〜 おへその乱読1000本ノック #0031 ~ 植物の休眠と休眠打破を制御するヒストン修飾:ホルモン代謝への共通調節機構
これまで私たちは、冬眠、とりわけ人工冬眠(torpor/hibernation)をSF的な便利装置としてではなく、生物が自らの時間の進行様式を変化させる生理状態として位置づけてきました。低代謝・低体温がもたらす変化は、単なるエネルギー節約にとどまりません。エピジェネティックな老化指標や健康寿命への影響が示唆されており、その全体像は哺乳類を対象としたデータから徐々に明らかになりつつあります。
ここで少し視野を広げると、興味深いことに気づきます。冬を越える、休む、動きを止める、再び動き出すといった戦略は、哺乳類の冬眠動物だけに固有の現象ではありません。植物もまた、季節変動に応じて成長や発達を停止・再開する仕組みをきわめて普遍的に用いています。しかもその切り替えは、ホルモンによる制御だけでなく、クロマチン状態の書き換えや記憶といったエピジェネティック制御とも深く結びついています。
こう見ると、哺乳類の文脈で老化や健康寿命として語られてきた現象が、植物の世界では休眠、再開、季節適応といった言葉で記述されていることに気づかされます。用語は異なっても、そこに共通する問いは一つです。生物はいかにして自らの時間の進み方を調節しているのか。
本稿では、植物の休眠(dormancy)をエピジェネティクスの観点から俯瞰したレビュー(Sato & Tamane, 2022)を手がかりとして、哺乳類の人工冬眠研究から浮かび上がった、低温が時間の進行に介入するという概念を、植物の冬越し戦略と重ね合わせながら考えていきます。

要旨
植物は移動できない生物であり、環境変動に適応するために成長と発達を一時的に停止する休眠(dormancy)という戦略を進化させてきた。種子休眠と芽休眠は異なる組織と発生段階で生じる現象であるが、いずれも不利な環境条件を回避し、再び成長可能な条件が整うまで生理機能を維持する点で共通している。本レビューでは、これら二つの休眠形態について、特にヒストン修飾を中心としたエピジェネティック制御機構に焦点を当てて整理した。
種子休眠および芽休眠の双方において、アブシジン酸(ABA)とジベレリン(GA)は休眠の確立と解除を担う中心的ホルモンとして機能する。低温環境は休眠深度を増強し、十分な低温曝露の後に温度が上昇することで成長再開が誘導される。この過程において、H3K4me3 と H3K27me3 による二価ヒストン修飾が、休眠関連遺伝子の発現制御に重要な役割を果たすことが明らかになってきた。種子では DOG1、芽では DAM がそれぞれ休眠の中核因子として機能し、両者ともヒストン修飾を介して環境応答性を獲得している。また、ABA 生合成に関与する NCED 遺伝子も、種子・芽の双方で二価修飾の制御下に置かれている。
一方で、分子機構には明確な差異も存在する。種子では ABA による脱緑化や貯蔵物質蓄積が中心であり、発芽時には主に細胞伸長が進行する。これに対し、芽では ABA によるプラズモデスマータの閉鎖や、休眠解除時の細胞分裂関連遺伝子の活性化が重要となる。また、芽休眠では DAM と ABA の正のフィードフォワード回路が特徴的であり、種子休眠とは異なる制御層が存在する。
さらに、種子特異的組織であるエンドスペルムでは、親由来特異的なヒストン修飾と DNA メチル化によるゲノムインプリンティングが休眠制御に関与する。寒冷環境に応答してこれらのエピジェネティックマークが変化することから、母体が経験した環境情報が世代を越えて休眠特性に影響を及ぼす可能性が示唆されている。
総じて、植物の休眠は単なる成長停止ではなく、環境条件に応答して可塑的に制御される時間調節機構である。本レビューで整理した知見は、ヒストン修飾が環境情報を分子レベルで統合し、休眠の深さと解除タイミングを制御する重要な基盤であることを示している。今後は、ヒストン修飾が転写制御において果たす因果的役割の検証や、気候変動下での休眠制御機構の解明が、基礎研究および農業応用の両面で重要な課題となるだろう。
1.イントロダクション
植物は移動できない生物であり、変動する環境や不利な条件に適応するため、独自の生理・発達制御機構を進化させてきた。その代表的な戦略の一つが休眠(dormancy)であり、この状態では発達が一時的に停止し、同時にストレス耐性が高まる。
本レビューでは、植物のライフサイクルにおいて重要な二つの休眠形態、すなわち種子休眠と芽休眠に焦点を当て、それぞれの分子機構に関する近年の知見を整理している。種子休眠は胚の成長停止を指し、芽休眠は花原基や分裂組織における発達停止を特徴とする。両者は異なる組織・発達段階で生じるものの、休眠の成立および解除に関わる分子制御には共通点が多い。
とくに、休眠の深さは植物が過去に経験した環境条件と強く結びついており、その制御には環境履歴に基づくエピジェネティック状態の形成と継承が重要であることが示されている。本稿では、休眠を制御する植物ホルモンの生理的役割を概観するとともに、ヒストン修飾を中心としたエピジェネティック変化が、休眠の確立と解除にどのように関与するかを議論する。
2.種子休眠
2.1 種子休眠の定義と生理的意義
種子休眠は、「発芽能力を持つにもかかわらず、好適条件下でも発芽しない状態」と定義される。この状態は、不利な季節に一時的な好条件が訪れた際の早期発芽を防ぐ適応戦略であり、環境変動に対する時間的バッファとして機能することで、個体群の存続と分布拡大に寄与する。
2.2 休眠の成立:種子成熟過程とストレス耐性
種子休眠は、種子成熟過程の中で形成される。この過程で糖・脂質・貯蔵タンパク質(LEAタンパク質など)が蓄積し、脱水耐性と長期保存性が獲得される。休眠自体は非ストレス環境下でも成立するが、低温や高温などの環境ストレスは休眠の強化を促進する。ここで中心的な役割を果たすホルモンがアブシジン酸(ABA)であり、ABAは貯蔵タンパク質の蓄積や種子の脱緑化を誘導し、休眠確立に不可欠である。
2.3 休眠解除と発芽:ホルモン制御と細胞レベルの変化
種子成熟完了後、休眠強度は後熟(乾燥貯蔵)や低温湿潤処理(ストラティフィケーション)によって徐々に低下する。非休眠種子が吸水(imbibition)すると、呼吸の再開、貯蔵mRNAの翻訳、脱水・再水和に伴うDNA損傷の修復などが進行し、発芽プロセスが始動する。
発芽期の胚では細胞分裂はほとんど検出されず、細胞伸長が主要な駆動力となるため、細胞壁の緩和が不可欠となる。この段階ではジベレリン(GA)が休眠解除と発芽を強く促進し、ABAシグナルを抑制することで両者は拮抗的に作用する。さらにエチレン(ET)は、GAと協調しつつABAとは拮抗しながら、発芽誘導および休眠解除の微調整に関与する。
2.4 二次休眠と環境応答
一度休眠が解除された種子であっても、不利な環境条件に曝されると再び発芽が抑制されることがあり、これは二次休眠と呼ばれる。二次休眠もABA依存的な経路によって誘導され、種子は一次休眠とは異なる環境応答的可塑性を示しつつ、リスクの高い条件下での発芽を回避する。
2.5 農業的意義と気候変動リスク
種子休眠は農業生産および食料安全保障に直結する重要形質である。休眠が弱すぎると穂発芽や母体上での胎生的発芽が起こりやすくなり、逆に休眠が強すぎると発芽の不均一化を招く。いずれの場合も、種子品質や貯蔵性、作期の安定性に対して深刻な影響を及ぼす。近年の気候変動は、温度や水分条件の変動を通じて休眠の成立・解除プロセスを不安定化させ、作物の収量と品質の予測可能性を低下させる新たなリスク要因と考えられる。
2.6 種子組織構造とインプリンティング
被子植物の種子は、胚・胚乳・種皮という三つの主要組織から構成される。胚と胚乳は重複受精により形成される生殖組織であり、種皮は母体の珠皮に由来する胞子体組織である。
胚乳は母体からの栄養・水分供給を担うだけでなく、種子休眠の成立と解除においても中心的な調節単位として機能する。このため、胚乳はしばしば哺乳類の胎盤に機能的に類似するとみなされる。胚乳では、受精前に付加されたエピジェネティック標識に基づき、親由来特異的な遺伝子発現(ゲノムインプリンティング)が広く観察される。母性発現遺伝子(MEGs)および父性発現遺伝子(PEGs)の一部は、ABA・エチレン経路などを介して種子休眠の深さや発芽タイミング、さらには倍数性障壁の形成に関与しており、親世代が経験した環境情報を次世代の休眠制御へと結びつける分子基盤の一端をなしている。
3.芽休眠
3.1 芽休眠とは何か:季節適応としての成長停止
温帯〜亜寒帯に生育する多くの木本植物は、夏から冬への環境変化に応じて生長期から休眠期へ段階的に移行する。落葉樹では秋に葉が落ちて冬芽が形成されるが、これらの芽は翌春まで開芽・伸長が抑えられ、耐寒化を伴う休眠状態によって、生長に不適な冬季条件下でも樹体の生理機能が維持される。
3.2 休眠誘導の環境シグナル:日長と温度
芽休眠への移行は、主として短日と低温という季節シグナルによって誘導されるが、短日にはほとんど反応せず低温にのみ応答する種も存在する。 一方、休眠芽の成長再開(休眠解除〜芽吹き)にとって鍵となる環境要因は温度であり、とくにリンゴやモモなどのバラ科果樹では、十分な低温曝露によるチリング要求量の充足と、その後の温暖条件によるヒート要求量の充足という二段階の温度条件が満たされて初めて芽吹きと開花が起こる。
3.3 芽休眠の分子基盤:ABAとプラズモデスマータ制御
厳密には、芽休眠とは頂端分裂組織の細胞活動がほぼ完全に停止した状態を指す。 モデル樹種ポプラでは、アブシジン酸(ABA)の顕著な蓄積に伴いcallose synthase遺伝子の発現が上昇し、頂端分裂組織のプラズモデスマータにカロースが沈着してスフィンクター構造が形成されることで、外部シグナルに対して鈍感な休眠状態が確立される。 その後、低温に一定期間曝露されると、ジベレリン(GA)の制御下でβ-1,3-グルカナーゼが誘導されてカロースが加水分解され、プラズモデスマータが再開口して芽が再び外部シグナルに応答できる状態へ移行すると考えられているが、GAの因果的役割については遺伝学的検証がなお不十分である。
3.4 バラ科果樹における芽休眠の特殊性
バラ科にはリンゴ、ナシ、サクランボ、モモ、ウメなどの主要な落葉果樹に加え、バラ、イチゴ、ソメイヨシノなどの重要園芸作物が含まれる。 これらの冬芽には、花序や分化した花原基を含む花芽と、頂端分裂組織を含む栄養芽(葉芽)が存在し、とくに花芽は休眠に関して特徴的な挙動を示す。 花芽分化は夏季のシュート生長停止とほぼ同時期に始まり、その後、秋から冬にかけたチリング要求期間には花芽発達が一時的に停止または遅延し、この間は環境条件が一時的に好転しても芽吹きや開花が抑えられるため、従来は内的休眠(endodormancy)段階とみなされてきた。 一方で、モモではこの時期の花芽がcold developmentと呼ばれる継続的な発達段階にあり明確な成長停止期が見られないとする報告や、スイートチェリーでは特定の形態ステージで花原基発達が一時停止することから、芽の発達を内部的に制御する自律的なシステムの存在が示唆されている。
3.5 休眠解除と開花制御と概念整理の課題
低温曝露は、芽の分化・発達・成熟を進めると同時に、発達停止状態からの解除と芽吹きの準備を促すなど、芽フェノロジーに対して多面的な効果をもつ。 チリング要求量が満たされた後に温暖条件へ移行すると、花原基の発達は加速し、開芽・開花が一斉に進行する。 一方で、バラ科果樹の花芽が頂端分裂組織レベルで「真の休眠」を持つのか、それとも発達速度の変調を便宜的に休眠と呼んできたにすぎないのかについては議論が続いており、エンドドーミナンスなど従来の用語が生理学的・解剖学的実態を適切に表しているかも再検討の対象となっている。 本稿では操作的な立場から、環境条件としては生長可能であっても開芽・開花が抑制されている段階を芽休眠と定義する。
3.6 気候変動と芽休眠研究の重要性
秋・冬・春における気温上昇は、低温要求と高温要求の満たされ方や、その結果としての開芽・開花の時期および強度(同調性)に不整合を生じさせる可能性が高い。 こうした芽フェノロジーの変調は、果樹生産や木材生産の安定性のみならず、生態系全体の持続性にも影響しうるため、ポプラやバラ科果樹、ブドウ、キウイフルーツなどをモデルとした芽休眠機構の解明が、今後ますます重要な研究課題となっている
4.芽休眠に関与しうるヒストン修飾制御
エピゲノム修飾は、植物の成長や発達を広い範囲で調節しており、とくに種子休眠/発芽ではその重要性がよく確立されている。実際、ヒストンメチル化酵素、ヒストン脱アセチル化酵素、アセチル化酵素など、エピゲノム修飾を担う因子をコードする遺伝子の変化は、種子休眠や発芽に影響を及ぼすことが知られており、エピジェネティック制御が休眠状態の成立と解除に深く関わることを示している。
一方で芽休眠については、種子ほど遺伝学的な体系化は進んでいない。しかし近年、木本多年生植物における冬芽の表現型、特に低温(chilling)によって誘導される休眠解除(休眠→芽吹きへの移行)の過程に、エピゲノム修飾が関与することが分子レベルで示されつつある。つまり、芽休眠の理解はホルモンや環境応答だけで完結せず、クロマチン状態の変化を含めた時間制御として捉える必要が出てきている。
エピゲノム修飾の中でも、冬芽の休眠解除と芽吹きに関しては、とくにヒストンメチル化のダイナミクスが集中的に研究されてきた。対象は、ポプラのようなモデル木本植物に加え、リンゴやモモなどバラ科果樹でも進展が大きい。そこで本章では、芽休眠の成立そのものよりも、まずは実験的に追いやすい局面である休眠解除と芽吹きに焦点を当て、ポプラおよびバラ科果樹における遺伝子発現変動を、主にヒストン修飾(特にメチル化)という観点から整理していく。
4.1 ヒストン修飾による休眠解除と発芽誘導
4.1.1 休眠解除におけるクロマチン状態の基本構造:H3K27me3 と H3K4me3 の拮抗
種子の休眠解除と発芽誘導は、アブシジン酸(ABA)経路の抑制とジベレリン(GA)経路の活性化という、明確なホルモン応答の転換によって進行する。この転換は転写因子レベルの制御にとどまらず、ヒストン修飾を介したクロマチン状態の再編成によって支えられている。とくに、抑制的なヒストン修飾である H3K27me3 と、転写活性と関連する H3K4me3 は拮抗的に作用し、両者が同一遺伝子座に共存するbivalent 状態を形成することがある。この状態は、休眠状態を維持しつつ、環境刺激に応じて迅速に転写状態を切り替えるための分子基盤と考えられている。
4.1.2 DOG1 を中心とした休眠維持遺伝子のエピジェネティック制御
休眠制御の中心的因子として知られるのが、DELAY OF GERMINATION 1(DOG1)である。DOG1 は ABA と協調して休眠を確立する酸素センサーとして機能し、その発現量は休眠の深さを規定する重要な要因となる。DOG1 遺伝子座では、Polycomb repressive complex 2(PRC2)による H3K27me3 の付加、ALFIN1-like タンパク質と PRC1 複合体を介した H3K4me3 状態の制御、さらに PICKLE や LUX ARRHYTHMO といったクロマチンリモデリング因子の関与など、多層的なエピジェネティック制御が重ねられている。また、H3K4me3 を除去する LDL1/2、H3K9me2 を付加する SUVH5、ヒストン脱アセチル化酵素 HDA19 も DOG1 の発現調節に関与する。これらの知見は、DOG1 が単一の制御経路ではなく、複数のエピジェネティック因子によって厳密に制御される休眠の核として位置づけられることを示している。この DOG1 を中心としたヒストン修飾ネットワークは、Fig.1Aに模式的にまとめられている。
4.1.3 ABA 応答遺伝子のサイレンシングと休眠解除
休眠解除においては、DOG1 の抑制と並行して、ABA 応答経路全体の沈静化が進行する。ABI1、ABI2、ABA1 といった ABA 応答・生合成関連遺伝子は、ヒストン脱アセチル化酵素複合体によって活性マークが除去され、抑制的なクロマチン状態へと移行する。さらに、RNA 結合タンパク質 RZ-1 による PRC2 のリクルートを介して、ABI3 や NCED6 に H3K27me3 が蓄積されることが示されている。また、ABI5 は JMJ17–WRKY40 複合体による H3K4me3 の除去を受け、ABA シグナルへの感受性が低下する。このように、休眠解除とは ABA 量の低下のみならず、ABA に応答しにくいクロマチン状態を段階的に形成する過程として理解される。ABA 応答遺伝子群に対するヒストン脱アセチル化および H3K27me3 蓄積の関係は、Fig.1Aに示されている。
4.1.4 光シグナルによる GA 経路のエピジェネティック活性化
光は発芽誘導における重要な環境シグナルであり、GA 生合成経路のエピジェネティック制御を通じて作用する。暗条件下では、PHYTOCHROME INTERACTING FACTOR 1(PIF1)が HDA15 と複合体を形成し、GA 生合成遺伝子座からヒストンアセチル化を除去することで転写を抑制している。光照射により PHYTOCHROME B(PHYB)が活性化されると、PIF1 は分解され、この抑制が解除される。これに伴い、SOMNUS(SOM)による抑制から解放された JMJ20 および JMJ22 が発現し、GA 生合成遺伝子における抑制的なヒストン修飾が除去されることで、発芽が促進される。ここでは光が直接転写を促進するというよりも、抑制的クロマチン状態を解除するスイッチとして機能している点が特徴的である。この光シグナル依存的な GA 経路のエピジェネティック制御は、Fig.1Aに整理されている。
4.1.5 エンドスペルムにおけるインプリンティングと休眠制御
エンドスペルムでは、ヒストン修飾と DNA メチル化が組み合わさったインプリンティング機構が休眠制御に関与する。REF6 による H3K27me3 の除去は母性アリルの活性化に寄与する一方、CHG メチル化や CHH メチル化は REF6 の結合を阻害し、親由来特異的な遺伝子発現を形成する。寒冷条件は AGO6 依存的な RNA-directed DNA methylation(RdDM)経路や VEL3 を介してこれらの抑制マークを強化すると考えられており、休眠状態におけるエピジェネティック記憶の安定化に寄与している。エンドスペルム特異的なインプリンティングとヒストン修飾の関係は、Fig.1B に示されている。
4.1.6 環境シグナルがクロマチンを介して休眠を解除する構造
以上より、種子の休眠解除と発芽誘導は、DOG1、ABA、GA、光応答、さらには親由来エピジェネティック制御が、ヒストン修飾を介して段階的に組み替えられていく過程として理解される。この構造は、環境変化がクロマチン状態に介入することで生物の時間的進行を調節するという点で、哺乳類の人工冬眠研究とも通底しており、低温や代謝抑制が時間に作用するという共通原理を植物の文脈から補強するものといえる。

4.2 ヒストン修飾による休眠維持と発芽抑制
4.2.1 不利環境下で誘導される二次休眠と脱アセチル化による発芽抑制
一次休眠が解除された後であっても、高塩濃度や浸透圧ストレスなどの不利な環境条件にさらされると、種子は再び発芽を抑制し、二次休眠に移行する。この過程では、発芽誘導遺伝子の転写を抑える方向へとクロマチン状態が再編成される(Fig.1A)。
その中心となるのがヒストン脱アセチル化である。SIN3-LIKE1(SNL1)および SNL2 は、HDA19 と複合体を形成し、ABA 分解酵素をコードする CYP707A1/2 や、エチレン・オーキシン関連遺伝子座における H3K9/18ac を除去する。これにより ABA 分解が抑制され、ABA 優位の状態が維持される。実際に snl1 snl2 二重変異体では休眠が弱まり、ABA 非感受性の発芽表現型が示されることから、SNL–HDA19 複合体は、発芽方向への流れを遮断するブレーキとして機能していると解釈できる。
同様に、MYB96 は HDA15 をリクルートし、ABA 経路の負の制御因子である ROP 遺伝子群を脱アセチル化によって抑制する。また、HDA9 は光合成関連遺伝子座の H3K9ac を除去し、発芽後成長を抑える方向に作用する。これらは、発芽を促す遺伝子群を沈黙させることで休眠状態を維持する戦略を示している。
4.2.2 休眠維持遺伝子の活性化と ABA 応答の正のフィードバック
休眠維持は単なる発芽遺伝子の抑制ではなく、休眠を積極的に支える遺伝子群の活性化によっても強化される(Fig.1A)。
EIN2 NUCLEAR ASSOCIATED PROTEIN 1(ENAP1)は、ABA 応答因子 ABI5 の遺伝子座に H3K9ac を付加し、その転写を促進する。興味深いことに、ENAP1 は ABI5 と物理的に相互作用し、ABI5 自身の発現を高める正のフィードバック回路を形成する。さらに、HLS1 は ABI5 および ABI3 遺伝子座にヒストンアセチル化を導入し、発芽を抑制する方向に作用する。一方で、この HLS1 はエチレンシグナルによって翻訳後レベルで抑制されることから、ホルモン間クロストークの結節点として機能している。
また、ABA に応答して誘導される JMJ30/32 は、ABA 応答遺伝子座における H3K27me3 動態に関与する。これらを欠損すると ABA 非感受性発芽が生じることから、ヒストン脱メチル化酵素もまた休眠維持側に組み込まれていることが示される。
4.2.3 高温による発芽抑制(thermoinhibition)とエピジェネティック制御
高温条件は発芽を抑制する環境シグナルとして作用し、thermoinhibition と呼ばれる現象を引き起こす(Fig.1A)。
この過程で中心的な役割を担うのが SOMNUS(SOM)である。SOM 欠損変異体が高温下でも発芽可能であることから、SOM は高温依存的発芽抑制の必須因子と考えられる。高温条件では、EBS–AGL67–SOM 複合体が SOM プロモーターに結合し、H3K4me3 の認識および H4K5ac の付加を通じて SOM 発現を増強する。この自己強化型ループにより、高温ストレス下での発芽抑制が安定化される。
一方、非ストレス条件では PWR–ABI3 複合体が SOM 発現を抑制し、H3ac の除去やヒストンバリアント H2A.Z の導入を促す。最近の研究では、thermoinhibition においてエンドスペルムが重要な役割を担い、PHYB–PIF 経路が関与する可能性も示唆されているが、細胞型特異的なエピジェネティック制御の全貌は未解明である。
4.2.4 休眠維持という能動的状態
以上の知見から、休眠維持は単なる成長停止ではなく、不利環境下で発芽を回避するために能動的に構築されるクロマチン状態であることがわかる。
脱アセチル化による発芽遺伝子の抑制、ABA 応答遺伝子の活性化、高温応答因子の自己増強ループは、環境情報をヒストン修飾として記録し、今は動くべきでないという判断を分子レベルで固定する仕組みといえる。
この構造は、4.1 で示された「休眠解除=抑制の解除」と表裏一体であり、植物がクロマチンを介して時間の進行を止める/再開する仕組みを理解するうえで中核をなす。
4.3 ゲノムインプリンティングによる種子休眠と発芽制御
4.3.1 エンドスペルムにおけるインプリンティングの基本構造
被子植物の種子では、受精前に形成されたエピジェネティック修飾によって、親由来特異的な遺伝子発現(ゲノムインプリンティング)がエンドスペルムで確立される。トランスクリプトームおよびエピゲノム解析から、父性発現遺伝子(PEG)は母性アリル側に H3K27me3・H3K9me2・CHG メチル化(CHGm)という三重の抑制マークを持つことが多く、一方で母性発現遺伝子(MEG)は父性アリル側の DNA メチル化と関連することが示されている。
とくに、H3K27me3 単独と異なり、三重抑制マークを持つ PEG の母性アリルは、発芽期を含むエンドスペルム発生全体を通じて強固にサイレンスされる。これは、休眠状態が解除されてもなお、特定遺伝子の発現が許されない不可逆に近い抑制状態が存在することを意味する。
4.3.2 単一 H3K27me3 を持つ母性アリルと発芽誘導
一方で、母性アリルに H3K27me3 が単独で付加された遺伝子群は、発芽過程で転写が誘導されやすい。これらには、エチレン(ET)応答関連遺伝子(例:EDF4)が含まれ、ET がエンドスペルムの細胞壁緩和を通じて発芽を促進することと整合的である。
この転写活性化を担うのが、H3K27me3 脱メチル化酵素 REF6 および ELF6 である。これらを欠損すると発芽が抑制されることから、REF6/ELF6 は母性アリルを発芽可能な状態に切り替える因子と位置づけられる。また、REF6 は CYP707A1/3 を活性化し、ABA 分解を促進することでホルモン環境を発芽側へと傾ける。
興味深いのは、CYP707A3 など一部の遺伝子では、発生段階によって H3K27me3 の有無が異なる点である。これは、REF6/ELF6 による H3K27me3 除去が複数の時間点(受精前・成熟期・発芽期)で起こりうることを示唆している。
4.3.3 母体環境とエピジェネティック記憶:寒冷応答の刻印
インプリンティング制御が単なる発生プログラムにとどまらず、母体が経験した環境条件を反映する可能性が示されている点は、本章の重要なポイントである。
VERNALIZATION5/VIN3-LIKE 3(VEL3)は、受精前の寒冷条件下で中心細胞において PRC2 や HDA19 と協調し、ORE1 などのプログラム細胞死関連遺伝子に H3K27me3 を付加する。VEL3 の機能が低温依存的であることから、母体植物が経験した寒冷環境が、母性アリル上の H3K27me3 蓄積として種子に記憶されると解釈できる。
さらに、CHH メチル化(CHHm)も寒冷によって強化される。非典型的 RdDM 経路に属する AGO6 は低温で蓄積し、ALN 遺伝子座への CHHm 付加を介して休眠を強化することが示されている。ここでは、ヒストン修飾と DNA メチル化が協調して環境情報を固定化する構造が見えてくる。
4.3.4 三重抑制マークによる不可逆的休眠制御
PEG の母性アリルに形成される H3K27me3・H3K9me2・CHGm の三重抑制マークは、休眠制御において特異な役割を果たす。CHG メチル化は REF6 の結合モチーフを直接阻害するため、これらの遺伝子は発芽期においても再活性化されない。
代表例が ABI3 であり、その母性アリルは SUVH 群(H3K9me2)および CMT3(CHGm)によって強固にサイレンスされる。実際に、suvh456 や cmt3 変異体では休眠が強化され、ABI3 発現が上昇することから、三重抑制マークは休眠を深く固定する装置として機能すると考えられる。
4.3.5 インプリンティングは時間を固定する仕組みである
このようなエンドスペルムにおけるゲノムインプリンティング制御は、単なる親由来発現の偏りにとどまらず、環境履歴を反映した休眠深度の調節機構として機能している可能性が示唆される(Fig. 1B)。特に、寒冷条件に依存して中央細胞における H3K27me3 や CHH メチル化が強化される点は、母体が経験した環境情報が、受精前にエピジェネティックな形で刻み込まれ、その後の発芽タイミングや休眠解除能に影響を与えることを意味している。この仕組みは、休眠が一時的な停止状態ではなく、環境に応答して可塑的に調整される時間制御モードであることを端的に示しており、植物における休眠制御が世代を超えた時間情報の継承と深く結びついていることを示す重要な概念的基盤となる。
おへそのコメント:
哺乳類の人工冬眠研究で議論されてきた「低温が時間に介入する」という概念は、植物では「インプリンティング」という形で、世代をまたいで実装されています。この章がここ数回にわたるシリーズの核心です!
5. ヒストン修飾による芽の休眠制御
エピジェノム修飾は、種子の休眠や発芽を含む植物の成長・発達過程の広範な局面に影響を与えることが知られている。実際、ヒストンメチル化酵素やヒストン脱アセチル化酵素、アセチルトランスフェラーゼなど、エピジェネティック制御に関与する酵素群をコードする遺伝子の変異は、種子休眠や発芽の異常を引き起こすことから、クロマチン修飾が休眠制御において重要な役割を担うことが示されてきた。
一方、芽の休眠(bud dormancy)については、種子休眠ほど体系的な遺伝学的解析は進んでいないものの、近年、木本植物を中心とした分子レベルの研究により、エピジェノム修飾が冬芽のフェノロジー、特に低温曝露によって誘導される休眠解除と芽吹きの制御に関与することが明らかになりつつある。ポプラ(Populus)やバラ科果樹をはじめとするモデル木本植物では、冬季の低温条件に応答して遺伝子発現が再編成される過程において、クロマチン状態の変化が重要な制御層として機能していることが示されている。
なかでも、さまざまなエピジェノム修飾のうち、ヒストンメチル化の動態は、芽の休眠解除および芽吹きの制御機構を理解するうえで集中的に研究されてきた。本章では、ポプラおよびバラ科果樹を中心に、ヒストン修飾、特にヒストンメチル化がどのように遺伝子発現制御と結びつき、芽の休眠維持や解除に寄与しているのかを概観する。以下の各節では、休眠解除と芽吹きに焦点を当てながら、その分子機構を段階的に整理していく。
5.1 高ABA・低GA 状態と DAM/SVL による芽吹き抑制機構
5.1.1 芽の休眠は、高ABA・低GAというホルモン状態で維持される
芽の休眠は、植物ホルモンをはじめ、糖、脂質、活性酸素種など複数の因子によって制御されるが、とりわけ アブシジン酸(ABA)とジベレリン(GA) は、木本植物の栄養芽休眠において中核的な役割を果たす。ポプラ (Populus) では、ABA 応答が欠損した変異体において休眠誘導が阻害されることから、ABA が休眠確立に必須であることが示されている。また、ABA 分解酵素を過剰発現させたブドウでは、ABA 濃度の低下とともに芽吹きが促進される。
一方、近年の研究では、単に ABA が高いことよりも、GA₄ 生合成の抑制が休眠状態の維持、特に形成層におけるコールose沈着の持続と強く関連することが示唆されている。低温曝露は ABA 濃度を低下させる一方で、GA 生合成およびシグナル伝達関連遺伝子の発現を誘導することから、休眠解除はABA優位・GA抑制状態からの転換として理解される。
5.1.2 バラ科果樹におけるABA・GAと花芽休眠
バラ科果樹においても、ABA と GA は花芽休眠の季節変動と密接に対応する。休眠期には内在性 ABA 濃度が上昇し、休眠解除期に向かって低下することが示されており、ABA 生合成阻害剤の処理によって芽吹きが促進される。これに対し、GA は休眠期に低値を示し、低温要求量の充足後に増加する。実際、GA₄ の外生処理はサクランボやウメにおいて芽吹きを促進する。
オーキシン、サイトカイニン、エチレンなど他の植物ホルモンも芽吹き促進に関与する可能性は示されているが、現時点では、木本植物の芽休眠において決定的役割を担うことを遺伝学的に示した例は限られている。
5.1.3 DAM/SVL は休眠を司る中枢転写因子である
芽休眠制御に関与する転写因子として、SVP/AGL24 クレードの MADS-box 遺伝子群が広く研究されてきた。バラ科果樹では DORMANCY-ASSOCIATED MADS-box(DAM)、ポプラでは SVP-like(SVL) がこれに相当する。DAM 遺伝子は、休眠誘導がほとんど起こらない「常緑型」モモ変異体の原因遺伝子として同定され、休眠芽で高発現し、低温曝露に伴って発現が低下する。
遺伝学的解析から、DAM は芽の形成を促進し、芽吹きを抑制する因子であることが示されている。たとえばウメでは DAM6 が ABA の蓄積を誘導し、ナシでは ABA が DAM3 の転写を促進することから、ABA–DAM 間には正のフィードフォワード回路が存在すると考えられている。
5.1.4 DAM/SVL はホルモン代謝と細胞増殖を抑制する
DAM の下流標的には、GA やサイトカイニン代謝を制御する遺伝子群が含まれる。リンゴでは DAM が SVP と複合体を形成し、芽の分裂組織機能を抑制する TCP 転写因子を誘導する。また、DAM の過剰発現は CYCLIN や EXPANSIN の発現を低下させ、細胞分裂や細胞壁緩和を抑制する。
ポプラでは SVL が ABA 依存的休眠誘導のハブ遺伝子として機能し、プラズモデスマータの閉鎖を促進する。SVL は ABA 生合成を直接制御するとともに、GA 分解酵素 GA2ox を誘導し、SVL–ABA フィードフォワード回路を形成する。低温曝露によりこの回路が抑制されると、EARLY BUD BREAK3(EBB3)が誘導され、CYCLIN D3.1 の発現を介して細胞分裂が再開し、芽吹きへと至る。
5.1.5 高ABA・低GA と DAM/SVL は休眠を固定する回路である
以上の知見を総合すると、バラ科果樹の DAM とポプラの SVL は、ABA の蓄積を促進し、GA 生合成と細胞増殖を抑制する転写制御ネットワークを形成することで、休眠芽における芽吹きを抑圧していると考えられる。この高ABA・低GA 状態と DAM/SVL を中心とした制御回路は、低温によって可逆的に解除される点に特徴があり、後続節で述べるヒストン修飾動態と密接に結びつく。
5.2 休眠期から休眠解除への転換を制御するH3K4me3ダイナミクス
5.2.1 DAM 遺伝子とヒストンメチル化の再編成
芽休眠の制御では、多くの遺伝子で活性マークであるH3K4me3と抑制マークであるH3K27me3のダイナミクスが解析されている。一般にH3K4me3 は発現している遺伝子に、H3K27me3は発現抑制中の遺伝子に富む。
Rosaceae 果樹の DAM 遺伝子は、Arabidopsis の FLC に機能的に類似した休眠制御因子であり、休眠期には高発現するが、低温の蓄積とともに発現が低下する。このとき DAM 領域では、H3K4me3 の減少と H3K27me3 の増加が並行して起こり、chilling によって DAM 遺伝子座が活性型から抑制型のクロマチン状態へと切り替わると解釈される。
一方で、H3K27me3 蓄積と低温応答の関係は品種や環境条件によって必ずしも一様ではなく、Arabidopsis FLC のような典型的な vernalization 回路と全く同じとは限らないことも示されている。さらに、Populus の SVL やキウイフルーツの SVP2 では、これまでのところ H3K27me3 の関与は明瞭に示されておらず、Rosaceae と Populus ではエピジェネティック制御の様式が部分的に異なる可能性がある。
5.2.2 ホルモン代謝遺伝子と bivalent クロマチン
Rosaceae の芽におけるトランスクリプトームと ChIP 解析から、休眠期から休眠解除・芽吹きへと進行する過程で、多数の遺伝子の発現変動が H3K4me3 の量と強く相関することが示されている。一方、H3K27me3 の変化は、遺伝子によってはそれほど明瞭な相関を示さない場合もある。
そのなかでも、ABA 生合成酵素 NCED やサイトカイニン分解酵素 CKX といったホルモン代謝遺伝子は、H3K4me3 と H3K27me3 が同時に付加されたbivalentな状態をとることが報告されている(Fig. 2)。休眠期(BC)には、これらの遺伝子に相対的に高い H3K4me3 が認められ、ABA 生合成など休眠維持に関わる発現が支えられている。chilling 後(AC)から芽吹き(BB)に向かうにつれ、これらの座位では H3K4me3 が減少し、相対的に H3K27me3 が優勢となり、それとともに NCED や CKX の発現も低下する。
つまり、ホルモン代謝遺伝子では、「ON か OFF か」という二値的な切り替えだけでなく、H3K4me3 と H3K27me3 の比率を段階的に変化させることで、休眠維持から休眠解除へと代謝状態をスムーズに移行させていると考えられる。

5.2.3 H3K4me3 を介した休眠ネットワーク
ナシでは、ABA 応答性転写因子 ABF3 が COMPASS-like 複合体をリクルートし、DAM4 や GA 分解酵素 GA2ox の遺伝子座に H3K4me3 を付加することで、これらの遺伝子発現を活性化し、休眠維持に寄与することが示されている。H3K4me3 が蓄積する標的遺伝子のプロモーターには TCP や SVP などの結合モチーフが富むことから、DAM/SVP クレード自身もこのヒストン修飾ネットワークの一部として働いていると考えられる。

この知見を統合したモデル(Fig. 3)は、次のような段階的な制御を示す。
休眠期:
・ABA 濃度が高くDAM が高発現している。
・DAM、ABA 生合成・シグナル伝達、GA 分解関連遺伝子などに H3K4me3 が蓄積し、休眠状態の維持に必要な転写プログラムが保たれる。
低温の蓄積後:
・DAM 発現が低下、DAM 周辺の H3K4me3 も減少する
・代わって GA20ox や GA3ox といった GA 生合成遺伝子や、細胞周期・細胞壁リモデリング関連遺伝子に H3K4me3 が付加されて、細胞分裂と組織伸長が再開して芽吹きへと至る。
このように、H3K4me3 は休眠期には休眠維持遺伝子に、休眠解除期には成長再開遺伝子にその標的をシフトさせることで、休眠から芽吹きへのスイッチを担う動的な調整因子として機能している。
5.2.4 エネルギー代謝経路への波及
ヒストン修飾による制御はホルモン代謝にとどまらず、糖や脂質などのエネルギー代謝にも及ぶ。モモでは、ソルビトール合成酵素遺伝子に休眠期特異的な高い H3K4me3 と低い H3K27me3 が検出され、冬季における糖蓄積と対応していることが報告されている。リンゴでは、脂質分解に関わる LIP2A 遺伝子のクロマチンアクセシビリティが休眠期に低下し、脂質蓄積の進行と連動することが示されている。さらに、Prunus mume において DAM6 は脂質代謝関連遺伝子群の発現を抑制し、休眠期の脂質蓄積を促進する転写制御因子として機能する可能性が示されている。
これらの知見は、H3K4me3 や H3K27me3 といったヒストン修飾が、ホルモン代謝のみならず、エネルギーの貯蔵・利用や細胞周期・細胞壁リモデリングといった構造変化を横断的に統合しながら、休眠の深度と解除時期を精密に調整していることを示している。
5.3 H3K27me3 は休眠期に萌芽促進遺伝子を抑制する
休眠期の芽では、萌芽を促進する遺伝子群が発現しないよう、抑制的なクロマチン状態が維持されている。この抑制に中心的な役割を果たすのが、ヒストン修飾 H3K27me3 である。
Populus やナシなどの木本植物では、EARLY BUD BREAK(EBB) 系列の転写因子が芽の成長再開を促進することが知られている。これらの遺伝子は休眠期に H3K27me3 によって抑制されており、低温への長期曝露や春季の環境変化に伴って H3K27me3 が除去されることで発現が誘導される。すなわち、EBB 遺伝子群は温度応答性をもつ萌芽スイッチとして機能し、そのオン・オフがエピジェネティックに制御されている。
また、休眠解除後の温暖条件では、オーキシンやジベレリン代謝、細胞周期制御、細胞壁リモデリングに関わる遺伝子群で H3K4me3 の蓄積が進行し、成長再開に向けた転写プログラムが一斉に活性化される(Fig. 3)。これらの変化は、休眠期に H3K27me3 によって抑制されていた成長促進遺伝子群が、段階的に解放されていく過程を反映している。
このように、H3K27me3 は休眠期において芽の成長再開に関与する遺伝子群の発現を抑制することで、休眠状態を維持する役割を担っており、環境条件の変化に伴う H3K27me3 の除去が、芽の成長再開を可能にする分子基盤の一部を構成している。
6 結論と今後の展望
6.1 共通原理としての休眠プログラム
種子休眠と芽休眠は、関与する器官や発生ステージは異なるものの、環境変動の中で生存と次世代確保を図るための共通した戦略であるとみなせる。いずれの休眠においても、ストレス耐性の向上や糖・脂質の蓄積、そして ABA と GA の拮抗による成長抑制が認められる。芽では冬季の長期低温、種子では低温湿潤処理(stratification)が休眠解除に重要であり、さらに種子では乾燥貯蔵(after‑ripening)という独自の解除機構も働く。
短日と低温に反応する芽、温度・水分・光の組み合わせに応答する種子というように、環境シグナルの受容様式には違いがあるが、休眠という状態を構成する基本的な生理枠組みには大きな共通性がある。
6.2 ヒストン修飾という共通基盤
近年の研究により、H3K4me3 と H3K27me3 という二種類のヒストン修飾が、種子と芽の休眠をつなぐ共通の分子基盤となっていることが明らかになりつつある。種子では DOG1、芽では DAM、さらに両者に共通する ABA 生合成遺伝子 NCED などが、この二価状態の制御を受ける代表的な標的遺伝子である。BPCやNF‑Yなどの転写因子がPRC2をリクルートし、H3K27me3 を介して休眠関連遺伝子の発現を抑制する仕組みも、複数の植物種や器官で報告されている。ただし、ヒストン修飾が転写変化の原因なのか結果なのかという点は未解決であり、H3K4me3 が転写の結果として付加される場合と、低温処理後に先行して増加する場合の両方が知られている。
6.3 種子と芽の違い
一方で、種子と芽の間には明確な違いも存在する。 種子では、ABA が脱緑化や貯蔵物質蓄積を誘導し、発芽は主として細胞伸長によって進行するのに対し、芽では ABA がプラズモデスマータへのカロース沈着を促進して輸送を遮断し、休眠解除時には GA 依存的なカロース分解と細胞分裂再開が起こる。芽ではさらに、DAM と ABA が正のフィードフォワード回路を形成し、休眠状態を自律的に維持する点が特徴的である。
Fig.4 は、ABA/GA、DOG1/DAM、および H3K4me3/H3K27me3 の関係を軸に、種子と芽の共通点と相違点をまとめた統合モデルを提示している。ポプラのようにカロース沈着が形態的に明瞭な種と、バラ科果樹のように必ずしも同じ像が得られない種があることは、このモデルに種・器官特異的な要素を今後さらに組み込む必要性を示している。

6.4 エンドスペルムと環境記憶
種子では、エンドスペルムにおける親特異的なヒストン修飾や DNA メチル化によってインプリンティングが成立し、それが休眠制御にも関与する。 エンドスペルムは温度シグナルを受け取るセンサーとして機能する可能性も指摘されており、REF6 や VEL3、AGO6 などの因子が、受精前後に環境情報をエピジェネティックに書き込む役割を担うと考えられている。このような世代をまたぐ環境記憶が、最終的に seed dormancy の深さや解除条件にどのように影響するのかは、今後の重要な研究課題である。
6.5 気候変動と応用的意義
これらの知見は、気候変動の文脈を抜きにしては語れない。 高温ストレスは、種子では二次休眠や thermoinhibition を引き起こし、発芽のタイミングと同期性を乱す可能性がある一方、芽では冬季高温により chilling 不足や開花時期の変動を招き得る。とくに果樹では、冬の気温上昇がすでに収量や安定開花に影響を与え始めており、Fig.4 に示されるような分子・生理情報を踏まえた芽休眠の定義と評価指標の再構築が求められている。休眠研究は、もはや基礎生物学にとどまらず、温暖化下で農業生産を安定させるための鍵となる分野となりつつあると言える。
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