〜 おへその乱読1000本ノック #0041 ~ 早期曝露エクスポソームのマルチオミクス・シグネチャー
私たちは日々、食べ物や空気、生活環境など、さまざまな環境要因の影響を受けながら生きています。こうした生涯にわたる環境曝露の総体を捉えようとする概念がエクスポソーム(exposome)です。
近年、このエクスポソームという考え方が、健康や病気の理解において重要な視点として注目されています。特に胎児期から子ども時代にかけての環境は、その後の健康状態に長く影響する可能性があると考えられています。しかし、環境要因が体の中でどのような分子変化を引き起こすのか、その全体像はまだ十分に解明されていません。
本論文(Maitre et al., 2022)は、妊娠期から小児期までのさまざまな環境曝露と、DNAメチル化、遺伝子発現、タンパク質、代謝物などのマルチオミクスデータを統合し、環境要因が生体の分子レベルにどのような痕跡を残すのかを体系的に調べた研究です。

要旨
本研究は、Human Early Life Exposome(HELIX)コホートの1301組の母子を対象に、妊娠期および小児期の環境曝露とマルチオミクスデータとの関連を網羅的に解析した研究である。100種類以上の環境曝露とDNAメチル化、遺伝子発現、タンパク質、代謝物などの分子特徴を統合的に解析した結果、1170の曝露–オミクス関連が同定された。
解析の結果、妊娠期曝露は主としてDNAメチル化変化と関連し、小児期曝露は主に代謝物プロファイルと関連することが示された。さらに、化学物質だけでなく、必須微量元素、食事、気象条件など多様な環境要因が分子シグネチャーとして検出された。
これらの結果は、エクスポソームが多様な環境要因から構成される統合概念であり、その影響が発達段階によって異なる分子層に現れることを示している。本研究は、早期環境曝露の生物学的影響を理解するための重要な基盤データを提供するものである。
1. イントロダクション
1.1. エクスポソームという概念
多くの疾患は遺伝要因だけでは説明できず、環境要因が疾患リスクの大きな割合(推定70〜90%)を占めると考えられている。しかし、具体的にどのような環境要因が健康に影響するのかは十分には解明されていない。
この課題に対して提案された概念がエクスポソームであり、人が生涯にわたって受けるすべての環境曝露(非遺伝的要因)を包括的に捉えようとするものである。従来の研究は大気汚染や重金属など単一の曝露要因を対象とするものが中心であったが、エクスポソーム研究では複数の環境要因を統合的に評価することが重要とされる。また、この概念は外部曝露だけでなく、それに対する体内の分子応答も含めて理解することを目指している。
1.2. 分子レベルでの環境影響の検出
環境曝露による生理変化は、臨床症状が現れる以前に分子レベルで現れる可能性がある。こうした分子情報を捉えることは、環境要因と健康影響の関連に生物学的根拠を与えるとともに、毒性メカニズムの理解や曝露バイオマーカーの同定につながる。
近年、DNAメチル化、遺伝子発現、タンパク質、代謝物など複数の分子層を統合して解析するマルチオミクス研究の進展により、個人の分子プロファイルを用いた疾患リスク評価や早期異常の検出への応用が期待されている。
1.3. 早期発達期の重要性
胎児期から小児期にかけての発達段階は、生涯の健康状態を左右する重要な時期である。この時期の環境曝露は、肥満、心血管・代謝疾患、注意欠如・多動症、呼吸機能など、多くの慢性疾患の発症リスクと関連すると考えられている。発達期は生物学的可塑性が高く、環境要因による影響が分子レベルで刻まれる可能性がある。その影響は直ちに臨床症状として現れなくても、成人期まで持続する可能性があるため、この時期の曝露を理解することは疾患の早期メカニズムを解明するうえで重要である。
1.4. 既存研究の限界
これまで早期環境曝露の分子機構は主にエピジェネティクスの観点から研究されてきた。特にDNAメチル化は疫学研究で最も広く解析されており、タバコ煙をはじめとするさまざまな環境曝露との関連が報告されている。一方で、エピゲノム変化が遺伝子発現やタンパク質、代謝物など他の分子層とどのように関係するのかについては十分に研究されていない。また、多様な環境曝露を対象として複数のオミクス層を同時に解析した大規模研究はほとんど存在しない。
1.5. 本研究の目的
本研究では、Human Early Life Exposome(HELIX)プロジェクトに参加した1301組の母子を対象に、妊娠期および小児期のエクスポソームと、小児期に測定されたマルチオミクスデータ(DNAメチル化、遺伝子発現、血漿タンパク質、血清・尿代謝物)との関連を解析した。本研究の目的は、早期環境曝露と分子表現型の関連を体系的に明らかにし、曝露バイオマーカーの探索や発達期における環境影響の理解に資する基盤データを提供することである。
2. 早期エクスポソームは広範な分子シグネチャーを残す
2.1 HELIXコホートと早期エクスポソームの評価
本研究は、Human Early Life Exposome(HELIX)プロジェクトに参加した1301組の母子コホートを対象として実施された。解析では、妊娠期および小児期における個人レベルのエクスポソームが評価されている。
妊娠期には91種類、小児期には116種類の環境曝露指標が測定され、曝露要因は気象条件、自然環境、屋内外の大気汚染、交通環境、騒音、生活習慣、社会経済環境、金属元素、農薬、難分解性有機汚染物質など、19の曝露ファミリーに分類された。曝露評価には、生体試料中の化学物質測定(質量分析など)、環境モニタリング、リモートセンシング、地理情報解析、質問票調査など複数の手法が用いられている。
一方、子ども(6〜11歳)の血液および尿を用いて、以下の6種類のオミクス層が解析された。
・ DNAメチル化
・ 遺伝子発現(トランスクリプトーム)
・ miRNA発現
・ 血漿タンパク質
・ 血清代謝物
・ 尿代謝物
これらの研究デザイン全体は図1に示されている。ここでは、早期エクスポソーム評価からマルチオミクス解析、さらに曝露と分子特徴の関連解析(ExWAS)へと至る研究の流れが概念的に整理されている。

2.2 Exposome-omics-Wide Association Study(ExWAS)
曝露と分子変化の関連を網羅的に解析するため、本研究ではExposome-omics-Wide Association Study(ExWAS)が実施された。これは、各曝露要因と各分子特徴の関連を一つずつ統計モデルで評価する手法であり、ゲノム研究で広く用いられているGWASと類似した枠組みである。
本研究では、約30百万以上の曝露–オミクス組み合わせが解析され、多重検定補正後に1170の有意な曝露–分子関連が同定された。これらの関連の内訳は、妊娠期曝露が249件と小児期曝露が921件であった。
図2は曝露と分子特徴の関連の全体像であり、曝露ファミリーごとの関連分布と、各オミクス層における関連の割合を視覚的に示した。

2.3 曝露時期による分子応答の違い
ExWASの結果から、曝露時期によって関連する分子層が異なることが明らかになった。
妊娠期曝露では(図2A)、観察された関連の約70%がDNAメチル化に集中していた。一方、小児期曝露では(図2B)、DNAメチル化だけでなく、代謝物、タンパク質、遺伝子発現など複数のオミクス層に広く関連していた。特に小児期曝露では、血清代謝物との関連が最も多く、曝露の分子応答が代謝レベルに強く反映される傾向が示された。
これらの結果は、早期エクスポソームの影響が単一の分子指標に限定されるものではなく、複数の分子層にまたがる生物学的シグネチャーとして現れることを示している。
3. 妊娠期曝露はDNAメチル化に長期的影響を残す
3.1 妊娠期曝露の分子シグネチャーは主にDNAメチル化に集中する
ExWAS解析の結果、妊娠期の環境曝露と関連する分子変化の多くはDNAメチル化として観察された。具体的には、妊娠期曝露に関連する249の曝露–オミクス関連のうち、約70%がDNAメチル化変化であった(図2A)。
この結果は、胎児期の環境曝露がエピジェネティック変化として生体に刻まれ、出生後も持続する可能性を示している。エピジェネティック修飾は環境刺激に応答して細胞機能を調節し、細胞記憶として維持されると考えられているため、発達初期の曝露が長期的な生物学的影響を残すメカニズムの一つと考えられる。
妊娠期曝露の分子関連の全体像は図2AのMiamiプロットに示されている。ここでは、曝露ファミリーごとにDNAメチル化を中心とした関連が多数観察されていることが視覚的に確認できる。
3.2 母体喫煙は最も明確なエピジェネティックシグネチャーを示す
妊娠期曝露の中でも、母体喫煙は最も強い分子シグネチャーを示した。HELIXコホートでは、母体喫煙(質問票)および尿中コチニン(喫煙曝露のバイオマーカー)に関連する24のCpGメチル化部位が同定された。これらは8つの遺伝子領域に対応しており、多くが既存のEWAS研究で報告されている喫煙関連メチル化部位と一致していた。これらのメチル化変化は出生後の小児期でも観察されており、胎児期の喫煙曝露が長期間持続するエピジェネティック影響を残すことを示している。
さらに機能解析では、これらの遺伝子が、神経発達、インスリンシグナル、炎症関連経路などの生物学的プロセスと関連することが示された(図6)。
3.3 重金属曝露(カドミウム)も胎児エピゲノムに影響する
妊娠期曝露の中で、カドミウム(Cd)も顕著なDNAメチル化変化と関連していた。カドミウムはタバコ煙に含まれる金属であり、喫煙母親では非喫煙者と比べて血中Cd濃度が約2倍高いことが確認されている。そのため、喫煙曝露とCd曝露には一部重複するシグナルが存在する。
しかし、本研究では喫煙の影響を除外して解析した場合でも、Cd特異的なCpGメチル化変化が多数検出された。これらの結果は、胎児期の金属曝露がエピジェネティック状態に影響を及ぼす可能性を示している。
3.4 モリブデン曝露に関連する広範なメチル化変化
妊娠期曝露の中で特に多くの分子関連を示した元素はモリブデン(Mo)であった。母体血中Mo濃度は、72のCpG部位と63遺伝子領域のDNAメチル化と関連していた(表1)。
モリブデンは必須微量元素であり、硫黄含有アミノ酸代謝などに関与する酵素の補因子として知られている。本研究では、母体Mo濃度が高いほど、小児期のメチオニン濃度の増加と関連することも示された。
これらの結果は、必須元素であっても発達期における曝露量の変化がエピジェネティック状態に影響を及ぼす可能性を示す。

3.5 妊娠期エクスポソームのネットワーク構造
妊娠期曝露と分子特徴の関連は、ネットワーク解析によって可視化されている。このネットワークでは、曝露と分子特徴をノードとして、関連をエッジとして接続している(図4)。
解析の結果、妊娠期エクスポソームは主に3つのクラスターから構成されていた。
・ 喫煙関連クラスター
・ モリブデン関連クラスター
・ フタル酸・パラベン関連クラスター
これらのクラスターは主にDNAメチル化特徴によって構成されており、妊娠期曝露の分子応答がエピジェネティック層に強く集中していることを示している(図4、表1)。
また、このネットワークは比較的疎な構造を示しており、平均接続数は1.3であった。これは、DNAメチル化CpG部位がゲノム上に広く分散しているため、分子特徴間の相関が比較的低いことを反映している。

4. 小児期曝露は代謝プロファイルに強く反映される
4.1 小児期曝露は複数のオミクス層に広く影響する
ExWAS解析の結果、小児期曝露に関連する分子変化は921の曝露–オミクス関連として同定された。これは妊娠期曝露(249関連)よりも大幅に多く、成長後の生活環境が分子状態に広範な影響を及ぼしていることを示している。
妊娠期曝露ではDNAメチル化に関連が集中していたのに対し、小児期曝露ではすべてのオミクス層に関連が分布していた。特に多かったのは血清代謝物であり、関連全体の約43%を占めていた(図2B)。
この結果は、小児期の環境曝露がエピジェネティック層だけでなく、代謝、タンパク質、転写などの複数の分子層に影響を及ぼしていることを示している。
4.2 小児期エクスポソームは密なネットワーク構造を形成する
小児期曝露と分子特徴の関連をネットワークとして可視化すると、妊娠期曝露とは異なる構造が観察された。小児期エクスポソームネットワークでは、ノードの平均接続数は1.9であり、妊娠期ネットワークよりも密な構造を示していた。また、ネットワークの約90%のノードが1つの巨大コンポーネントに含まれていた(図5)。
このネットワークは構造クラスタリングにより11の曝露クラスターに分けられ、以下のような曝露グループが同定された(表1)。
・有機塩素系化学物質
・銅などの金属元素
・魚摂取と関連汚染物質
・気象条件
・フタル酸エステル
・室内空気汚染
・農薬および食事関連曝露
これらの結果は、小児期エクスポソームが複数の曝露源と分子応答が相互に結びついたネットワーク構造を形成していることを示している。

4.3 代謝物プロファイルは曝露経路を反映する
小児期曝露の分子シグネチャーの中で特に特徴的だったのは、代謝物プロファイルが曝露経路を明確に反映していた点である。例えば、魚摂取と関連するクラスター(cluster childhood#3)では、以下の曝露が同時に検出された。
・水銀(Hg)
・ヒ素(As)
・PFAS化合物
・セレン(Se)
・セシウム(Cs)
これらは魚介類由来の曝露として知られている。同時に、このクラスターでは以下の代謝物が関連していた。
・多価不飽和脂肪酸(PUFA)を含む脂質
・トリメチルアミンN-オキシド(TMAO)
・ジメチルアミン
・ホマリン
これらは魚介類摂取と関連する代謝マーカーとして知られており、食事を介した曝露ルートを反映していると考えられる(図7A)。

4.4 食事由来曝露と農薬曝露の関連
別のクラスター(cluster childhood#6)では、果物や野菜摂取と関連する代謝物が検出された。このクラスターでは、以下の尿代謝物が観察された。
・ヒッパレート
・プロリンベタイン
・N-メチルニコチン酸
これらは果物・野菜摂取のバイオマーカーとして知られている。同時に、このクラスターでは有機リン系農薬代謝物も検出されており、果物・野菜摂取が農薬曝露経路となる可能性が示唆された(図7B)。この結果は、食事が栄養摂取だけでなく環境化学物質曝露の主要経路でもあることを示している。
4.5 代謝物解析はエクスポソーム研究の有力な手法である
これらの結果は、代謝物プロファイルが環境曝露の指標として非常に有用であることを示している。代謝物は、
・食事成分
・腸内微生物代謝
・化学物質曝露
など複数の要因を反映するため、エクスポソーム研究において曝露源の特定や生体応答の理解に重要な役割を果たす。
本研究では、魚摂取、農薬曝露、金属元素曝露など、複数の曝露源が代謝物シグネチャーとして明確に検出されたことから、マルチオミクス解析がエクスポソーム研究において強力なアプローチであることが示された。
5. 必須微量元素はエクスポソームの重要な構成要素である
5.1 必須元素も分子シグネチャーを形成する
エクスポソーム研究では、化学汚染物質や生活習慣要因が注目されることが多い。しかし本研究では、必須微量元素もエクスポソームの重要な構成要素であることが示された。HELIXコホートでは、以下の9種類の必須元素が血液中で測定された。
・コバルト(Co)
・銅(Cu)
・マンガン(Mn)
・モリブデン(Mo)
・ナトリウム(Na)
・カリウム(K)
・マグネシウム(Mg)
・亜鉛(Zn)
・セレン(Se)
これらの元素の中でも、特にモリブデン(Mo)と銅(Cu)は多くの分子特徴と関連しており、エクスポソームの主要因子として同定された(図2)。
5.2 モリブデンは胎児期エピゲノムに広範な影響を与える
妊娠期曝露の中で最も多くの分子関連を示した元素はモリブデン(Mo)であった。母体血中Mo濃度は、72のCpGメチル化部位および63遺伝子領域と関連していた(表1)。これらのCpGの一部は、既存研究において妊娠期間と関連するエピジェネティックマーカーとして報告されている。
モリブデンは、ヒトにおいて以下の酵素の補因子として働く。
・硫黄代謝酵素
・キサンチンオキシダーゼ
・アルデヒドオキシダーゼ
これらの酵素は、特にメチオニンなどの硫黄含有アミノ酸代謝に関与している。本研究でも、母体モリブデン濃度は小児期のメチオニン濃度の上昇と関連しており、必須元素曝露が代謝およびエピジェネティック状態に影響する可能性が示唆された。
5.3 銅は炎症および免疫関連経路と関連する
小児期曝露の中で最も多くの分子関連を示した元素は銅(Cu)であった。銅曝露は、89の分子特徴と関連しており、DNAメチル化、遺伝子発現、タンパク質、代謝物など複数の分子層に影響していた(図5)。
特に顕著だったのは、銅濃度とC反応性タンパク質(CRP)との関連である。CRPは炎症反応の代表的なマーカーであり、銅が炎症関連経路に関与する可能性を示している。
さらに、銅関連CpG部位は以下の疾患と関連することが報告されている。
・肥満
・2型糖尿病
・関節リウマチ
これらはいずれも慢性炎症と関連する疾患であり、銅が免疫・炎症応答に関与する可能性が示唆される(図6)。

5.4 その他の必須元素の影響
銅やモリブデン以外の必須元素についても、多数の分子関連が観察された。例えば、亜鉛(Zn)は炭酸脱水酵素(CA1)の遺伝子発現と関連していた。CA1はZn²⁺を補因子とする酵素であり、その発現は細胞内Zn濃度によって調節されることが知られている。このように、必須元素は生体機能の維持に不可欠である一方、濃度変動が分子レベルの生物学的応答を引き起こす可能性がある。
5.5 必須元素は栄養と環境曝露の両面を持つ
これらの結果は、必須元素が単なる栄養素ではなく、環境曝露因子としても機能することを示している。必須元素は以下の2つの側面を持つ。
・生体機能維持に必要な栄養素
・過剰または不足により生物学的影響を及ぼす環境要因
したがって、エクスポソーム研究においては、汚染物質だけでなく必須元素の曝露レベルも重要な解析対象となる。
6. 気象条件や環境汚染物質も分子レベルの影響を示す
6.1 気象条件は多層的な分子応答と関連する
本研究では、化学物質や栄養要因だけでなく、気象条件(temperature, humidity, ultraviolet radiation など)もエクスポソームの構成要素として解析された。その結果、小児期における気象条件は複数のオミクス層と関連しており、DNAメチル化、遺伝子発現、タンパク質、代謝物など広範な分子応答が観察された(図5)。特に、気象条件と関連する代謝物として以下が同定された。
・タウリン
・アシルカルニチンC5
・セロトニン
・非対称ジメチルアルギニン(ADMA)
これらの代謝物は、睡眠、概日リズム、精神状態、エネルギー代謝などの生理機能と関連することが知られている。この結果は、気象環境が人の生理状態に影響を及ぼす可能性を分子レベルで示している。
6.2 気象条件とホルモン・代謝調節
気象条件は、特に代謝およびホルモン関連分子とも関連していた。例えば、血漿タンパク質の一つであるアディポネクチンは湿度と正の関連を示し、紫外線とは負の関連を示していた。アディポネクチンは脂肪組織由来ホルモンであり、エネルギー代謝や熱産生の調節に重要な役割を持つ。過去の研究でも、低温環境への曝露がアディポネクチン濃度を上昇させることが報告されている。このような結果は、気象条件が代謝調節やエネルギー恒常性に影響を及ぼす可能性を示唆している。
6.3 室内空気汚染とDNAメチル化変化
化学曝露の中では、室内空気汚染も分子変化と関連していた。例えば、室内ベンゼン曝露は9つのCpGメチル化部位と関連しており、その一部は既存研究において大気汚染関連CpGとして報告されている。さらに、室内PM2.5吸光度(ブラックカーボンの指標)は、
・分岐鎖アミノ酸
・アシルカルニチン
・スフィンゴ脂質
などの代謝物と関連していた。これらの結果は、室内環境が代謝およびエピジェネティック状態に影響を与える可能性を示している。
6.4 DNAメチル化変化の生物学的意味
これらの曝露関連CpG部位について、既存のエピジェネティック研究との比較および機能解析が行われた。その結果、曝露関連CpG部位は以下のような生物学的経路と関連することが示された。
・神経発達
・免疫応答
・インターフェロン応答
・脂質代謝
これらの機能的関連は、図6の機能エンリッチメント解析に示されている。また、一部のCpG部位は既存のEWAS研究で報告されている曝露シグネチャーと重複しており、HELIXコホートで観察されたエピジェネティック変化が既知の環境応答経路と一致することが確認された(図6)。
6.5 エクスポソームは多様な環境要因の統合概念である
以上の結果は、エクスポソームが単なる化学物質曝露の集合ではなく、
・化学汚染物質
・食事
・必須元素
・気象条件
・生活環境
などを含む多様な環境要因の統合概念であることを示している。
本研究では、これらの多様な曝露がDNAメチル化、遺伝子発現、タンパク質、代謝物といった複数の分子層に影響することが示され、エクスポソーム研究におけるマルチオミクス解析の有用性が示された。
7. まとめ
本研究では、欧州6地域のHELIXコホートにおける1301組の母子を対象に、妊娠期および小児期の個別エクスポソームと、小児期に測定したマルチオミクスとの関連を体系的に評価した。対象となった曝露は100種類を超え、化学物質、屋外環境、社会環境、生活習慣などを含んでいた。その結果、合計1170の有意な曝露–オミクス関連が同定され、内訳は妊娠期249件、小児期921件であった。
妊娠期曝露は主として小児のDNAメチル化変化と結びついており、母体喫煙、カドミウム、モリブデンなどが胎児期エピゲノムに長期的な痕跡を残す可能性が示された。一方、小児期曝露は血清メタボロームを中心に全オミクス層にまたがる変化と関連し、魚摂取に伴う金属・PFAS曝露、果物・野菜摂取に伴う農薬曝露、必須微量元素、気象条件、室内空気汚染など、多様な環境要因の分子シグネチャーが明らかになった。
これらの知見は、早期エクスポソームが発達段階に応じて異なる分子層に刻まれ、栄養、必須元素、気象、生活環境、汚染物質が相互に連関する環境ネットワークとして健康に影響しうることを示している。全1170件の関連は公開ウェブカタログ(HELIXomics)として提供されており、将来的な曝露・応答バイオマーカーの探索、疾患リスクの早期評価、機構解明、および予防的公衆衛生政策の立案に資するリソースとなる。
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