の性質を反映する指標(ACANやCOL2A1)の低下が観察された。これらの所見は、老化細胞由来の分泌環境が軟骨細胞の表現型に不利に作用しうること、また老化・脱分化様の変化が周囲へ波及しうることを示唆する。したがって、OAにおける老化は局所に限定されず、SASPを介した病態形成プロセスとして捉えられる可能性がある。
続いて本研究では、老化細胞を除去した後の分泌環境がどのように変化するかを検討した。高継代の軟骨細胞にDasatinibとQuercetin(D+Q)を3日間投与し、その後薬剤除去下で培養を継続して得られた培地をDQ-CMとして回収した。同時に、無処置細胞由来の培地(SASP-CM)も用意し、これらで新たな軟骨細胞を刺激する実験系を構築した(Figure 1h)。
この比較では、SASP-CMで刺激した細胞においてCOL2A1の低下がみられた一方、DQ-CMで刺激した細胞ではCOL2A1の上昇が観察された(Figure 1i)。さらに、炎症性サイトカインやケモカイン(IL-6、IL-8、CXCL1)の分泌はDQ-CM条件で低下していた(Figure 1j–o)。これらの結果は、老化細胞を除去した後の分泌環境が、老化・炎症性の作用を弱め、軟骨細胞の表現型を回復方向へ導きうることを示唆する。
以上より、老化細胞は周囲の細胞環境を変化させる要因となりうる一方、その影響はセノリティック介入後に変化しうる可能性が示された。本章の結果は、セノリティック療法が細胞数の変化にとどまらず、関節内の分泌環境に影響しうることを示唆する。

2. 老化細胞は選択的に取り除かれているのか:セノリティック療法の効き方を確かめる
老化が周囲へ波及し病態形成に関与する可能性があるならば、セノリティック療法が老化細胞に選択的に作用するかどうかの検討が重要となる。健常な軟骨細胞まで無差別に損なう場合、治療としての妥当性は低下する。
本研究では、ヒトOA由来軟骨細胞(hAC)を用い、老化の程度が異なる条件を作り分けてD+Qの作用を検討した。具体的には、培養初期の低継代細胞(p≤2)と、培養を重ね老化・脱分化傾向が強まった高継代細胞(p≥4)を用意し、これらにDasatinib+Quercetin(D+Q)を投与した。
その結果、D+Q処理後に高継代細胞では細胞数および生存性の低下がより顕著であり、低継代細胞では相対的に影響が小さい傾向が観察された(Figure 2)。この結果は、D+Qが無差別な細胞毒性を示すのではなく、老化状態に依存して作用しうる可能性を示唆する。

同様の傾向は、ヒトOA軟骨組織(explant)を用いた解析においても確認された。D+Q処理後の軟骨組織では、細胞生存性の低下が老化が進んだ条件でより顕著に認められ、組織レベルにおいても、老化関連細胞周期制御因子や増殖指標の変化が確認され、老化状態に依存した影響が示唆された(Figure 3)。これらの結果は、単離細胞系に限らず、組織環境下においても同様の選択性が成り立つ可能性を示している。
また本研究では、作用機序の比較としてNavitoclaxを用いた解析も行った。NavitoclaxはBCL-2/BCL-XL阻害を介して老化細胞除去を誘導するとされるセノリティック薬剤であり、処理後にはカスパーゼ活性の上昇が観察されたことから、アポトーシス誘導を伴う老化細胞除去が示唆された(Figure 2)。一方で、この薬剤の影響は、後述する軟骨形成表現型の解析においてD+Qとは異なる結果を示した。
以上より、老化細胞を減少させる作用は複数の薬剤で観察されうるが、どの細胞がどの程度影響を受けるかという“選択性”は重要な評価軸である。本章の結果は、D+Qが老化の進んだ条件でより強く作用しうること、また組織レベルにおいても老化細胞を選択的に減少させうる可能性を示唆する。

3. 生き残った軟骨細胞は回復しているのか:セノリティック療法は再生につながるのか
老化細胞が選択的に除去されるとしても、それだけでは治療として十分とは言えない。本研究では、老化細胞除去後に生き残った軟骨細胞がどのような性質を示すかを検討した。セノリティック療法が変形性関節症において意義をもつかどうかは、残存細胞が軟骨細胞としての表現型を回復しうるかに依存する。
まず、D+Q処理後のヒトOA軟骨細胞における軟骨形成関連遺伝子の発現を解析した。その結果、Ⅱ型コラーゲン(COL2A1)、アグリカン(ACAN)、SOX9といった成熟軟骨細胞の性質に関連する遺伝子の発現上昇が観察された。これらの変化は薬剤除去後にも維持、あるいは増強する傾向を示し、軟骨細胞の状態が回復方向へ変化しうる可能性が示唆された(Figure 4)。
次に、これらの遺伝子発現変化が実際の基質産生に反映されているかを検討した。アルシアンブルー染色によるグリコサミノグリカン(GAG)の評価や、免疫染色によるCOL2タンパクの解析では、D+Q処理後の軟骨細胞において軟骨基質産生の回復が一貫して観察された。さらに、培養上清中のCPII(Ⅱ型コラーゲン合成の指標)も増加しており、軟骨形成が転写レベルにとどまらず、合成活性としても回復方向へ変化した可能性が支持された(Figure 4)。

この回復がより厳しい条件でも成立するかを検討するため、高継代軟骨細胞の再分化能を評価した。高継代細胞は通常、軟骨としての性質を失い再分化が困難になるが、D+Q処理後に3次元ペレット培養による軟骨分化誘導を行うと、ペレットサイズの増大、サフラニンO染色の改善、COL2陽性領域の拡大など、再分化能の改善を示す複数の指標が観察された(Figure 5)。これらの結果は、D+Q処理が高継代条件においても軟骨形成能を回復方向へ導きうる可能性を示唆する。
一方で、Navitoclax処理細胞では老化細胞除去が示唆される所見が得られたものの、軟骨形成関連遺伝子の発現や基質産生は低下傾向を示した。すなわち、老化細胞を除去しうる薬剤であっても、生き残った軟骨細胞の表現型に与える影響は一様ではないことが示唆された。
以上より、本章の結果は、D+Q、とりわけDasatinibが、ヒトOA軟骨細胞において老化細胞を減少させるだけでなく、生き残った細胞の軟骨形成表現型を安定化し、回復方向へ変化させうる可能性を支持する。

4. 回復は偶然ではないのか:RNA-seqが示す軟骨細胞の遺伝子発現状態の変化
本研究では、D+Q処理後に観察された軟骨形成表現型の回復が、限られた指標にとどまる現象か否かを検討するため、RNAシーケンス解析を行った。高継代のヒトOA由来軟骨細胞に対し、D+Qを3日間処理した条件と未処理条件を比較し、転写レベルでの変化を網羅的に解析した。
Bulk RNA-seqの結果、D+Q処理後の軟骨細胞では、上方制御および下方制御される遺伝子群が認められた。これに基づき著者らは、軟骨形成や成長因子に関連する遺伝子群が全体として上昇する一方で、炎症応答やSASPに関連する遺伝子群が低下する傾向を示すことを明らかにした(Figure 6)。さらに、RNA-seqで示された変化の一部について、IGF1やFGF18、ならびにFGFR1/3比などをqRT-PCRによって確認している。
以上より、RNA-seq解析は、D+Q処理後に観察された回復方向の変化が、個別マーカーの変動に限られたものではなく、軟骨細胞の転写プログラム全体が回復方向へ再編成されたことを支持する結果を提示した。

5. 考察:セノリティック療法が変形性関節症にもたらすもの
本研究では、ヒト変形性関節症(OA)由来の軟骨細胞および軟骨組織を用い、セノリティック療法、とくにDasatinibとQuercetinの併用(D+Q)が老化細胞および残存軟骨細胞の性質に及ぼす影響を検討した。著者らは、本研究がヒトOA軟骨においてD+Q療法の効果を検証した初めての報告であると位置づけている。
本研究の重要な知見の一つは、老化した軟骨細胞がSASPを介して周囲の細胞環境に影響を及ぼし、その影響が条件付き培地を通じて再現可能であった点である。老化細胞由来の分泌環境は軟骨形成表現型を抑制する一方、D+Q処理後に得られた分泌環境は、その抑制的影響を示さなかった。これらの結果から著者らは、老化細胞がOAの病態進行において受動的な結果ではなく、能動的な病態形成因子として関与している可能性を示唆している。
また本研究では、D+Q療法が老化の進んだ条件においてより顕著に作用し、老化細胞を減少させる挙動を示すことが、単離軟骨細胞および軟骨組織の双方で確認された。著者らは、この老化状態依存的な作用様式が、無差別な細胞毒性とは異なる点であり、セノリティック療法を評価する上で重要な特性であると考察している。
本研究のもう一つの特徴は、老化細胞除去後に生き残った軟骨細胞の性質を詳細に解析している点にある。D+Q処理後の軟骨細胞では、Ⅱ型コラーゲンやプロテオグリカンの産生増加、軟骨形成関連遺伝子の発現上昇、さらに高継代条件における再分化能の改善が一貫して観察された。著者らは、これらの結果から、D+Q療法が老化細胞を除去するだけでなく、残存軟骨細胞の軟骨形成表現型を安定化、あるいは回復方向へ導く可能性を示している。
一方で、Navitoclaxとの比較解析から、老化細胞に作用しうる薬剤であっても、その後の軟骨細胞表現型に与える影響は一様ではないことが明らかになった。著者らはこの結果を踏まえ、セノリティック療法においては老化細胞除去そのものよりも、除去後にどのような細胞状態が残されるかが治療効果を左右する重要な要素であると考察している。
RNAシーケンス解析の結果は、これまでに示された個別の観察結果を統合的に裏付けるものであった。D+Q処理後の軟骨細胞では、軟骨形成および成長因子に関連する遺伝子群の発現上昇と、炎症や老化に関連する遺伝子群の発現低下が確認された。著者らは、これらの転写レベルでの変化が、軟骨細胞の遺伝子発現プログラム全体が回復方向へ再編成されたことを示唆していると述べている。
以上を総合し、著者らは、本研究がD+Q療法、とりわけDasatinibが、ヒトOA軟骨細胞において老化細胞に作用しつつ、残存細胞の軟骨形成表現型を回復方向へ導く可能性を示した研究であると結論づけている。本研究は、セノリティック療法の作用様式の違いが治療効果に大きく影響しうることを示すとともに、変形性関節症における新たな治療戦略を検討するための基盤的知見を提供するものである。
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