〜 おへその乱読1000本ノック #0062 ~ 生物学的メチル化を介した寿命と老化
第62回「おへその乱読1000本ノック」へようこそ。
今回のテーマは、メチル化と老化です。これまで老化研究では、DNA メチル化の変化をもとに老化の進み方を推定するエピジェネティッククロックが注目されてきました。つまりメチル化は、老化を映し出す目印として重要な意味をもってきたといえます。
しかし、体の中で起こるメチル化は DNA に限られません。RNA、タンパク質、代謝に関わる分子など、さまざまな分子に小さな化学的なタグが付けられ、それによって生命活動は細かく調整されています。
今回取り上げる深水(2017)は、そのような生体内のメチル化に注目し、寿命や老化との関わりを整理したショートレビューです。短い論文ながら、DNA、RNA、タンパク質、代謝、寿命制御といったテーマがぎゅっと詰め込まれています。
このレビューを手がかりに、メチル化という小さな化学修飾から、寿命や老化を見つめる視点を少し広げていきます。

要旨
深水(2017)は、生物学的メチル化を手がかりに、寿命と老化の制御を整理したショートレビューである。メチル化は DNA に限らず、RNA、タンパク質、脂質、低分子物質など多様な生体分子に及ぶ化学修飾であり、メチル化酵素の基質特異性や細胞内局在の違いによって、多様な生命反応に関与する。
本稿の特徴は、DNA、RNA、タンパク質というセントラルドグマに関わる分子を、メチル化制御の対象として横断的に捉えている点にある。DNA メチル化はエピジェネティック制御と隔世遺伝、RNA メチル化は翻訳制御やストレス応答、タンパク質メチル化はヒストン修飾や転写因子制御を介して、寿命・老化と関わりうる。
とくに RNA メチル化については、多細胞生物における機能的意義に未解明な点が多く、個体機能や寿命制御を理解するうえで重要な課題として位置づけられている。また、メチル化反応は SAM を介して進行するため、栄養や代謝状態とも密接に結びつく。したがって本稿は、メチル化を老化の指標としてだけでなく、遺伝情報制御、翻訳制御、タンパク質機能、代謝をつなぐ制御層として捉え直す視点を与えている。
1.生物学的メチル化とは何か
1.1 SAMを介したメチル化反応
生体分子のメチル化修飾は、S-adenosyl-L-methionine(SAM)をメチル基供与体として、メチル化酵素により進行する。SAM はメチオニンと ATP から合成されるため、メチル化はアミノ酸代謝やエネルギー代謝と結びついた化学修飾である。
1.2 メチル化酵素の基質多様性
メチル化酵素は、ゲノム中のおよそ 1%の遺伝子にコードされると推定されている。その基質は DNA、RNA、タンパク質、脂質、低分子物質など多様であり、生物学的メチル化は特定の分子群に限定されない。
1.3 基質特異性と細胞内局在
メチル化酵素には基質特異性があり、さらに細胞内局在にも特徴がある。核内でヒストンなどを修飾する酵素、細胞質でシグナル伝達関連タンパク質を修飾する酵素、核と細胞質を行き来する酵素が存在し、この多様性が生命反応の幅広い制御につながっている。
1.4 寿命・老化研究への位置づけ
生物学的メチル化は、生体内で起こるメチル化研究の出発点となった概念である。本稿では、セントラルドグマに関わる生体高分子のメチル化を、個体機能や寿命・老化に関わる制御層として位置づけている。
2.セントラルドグマを横断するメチル化制御
2.1 遺伝情報の流れとメチル化
生物は、DNA に保存された遺伝情報を RNA へ転写し、RNA 情報をもとにタンパク質を翻訳することで生命活動を営んでいる。本稿では、このセントラルドグマに関わる DNA、RNA、タンパク質が、いずれもメチル化修飾の対象となる点に注目している(図1)。

2.2 DNA、RNA、タンパク質にまたがる制御層
メチル化は、DNA におけるエピジェネティック制御だけでなく、RNA の修飾やタンパク質の翻訳後修飾にも関与する。したがって、メチル化は遺伝情報の保存、転写後制御、翻訳、タンパク質機能の各段階にまたがる制御層として捉えられる。
2.3 寿命・老化を理解するための視点
寿命や老化は、遺伝的要因や生活環境によって左右される。本稿では、その仕組みの一端を、セントラルドグマに関わる生体高分子のメチル化から理解しようとしている。メチル化制御は、遺伝情報、代謝、個体機能を結びつける視点として位置づけられる。
3.モデル生物・線虫から見えてきた寿命制御
3.1 寿命研究モデルとしての線虫
線虫は、個体寿命の研究に優れたモデル生物として用いられてきた。一方で、哺乳類でよく知られる CpG 配列のシトシンメチル化が観察されないため、線虫における DNA メチル化研究はほとんど進んでいなかった。
3.2 デオキシアデノシンのメチル化
近年、線虫では DNA のデオキシアデノシンの 6 位窒素原子にメチル基が入ることが見いだされた(図2)。この修飾は、隔世遺伝に必要なエピジェネティックマークとして機能することが示されている。
3.3 DAMT-1 と寿命研究への展開
線虫におけるデオキシアデノシンのメチル化は、DNA メチル化と個体機能の関係を考える新たな手がかりとなる。今後は、DNA メチル化酵素 DAMT-1 と寿命との関連の解明が期待される。

4.RNA メチル化と翻訳・ストレス応答
4.1 翻訳に関わる RNA 修飾
RNA も DNA と同様にメチル化修飾を受ける。とくに、翻訳に深く関わる tRNA や rRNA を中心に研究が進められてきた。RNA メチル化は、塩基またはリボースのどの部位にメチル基が付加されるかによって多様なパターンを示す。
4.2 多細胞生物における未解明性
RNA メチル化酵素は、大腸菌や酵母で次々と同定されている。一方、多細胞生物では、これらの酵素が何に応答して RNA をメチル化するのか、また RNA メチル化がどのような機能的意義をもつのかについて、未解明な点が多く残されている。
4.3 NSUN-5 と寿命調節
酵母で 25S rRNA のメチル化酵素として同定された NSUN-5 は、線虫の寿命調節因子として機能することが明らかにされている(図3)。詳細な分子機序はまだ不明であるが、翻訳因子が寿命調節に関与すること、また rRNA が翻訳装置の構成要素であることから、rRNA メチル化が翻訳効率を介して寿命に影響する可能性が考えられる。

4.4 m6A メチル化と熱ショック応答
mRNA の転写後翻訳に関しては、N6-メチルアデノシン(m6A)の研究が進展している。熱ショック環境下では、mRNA の 5’ 非翻訳領域が METTL3/METTL14 などのメチル化酵素を介して選択的にメチル化される(図4)。この知見は、RNA メチル化がストレス応答における翻訳制御に関与することを示している。

4.5 RNA メチル化と寿命制御の可能性
tRNA、rRNA、mRNA はいずれも翻訳に関わる重要な分子である。そのため、これらのメチル化は、翻訳制御を通じて寿命と関わる可能性がある。本稿では、RNA メチル化を、老化研究において今後解明すべき重要な制御層として位置づけている。
5.タンパク質メチル化と寿命制御
5.1 リジン残基のメチル化
タンパク質のメチル化では、主にリジン残基が標的となる。p53 やフォークヘッド転写因子をはじめ、遺伝子発現と密接に関わる因子のメチル化研究が進められている。
5.2 ヒストンメチル化と隔世遺伝
ヒストンの H3K4 や H3K27 のトリメチル化および脱メチル化は、線虫における隔世遺伝のエピジェネティックマークとして寿命制御に関わることが明らかにされている。タンパク質メチル化は、クロマチン状態や遺伝子発現制御を介して、個体寿命に影響しうる。
5.3 アルギニン残基のメチル化
タンパク質メチル化のもう一つの主要な標的は、アルギニン残基である。アルギニンメチル化では、モノメチル化アルギニン、非対称性ジメチルアルギニン、対称性ジメチルアルギニンが生成される。これらの反応は、タンパク質アルギニン残基メチル化酵素(PRMT)によって触媒される。
5.4 PRMT-1 と DAF-16/FOXO 経路
線虫では、主な PRMT として PRMT-1 と PRMT-5 が存在する。PRMT-1 は非対称性ジメチルアルギニンを、PRMT-5 は対称性ジメチルアルギニンを触媒する。PRMT-1 は、FOXO ファミリーのオルソログである転写因子 DAF-16 をメチル化し、老化を促進するリン酸化シグナルによる転写活性の抑制を防ぐ。prmt-1 が欠損すると DAF-16 のリン酸化が増加し、寿命短縮が生じる。
5.5 タンパク質メチル化の位置づけ
タンパク質メチル化は、ヒストン修飾を介したエピジェネティック制御だけでなく、転写因子の活性調節にも関与する。したがって、タンパク質メチル化は、核内における遺伝子発現制御と細胞質におけるシグナル伝達をつなぎ、寿命制御に影響する修飾として位置づけられる。
6.栄養・代謝・メタボロミクスへの展望
6.1 栄養素と代謝を介した寿命制御
食事に含まれる栄養素は、代謝を介して生命機能と結びついている。メチル化反応では SAM がメチル基供与体として用いられるため、生物学的メチル化は代謝状態と切り離せない化学修飾である。本稿では、代謝と寿命の関係が次第に明らかになりつつあることを背景に、メチル化を寿命・老化研究の重要な接点として位置づけている。

6.2 メチル化を中心としたメタボロミクス
生物学的メチル化を介した寿命・老化研究は、線虫の遺伝学や生化学を駆使したアプローチによって端緒についた段階である。今後は、モデル生物を活用し、メチル化を中心としたメタボロミクス解析を進めることで、カロリー制限や栄養素が寿命や老化機能に及ぼす作用点の詳細が明らかになることが期待される。

6.3 老化研究における統合的視点
メチル化は、DNA、RNA、タンパク質などの生体高分子の機能制御に関わるだけでなく、栄養状態や代謝状態とも結びつく。したがって、生物学的メチル化は、遺伝情報制御、翻訳制御、タンパク質機能、代謝、個体寿命をつなぐ統合的な視点として重要である。

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