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〜 おへその乱読1000本ノック #0082 ~ daf-2がつないだ栄養感知と寿命制御

 ようこそ、第82回 おへその乱読1000本ノックへ。今回は、Kimura, Tissenbaum, Liu, and Ruvkun(1997)による、線虫 Caenorhabditis elegans の daf-2 遺伝子に関する古典的論文を取り上げます。
 前回は、age-1 変異によって線虫の寿命が延びることを示した研究を読み、老化や寿命が遺伝学的に制御されうるという視点を確認しました。今回はその流れを受けて、daf-2 がインスリン受容体様遺伝子として同定され、寿命制御やdauerと呼ばれる休止期の形成と結びつけられた研究へ進みます。
 この論文は、栄養状態や成長に関わるシグナルが、寿命や発生運命の制御とつながることを示した重要な一報です。ここから、インスリン/IGF様シグナル伝達と老化研究を結ぶ大きな道筋が見えてきます。
 今回は、daf-2 の分子同定を出発点に、線虫の長寿研究がどのようにして栄養感知・代謝制御・寿命制御の理解へ広がっていったのかを見ていきます。

要旨
 線虫 Caenorhabditis elegans では、環境条件に応じて通常の生殖成長へ進むか、長寿命のdauer休止期へ入るかが制御されている。本研究では、この制御経路の中心的遺伝子である daf-2 が、インスリン受容体ファミリーに属する受容体様タンパク質をコードすることを示した。
 DAF-2シグナルが低下すると、線虫では発生過程と代謝状態が変化し、dauer形成が促される。さらに、DAF-2シグナルの低下は寿命延長も引き起こす。したがって、daf-2 は単にdauer形成を制御する遺伝子ではなく、代謝制御、発生運命、寿命制御を結びつける分子経路の中心に位置づけられる。
 この結果は、インスリン様の代謝制御が寿命に関わることを示しており、哺乳類におけるカロリー制限による寿命延長とも類似した関係を示唆する。すなわち、本研究は、代謝、休止期、寿命が共通の内分泌シグナル経路によって結びつく可能性を提示した。

1.背景:dauer形成から寿命制御へ

1.1 dauerは環境応答性の休止期である

 線虫 Caenorhabditis elegans は、環境条件に応じて通常の生殖成長へ進むか、dauerと呼ばれる休止期へ入るかを選択する。dauerは、dauer誘導フェロモンによって引き起こされる可逆的な発生停止状態であり、代謝活性が低く、長期生存に適した段階である。
 この状態に入った線虫は、通常の幼虫とは異なる発生・代謝状態をとる。環境が改善するとdauerから回復し、再び生殖成長へ進むことができるため、dauerは不利な環境をやり過ごすための可塑的な生存戦略として位置づけられる。

1.2 dauer形成は神経内分泌シグナルによって制御される

 dauer形成は、外部環境の情報を感知し、それを全身の発生・代謝状態へ反映する制御系である。dauer誘導フェロモンは感覚神経によって検出され、その後、複雑な経路を介して標的組織へ情報が伝えられる。
 この制御の対象となる組織には、生殖腺、咽頭、腸、外胚葉由来組織などが含まれる。これらの組織では、dauer形成に伴って形態的な再構成や代謝状態の変化が生じる。したがって、dauer形成は、環境応答、発生運命、代謝制御が結びついた現象として理解される。

1.3 daf-2経路は発生運命と寿命を制御する

 dauer形成に関わる daf 変異体の遺伝学的解析から、dauerへの移行には複数の遺伝経路が関与することが明らかになっていた。その中で、daf-2 を含む経路は、通常の生殖成長へ進むか、dauer幼虫として発生停止するかを制御する経路として位置づけられていた。
 さらに、この経路は発生運命だけでなく、通常の老化過程にも関与する。daf-2 変異体はdauer幼虫として発生停止しやすく、寿命も大きく延長する。このことから、daf-2 経路は、生殖成長とdauer形成の選択に加えて、成体の寿命制御にも関わる経路として考えられる。
 この背景のもと、本研究では daf-2 の分子実体を明らかにする。すなわち、dauer形成と寿命延長を制御するこの遺伝子が、どのようなタンパク質をコードし、どのようなシグナル経路に位置づけられるのかを解析することで、発生、代謝、寿命を結びつける分子機構に迫る。

2.daf-2 の分子同定とDAF-2タンパク質の構造

2.1 遺伝学的マッピングによる daf-2 領域の同定

 daf-2 の分子実体を明らかにするため、まず可視遺伝マーカーと制限断片長多型マーカーを用いて遺伝学的マッピングを行った。その結果、daf-2mgP34mgP44 の間に位置づけられた。この領域はコスミドクローンでは完全には覆われていなかったが、酵母人工染色体 Y53G8 によってカバーされていた(Fig. 1)。
 Y53G8由来のランダムM13サブクローン配列を解析したところ、哺乳類のインスリン受容体ファミリーに相同性を示す配列が複数見いだされた。さらに、複数の daf-2 変異がこの遺伝子内に存在すること、およびこのインスリン受容体様遺伝子の遺伝的位置が daf-2 と一致することから、この遺伝子が daf-2 に対応すると判断された(Fig. 1)。

Fig. 1|daf-2 の遺伝地図および物理地図 daf-2 は mgP34 と mgP44 の間にマッピングされ、この領域を含むYAC Y53G8 上からインスリン受容体ファミリーに相同性をもつ配列が同定された。下段には daf-2 cDNA構造が示され、推定シグナルペプチド、リガンド結合領域、プロセシング部位、膜貫通領域、チロシンキナーゼ領域が配置されている。

2.2 daf-2 はインスリン受容体ファミリーに属する

 daf-2 のゲノム配列およびcDNA配列を決定したところ、予測されるDAF-2タンパク質は、ヒトのインスリン受容体、IGF-I受容体、インスリン受容体関連受容体と相同性を示した。全体として、DAF-2はヒトインスリン受容体と35%、ヒトIGF-I受容体と34%、ヒトインスリン受容体関連受容体と33%の同一性を示した。
 また、当時解析されていた約90 Mbの C. elegans ゲノム配列および約10 Mbの発現配列タグデータベースの中で、DAF-2はインスリン受容体ファミリーに属する唯一のメンバーとして同定された。このことから、DAF-2は、ヒトのインスリン受容体、IGF-I受容体、インスリン受容体関連受容体が重複・分化する以前の祖先型受容体に対応する可能性があると考えられる。

2.3 DAF-2タンパク質のドメイン構造

 DAF-2は、哺乳類のインスリン受容体ファミリーと共通する複数の構造的特徴をもつ。すなわち、推定シグナルペプチド、リガンド結合領域内のシステインリッチ領域、推定プロセシング部位、膜貫通領域、チロシンキナーゼ領域を備えている(Fig. 1)。さらに、C末端側には、哺乳類のインスリン受容体基質1、すなわちIRS-1に類似した機能をもつ可能性のある領域が存在する(Fig. 2)。
 リガンド結合領域では、DAF-2はヒトインスリン受容体と36%、ヒトIGF-I受容体と35%の同一性を示した。また、この領域に保存されている23個のシステイン残基のうち21個がDAF-2でも保存されていた。システインリッチ領域もインスリン受容体およびIGF-I受容体と相同性を示し、ここには複数の daf-2 変異が位置していた(Fig. 2)。
 チロシンキナーゼ領域では、DAF-2はヒトインスリン受容体のキナーゼ領域と50%の同一性、70%の類似性を示した。インスリン受容体キナーゼの基質特異性に関わるアミノ酸残基の多くもDAF-2で保存されており、DAF-2がインスリン受容体と類似したチロシンリン酸化シグナルを担う可能性が示された(Fig. 2)。
 以上より、daf-2 は、線虫においてdauer形成や寿命制御に関わる遺伝子であるだけでなく、構造的にはインスリン受容体ファミリーに属する受容体型チロシンキナーゼをコードする遺伝子であると位置づけられる。この同定により、dauer形成と寿命延長を制御する遺伝経路が、インスリン/IGF様シグナル伝達と分子レベルで結びつけられる。

Fig. 2|DAF-2とインスリン受容体ファミリーの保存領域および daf-2 変異の位置 DAF-2は、ヒトインスリン受容体、ヒトIGF-I受容体、ショウジョウバエインスリン受容体様タンパク質と相同性を示す。リガンド結合領域では保存システイン残基が多数維持され、チロシンキナーゼ領域では基質特異性に関わる残基が保存されている。図中には、リガンド結合領域およびキナーゼ領域に位置する各 daf-2 アレルのアミノ酸置換が示されており、構造的に保存された領域の変異がdauer形成表現型と結びつくことを示している。

3.daf-2 変異が示す発生・シグナル伝達・ヒト疾患との接点

3.1 daf-2 変異はリガンド結合領域とキナーゼ領域に集中する

 DAF-2がインスリン受容体ファミリーに属することを踏まえ、各 daf-2 変異がタンパク質上のどこに位置するかを解析した。変異は、主にリガンド結合領域とチロシンキナーゼ領域に分布していた(Fig. 2)。
 リガンド結合領域には、sa187、e1368、e1365、sa229 が位置し、さらに mg43 ではシステインリッチ領域内に2つのアミノ酸置換が認められた。特に mg43sa187 は保存性の高いシステインリッチ領域に変異をもつため、リガンド結合や受容体構造に大きな影響を及ぼす可能性がある(Fig. 2)。実際、mg43 は15℃および20℃で強いdauer形成を示し、sa187 も高温条件でdauer形成率が著しく上昇した(Table 1)。
 チロシンキナーゼ領域には、sa219、e1391、e1370 の3つのミスセンス変異が位置していた。これらはいずれも保存されたアミノ酸残基を置換しており、中等度から強いdauer形成表現型を示した。ただし、非条件性に近い強いアレルである mg43 ほど強い表現型ではなかった(Table 1)。この結果は、DAF-2のリガンド結合領域とキナーゼ領域の両方が、dauer形成を抑制し通常の生殖成長を進めるために重要であることを示す。

Table 1|daf-2 各アレルにおけるdauer形成率 各 daf-2 アレルについて、変異部位と15℃、20℃、25℃におけるdauer形成率が示されている。システインリッチ領域やキナーゼ領域に変異をもつアレルでは、特に高温条件でdauer形成率が上昇し、DAF-2機能の低下がdauer形成を促すことが示されている。

3.2 DAF-2はAGE-1を介してDAF-16を負に制御する

 DAF-2が受容体型チロシンキナーゼであることから、dauer形成経路における下流シグナルも、インスリン様シグナル伝達として解釈できる。本研究では、インスリン様リガンドがDAF-2を活性化し、活性化されたDAF-2が AGE-1 PI3キナーゼ を動員するモデルを提示した(Fig. 3)。
 このモデルでは、AGE-1がセカンドメッセンジャーである PIP3 を産生し、その下流で代謝関連のキナーゼカスケードや遺伝子発現制御が働くと考えられる。age-1 変異体と daf-2 変異体は表現型が類似し、遺伝学的エピスタシス解析においても近い位置に置かれるため、AGE-1はDAF-2の主要なシグナル出力であると考えられる。
 この経路の主要な下流標的として位置づけられるのが DAF-16 である。DAF-16は、DAF-2–AGE-1シグナルの下流で機能し、DAF-2およびAGE-1によって負に制御される(Fig. 3)。したがって、DAF-2シグナルが十分に働く条件では、DAF-16の機能が抑制され、通常の生殖成長が進む。一方、DAF-2シグナルが低下すると、この抑制が弱まり、dauer形成や代謝変化へ向かう経路が活性化されると考えられる。

Fig. 3|線虫dauer形成経路におけるインスリン様シグナルモデル dauer誘導フェロモンがない条件では、インスリン様リガンドがDAF-2を活性化し、DAF-2はAGE-1を動員してPIP3を産生させる。このシグナルはDAF-16を負に制御し、生殖成長、代謝、老化過程を調節する。DAF-7/TGF-β様シグナルも、DAF-2経路と並行してdauer形成制御に関与する。

3.3 ヒトインスリン受容体変異との対応

 DAF-2のチロシンキナーゼ領域は、ヒトインスリン受容体のキナーゼ領域と高い相同性を示す。特に、インスリン受容体キナーゼの基質特異性に関わる残基の多くがDAF-2でも保存されているため、DAF-2はヒトインスリン受容体と類似したチロシンリン酸化標的をもつ可能性がある。
 この保存性を示す興味深い例として、daf-2(e1391) が挙げられる。e1391では、DAF-2のキナーゼ領域に P1434L 変異が生じる。この変異は、ヒトのインスリン抵抗性糖尿病患者で報告されたインスリン受容体変異 Pro1178Leu と同じ位置に対応していた(Fig. 2)。
 ただし、この対応は、線虫のdaf-2変異とヒト糖尿病を単純に同一視するものではない。ヒト患者ではこの変異はヘテロ接合として報告されており、一方で daf-2(e1391) は優性変異ではない。そのため、著者らは、ヒト患者が複合ヘテロ接合であった可能性や、他の遺伝子変異がこの変異の影響を強めた可能性を考慮している。ここで重要なのは、DAF-2とヒトインスリン受容体の機能的保存性が、変異の対応という形でも示された点である。
 以上より、daf-2 変異の解析は、DAF-2のリガンド結合領域およびキナーゼ領域がdauer形成の制御に必要であることを示した。さらに、DAF-2–AGE-1–DAF-16という経路モデルにより、線虫の発生運命制御がインスリン様シグナル伝達として理解できることが示された。ヒトインスリン受容体変異との対応は、この経路が動物間で保存された代謝・発生制御機構に関わる可能性を示す接点となる。

4.DAF-2シグナル低下がもたらす代謝変化と寿命延長

4.1 daf-2 変異体では脂肪・グリコーゲン蓄積が増加する

 DAF-2がインスリン受容体ファミリーに属することから、daf-2 経路は線虫においても代謝制御に関与すると考えられる。哺乳類では、インスリン受容体シグナルは糖代謝、脂質代謝、エネルギー貯蔵を制御する。これと対応するように、線虫のdauer形成も大きな代謝変化を伴う現象である。
 野生型では、DAF-2シグナルが働くことにより、線虫はdauerへ入らず、生殖成長へ進む。この状態では、餌を成長に利用し、脂肪蓄積は比較的少ない。一方、daf-2 変異体では、代謝状態が脂肪やグリコーゲンの貯蔵へ傾く。実際、daf-2(e1370) 変異体では、腸および皮下細胞において脂肪蓄積が増加した(Fig. 4)。
 同様の脂肪蓄積は、野生型のフェロモン誘導dauer、age-1 変異体、daf-7 変異体でも認められる。dauer幼虫では、解糖系を制御する酵素の活性が低下し、グリコーゲンや脂肪の合成に関わる酵素が上昇することも報告されている。したがって、DAF-2シグナルの低下は、dauer形成に伴う代謝状態、すなわち成長よりも貯蔵を優先する代謝モードと結びついている。

Fig. 4|daf-2 および daf-7 変異体における脂肪蓄積 Sudan black染色により、野生型およびdauer形成関連変異体における脂肪蓄積を比較している。 A:25℃で成長させた野生型L3幼虫では、脂肪蓄積は低い。 B:25℃の非許容温度で成長させた daf-2(e1370) 変異体では、腸および皮下細胞に広範な脂肪蓄積が認められる。 C:25℃で成長させた daf-7(e1372) 変異体でも、腸および皮下細胞に脂肪蓄積が増加する。 D:daf-2(e1370) 変異体を許容温度でL4期まで成長させた後、非許容温度へ移すと、dauer形成期を過ぎていても脂肪蓄積が増加する。 この結果は、DAF-2がdauer形成だけでなく、発生段階とは切り離して代謝状態を制御することを示している。

4.2 DAF-2はdauer形成とは切り離して代謝を制御する

 重要な点は、DAF-2による代謝制御が、dauer形成そのものに限定されないことである。温度感受性 daf-2 変異体を、dauer形成の臨界期を過ぎたL4期または成虫期まで許容温度で育て、その後に非許容温度へ移すと、dauerには入らないにもかかわらず脂肪蓄積が増加した(Fig. 4D)。
 この結果は、daf-2 が発生運命の選択だけでなく、発生段階とは独立して代謝状態を制御できることを示す。つまり、DAF-2シグナルの低下は「dauerに入る」という発生上の応答だけでなく、成長・貯蔵・エネルギー利用のバランスを変える代謝応答としても働く。
 したがって、daf-2 変異体の長寿表現型は、単にdauer形成の副産物としてではなく、DAF-2シグナル低下によって誘導される代謝状態の変化と関連づけて考える必要がある。

4.3 DAF-2シグナル低下と寿命延長

 弱い daf-2 変異体や age-1 変異体では、dauer形成を起こさなくても寿命が大きく延長する。このことは、寿命延長が完全なdauer形成そのものに依存するのではなく、dauerに関連する代謝・シグナル状態の一部が成体期に誘導されることで生じる可能性を示す。
 dauerは、多くの動物に見られるdiapauseと同様に、代謝を低下させ、通常の生殖寿命を超えて長期生存を可能にする状態である。したがって、daf-2age-1 の弱い変異によって、このようなdauer様の状態が部分的に誘導されるならば、それが寿命延長につながると考えられる。
 この見方では、寿命は単に老化に伴う不可避の結果ではなく、栄養状態や代謝シグナルに応じて変化しうる生理的過程として位置づけられる。DAF-2経路は、この代謝状態と老化速度を結びつける分子経路として機能すると考えられる。

4.4 カロリー制限との類似性

 DAF-2シグナル低下による寿命延長は、哺乳類におけるカロリー制限による寿命延長と類似した現象として捉えられる。カロリー制限では、栄養摂取の低下に伴って代謝状態が変化し、寿命が延長することが知られている。本研究では、カロリー制限がインスリンシグナルを低下させ、弱い daf-2 変異体や age-1 変異体に似た部分的なdiapause様状態を誘導する可能性が示唆される。
 この考え方に従えば、寿命延長は単一の「長寿遺伝子」の効果ではなく、栄養感知、代謝制御、発生状態の調節が統合された結果として理解される。DAF-2シグナルの低下は、成長や繁殖を優先する状態から、貯蔵や生存維持を優先する状態へ代謝を切り替え、その結果として寿命を延長する可能性がある。
 以上より、DAF-2シグナルは、dauer形成、代謝変化、寿命延長を結びつける中心的な制御軸として位置づけられる。daf-2 の解析により、インスリン様シグナルを介した代謝制御が、老化と寿命の調節に深く関わることが示された。

5.本研究の位置づけ:栄養感知と寿命制御を結ぶ分子軸

5.1 daf-2 は発生・代謝・寿命を結ぶ受容体型シグナルである

 daf-2 の分子同定により、線虫のdauer形成と寿命制御に関わる遺伝経路が、インスリン受容体ファミリーに属する受容体型シグナルとして位置づけられた。DAF-2は、通常の生殖成長を促す一方で、そのシグナルが低下するとdauer形成、代謝変化、寿命延長が誘導される。
 このことは、dauer形成と寿命延長が互いに独立した現象ではなく、共通する内分泌シグナル経路の変化として理解できることを示している。DAF-2シグナルは、発生運命の選択だけでなく、脂肪やグリコーゲンの蓄積を含む代謝状態の切り替えにも関与する。したがって、daf-2 は、環境応答、代謝制御、老化過程を結びつける中心的な遺伝子として位置づけられる。

5.2 dauer様状態は寿命の変動を説明する可能性がある

 弱い daf-2 変異体や age-1 変異体では、dauer形成を起こさなくても寿命が大きく延長する。このことは、寿命延長が完全なdauer状態への移行だけでなく、dauerに関連する代謝状態やシグナル状態の部分的な誘導によって生じうることを示唆する。
 diapauseは、線虫に限らず、多くの動物で環境条件に応じて誘導される長期生存状態である。diapause中の動物では代謝が低下し、老化の進行も遅くなり、通常の生殖寿命を超えて生存できる。したがって、環境条件や遺伝的背景によってdiapause様状態が部分的に誘導されることは、種内および種間における寿命の違いを説明する一つの機構となりうる。

5.3 カロリー制限との接点

 DAF-2シグナル低下による寿命延長は、哺乳類におけるカロリー制限による寿命延長と類似した現象として捉えられる。カロリー制限によってインスリンシグナルが低下し、弱い daf-2 変異体や age-1 変異体で見られるような部分的diapause状態が誘導される可能性がある。
 この見方では、寿命延長は単なるエネルギー摂取量の低下ではなく、代謝の様式や進行速度の変化として理解される。すなわち、DAF-2シグナルの低下は、成長や繁殖を優先する状態から、生存維持に適した代謝状態へと生理状態を切り替える。その結果として、老化の進行速度や生殖後寿命が変化する可能性がある。

5.4 保存された代謝シグナルとしての意義

 DAF-2がインスリン受容体ファミリーに属することは、線虫のdauer形成経路が、哺乳類の代謝制御経路と進化的に関連する可能性を示している。DAF-2–AGE-1経路の下流にはDAF-16が位置し、哺乳類にもDAF-16に対応する因子が存在する可能性がある。また、DAF-7/TGF-β様シグナルもDAF-2経路と並行して働くため、dauer形成経路は、インスリン様シグナルと他の内分泌シグナルが収束する代謝・発生制御系として捉えられる。
 さらに、ヒトの daf 遺伝子相同体が、糖尿病や肥満関連糖尿病の背景に関わる可能性も考えられる。これは、線虫で見いだされたdauer形成・代謝制御経路が、哺乳類の代謝疾患や栄養応答の理解にも手がかりを与えることを示している。ただし、この対応は直接的な同一性を意味するものではなく、保存されたシグナル経路の構成要素を探索するための仮説として位置づけられる。
 以上より、本研究は、daf-2 をインスリン受容体様遺伝子として同定することで、dauer形成、代謝変化、寿命延長を一つの分子経路の中に結びつけた。栄養状態を感知する内分泌シグナルが、発生運命だけでなく老化過程にも影響するという枠組みは、線虫の長寿研究を、代謝制御と寿命制御を統合的に理解する方向へ進めるものである。



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