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〜 おへその乱読1000本ノック #0092 ~ 成長、代謝、および疾患におけるmTORシグナル伝達

 ようこそ、第92回 おへその乱読1000本ノックへ。今回は、Saxton and Sabatini(2017)による、mTORシグナル経路に関する代表的レビューを取り上げます。
 これまで、カロリー制限、タンパク質制限、BCAA制限、イソロイシン制限、そしてラパマイシン投与による寿命延長効果を見てきました。これらの研究をたどると、食餌制限による老化制御は、単に摂取カロリーの低下だけではなく、栄養状態を細胞がどのように感知し、成長、代謝、タンパク質合成、オートファジーへとつなげるのか、という問題として見えてきます。
 その中心に位置する経路の一つがmTOR(メカニスティック・ターゲット・オブ・ラパマイシン)です。mTORは、アミノ酸、成長因子、エネルギー状態、酸素、ストレスなどの情報を統合し、細胞が成長へ向かうのか、あるいは資源を節約するのかを切り替える栄養感知システムとして働きます。本レビューでは、mTORC1とmTORC2という二つの複合体を軸に、mTOR経路の入力、出力、生理機能、疾患との関係が整理されています。
 今回は、これまで読んできた食餌制限と寿命延長の研究を、mTORという分子経路の側から見直すための基礎回として読んでいきます。

要旨
 
mTORは、栄養、成長因子、エネルギー状態、酸素、ストレスなどの環境入力を統合し、細胞成長と代謝を制御する中心的なセリン/スレオニンキナーゼである。
 mTORは、mTORC1とmTORC2という二つの複合体として働き、mTORC1はタンパク質合成、脂質・ヌクレオチド合成、糖代謝を促進し、オートファジーを抑制することで同化を支える。一方、mTORC2は主に成長因子シグナルの下流でAkt、SGK、PKCを制御し、細胞生存、代謝、細胞骨格制御に関与する。
 mTORC1は、成長因子によるTSC-Rheb軸と、アミノ酸によるRag GTPases経路を組み合わせて活性化される。ロイシンはSestrin2、アルギニンはCASTOR1やSLC38A9を介して感知され、mTORC1のリソソーム局在と活性化を制御する。
 TOR経路は酵母から哺乳類まで広く保存される一方、アミノ酸センサーや上流入力は生物種ごとに多様化している。個体レベルでは、mTORは肝臓、膵β細胞、骨格筋、脂肪組織、免疫系などで代謝恒常性と組織機能を支えるが、慢性的な過剰活性化はがん、インスリン抵抗性、代謝異常と結びつく。
 さらに、mTOR抑制やラパマイシン投与は多くのモデル生物で寿命延長と関連する。したがって、食餌制限やアミノ酸制限による老化制御は、摂取量の変化だけでなく、mTORを中心とした栄養感知経路が成長と維持のバランスをどう切り替えるかという問題として理解される。

1.mTOR経路とは何か:ラパマイシン標的から栄養感知ネットワークへ

1.1 ラパマイシンの発見とmTORの同定

 mTOR(メカニスティック・ターゲット・オブ・ラパマイシン)研究の出発点は、ラパマイシンの発見にある。1964年、南太平洋のラパ・ヌイ島で採取された土壌サンプルから、抗真菌作用、免疫抑制作用、抗腫瘍作用をもつ化合物が見いだされた。この化合物は発見地にちなみラパマイシンと名づけられ、臨床的にはシロリムスとして用いられるようになった。
 その後、ラパマイシンはFKBP12と複合体を形成し、細胞成長と増殖に必要なシグナル伝達を阻害することが明らかになった。しかし、その直接標的はしばらく不明であった。1994年、哺乳類細胞におけるラパマイシン-FKBP12複合体の標的としてmTORが同定され、さらに酵母で見つかっていたTOR/DRR遺伝子の相同分子であることが示された。これにより、ラパマイシンの作用点は、単なる薬理学的標的ではなく、真核生物に広く保存された成長制御経路の中核として位置づけられた。

1.2 mTORは細胞成長と代謝を環境条件に結びつける

 mTORは、PI3K関連キナーゼファミリーに属するセリン/スレオニンキナーゼであり、細胞外・細胞内の環境条件を細胞成長と代謝に結びつける中心的なシグナル分子である。栄養、成長因子、エネルギー状態、酸素、ストレスなどの入力は、mTOR経路を介して、タンパク質合成、脂質・ヌクレオチド合成、糖代謝、オートファジー、細胞生存などの過程へ変換される。
 この経路の特徴は、単に成長を促進することではない。mTORは、栄養や成長因子が十分に存在する条件では同化を促し、細胞成分の合成と成長を進める。一方、栄養不足やストレス条件では、mTOR活性が抑えられ、オートファジーなどの異化過程が相対的に優位になる。したがって、mTOR経路は、細胞が外部環境に応じて、作るべきか、分解して維持すべきかを切り替える制御系として理解できる。

1.3 mTORC1とmTORC2という二つの複合体

 mTORは単独で働くのではなく、mTORC1とmTORC2という二つの異なるタンパク質複合体の触媒サブユニットとして機能する。mTORC1は、栄養、成長因子、エネルギー、酸素、ストレスなどの入力を受け、タンパク質合成、脂質・ヌクレオチド合成、オートファジーを制御する。これに対してmTORC2は、主に成長因子シグナルの下流で働き、細胞生存、増殖、細胞骨格制御に関与する(Fig. 1A)。
 この二つの複合体の違いは、mTOR経路を理解するうえで出発点となる。mTORC1はRaptorを特徴的な構成因子とし、急性ラパマイシン処理に感受性を示す。一方、mTORC2はRictorを特徴的な構成因子とし、急性ラパマイシン処理には一般に感受性を示しにくい。したがって、ラパマイシンの作用を理解するためにも、mTOR経路をmTORC1とmTORC2に分けて整理する必要がある(Fig. 1B, C)。

Fig.1 mTORC1とmTORC2の構成 

A mTORは、mTORC1とmTORC2という二つの異なるタンパク質複合体の触媒サブユニットとして働く。mTORC1は、成長因子、酸素、アミノ酸、エネルギー状態、ストレスなどの入力を受け、タンパク質合成、脂質・ヌクレオチド合成、オートファジーを制御する。栄養や成長因子が十分な条件では、mTORC1は同化過程を促進し、細胞成長を支える。一方、mTORC2は主に成長因子シグナルの下流で働き、細胞生存と増殖に関与する。

B mTORC1は、mTOR、Raptor、mLST8を中核とし、PRAS40、DEPTORを含む複合体である。RaptorはmTORC1基質に存在するTOSモチーフを認識し、基質のリクルートに関与する。また、RaptorはmTORC1の適切な細胞内局在にも必要である。mLST8はmTORのキナーゼドメインに結合し、キナーゼ活性部位の構造安定化に関与すると考えられる。ラパマイシンはFKBP12と複合体を形成し、mTORのFRBドメインに結合することで、基質が活性部位に近づく過程を妨げ、mTORC1活性を阻害する。

C mTORC2は、mTOR、Rictor、mLST8、mSin1、Protor1/2、DEPTORから構成される。RictorはmTORC2を特徴づける構成因子であり、mTORC1におけるRaptorに相当する中心的な足場因子として働く。mSin1はmTORC2の調節に関与し、成長因子シグナルによるmTORC2活性化に重要である。mTORC2は急性ラパマイシン処理には一般に感受性を示しにくいが、長期処理ではラパマイシン結合mTORが新規mTORC2に取り込まれにくくなるため、mTORC2シグナルも低下しうる。


2.mTORは2つの複合体として働く:mTORC1とmTORC2

2.1 mTORC1はRaptorを中心とする栄養応答複合体である

 mTORC1は、mTOR、Raptor、mLST8を中核とするタンパク質複合体である。mTORはキナーゼ活性を担う触媒サブユニットであり、RaptorはmTORC1を特徴づける主要な足場因子として働く。Raptorは、mTORC1基質に存在するTOSモチーフを認識し、基質をmTORC1へリクルートする。また、RaptorはmTORC1の適切な細胞内局在にも関与するため、単なる構成因子ではなく、mTORC1の基質選択性と局在制御を結びつける要素である。
 mLST8はmTORのキナーゼドメインに結合し、キナーゼ活性部位の構造安定化に関与すると考えられている。ただし、遺伝学的解析からは、mLST8はmTORC1の必須機能には必ずしも不可欠ではないことも示されている。さらにmTORC1には、PRAS40とDEPTORという阻害性サブユニットも含まれる。したがって、mTORC1は、mTORを中心に、基質認識、局在、活性制御を担う複数の因子が組み合わさった成長制御装置として理解できる(Fig. 1B)。

2.2 ラパマイシンはmTORC1を直接阻害する

 ラパマイシンは、FKBP12と複合体を形成してmTORC1を阻害する。このラパマイシン-FKBP12複合体はmTORのFRBドメインに結合し、mTORの触媒部位への基質アクセスを妨げる。構造解析では、ラパマイシン-FKBP12複合体がmTORの触媒クレフトを狭め、基質が活性部位に近づく過程を部分的に遮ることが示されている。
 この阻害様式は、mTORC1を完全に壊すというより、mTORC1の基質リン酸化を選択的・部分的に妨げる作用として捉えられる。したがって、ラパマイシンの効果を理解するには、mTORC1が単一のスイッチではなく、基質や処理時間によって異なる応答を示す複合体であることを意識する必要がある。

2.3 mTORC2はRictorを中心とする成長因子応答複合体である

 mTORC2もmTORとmLST8を含むが、mTORC1とは異なりRaptorをもたない。その代わりに、mTORC2はRictorを特徴的な構成因子として含む。RictorはmTORC2を定義する因子であり、mTORC1におけるRaptorに相当する位置づけをもつ。ただし、Raptorとは相同性のないタンパク質であり、mTORC1とは異なる基質選択性と機能を支える。
 mTORC2には、Rictorに加えて、mSin1、Protor1/2、DEPTORが含まれる。mSin1はmTORC2の調節に関与し、成長因子シグナルに応答したmTORC2活性化に重要である。mTORC2は、後の章で扱うように、Akt、SGK、PKCファミリーなどを介して、細胞生存、増殖、代謝、細胞骨格制御に関与する(Fig. 1C)。

2.4 急性ラパマイシン感受性はmTORC1とmTORC2で異なる

 mTORC1とmTORC2を区別する重要な特徴が、ラパマイシン感受性の違いである。ラパマイシン-FKBP12複合体はmTORC1に直接結合してその活性を阻害する。一方、mTORC2は急性ラパマイシン処理には一般に感受性を示しにくい。これは、ラパマイシン-FKBP12複合体が既存のmTORC2を直接阻害しないためである。
 ただし、長期のラパマイシン処理では事情が変わる。ラパマイシンが結合したmTORは新たなmTORC2複合体へ取り込まれにくくなるため、長期的にはmTORC2シグナルも低下しうる。この点は、ラパマイシンやmTOR阻害薬の生理作用、副作用、治療応用を考えるうえで重要である。mTOR阻害は、単純にmTORC1だけを止める作用としてではなく、処理時間や組織によってmTORC2にも波及しうる作用として整理する必要がある。

2.5 2つの複合体を分けて理解する必要性

 mTORC1とmTORC2は、同じmTORキナーゼを含むが、構成因子、入力、下流標的、ラパマイシン感受性が異なる。mTORC1は、栄養、成長因子、エネルギー状態、ストレスを統合し、同化促進と異化抑制を担う。一方、mTORC2は、主に成長因子シグナルの下流で、細胞生存、増殖、代謝、細胞骨格制御を担う。
 したがって、mTOR経路を「mTORが活性化する」「mTORが阻害される」とだけ表現すると、実際の生物学的意味を見誤りやすい。どちらの複合体が、どの条件で、どの基質を制御しているのかを分けて考えることが、mTOR経路の理解の出発点となる。

3.mTORC1の下流作用:同化を促進し、異化を抑える

3.1 mTORC1は細胞成長のための同化反応を促進する

 細胞が成長し分裂するためには、タンパク質、脂質、ヌクレオチドを増やし、同時にオートファジーなどの分解系を抑える必要がある。mTORC1は、この同化と異化の切り替えを制御する中心的な経路である。栄養や成長因子が十分に存在する条件では、mTORC1は翻訳、脂質合成、ヌクレオチド合成、糖代謝を促進し、細胞成長に必要な材料とエネルギーの流れを作る。一方で、オートファジーやリソソーム生合成を抑えることにより、細胞成分の分解よりも合成を優位にする(Fig. 2B, C)。

3.2 タンパク質合成:S6K1と4EBPを介した翻訳制御

 mTORC1によるタンパク質合成の促進は、主にS6K1と4EBPを介して行われる。mTORC1はS6K1をリン酸化して活性化し、翻訳開始に関わる因子を制御する。S6K1は、eIF4Bの活性化、PDCD4の分解促進、スプライス済みmRNAの翻訳効率上昇などを通じて、mRNA翻訳を促進する。
 4EBPは、eIF4Eに結合してeIF4F複合体の形成を妨げる翻訳抑制因子である。mTORC1は4EBPをリン酸化し、eIF4Eから解離させることで、5′キャップ依存的翻訳を進める。これにより、mTORC1は一般的な翻訳を促進するだけでなく、タンパク質合成に関わる遺伝子群の翻訳を強く制御する。

3.3 脂質・ヌクレオチド・糖代謝の制御

 成長する細胞には、新たな膜構造を作るための脂質、DNA複製やリボソーム生合成に必要なヌクレオチド、そして代謝中間体を供給する糖代謝の再編が必要となる。mTORC1は、SREBPやLipin1を介して脂肪酸・コレステロール合成を促進し、細胞成長に必要な膜成分の供給を支える。
 また、mTORC1はATF4依存的にMTHFD2の発現を高め、プリン合成に必要な一炭素代謝を促進する。さらに、S6K1を介してCADを活性化し、ピリミジン合成を促す。糖代謝については、HIF1αの翻訳促進を通じて解糖系酵素の発現を高め、グルコース由来の炭素を増殖と成長に必要な代謝経路へ流し込む。

3.4 オートファジーとタンパク質更新の制御

 mTORC1は同化を促進するだけでなく、異化過程を抑制する。代表的な標的がオートファジーである。栄養が十分な条件では、mTORC1はULK1をリン酸化し、AMPKによるULK1活性化を妨げる。これにより、オートファゴソーム形成の開始が抑制される。
 さらにmTORC1は、TFEBの核移行を抑えることで、リソソーム生合成やオートファジー関連遺伝子の発現を低下させる。したがって、mTORC1は短期的には細胞成長を支える一方で、分解系の抑制を通じてタンパク質や細胞小器官の更新にも影響を及ぼす。
 ユビキチン・プロテアソーム系については、mTORC1阻害によってタンパク質分解が促進される報告がある一方、mTORC1過剰活性化でもプロテアソーム活性が高まる報告がある。これは、急性阻害ではアミノ酸プールの回復のために分解が促され、長期的な活性化ではタンパク質合成の増加に対応するために分解系も補償的に高まる可能性を示している。mTORC1は、合成と分解の一方向的なスイッチではなく、細胞内タンパク質の量と質を調整する動的な制御系として働く。

Fig. 2 mTORシグナルネットワーク 

mTORC1とmTORC2の上流経路を示す。mTORC1は、アミノ酸、成長因子、エネルギー状態、酸素、DNA損傷、炎症性シグナルなどの入力を受ける。成長因子はPI3K-Akt経路やRas-Erk経路を介してTSCを抑制し、Rhebを通じてmTORC1を活性化する。アミノ酸は、Rag GTPases、Ragulator、v-ATPase、SLC38A9、GATOR1/2、KICSTOR、Sestrin2、CASTOR1などを介してmTORC1のリソソーム局在と活性化を制御する。一方、エネルギー不足、低酸素、DNA損傷は、AMPK、REDD1、p53関連経路などを介してmTORC1を抑制する。mTORC2は、主に成長因子刺激に応答するPI3Kシグナルの下流で活性化される。

mTORC1の主要な下流作用を示す。    mTORC1はS6K1と4EBPを介してmRNA翻訳を促進し 、SREBP、Lipin1、ATF4、CAD、MTHFD2、HIF1αなどを介して脂質合成、ヌクレオチド合成、糖代謝を制御する。また、ULK1やTFEBを介してオートファジーとリソソーム生合成を抑制し、タンパク質更新にも関与する。

mTORC1は複数の転写因子を介して代謝プログラムを調節する。ATF4は代謝恒常性、TFEBはリソソーム生合成、SREBPは脂質合成、HIF1αは解糖系、PGC1αはミトコンドリア生合成に関わる。これらの転写因子はmTORC1だけでなく、小胞体ストレス、リソソーム状態、ステロール量、低酸素、エネルギーストレスなどによっても制御される。

mTORC2の主要な下流経路を示す。mTORC2はAkt、SGK、PKCファミリーをリン酸化し、細胞生存、アポトーシス抑制、糖代謝、イオン輸送、細胞移動、細胞骨格再編成を制御する。


4.mTORC1の上流制御:成長因子、エネルギー、酸素、DNA損傷

4.1 mTORC1は成長条件を統合して活性化する

 mTORC1による同化促進は、細胞が成長に適した条件にあるときにだけ起こる必要がある。タンパク質、脂質、ヌクレオチドの合成は大きな資源を必要とするため、栄養、成長因子、エネルギー、酸素が不足した状態でmTORC1が過剰に働くことは、細胞や個体にとって不利となる。
 このため、mTORC1は複数の上流入力によって厳密に制御される。成長因子はmTORC1を活性化する方向に働き、エネルギー不足、低酸素、DNA損傷などのストレスはmTORC1を抑制する方向に働く。mTORC1は、これらの入力を統合することで、細胞が今は成長してよい状態か否かを判定する制御点として機能する(Fig. 2A)。

4.2 成長因子シグナル:PI3K-Akt-TSC-Rheb軸

 成長因子によるmTORC1活性化の中心には、TSC-Rheb軸がある。TSCはTSC1、TSC2、TBC1D7からなる複合体であり、小型GTPaseであるRhebに対するGTPase活性化タンパク質として働く。RhebはGTP結合状態でmTORC1を活性化するため、TSCはRhebを不活性化することによりmTORC1を抑制する。
 インスリンやIGF-1などの成長因子は、PI3K-Akt経路を介してTSC2をリン酸化し、TSCの抑制作用を弱める。これによりRheb-GTPが維持され、mTORC1が活性化される。受容体チロシンキナーゼからのRas-MAPK経路も、ErkやRSKを介してTSC2をリン酸化し、mTORC1活性化へつながる。したがって、TSCは複数の成長因子シグナルをRhebに集約し、mTORC1活性を制御する主要なゲートとして働く。

4.3 エネルギー不足とAMPKによる抑制

 mTORC1は、細胞内エネルギー状態にも応答する。グルコース不足などにより細胞内ATPが低下すると、エネルギーストレス応答因子であるAMPKが活性化される。AMPKはTSC2をリン酸化して活性化し、Rhebを介したmTORC1活性化を抑制する。また、AMPKはmTORC1構成因子であるRaptorもリン酸化し、mTORC1を直接抑制する。
 この二重の抑制により、エネルギー不足時にはmTORC1活性が低下し、同化反応が抑えられる。これは、エネルギーが乏しい状況でタンパク質合成や脂質合成を進めないための合理的な制御である。食餌制限や断食の条件では、栄養入力だけでなく、エネルギー状態を介したAMPK-mTORC1軸も重要な意味をもつ。

4.4 低酸素とDNA損傷によるmTORC1抑制

 mTORC1は、酸素不足やDNA損傷にも応答する。低酸素状態では、AMPK活性化に加えて、REDD1が誘導される。REDD1はTSCを活性化することでmTORC1を抑制し、酸素が不足した状態での過剰な同化反応を防ぐ。
 DNA損傷応答もmTORC1抑制につながる。DNA損傷によりp53関連経路が活性化されると、AMPKβ、PTEN、TSC2などの発現や機能を介してTSC活性が高まり、mTORC1活性が低下する。これにより、ゲノム損傷を抱えた状態で細胞成長や増殖が進むことを抑える方向に制御が働く。

4.5 mTORC1は成長と維持の切り替え点である

 mTORC1の上流制御を整理すると、この経路は単なる栄養センサーではなく、成長因子、エネルギー、酸素、DNA損傷などを統合する成長許可システムとして働くことがわかる。成長因子が十分で、エネルギーと酸素が確保され、強いストレスがない状態では、TSC-Rheb軸を介してmTORC1が活性化される。一方、エネルギー不足、低酸素、DNA損傷などが生じると、AMPK、REDD1、p53関連経路を介してmTORC1は抑制される。
 したがって、mTORC1は、細胞が同化を進めるか、資源を節約して維持に向かうかを切り替える制御点である。この性質は、食餌制限、断食、アミノ酸制限、ラパマイシン投与が老化や寿命に影響する理由を考えるうえで重要な基盤となる。


5.アミノ酸感知機構:mTORC1をリソソームへ動員するRag経路

5.1 アミノ酸はmTORC1活性化の主要な栄養入力である

 摂食により血中アミノ酸濃度が上昇すると、細胞はそれをタンパク質合成の材料としてだけでなく、成長可能な栄養状態の指標として利用する。mTORC1は、この食餌由来アミノ酸の変化に強く結びついた栄養感知経路である。アミノ酸は、mTORC1を直接活性化するというより、mTORC1をリソソーム膜へ動員し、そこでRhebによる活性化を受けられる状態にする。
 この仕組みは、mTORC1制御におけるANDゲートとして理解できる。成長因子シグナルはTSC-Rheb軸を介してmTORC1を活性化する準備を整える。一方、アミノ酸シグナルはRag GTPasesを介してmTORC1をRhebの存在するリソソーム表面へ移動させる。したがって、mTORC1が十分に活性化するには、成長因子シグナルとアミノ酸シグナルの両方が必要となる(Fig. 2A)。

5.2 Rag GTPasesとRagulatorによるリソソーム局在制御

 アミノ酸感知機構の中心には、Rag GTPasesがある。RagはRagAまたはRagBと、RagCまたはRagDからなるヘテロ二量体として働く。アミノ酸刺激によりRagが活性型のヌクレオチド結合状態になると、RagはRaptorに結合し、mTORC1をリソソーム表面へリクルートする。
 Ragは、Ragulator複合体を介してリソソーム膜に係留されている。Ragulatorは、Ragの局在を支えるだけでなく、RagA/Bに対するグアニンヌクレオチド交換因子としても働く。これにより、アミノ酸状態の変化はRagの活性状態へ変換され、mTORC1のリソソーム局在を制御する。

5.3 リソソーム内アミノ酸感知:v-ATPaseとSLC38A9

 mTORC1は、細胞質内アミノ酸だけでなく、リソソーム内腔のアミノ酸状態も感知する。リソソーム内のアミノ酸は、v-ATPase、Ragulator、Rag複合体を介してRagのヌクレオチド状態を変化させる。この経路により、リソソーム内の栄養状態がmTORC1活性へ反映される。
 SLC38A9は、Rag-Ragulator-v-ATPase複合体と相互作用するリソソーム膜アミノ酸トランスポーターであり、アルギニンによるmTORC1活性化に必要である。このため、SLC38A9はリソソーム内アルギニン感知に関わる有力なセンサー候補として位置づけられる。

5.4 細胞質アミノ酸感知:Sestrin2とCASTOR1

 細胞質内のロイシンとアルギニンは、GATOR1/2複合体を介してmTORC1を制御する。GATOR1はDEPDC5、Nprl2、Nprl3からなる複合体であり、RagA/Bに対するGAPとして働き、mTORC1を抑制する。KICSTOR複合体はGATOR1をリソソーム表面に係留し、栄養状態に応じたmTORC1制御を可能にする。一方、GATOR2はmTORC1を正に制御する複合体であり、GATOR1と相互作用する。
 Sestrin2は、ロイシン欠乏時にGATOR2へ結合し、mTORC1シグナルを抑制する。ロイシンがSestrin2に結合すると、Sestrin2はGATOR2から解離し、mTORC1抑制が解除される。これにより、Sestrin2は細胞質ロイシンセンサーとして働く。
 CASTOR1は、細胞質アルギニンセンサーとして働く。アルギニンが不足している条件では、CASTOR1はGATOR2に結合してmTORC1を抑制する。アルギニンが結合するとCASTOR1はGATOR2から解離し、mTORC1活性化が可能になる。したがって、ロイシンとアルギニンは、それぞれSestrin2とCASTOR1を介してGATOR2抑制を解除し、mTORC1活性化へつながる。

5.5 アミノ酸感知経路は生物種によって保存性と多様性をもつ

 TOR経路は真核生物に広く保存されているが、アミノ酸感知の入力装置は生物種によって異なる。哺乳類では、Rag GTPases、Ragulator、GATOR1/2、SLC38A9、Sestrin2、CASTOR1などが組み合わさり、リソソーム膜を中心としたmTORC1制御系を形成する。一方、酵母にもTORC1、TORC2、Ragに相当するGtr1/2、GATORに相当するSEACIT/SEACATなどは存在するが、哺乳類のSLC38A9、Sestrin2、CASTOR1に明確に対応する因子は保存されていない。
 このことは、TORC1を介した成長制御そのものは進化的に古く保存された仕組みである一方、どの栄養入力をどの分子で感知するかは、生物種ごとに変化してきたことを示している。したがって、栄養制限、アミノ酸制限、寿命制御を種を超えて比較する際には、TOR経路の保存性と、アミノ酸センサーの多様性を分けて考える必要がある(Fig. 3A, B)。

Fig. 3 TOR経路の進化的保存性 

A 哺乳類mTORC1と酵母TORC1の栄養感知経路を比較している。哺乳類では、アミノ酸シグナルがRag GTPases、Ragulator、v-ATPase、SLC38A9、GATOR1/2、KICSTOR、FLCN-FNIP、Sestrin2、CASTOR1などを介してmTORC1のリソソーム局在と活性化を制御する。ロイシンはSestrin2、アルギニンはCASTOR1またはSLC38A9を介してmTORC1制御に関与する。成長因子シグナルはTSC-Rheb軸を介してmTORC1を活性化し、アミノ酸シグナルによるリソソーム動員と組み合わさることでmTORC1活性化が成立する。酵母では、TORC1は液胞膜に局在し、Gtr1/2、EGO複合体、SEACIT/SEACATなどを介して栄養状態に応答する。ただし、哺乳類のSestrin2、CASTOR1、SLC38A9に相当する明確なアミノ酸センサーは保存されておらず、栄養入力の感知機構には生物種間で違いがある。

B 主要なmTORC1制御因子の保存性を、ヒト、ショウジョウバエ、線虫、分裂酵母、出芽酵母、植物で比較している。mTOR、Raptor、Rag、GATOR関連因子などの中核的な成長制御モジュールは広く保存される一方、TSC-Rheb、Ragulator、Sestrin、SLC38A9、CASTOR、KICSTOR関連因子の保存性には差がある。この図は、TOR経路が進化的に保存された成長制御システムであると同時に、アミノ酸感知の分子機構は生物種ごとに多様化してきたことを示している。


6.TOR経路の進化的保存性:酵母から哺乳類まで続く成長制御システム

6.1 TOR経路は真核生物に広く保存される

 TOR経路の大きな特徴は、真核生物に広く保存された成長制御システムである点にある。哺乳類ではmTORはmTORC1とmTORC2という二つの複合体として働くが、出芽酵母にもTORC1とTORC2が存在する。さらに、Raptor、mLST8、Rictor、mSin1に相当する因子も保存されており、TORを中心とする複合体構造そのものは進化的に古い仕組みである。
 機能面でも、酵母TORC1は哺乳類mTORC1と同様に、細胞成長と同化代謝を制御し、タンパク質合成を促進し、オートファジーを抑制する。一方、酵母TORC2も、哺乳類mTORC2と同様にAGCファミリーキナーゼを制御する。このように、TORC1/TORC2という二分構造と、成長・代謝・分解系を統合する基本機能は、酵母から哺乳類まで保存されている(Fig. 3B)。

6.2 保存される中核と、分岐する上流入力

 TOR経路は広く保存されているが、その上流入力は生物種によって異なる。哺乳類では、ホルモンや成長因子による受容体シグナルがmTORC1制御に大きく関与する。インスリン/IGF-1経路や受容体チロシンキナーゼ経路は、多細胞生物において、個体内の栄養状態や成長状態を組織間で調整するために発達した入力である。
 一方、出芽酵母では、哺乳類のようなホルモン・成長因子受容体シグナルは存在せず、炭素源、窒素源、リン酸源など、細胞周囲の栄養条件がより直接的にTORC1制御へ反映される。また、哺乳類mTORC1の主要な調節因子であるTSCは、出芽酵母には存在しない。したがって、TORC1という成長制御モジュールは保存されているが、その上流に接続される入力は、それぞれの生物が置かれた環境と生理に応じて組み替えられている。

6.3 アミノ酸センサーは進化的に多様化する

 アミノ酸感知機構にも、保存性と多様性がある。哺乳類では、Rag GTPases、Ragulator、GATOR1/2、SLC38A9、Sestrin2、CASTOR1などが、リソソーム膜を中心としたmTORC1制御系を形成する。これに対して、出芽酵母ではRagに相当するGtr1/2、GATORに相当するSEACIT/SEACAT、Ragulatorに相当するEGO複合体が存在するが、TORC1は液胞膜に恒常的に局在しており、アミノ酸による局在変化は哺乳類とは異なる形で制御される(Fig. 3A)。
 また、哺乳類のSLC38A9、Sestrin2、CASTOR1に明確に相当するセンサーは、酵母には保存されていない。多細胞モデル生物でも保存性には差があり、Sestrinはショウジョウバエや線虫にも見られる一方、SLC38A9やCASTOR1は生物種によって欠失している。したがって、TORC1が栄養状態を読み取るという基本機能は保存されているが、どのアミノ酸をどの分子で感知するかは、進化の過程で多様化してきたと考えられる。

6.4 寿命研究モデルをつなぐ保存経路としてのTOR

 TOR経路の保存性は、老化・寿命研究において重要な意味をもつ。酵母、線虫、ショウジョウバエ、マウスといった異なるモデル生物で、栄養制限やラパマイシン、TOR/mTOR経路の遺伝学的操作が寿命に影響する背景には、成長と代謝を制御するこの古い経路が共有されていることがある。
 ただし、保存されているのは、TORが成長と代謝を統合するという中核的な原理であり、すべての上流入力が同一というわけではない。アミノ酸センサー、成長因子シグナル、組織間制御は、生物種や生理条件によって異なる。したがって、モデル生物で得られた寿命制御の知見を哺乳類やヒトへつなげるには、TOR経路の保存性と、入力装置の違いを同時に考える必要がある。
 この視点に立つと、食餌制限やアミノ酸制限による寿命延長は、単に摂取栄養素の減少としてではなく、進化的に保存された成長制御経路の入力を変化させる介入として理解できる。TOR経路は、栄養環境と老化表現型を結びつける共通言語の一つである。

7.個体レベルのmTOR:代謝恒常性と組織機能

7.1 mTORは摂食と絶食に応じて同化と異化を切り替える

 細胞レベルでmTORC1は、栄養や成長因子が十分な条件で同化を促進し、オートファジーなどの異化過程を抑制する。個体レベルでも、この性質は摂食と絶食に応じた代謝制御として現れる。絶食時には栄養素や成長因子が低下し、エネルギー貯蔵を動員する異化状態が誘導される。一方、摂食時には栄養素と成長因子が増加し、肝臓や筋などで成長とエネルギー貯蔵が促進される。
 したがって、mTORC1活性は、摂食時に高まり、絶食時に低下することで、同化と異化の切り替えに関与する。mTORC1の生理機能を理解するうえでは、活性の高さだけでなく、栄養状態に応じて変動することが重要である(Fig. 4A)。

7.2 肝臓:絶食応答と血糖維持

 血糖値が低下すると、肝臓は糖新生、オートファジー、ケトン体産生を通じて全身のエネルギー需要に対応する。この絶食応答には、mTORC1活性の低下が関与する。肝臓特異的にTSC1を欠失し、mTORC1が恒常的に活性化したマウスでは、PPARαを介したケトン体産生が抑制され、絶食時の代謝応答が障害される。
 また、恒常的活性型RagAを発現するマウスや、Sestrin1、Sestrin2、Sestrin3を欠失したマウスでは、絶食時にもmTORC1活性が十分に低下せず、肝臓オートファジーの誘導が妨げられる。オートファジーは、糖新生に必要な遊離アミノ酸の供給に関与するため、mTORC1活性が絶食時に持続すると、血糖維持が障害されうる。これらの結果は、絶食時の肝臓ではmTORC1活性の低下が、オートファジー誘導と代謝適応に必要であることを示している(Fig. 4D)。

7.3 膵β細胞:mTORC1活性化の二相性作用

 mTORC1は、膵β細胞の増殖とインスリン分泌にも関与する。β細胞特異的にTSC2を欠失したマウスでは、mTORC1が過剰に活性化し、若齢期にはβ細胞量の増加、インスリン値の上昇、糖耐性の改善が認められる。しかし、この効果は加齢に伴って反転し、β細胞量の低下、インスリン値の低下、高血糖が生じる。
 この二相性の変化は、食餌誘導性2型糖尿病の進行とも類似する。糖負荷が増えた初期にはβ細胞が代償的に拡大し、インスリン分泌を増やすが、長期的にはβ細胞機能が低下する。mTORC1活性化は、初期には糖代謝に有利に働きうる一方、長期的にはβ細胞機能の低下を早める方向にも働く(Fig. 4C)。

7.4 骨格筋:肥大と機能維持

 骨格筋では、mTORC1は筋肥大と機能維持に重要である。IGF-1やロイシンはmTORC1を活性化し、筋タンパク質合成と肥大を促す。筋特異的にRaptorを欠失したマウスでは、重度の筋萎縮と体重減少が生じ、早期死亡に至る。同様の表現型は筋特異的mTOR欠失でも認められるが、Rictor欠失では同程度には生じないため、骨格筋におけるmTORの主要な機能はmTORC1を介すると考えられる。
 一方で、mTORC1の慢性的な活性化も筋機能を損なう。筋特異的TSC1欠失によりmTORC1が恒常的に活性化したマウスでは、オートファジー誘導が障害され、筋萎縮や早期死亡が生じる。骨格筋では、mTORC1活性の低下も過剰な持続活性化も機能障害につながり、通常の栄養状態の変動に伴うmTORC1活性の上下が、筋機能の維持に関与すると考えられる(Fig. 4F)。

Fig. 4 mTORの生理機能

A mTORC1は、摂食時と絶食時の代謝状態を切り替える制御点として働く。摂食時には栄養素と成長因子が増加し、mTORC1活性が上昇して同化反応を促進する。一方、絶食時にはmTORC1活性が低下し、オートファジー、糖新生、脂肪酸利用、ケトン体産生など、資源を動員する異化反応が優位になる。

B mTORC1活性と個体の健康状態の関係を概念的に示す。 mTORC1活性が低すぎる状態では組織成長や機能維持が障害され、活性が高すぎる状態では肥満、インスリン抵抗性、代謝異常などが生じる。カロリー制限やラパマイシンは過剰なmTORC1活性を抑える方向に働くが、Raptor欠失のような強い抑制や、TSC欠失・RagA活性化・Sestrin欠失のような慢性活性化はいずれも健康を損なう。

膵β細胞におけるmTORC1過剰活性化は、 時間依存的に異なる影響を示す。若齢期にはβ細胞量とインスリン分泌が増加し、糖耐性は一時的に改善する。しかし、長期的にはβ細胞機能が低下し、糖耐性が悪化する。これは、mTORC1活性化が初期には代償的に有利でも、慢性化すると機能破綻へ向かうことを示す。

D mTORC1活性変化が肝臓、筋、膵臓、脂肪組織に及ぼす影響を示す。通常状態では、mTORC1は肝臓で糖新生・ケトン体産生・アミノ酸放出の調整、筋で肥大、膵臓でβ細胞増殖、脂肪組織で脂肪生成と脂肪細胞分化に関与する。慢性的なmTORC1阻害では、肝臓サイズ低下、肝脂肪蓄積、ケトン体産生増加、筋萎縮、β細胞増殖低下、脂肪組織形成低下などが生じる。慢性的なmTORC1活性化では、肝臓のケトン体産生障害とインスリン抵抗性、筋萎縮、β細胞死と低インスリン血症、脂肪組織の過剰形成とインスリン抵抗性が生じうる。

E  mTORC1過剰活性化とインスリン抵抗性の関係を示す。 通常状態では、インスリン受容体からPI3K-Akt-mTORC2を介したシグナルが糖取り込みを促進する。肥満やmTORC1過剰活性化では、S6KやGrb10を介した負のフィードバックによりIRSやPI3K-Akt経路が抑制され、インスリン抵抗性が生じる。慢性ラパマイシン処理ではmTORC1だけでなくmTORC2も低下しうるため、Akt活性化が障害され、インスリン抵抗性が悪化する可能性がある。理論的には、mTORC1のみを選択的に阻害できれば、負のフィードバックを解除しつつmTORC2-Akt経路を保ち、糖取り込みを改善できる可能性がある。

F 骨格筋では、mTORC1活性が低すぎても高すぎても筋萎縮につながる。通常の摂食・絶食サイクルではmTORC1活性が周期的に上下し、タンパク質合成と細胞成分更新のバランスが保たれる。これに対して、TSC1欠失による慢性活性化やRaptor欠失による慢性抑制はいずれも筋機能を障害する。最適な筋機能には、mTORC1活性の恒常的な高さではなく、適切な変動が必要である。

7.5 脂肪組織:脂肪生成と脂質代謝

 脂肪組織では、mTORは摂食やインスリンに応答した脂肪細胞形成と脂質合成に関与する。mTORC1は、培養細胞および個体内で脂肪細胞形成と脂質合成を促進する。脂肪細胞特異的にRaptorを欠失したマウスでは、脂肪組織形成が障害され、リポジストロフィーと肝脂肪蓄積が生じる。一方で、このようなmTORC1抑制は脂肪細胞形成を低下させるため、食餌誘導性肥満への抵抗性とも関連する。
 mTORC2も脂肪組織機能に関与する。脂肪細胞でmTORC2活性が失われると、Akt活性の低下を介してインスリン抵抗性が生じる。また、ChREBPβの発現低下を介して脂質合成も低下する。mTORC2は肝臓の脂質合成にも関与することから、mTORC1とmTORC2はいずれも脂肪細胞機能と脂質代謝の複数の局面を制御する。

7.6 免疫機能:T細胞活性化と分化

 ラパマイシンはリンパ球増殖を阻害する作用をもち、腎移植における免疫抑制薬として臨床応用されてきた。この免疫抑制作用は、主にT細胞活性化の阻害に基づく。T細胞が抗原刺激を受けて活性化・増殖するためには、同化代謝への切り替えが必要であり、mTORC1はIL-2、CD28、アミノ酸など、免疫微小環境に存在する活性化シグナルの下流でこの代謝転換を支える。
 抗原提示時にmTORC1が阻害されると、T細胞はアネルギー状態となり、その後の抗原刺激に応答しにくくなる。腫瘍では、栄養枯渇や抑制性シグナルによってT細胞アネルギーが誘導されることがあり、この点から、文脈によっては免疫細胞におけるmTORC1活性化が有利に働く可能性もある。また、mTORC1はT細胞分化にも関与し、ラパマイシンは制御性T細胞や記憶T細胞の分化・拡大を促す一方、エフェクターT細胞集団を抑制する。免疫系におけるmTORの役割は、単純な免疫抑制だけではなく、T細胞の活性化状態や分化状態に応じて変化する。

7.7 mTOR活性の過不足と組織機能

 個体レベルで見ると、mTORC1は肝臓、膵β細胞、骨格筋、脂肪組織、免疫系などで、代謝応答、細胞増殖、組織機能を支える。一方で、mTORC1の慢性的な活性化は、肝臓のケトン体産生障害、インスリン抵抗性、β細胞機能低下、筋萎縮、脂肪組織の代謝異常などと結びつく。また、慢性的なmTORC1抑制も、肝脂肪蓄積、筋萎縮、β細胞増殖低下、脂肪組織形成低下などを引き起こしうる。
 したがって、mTORC1活性は、組織ごとに必要な生理機能を支える一方、その活性が恒常的に高い場合にも、低い場合にも、代謝恒常性や組織機能に不利な影響を及ぼしうる。mTOR経路の個体機能は、活性化または抑制の一方向ではなく、組織、時間、栄養状態に応じた調節として理解する必要がある。

8.mTORと疾患・老化・治療標的

8.1 mTORC1の過剰活性化はがんと結びつく

 mTOR経路は細胞成長と代謝を制御するため、その制御異常はがんと密接に関わる。多くのがんでは、mTORC1上流に位置するがん遺伝子や腫瘍抑制因子に異常が生じる。PI3K-Akt経路、Ras-MAPK経路、EGFR、RagCなどの活性化、あるいはPTEN、TSC1、TSC2、LKB1、NF1、p53、GATOR1、Folliculinなどの機能低下は、mTORC1活性を高める方向に働く(Fig. 5A)。
 mTORC1活性化は、タンパク質合成、代謝再編、細胞成長を促進し、腫瘍増殖を支える。mTORC2も、Aktの活性化を介して細胞生存や増殖に関与する。したがって、がんにおけるmTOR経路の異常は、mTORC1による同化促進と、mTORC2によるAktシグナルの両面から理解する必要がある。

8.2 ラパログの作用と限界

 mTORを標的とする薬剤として、まずラパマイシン誘導体であるラパログが用いられてきた。ラパログは、ラパマイシンと同様にFKBP12と複合体を形成し、主にmTORC1をアロステリックに阻害する。これにより、mTORC1依存的な細胞成長や増殖を抑えることが期待された。
 しかし、ラパログの抗腫瘍効果には限界がある。第一に、ラパログはmTORC1の全ての下流出力を均等に阻害するわけではなく、とくに4EBPリン酸化は十分に抑制されない場合がある。第二に、mTORC1阻害によりS6KやGrb10を介した負のフィードバックが解除され、PI3K-Aktシグナルが再活性化されうる。第三に、mTORC1阻害はオートファジーを誘導し、腫瘍細胞の生存を助ける場合がある。このため、ラパログ単独では腫瘍増殖を十分に抑えられない文脈がある(Fig. 5B)。
 この限界に対し、ラパログとオートファジー阻害薬を併用する戦略が検討されている。mTORC1阻害によって誘導されるオートファジーを同時に抑えることで、抗腫瘍効果を高める可能性がある。

8.3 第2世代・第3世代mTOR阻害薬

 ラパログの限界を補うため、ATP競合型の第2世代mTOR阻害薬が開発された。これらの薬剤はmTORの触媒活性を直接阻害し、mTORC1とmTORC2の両方を抑制する。そのため、前臨床がんモデルではラパログより強い効果を示す場合がある。
 しかし、ATP競合型mTOR阻害薬にも課題がある。mTORC2阻害により初期にはAktシグナルが低下するが、長期処理ではインスリン/PI3Kシグナルへの負のフィードバック解除によりAktが再活性化されうる。PI3K/mTOR二重阻害薬は、PI3KとmTORの近縁な触媒ドメインを同時に阻害し、Aktと4EBPのリン酸化をより強く抑えるが、用量制限毒性が問題となる。
 さらに、mTOR経路そのものに変異をもつ腫瘍では、ラパログに対する感受性が高い場合がある一方、mTORのキナーゼドメインやFRBドメインに追加変異が生じることで耐性が獲得されることもある。この耐性を克服する戦略として、ラパマイシンとATP競合型mTOR阻害薬を化学的に連結した第3世代阻害薬RapaLinkが提案されている(Fig. 5B)。

8.4 mTORと老化

 mTORシグナルは、酵母、線虫、ショウジョウバエ、哺乳類を含む多様な生物の老化過程に関与する。線虫では、mTOR相同因子やRaptor相同因子の発現低下が寿命延長と関連する。ショウジョウバエやマウスでも、TOR/mTOR経路の抑制、あるいはラパマイシン投与は寿命延長と結びつく(Fig. 5C)。
 mTORC1が老化に関与する機構は複数ある。mTORC1は、mRNA翻訳、オートファジー、幹細胞機能など、老化過程に関連する細胞機能を制御する。したがって、mTORC1抑制による寿命延長は、単一の下流経路だけで説明されるものではなく、翻訳制御、タンパク質・細胞小器官の更新、組織維持機構などが組み合わさった結果として理解される。

Fig. 5 がんと老化におけるmTOR 

A がんにおけるmTORC1上流異常を示す。PI3K-Akt経路、Ras-Raf経路、EGFR、RagCなどの活性化、あるいはPTEN、TSC1、TSC2、LKB1、NF1、p53、GATOR1、Folliculinなどの腫瘍抑制因子の機能低下は、mTORC1活性を高める方向に働く。これらの異常により、mTORC1を介したタンパク質合成、代謝再編、細胞成長が促進され、腫瘍増殖に結びつく。mTORC2もAkt活性化を介して、細胞生存、糖代謝、増殖に関与する。

B mTOR阻害薬の作用と限界を示す。未処理状態では、mTORC1はS6K、4EBP、eIF4Eを介して成長と増殖を促し、mTORC2はAktを介して細胞生存を支える。ラパログは主にmTORC1をアロステリックに阻害するが、4EBPリン酸化を十分に抑えられない場合があり、さらにmTORC1阻害による負のフィードバック解除でAktシグナルが再活性化されうる。また、mTORC1阻害はオートファジーを誘導し、腫瘍細胞の生存を助ける場合がある。ATP競合型mTOR阻害薬はmTORの触媒活性を阻害し、mTORC1とmTORC2の両方を抑えるが、長期的にはフィードバック解除によりAktシグナルが回復しうる。mTOR阻害薬とオートファジー阻害薬の併用は、mTORC1阻害により誘導される生存経路を同時に抑える戦略として位置づけられる。

C 老化におけるmTORC1の役割を示す。 mTORC1は、mRNA翻訳、オートファジー、幹細胞機能など、老化過程に関わる複数の細胞機能を制御する。カロリー制限やラパマイシンはmTORC1活性を抑える方向に働き、酵母、線虫、ショウジョウバエ、マウスなどのモデル生物で寿命延長と関連する。mTORC1は、栄養状態と老化表現型を結びつける保存されたシグナル経路として位置づけられる。

8.5 治療標的としてのmTOR経路

 mTOR経路は、がん、代謝疾患、神経変性、老化、免疫制御など、多くの病態と関わるため、治療標的として大きな可能性をもつ。一方で、mTORは多くの組織で必須の機能を担うため、完全な触媒阻害は用量制限毒性を引き起こしやすい。ラパログも、組織特異性の欠如や、長期処理によるmTORC2への影響という課題をもつ。
 今後の方向性として、mTORを直接一律に阻害するだけではなく、よりmTORC1特異的な阻害、組織特異的なmTORC1活性化、あるいはmTOR上流の組織特異的受容体やシグナル分子を標的とする方法が考えられる。Sestrin2やCASTOR1のようなアミノ酸センサーは、小分子結合ポケットをもち、mTORC1を比較的特異的に制御する上流因子として位置づけられる。こうした分子機構の理解は、mTORシグナルをより合理的に治療標的化するための基盤となる。

8.6 結論:mTORは成長、代謝、疾患、老化を結ぶ中心経路である

 mTOR経路は、栄養、成長因子、エネルギー状態、酸素、ストレスを統合し、細胞成長と代謝を制御する中心的なシグナルネットワークである。mTORC1は、タンパク質合成、脂質・ヌクレオチド合成、糖代謝を促進し、オートファジーを抑制することで、細胞成長に必要な同化状態を形成する。一方、mTORC2は、主に成長因子シグナルの下流でAkt、SGK、PKCを制御し、細胞生存、代謝、細胞骨格制御に関与する。
 この経路の制御異常は、がん、代謝疾患、免疫機能、老化過程と深く関わる。mTORC1の慢性的な過剰活性化は、細胞成長と代謝再編を促進し、腫瘍増殖やインスリン抵抗性に結びつく。一方、mTOR抑制は多くのモデル生物で寿命延長と関連するが、mTORは多くの組織で基本的な生理機能を担うため、非選択的あるいは過度の阻害は代謝恒常性や組織機能を損なう可能性がある。
 したがって、mTOR経路を治療標的として利用するには、単にmTOR活性を低下させるだけでは不十分である。mTORC1とmTORC2の違い、組織ごとの機能、上流入力、下流出力、阻害の強度と持続時間を区別し、病態に応じてより精密に制御する必要がある。mTORシグナルの分子機構を理解することは、成長、代謝、疾患、老化をつなぐ生物学的基盤を明らかにし、より選択的な治療介入を設計するための出発点となる。



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