〜 おへその乱読1000本ノック #0027 ~ マウス休眠様状態における血液のエピジェネティックな老化の抑制と健康寿命の延伸
第27回「おへその乱読1000本ノック」へようこそ
今回から数回にわたり、人工冬眠(toor / hibernation)とアンチエイジングをテーマに見ていこうと思います。SF作品ではおなじみの、冬眠状態での長期宇宙航行。時間の流れから一時的に身を引いて、数千、数万光年の旅をして目覚めたときにはほとんど老いていない。そんな設定は長らくフィクションの特権でした。
けれど近年、生物が示す冬眠・トーパー状態が、単なる省エネルギー戦略ではなく、老化の進行速度そのものに影響しうる可能性が、分子レベルで議論され始めています。人工的に誘導された低代謝・低体温状態が、老化や健康寿命にどのような影響を与えるのか、その実態を論文ベースで丁寧に追っていきます。
今回取り上げるJayne L et al (2025) は、マウスにおいてトーパー様状態を誘導し、エピジェネティックな老化指標と健康寿命への影響を包括的に検証した最新のレビュー論文です。冬眠が寿命を延ばすのではなく、老化の進行を遅らせる現象として捉え直されていく過程が、神経制御、体温、代謝、エピジェネティクスの交点から整理されています。

要旨
冬眠動物が示すトーパー(低体温・低代謝状態)は、寿命延長と関連することが示唆されてきたが、自然冬眠動物では実験的制御が困難なため、トーパーが老化過程に及ぼす因果的影響は不明であった。
本研究では、非冬眠性マウスの前視床下部内外側前腹側領域(avMLPA)を化学遺伝学的に刺激することで、可逆的で制御可能なトーパー様状態(TLS)の誘導に成功した。TLSマウスは体温が約30°Cまで低下し、代謝率および体温セットポイントの低下を示すなど、自然の冬眠やトーパーと共通する生理特性を示した。
TLSを9か月間にわたり反復誘導した結果、血液のエピジェネティック老化速度が約37%減速し、TLS終了後も効果が持続した。さらに、フレイルティ指数* による評価では、TLSマウスは加齢に伴う機能低下が抑制され、健康寿命の改善が認められた。これらの効果は組織特異的であり、細胞更新速度の高い血液で特に顕著であった。
TLSによる老化減速の要因を特定するため、体温低下、代謝低下、カロリー制限を独立に操作する実験を行った。その結果、代謝低下とカロリー制限は単独でも組み合わせでも血液エピジェネティック老化を減速できず、体温低下が必須であることが示された。さらに、個体ごとの体温低下量と老化速度には有意な相関があり、体温が老化制御の中心的因子であることが支持された。
本研究は、制御可能なTLSモデルを用いて、トーパー様低体温状態が分子・機能レベルの老化を減速させること、その効果が体温低下に依存することを実証した。これらの知見は、体温調節を介した老化制御という新たな視点を提供し、冬眠研究と老化研究を結びつける基盤となる。
* フレイルティ指数:加齢に伴う身体的な衰えや機能低下(虚弱:フレイル)の程度を、複数の健康項目をスコア化して定量的に評価する指標。老化の進行度や、老化関連の介入(薬物、食事制限など)の効果を非侵襲的に測定するために用いられる。
1.イントロダクション
1.1 トーパーと冬眠:老化研究が注目する極端な生理状態
多くの哺乳類は飢餓や厳しい環境で、代謝と中核体温(Tb)を著しく低下させるトーパーや、トーパーを周期的に繰り返す冬眠を行う。 自然トーパーでは、低Tb・低代謝・摂取エネルギー制限といった老化・長寿関連の変化が同時に生じるが、これらが寿命や老化にどう作用するかは明らかでなかった。
1.2 自然界の観察と未解決の因果関係
冬眠動物は近縁の非冬眠種より長寿で、体サイズから予測される寿命を超えることが知られているが、これはトーパーそのものの効果なのか、代謝変化や摂食制限の副次効果なのかが不明だった。 トーパーを精密に制御できるモデルがなかったため、低体温・低代謝状態の人工誘導が老化進行や健康寿命に与える因果的影響は長らく検証できなかった。
1.3 脳による体温制御と人工トーパー様状態TLSの確立
体温と代謝は視床下部前視床下部(POA)の神経集団により中枢制御されており、マウスでは絶食誘導性トーパーに必須なPOAニューロン群が同定されている。 本研究は、このavMLPAニューロンの化学遺伝学的活性化により、非遺伝子改変マウスで数日間維持・数か月反復可能な制御性トーパー様状態(TLS)を確立した。 TLSは自然トーパーを完全には再現しないが、Tbと体温セットポイント、代謝率(VO₂)、呼吸商、活動量、摂食量を大きく低下させ、主要な生理学的特徴を共有する。
1.4 TLSによる老化減速と体温の役割
TLSを数か月間繰り返し誘導すると、マウスのフレイル指標が改善し、エピジェネティック老化がとくに血液・肝で減速し、血液では個体によって最大76%の老化速度低下がみられた。 さらに代謝率と摂食量を単独・組み合わせて操作する実験により、TLSの老化減速効果はカロリー制限や代謝低下のみでは再現できず、Tb低下が必要条件であることが示された。 これにより、トーパー様状態は代謝低下ではなく、体温低下を介して老化速度を調節する生理状態として位置づけ直される可能性が提示された。
2. 非トランスジェニック実験用マウスにおける誘導性TLSの開発
2.1 前視床下部avMLPAを標的としたトーパー誘導の着想
視床下部前視床下部(preoptic area; POA)は体温と代謝の制御中枢として知られており、近年の研究により、その一部の神経集団がマウスにおける絶食誘導性日内トーパーの発現に必須であることが示されてきた。そこで本研究では、POAのうち内側および外側前視床下部の前腹側領域(avMLPA)に着目し、この神経集団を人為的に刺激することで、非遺伝子改変マウスにおいてトーパー様の生理状態を再現できるかが検討された(Fig. 1a)。
2.2 化学遺伝学的手法によるavMLPA神経刺激と体温低下
マウスにはテレメトリー温度プローブを埋め込み、avMLPAにAAV-hSyn-hM3D(Gq)-mCherryを定位注入することで、Gq-DREADDを発現させた。この系により、合成リガンドclozapine-N-oxide(CNO)投与を介して、avMLPA神経活動を選択的に活性化できる。まず絶食条件下での検証により、これらのマウスは自然の絶食誘導性日内トーパーと同様に中核体温(Tb)を低下させることが確認された(Fig. 1b)。さらに、CNOの腹腔内投与によってavMLPA神経を刺激すると、絶食を伴わずにTbが顕著に低下し、対照群との差は有意であった(Fig. 1c,d)。これらの結果は、avMLPA神経集団の活動が、自然トーパーに見られる体温低下を引き起こすのに十分であることを示している。ウイルス注入部位は組織学的に確認され、TLS誘導前後の体温変化は熱画像によって可視化された(Fig. 1e,f)。

2.3 連続刺激による長期トーパー様状態(TLS)の確立
自然のマウスでは、絶食誘導性トーパーは数時間で終息する一方、冬眠動物ではトーパーが数日から数週間持続する。そこで本研究では、CNOを飲水中に連続投与することで、avMLPA神経刺激を長期間維持し、トーパー様状態を日単位で持続できるかが検討された(Fig. 1g)。その結果、TLSは少なくとも4日間にわたり安全に維持され、Tbは平均で約7℃低下した。この間、酸素消費量(VO₂)、摂食量、活動量、呼吸商(RQ)はいずれも著しく低下し、その変化量は自然の絶食誘導性トーパーと同程度であった(Fig. 1h–l and Extended Data Fig. 1a-c)。CNO投与を中止すると、これらの生理指標は自発的に回復し、TLSが可逆的かつ制御可能な状態であることが示された。

2.4 TLSにおける体温調節機構の再設定
冬眠動物では、トーパー中に体温を低下させるだけでなく、体温調節システムそのものが変化し、温度感受性(H)および体温セットポイント(Tset)が低下することが知られている。そこでTLSマウスにおいても、環境温度を変化させながらTbとVO₂の関係を解析し、体温調節パラメータが評価された(Exrended Data Fig. 2)。その結果、TLS中のマウスではHおよびTsetがいずれも有意に低下しており、低体温が外的に強制された結果ではなく、低体温を維持する方向に体温制御が再設定されていることが示唆された。これらの所見は、TLSが自然の冬眠および絶食誘導性トーパーと主要な体温・代謝制御特性を共有する生理状態であることを示している。

3.TLSは組織特異的にエピジェネティックな老化を減速する
3.1 冬眠・トーパーとエピジェネティック老化という発想
冬眠は、トーパー状態と覚醒(euthermia)を周期的に繰り返す生理現象であり、長寿との関連が古くから指摘されてきた。老化は生理機能の低下、疾患感受性の上昇、最終的な死亡へと至る多面的な過程であるが、近年ではDNAメチル化パターンに基づくエピジェネティッククロックが、分子レベルで老化の進行を定量化する有力な指標として用いられている。自然冬眠動物を対象とした研究では、冬眠期間中に血液のエピジェネティック老化が減速することが示されており、トーパー様状態が老化制御に関与する可能性が示唆されてきた。
3.2 TLSによる冬眠様時間構造の再現
本研究では、飲水中へのCNO反復投与によってTLSを誘導し、トーパーと覚醒を周期的に繰り返す自然冬眠様の時間構造を、非トランスジェニックマウスにおいて再現した(Fig. 2a,b)。対照群としてavMLPAにAAV-hSyn-mCherryを注入したマウスにも同様にCNOを投与することで、投与条件そのものの影響が統制された。TLS誘導期間中、TLSマウスは対照群と比較して一貫して低い中核体温(Tb)を示し、低体温状態が長期にわたり安定して維持されていることが確認された(Fig. 2c,d)。
3.3 TLSは血液および肝臓のエピジェネティック老化を減速する
TLS誘導開始から3か月後、血液、肝臓、腎臓、大脳皮質におけるエピジェネティック年齢が解析された。その結果、TLSマウスでは血液において老化の進行が著しく抑制され、年齢を一致させた対照群と比較して大きな差が認められた(Fig. 2e)。また、肝臓においても、老化の進行が緩やかに抑制される傾向が観察された(Fig. 2f)。これらの結果は、TLSが特定の組織においてエピジェネティック老化の進行を減速しうることを示している。

3.4 複数のエピジェネティッククロックによる結果の検証
観察された効果の頑健性を検証するため、複数の追加的なエピジェネティッククロックが適用された。高度に保存された加齢関連メチル化部位を用いる汎哺乳類クロックを含む解析においても、TLSマウスでは血液のエピジェネティック年齢が対照群より低い値を示し、TLSによる老化減速効果が特定の解析手法に依存しないことが示された(Extended Data Fig. 3a–c)。一方、汎組織クロックでは、肝臓において非有意ながら低下傾向がみられた。
3.5 老化減速効果の組織特異性
腎臓および大脳皮質では、TLSによるエピジェネティック年齢の一貫した変化は認められなかった(Fig. 2g,h; Extended Data Fig. 3a–e)。これらの結果は、TLSによる低体温・低代謝状態が老化に及ぼす影響が一様ではなく、組織ごとに異なることを示している。自然冬眠動物における先行研究では、血液や皮膚といった高い細胞更新能をもつ組織が主に解析対象とされてきたが、本研究では複数組織を比較することで、トーパー様状態がエピジェネティック老化を調節する作用が強く組織特異的であることが明確に示された。

4.TLSの長期誘導は血液エピジェネティック年齢を累積的かつ持続的に低下させ、健康寿命を改善する
4.1 長期TLSによる血液エピジェネティック年齢の累積的低下
老化は時間とともに進行する過程であるため、TLSの影響をより適切に評価するために、TLSを長期間にわたって誘導した。マウスでは、TLS開始時(T0)および3、6、9か月後に血液のエピジェネティック年齢が縦断的に測定され、CNOを投与しない対照群と比較された(Fig. 3a)。TLS開始時点では両群に差は認められなかったが、TLSの継続に伴い血液エピジェネティック年齢の差は時間とともに拡大し、9か月後にはTLSマウスは対照群より平均で約3か月若い値を示した(Fig. 3a–c)。この結果は、TLSが一過性ではなく、時間依存的に累積する老化減速効果をもつことを示している。
4.2 TLSは血液エピジェネティック老化の進行速度を低下させる
TLSによる老化減速効果を定量化するため、9か月間の血液エピジェネティック年齢の変化率が線形回帰モデルによって解析された。その結果、TLSは血液エピジェネティック老化の進行速度を約37%低下させることが示された(Fig. 3a)。さらに、個体ごとの縦断データに基づく解析においても、TLSマウスは平均して約39%遅い老化速度を示し、この効果が集団平均ではなく個体レベルでも一貫していることが確認された(Fig. 3b)。これらの解析は、TLSが血液エピジェネティック老化の年齢差だけでなく、進行速度そのものを低下させることを明確に示している。

4.3 TLS終了後も維持されるエピジェネティック老化減速効果
TLSによる老化減速効果が一過性の現象かどうかを検証するため、TLS終了後も血液エピジェネティック年齢が追跡された。TLS終了から3か月後においても、TLSマウスは対照群より若いエピジェネティック年齢を維持しており、老化の加速は認められなかった(Fig. 3d,e;Extended Data Fig. 4a)。さらに、TLS終了から9か月後の時点でも、TLSマウスは対照群より若い血液エピジェネティック年齢を示しており、この差は統計学的有意には達しなかったものの、TLSによって誘導されたエピジェネティックな再構築が急速には失われないことを示唆している(Extended Data Fig. 4b)。

4.4 TLSは機能的老化を抑制し健康寿命を延伸する
老化は分子レベルの変化に加えて、身体的・生理的機能低下が時間とともに蓄積する過程である。このような機能的老化を評価する指標として、31項目の非侵襲的評価から構成され、年齢および余命と強く相関するフレイルティ指数(マウス臨床虚弱指数)が用いられている。
9か月間のTLS誘導後にフレイルティ指数を評価したところ、TLSマウスは年齢を一致させた対照群と比較して総合フレイルティ指数が有意に低く、機能的に若い状態を維持していることが示された(Fig. 3f;Extended Data Fig. 5a,b)。さらに、尾部硬直、歩行障害、脊柱後弯といった、加齢と強く相関する個別指標においてもTLSマウスで有意な改善が認められた(Fig. 3g)。
これらの結果は、TLSが血液エピジェネティック年齢の低下という分子指標の変化にとどまらず、加齢に伴う生理機能低下を抑制し、健康寿命を延伸することを示している。

5.TLS中の血液エピジェネティック老化速度は低体温によって媒介される
5.1 TLSに伴う生理変化の因果分離という課題
冬眠やTLSは、代謝低下、長期的カロリー制限、体温低下といった複数の生理変化を同時に伴う複合的状態であり、これらの因子は自然条件下では切り離すことが困難である。これまで、老化や寿命制御に関しては、代謝速度仮説やカロリー制限仮説などが提唱されてきたが、代謝率と体温は強く共変するため、それぞれの寄与を独立に評価することは難しかった。本研究では、誘導可能で制御性の高いTLSモデルを用いることで、これらの因子を人為的に切り分け、血液エピジェネティック老化に対する因果的役割を検証した。
5.2 代謝低下は単独では血液エピジェネティック老化を減速しない
まず、代謝低下の寄与を検証するため、マウスを熱中立環境(32 °C)で飼育し、avMLPA神経を刺激することで、体温低下を伴わない代謝低下状態を作り出した(Fig. 4a,b)。この条件下では、TLSと同程度の代謝低下が誘導された一方で、平均体温は対照群と同等に維持された。
この条件(Stim 32 °C)で3か月間刺激を行った後、血液エピジェネティック年齢を評価したところ、対照群と差は認められず、TLSマウスよりも有意に高い値を示した(Fig. 4c–e)。この結果は、代謝低下のみではTLSによる血液エピジェネティック老化減速効果を再現できないことを示している。5.3 カロリー制限も体温低下を伴わなければ不十分である。

5.3 カロリー制限も体温低下を伴わなければ不十分である
次に、カロリー制限の寄与を検証するため、TLSマウスと同量の摂食量に制限したマウスを、熱中立環境下で飼育した(CR 32 °C)(Fig. 4f; Extended Data Fig. 9)。この条件では、摂食量はTLSと一致する一方、体温は低下せず、自然な絶食誘導性トーパーも回避された。
3か月後の血液エピジェネティック年齢は、対照群と同等であり、TLSマウスよりも有意に高かった(Fig. 4g,h)。すなわち、カロリー制限が老化抑制に有効であるという既存知見にもかかわらず、体温低下を伴わない条件下では、TLSの効果を再現できないことが示された。

5.4 体温低下はTLSによる老化減速に必須である
代謝低下およびカロリー制限がいずれも単独では不十分であったことから、TLSによる老化減速効果には体温低下そのものが必要であると仮定された。この仮説を検証するため、代謝低下とカロリー制限を同時に導入しつつ、体温低下を抑制した条件(Stim + CR 32 °C)が設定された(Fig. 4i)。
この条件下でも、血液エピジェネティック年齢は対照群と同等であり、TLSマウスより有意に高かった(Fig. 4j,k)。さらに、DNAメチル化の差次的解析においても、TLSに特異的なエピジェネティック再構築が体温低下に依存していることが支持された(Extended Data Fig. 9)。これらの結果は、代謝低下とカロリー制限を組み合わせても、体温低下がなければTLSの老化減速効果は生じないことを示している。

5.5 体温低下の程度と老化減速速度は相関する
最後に、TLSマウス個体間で観察される体温低下のばらつきを利用し、TLS期間中の平均体温低下量と血液エピジェネティック老化速度との関係が解析された。その結果、体温低下量が大きい個体ほど老化速度が遅いという有意な相関が認められた(Fig. 4l–n)。この相関はTLSマウス単独でも成立しており、体温低下が老化減速効果の単なる随伴現象ではなく、中心的因子であることを強く示唆している。

一方、体重と老化速度との間には相関は認められず(Extended Data Fig. 6)、また性差による影響も検出されなかった(Extended Data Fig. 8)。これらの結果から、TLSによる老化減速効果は、体温低下に特異的に依存する現象であると結論づけられる。

5.6 まとめ:TLSによる老化減速の中核は体温低下である
以上の解析から、avMLPA刺激によって誘導される長期TLSは、機能的および分子的老化指標の双方を減速させること、そしてその効果は代謝低下やカロリー制限では説明できず、体温低下が必須であることが示された。自然の冬眠やトーパーでは切り分けが不可能であった因子を、制御可能なTLSモデルによって因果的に検証した本研究は、体温が老化制御において中心的役割を果たす可能性を明確に示している。
6. 考察
6.1 本研究の位置づけ:TLSは老化研究のための操作可能なトーパー・モデルである
本研究は、トーパーや冬眠といった低体温・低代謝状態が老化に及ぼす影響を、操作可能な実験系として検証した点に特徴がある。自然冬眠動物では、トーパーと寿命延長との関連は古くから示唆されてきたものの、実験的制御の困難さから、その老化機構は十分に解明されてこなかった。本研究では、トーパー制御中枢として知られる前視床下部 avMLPA の神経活動を操作することで、非冬眠性マウスにおいてトーパー様状態(TLS)を誘導できることを示した。
TLSは、絶食誘導性日内トーパーおよび自然冬眠と共通する代謝・体温調節特性、すなわち代謝率低下と体温セットポイント(Tset)の低下を示し、トーパーの実験モデルとしての妥当性を有している。このTLSモデルを用いることで、トーパーが老化に与える影響を系統的に解析することが可能となった。
6.2 TLSは血液エピジェネティック老化を累積的かつ持続的に減速し、健康寿命を延伸する
本研究では、TLSが自然冬眠と同様に血液エピジェネティック老化を減速することを示した。この効果は一過性ではなく、TLSの累積期間に応じて拡大し、TLS終了後も一定期間持続した。これは、自然冬眠動物において冬眠期間が寿命と正の相関を示すという先行研究と整合的である。
さらに、TLSは分子指標にとどまらず、フレイルティ指数で評価される機能的老化を抑制し、健康寿命を延伸した。これらの結果は、TLSが老化過程に対して全身的かつ機能的な影響を及ぼすことを示している。
6.3 老化減速の因果因子:体温低下が中心的役割を担う
TLSに伴う生理変化には、代謝低下、カロリー制限、体温低下が含まれるが、本研究ではTLSの制御性を活かしてこれらの因子を切り分けた。その結果、血液エピジェネティック老化の減速には体温低下が必須であり、代謝低下やカロリー制限は単独でも、組み合わせても十分ではないことが示された。
この知見は、体温が寿命制御において代謝率よりも重要であるとする先行研究や、熱中立環境下ではカロリー制限の寿命延長効果が減弱するという報告と一致している。また、カロリー制限の効果が長時間の絶食とトーパー誘導を介して発揮される可能性を支持する結果でもある。本研究は、体温低下が老化制御における中心的な媒介因子であることを実験的に示した。
6.4 研究の限界と解釈上の注意点
本研究にはいくつかの制約が存在する。第一に、TLSと老化指標の関連には、CNOの代謝産物であるクロザピンの影響が完全には排除できない。ただし、CNO摂取を統制した条件でも同様の結果が得られており、その寄与は限定的であると考えられる。
第二に、フレイルティ指数の絶対値は先行研究より高く、これは外科手術や反復的な採血といった実験ストレスの影響を反映している可能性がある。そのため、TLSがストレス誘発性のフレイルティを軽減した可能性も否定できない。今後は、侵襲的操作を伴わない条件での検証が必要である。
また、本研究は性差を検出する十分な統計的検出力を有しておらず、性特異的効果については今後の課題である。さらに、TLS終了後の持続効果についても、対照群データのばらつきにより過小評価されている可能性がある。
6.5 TLSと自然冬眠の違い、そして今後の展望
TLSはトーパーの主要特性を再現する一方で、自然冬眠動物に見られる極端な体温低下(4°C 程度)までは再現していない。この点はTLSと自然冬眠の重要な相違点であり、より深い体温低下が寿命延長にどの程度寄与するかは未解明である。今後は、自然冬眠動物を対象とした研究により、極端な低体温の意義を検証する必要がある。
さらに、本研究ではTLSの老化減速効果が組織特異的であり、細胞更新速度の高い組織、特に血液で顕著であることが示された。体温が細胞周期制御に関与することを踏まえると、TLSによる体温低下と組織ごとの更新動態との関係は、老化の組織特異性を理解する上で重要な枠組みを提供する。今後の研究では、この機構的連関をさらに詳細に解明することが期待される。
7. Methods
7.1 実験動物・倫理
本研究は、米国NIHおよびHarvard Medical School、MIT Whitehead Instituteの動物実験指針に基づき実施された。実験には成体C57BL/6Jマウスを用い、原則として雌雄同数を無作為に群分けした。実験開始時の週齢は16–20週齢であり、標準的な12時間明暗サイクル下、22 °Cで飼育した。
7.2 TLS誘導のための神経操作
トーパー様状態(TLS)の誘導には、avMLPA領域を標的とした化学遺伝学的操作を用いた。AAV8ベクターにより、hSynプロモーター下でhM3D(Gq)-mCherryまたはmCherryのみを発現させ、定位脳手術により両側avMLPAへ注入した。CNOは腹腔内投与または飲水投与により投与され、短期および長期TLS誘導実験に応じて濃度・投与様式を調整した。
7.3 体温・代謝計測
コア体温(Tb)は腹腔内に埋め込んだテレメトリー温度プローブにより連続測定した。代謝指標(VO₂、RQ、活動量、摂食量)はSable Systems Promethion代謝ケージを用いて測定した。自然絶食誘導性トーパーでは、絶食後約10時間でTb < 35 °Cかつ覚醒の欠如を基準にトーパーを定義した。
7.4 体温調節モデル解析
TLSおよびベースライン状態における体温調節機構は、異なる環境温度下でのTbとVO₂の関係から、熱伝導率(G)、体温セットポイント(Tset)、温度感受性(H)を推定するモデルにより解析した。各温度条件における最小VO₂と対応するTbを用い、熱的に安定した状態を評価対象とした。
7.5 長期TLSおよび生理指標
長期TLS実験では、CNO投与(4日)と回復期(3日)を1サイクルとして12週間以上反復した。体重は2週ごと、摂食量は週2回測定した。体温低下を抑制する条件では、32 °Cの熱中性環境下で飼育した。
7.6 組織採取と分子解析
血液および各組織(肝臓、腎臓、大脳皮質、白色脂肪組織)は安楽死後に回収し、DNAおよびRNAを抽出した。DNAはビスルファイト変換後、Horvath Mammalian Methylation 320k Chipを用いてメチル化解析を行った。
7.7 エピジェネティッククロック解析
組織特異的マウスエピジェネティッククロックおよび汎哺乳類クロック(Universal Clock 2/3)を用いてエピジェネティック年齢を算出した。解析は盲検下で実施され、Rパッケージ MammalMethylClock を用いた。
7.8 差次的メチル化・転写解析
SeSaMeパイプラインを用いて差次的メチル化領域(DMR)を同定し、GREAT解析により関連生物学的過程を抽出した。RNA-seqはSTARによるアライメント後、DESeq2により差次的遺伝子発現を解析した。転写年齢(tAge)は多組織トランスクリプトミッククロックを用いて評価した。
7.9 フレイルティ評価
健康寿命の指標として、31項目からなるマウス臨床フレイルティ指数を用いた。評価は盲検下で行い、TLSの影響を直接受ける体温および体重項目は解析から除外した。
7.10 実験操作による因子分離
体温、代謝、摂食量の寄与を切り分けるため、熱中性環境での飼育(Taクランプ)、ペアフィーディングによるカロリー制限、ならびにそれらの組み合わせ条件を設定した。
7.11 統計解析
統計解析にはt検定、ANOVA(Tukey補正)、線形回帰、相関解析を用いた。エピジェネティック解析およびフレイルティ評価はすべて盲検下で実施された。
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