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〜 おへその乱読1000本ノック #0054 ~ 長寿の鍵:単一遺伝子変異が寿命を倍増させる

 第54回『おへその乱読1000本ノック』へようこそ。
 今回取り上げる Kenyon et al. (1993) は、寿命が1つの遺伝子変異によって大きく延びうることを示した、老化研究史に残る古典的研究です。線虫 (Caenorhabditis elegans) で daf-2 遺伝子に変異が入ると、個体は野生型の2倍以上生き、しかも単に長く生き延びるのではなく、活動性や繁殖能を保ったまま寿命が延長されることが示されました。これは、老化がただ時間とともに進む避けがたい衰えではなく、遺伝学的に調節しうる生命現象である可能性を強く印象づけた発見でした。本稿ではこの論文を手がかりに、寿命制御という発想がどのように立ち上がったのかを見ていきます。

要旨
 daf-2 遺伝子の変異により、C. elegans の成体は繁殖能と活動性を保ったまま、野生型の2倍を超える寿命を示した。この寿命延長は、dauer 幼虫形成を制御するもう1つの遺伝子である daf-16 の機能を必要とし、daf-16 変異の導入によってほぼ完全に抑制された。一方、他の dauer constitutive 変異体である daf-7、daf-11、daf-14 では、dauer ではない成体の寿命延長は認められなかった。また、daf-2 変異体の長寿命は、生殖細胞や子の産生低下では説明されなかった。
 以上より、dauer の長寿性は単なる発生停止の結果ではなく、dauer 形成の他の側面から切り離しうる調節された寿命延長機構による可能性が示される。daf-2 および daf-16 は、寿命延長の仕組みを理解するための重要な手がかりを与える。

1. イントロダクション

 温度感受性変異によって dauer 幼虫形成を示す変異体では、dauer 幼虫が長寿命を示すことが知られていた。dauer は、過密や飢餓によって誘導される発生停止型の幼虫であり、きわめて長く生存する。したがって、この長寿が単なる発生停止の結果なのか、それとも dauer 形成とは切り離しうる寿命延長機構によるものなのかが問題となる。
 そこで、dauer constitutive 変異体である daf-2、daf-11、daf-7、daf-14 について、dauer ではない成体の寿命を検討した。これらの温度感受性変異体では、dauer 形成の制御が主として第1幼虫期に働くため、その後に非許容温度へ移して成体まで発生させることで、dauer 化を回避した個体の寿命を測定することができる。この系により、dauer の長寿性が発生停止そのものに由来するのか、あるいは成体にも及ぶ調節機構に基づくのかを検証した。

[用語説明]
・ dauer:
飢餓や過密等の悪条件で形成される耐久性の高い幼虫状態。
・ dauer constitutive:通常条件でも、dauer になりやすい変異体。

2.daf-2変異体は成体で著しい長寿命を示す

 dauer constitutive 変異体において、dauer ではない成体の寿命を比較した。daf-11、daf-7、daf-14 では成体寿命に大きな変化はみられなかったが、daf-2 では寿命が著しく延長した。たとえば、daf-2 変異体の平均寿命は 42 日であり、野生型の 18〜21 日を大きく上回った。以上より、daf-2 活性の低下は、dauer 形成そのものとは切り離された成体段階の寿命延長をもたらすことが示される(Fig. 1)。

Fig.1 daf-2 変異体成体は著しい寿命延長を示す。 a,L4期で 15℃ から 20℃ に移した daf-2(sa189) と野生型の生存曲線。平均寿命はそれぞれ 42 日(n=43)と 18 日(n=35)である。 b,L4期で 20℃ から 25℃ に移した daf-2(e1370) と野生型の生存曲線。平均寿命はそれぞれ 42 日(n=120)と 20 日(n=119)である。 c,20℃ で連続飼育した daf-2(e1370) と野生型の生存曲線。平均寿命はそれぞれ 42 日(n=49)と 21 日(n=49)である。なお、daf-2(sa193) も寿命延長を示すが、このパネルには図示されていない。

3.daf-2長寿命体は活動性を保って生存する

 寿命延長が単なる衰弱状態の長期化ではないかを検討するため、daf-2 変異体の摂食行動と運動能を野生型と比較した。その結果、daf-2 変異体では、摂食を続ける個体や運動可能な個体の割合が野生型より長く保たれた。一方、摂食している個体における pumping(咽頭の収縮運動)速度自体は、野生型と同様に加齢とともに低下した。
 さらに、daf-2 成体は dauer 幼虫ではなく、成熟した成体として摂食や排泄を行った。以上より、daf-2 変異体の長寿命は、dauer 様の発生停止状態が持続した結果ではなく、成体としての活動性を比較的保ちながら生存期間が延長した表現型であることが示される(Fig. 2)。

Fig.2 daf-2(e1370) 成体は活動性を保ちながら長く生存する。 a,pumping を示す生存個体の割合。野生型に比べて daf-2(e1370) では、摂食行動を示す個体がより長く維持された。 b,pumping を示した個体における平均 pumping 速度。加齢に伴い両群で低下したが、その低下の推移はおおむね類似していた。 c,移動可能な生存個体の割合。daf-2(e1370) では、運動能を保つ個体が野生型より長く存在した。これらの結果は、daf-2 変異体の寿命延長が単なる衰弱状態の持続ではなく、活動性の維持を伴うことを示す。

4.寿命延長は繁殖低下だけでは説明できない

 daf-2 変異体では産仔数がやや減少するため、寿命延長が繁殖低下の結果である可能性を検討した。しかし、約2倍の長寿命を示す daf-2 変異体でも、産仔数は野生型に近い水準であった。したがって、daf-2 の長寿命は、単純な繁殖能力の低下だけでは説明しにくい。
 この点をさらに検討するため、生殖細胞系列や生殖腺を除去した個体、および子孫を産生しない fem-3 変異体の寿命を比較した。その結果、いずれの場合も寿命延長は認められなかった。以上より、生殖細胞や子の産生低下は C. elegans の寿命を延ばさず、daf-2 変異体の長寿命を説明する主因ではないと結論される(Fig. 3)。

Fig.3 寿命延長は生殖細胞あるいは子孫産生の低下では説明できない。 a,野生型雌雄同体で生殖細胞系列および体細胞性生殖腺の前駆細胞を除去した個体と対照群の生存曲線。平均寿命はそれぞれ 16 日と 17 日であり、有意差は認められない。 b,子孫を産生しない fem-3(e1996) 変異体、gonad 除去個体、および対照群の生存曲線。いずれの群でも寿命延長は認められない。これらの結果は、生殖細胞や progeny の産生低下そのものは寿命延長をもたらさないことを示す。

5.daf-16はdaf-2依存的長寿に必須である

 daf-2 変異体の成体寿命延長に daf-16 が必要かを検討するため、daf-2 と daf-16 の二重変異体を解析した。その結果、daf-2 単独変異体でみられた著しい寿命延長は、daf-16 変異の導入によってほぼ完全に抑制された。二重変異体の平均寿命は 19 日であり、野生型や daf-16 単独変異体に近い値を示した。したがって、daf-16 は daf-2 依存的な寿命延長に必須であることが示される(Fig. 4)。この結果は、daf-2 変異による長寿命が daf-16 を介して成立することを示唆するが、その機構の詳細は本研究の時点では明らかでない。

Fig.4 daf-16(m26) は daf-2 変異体の寿命延長を抑制する。 daf-2(e1370)、daf-16(m26)、daf-16(m26); daf-2(e1370) 二重変異体、および野生型を 20℃ で飼育し、生存曲線を比較した。平均寿命は、daf-16(m26) で 17 日(n=37)、daf-2(e1370) で 42 日(n=137)、daf-16(m26); daf-2(e1370) で 19 日(n=20)、野生型で 20 日(n=20)であった。daf-16(m26) の導入により、daf-2(e1370) の長寿命表現型はほぼ消失した。

6.寿命制御という発想の成立

 本研究では、dauer constitutive 変異体のうち daf-2 が、dauer ではない成体においても著しい寿命延長を示すことが明らかとなった。この寿命延長は、活動性を比較的保った成体で認められ、生殖細胞や子の産生低下では説明できず、さらに daf-16 の機能を必要とした。したがって、寿命延長は発生異常の副産物ではなく、遺伝学的に制御される過程として捉えられる。以上より、線虫の寿命は固定的な性質ではなく、単一遺伝子の変異によって大きく変化しうることが示された。



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