〜 おへその乱読1000本ノック #0102 ~ mTORC1アミノ酸センサーの夜明け:ロイシン・アルギニン感知が細胞成長を制御する
ようこそ、第102回 おへその乱読1000本ノックへ。
今回は、Wolfson and Sabatini(2017)による、mTORC1経路のアミノ酸センサーに関する総説を取り上げます。
前回は、食餌制限やアミノ酸制限を、GCN2経路とTOR経路という栄養応答システムから整理しました。今回はその流れを受けて、mTORC1がアミノ酸状態をどのように読み取り、細胞成長の制御へつなげているのかを見ていきます。
栄養シグナル編も、ここから少し分子機構寄りに入っていきたいと思います。食べた栄養が、細胞の中でどのようなシグナルに変換されるのか。その入口を、アミノ酸センサーという視点からたどっていきます。

要旨
mTORC1は、細胞成長を制御する中心的なタンパク質キナーゼ複合体であり、アミノ酸、成長因子、エネルギー状態、ストレスなど多様な環境入力に応答する。なかでもアミノ酸はmTORC1活性化に重要な入力であるが、長らく、その利用可能性を細胞がどの分子を介して読み取るのかは明確ではなかった。
本総説では、mTORC1経路におけるアミノ酸感知機構の進展を整理し、リソソーム膜上のRag GTPase、Ragulator、GATOR複合体などを介した栄養応答経路の中に、SLC38A9、Sestrin1/2、CASTOR1といったアミノ酸センサーが位置づけられることを示している。SLC38A9はリソソーム膜上でアルギニン応答に関与する感知候補であり、Sestrin1/2は細胞質ロイシンセンサー、CASTOR1は細胞質アルギニンセンサーとして、GATOR2との相互作用を介してmTORC1活性を調節する。
これらの発見により、mTORC1研究は、アミノ酸が経路を活性化するという現象論から、どのアミノ酸が、どの細胞内区画で、どの分子によって感知されるのかを問う段階へ進んだ。一方で、細胞内および細胞内小器官内のアミノ酸濃度、センサーの親和性との関係、生体内での栄養状態変動、さらに進化的保存性については未解明の点が多く残されている。本総説は、mTORC1経路におけるアミノ酸センサー研究の出発点を整理し、今後の課題を提示するものである。
1.イントロダクション:mTORC1は栄養と成長因子を統合する
1.1 mTORC1は細胞成長を制御する中心的キナーゼである
mechanistic target of rapamycin complex 1(mTORC1)は、細胞成長を司る中心的なタンパク質キナーゼ複合体である。mTORC1はmRNA翻訳をはじめとする同化過程を促進する一方で、オートファジーなどの異化過程を抑制する。すなわち、細胞が成長・合成へ向かうか、分解・節約へ向かうかの切り替えを制御する。
mTORC1の活性は、成長因子、エネルギー状態、細胞ストレス、アミノ酸など、複数の環境シグナルによって制御される。このようにmTORC1は、単に栄養に応答するだけの因子ではなく、細胞外・細胞内のさまざまな状態を統合し、今が成長に適した条件かどうかを判断する制御ノードとして機能する。
1.2 Rhebは成長因子入力をmTORC1活性化へつなぐ
成長因子、細胞ストレス、エネルギー状態といった入力は、主にTSC複合体を介してRhebを制御する。TSC複合体はRhebに対するGTPase activating protein(GAP)として働き、Rhebのヌクレオチド結合状態を調節する。
成長因子が存在し、かつ強いストレスがない条件下では、RhebはGTP結合型となる。このGTP結合型Rhebが、mTORC1のキナーゼ活性を直接活性化する因子である。ただし、Rhebがこの活性化を担うには、mTORC1自身がリソソーム膜上に存在し、Rhebと接触できる状態にあることが前提となる。
1.3 Rag GTPaseはアミノ酸入力をmTORC1のリソソーム移行へつなぐ
一方、アミノ酸を中心とする栄養状態は、Rag GTPaseを介してmTORC1の細胞内局在を制御する。Ragは、RagAまたはRagBと、RagCまたはRagDが対になったヘテロ二量体として機能する。
アミノ酸が十分に存在する条件では、RagA/BはGTP結合型、RagC/DはGDP結合型となる。この活性型Ragは、mTORC1をリソソーム膜上へ移行させる。これにより、mTORC1は同じリソソーム膜上に存在するRhebと接触できるようになり、成長因子シグナルと栄養シグナルが同じ場所で合流する。
このしくみにより、mTORC1はアミノ酸だけ、あるいは成長因子だけでは単純に活性化されない。栄養状態と成長因子シグナルの両方がそろって初めて活性化されるという性質から、RagとRhebは、mTORC1を栄養と成長因子の両方に応答させるcoincidence detector、すなわち同時検出装置として機能する(図1)。
1.4 リソソーム膜はmTORC1栄養感知経路の足場である
mTORC1の栄養応答経路には、Rag GTPase以外にも数多くの制御因子が関与する。Ragulatorは、p18、p14、HBXIP、C7orf59、MP1からなる複合体であり、リソソーム膜上でRag GTPaseの局在やヌクレオチド結合状態を制御する。これに加えて、v-ATPaseもこの経路の正の調節因子として働く。
さらに、FLCNとFNIP1/2はRagC/Dに対するGAP活性を持ち、GATOR1はRagA/Bに対するGAPとして働く。GATOR1はDEPDC5、Nprl2、Nprl3からなる三量体複合体であり、GATOR2と相互作用する。また、KICSTORはGATOR1をリソソーム膜上に配置する足場として同定された。これらの分子群が連携することで、アミノ酸の状態という情報がRagの制御に変換され、最終的にmTORC1のリソソーム局在と活性化を調節する一連の経路を構成している(図1)。

図1 mTORC1アミノ酸感知経路の全体像
mTORC1は、アミノ酸に応答するRag GTPase経路と、成長因子に応答するRheb経路という二つの経路によって制御される。アミノ酸が存在する条件下では、RagA/BはGTP結合型、RagC/DはGDP結合型となり、mTORC1はリソソーム膜上へ移行する。リソソーム膜上では、Rheb-GTPがmTORC1を活性化する。Ragulator、v-ATPase、FLCN–FNIP、GATOR1、GATOR2、KICSTORは、Ragの状態やリソソーム膜上での制御に関与し、アミノ酸の状態をmTORC1活性へと伝える栄養感知経路を構成する。
1.5 アミノ酸センサーそのものは長く未解明であった
Ragulator、v-ATPase、FLCN–FNIP、GATOR1、GATOR2、KICSTORなどが次々と発見されたことで、mTORC1栄養感知経路の骨格は明らかになってきた。しかし、これらの因子の多くは、Ragのヌクレオチド結合状態やmTORC1の局在を調節する分子であり、アミノ酸そのものを直接感知するセンサーではなかった。
つまり、mTORC1がアミノ酸に応答すること自体は明らかだったものの、どの分子が、どのアミノ酸を感知し、その情報をmTORC1経路へ入力しているのかは長らく謎のままであった。本総説では、この長年未解明であったアミノ酸センサーの発見を中心に、mTORC1栄養感知研究が新たな段階へ入ったことを整理する。
2.SLC38A9:リソソーム側からアルギニン応答を支える感知候補
2.1 リソソームはアミノ酸感知の場として注目された
mTORC1の栄養感知経路は、リソソーム膜上を中心に構成される。このことから、リソソーム内のアミノ酸状態がmTORC1活性に影響する可能性が注目された。リソソームは、オートファジーやタンパク質分解を通じてアミノ酸供給に関わっており、単なる分解の場ではなく、栄養状態を読み取る場でもある。
実際に、単離したリソソームにアミノ酸を取り込ませると、mTORC1のリソソーム膜へのリクルートが誘導される。この知見を背景に、リソソーム膜タンパク質SLC38A9が、mTORC1経路の正の調節因子として同定された。
2.2 SLC38A9はRagulatorと結合するリソソーム膜タンパク質である
SLC38A9は、アミノ酸トランスポーターに相同性をもつリソソーム膜タンパク質であり、RagおよびRagulatorとの相互作用を通じてmTORC1のアミノ酸応答経路に接続される。
SLC38A9を過剰発現すると、細胞はアミノ酸欠乏に対して鈍感になり、mTORC1活性が維持されやすくなる。一方、SLC38A9を欠く細胞では、アミノ酸刺激、とくにアルギニンに対するmTORC1活性化が低下する。これらの結果は、SLC38A9がリソソーム側からアルギニン応答を支える正の調節因子であることを示している。
2.3 SLC38A9はアルギニンセンサー候補にとどまる
SLC38A9はアルギニン輸送活性を示すが、その親和性は低く、この輸送活性がそのままmTORC1経路のアルギニン感知を説明するとは限らない。また、リソソーム内のアミノ酸濃度を正確に測定する方法も限られており、SLC38A9が実際にどの濃度範囲のアミノ酸状態を読んでいるのかも未解明である。
したがって、本総説ではSLC38A9を、確定したアミノ酸センサーではなく、リソソーム性アルギニン感知の候補分子として扱う。SLC38A9の発見により、mTORC1のアミノ酸感知は、細胞質だけでなく、リソソーム内腔とリソソーム膜を含む空間的な制御として捉えられるようになった。
3.Sestrin1/2:ロイシン感知がGATOR2抑制を解除する
3.1 SestrinはmTORC1抑制因子として再定位された
Sestrinは、もともとストレス応答に関わる分子として知られていたが、近年の研究によりmTORC1経路の負の調節因子として位置づけられた。初期にはTSC複合体やAMPKを介してmTORC1を抑制すると考えられていたが、その後、Sestrinは栄養感知経路の上流でGATOR2と相互作用することが明らかになった。
GATOR2は、mTORC1の栄養応答経路における正の調節因子である。SestrinはこのGATOR2に結合することで、アミノ酸、とくにロイシン欠乏時にmTORC1活性を抑制する。
3.2 ロイシン欠乏時にSestrinはGATOR2へ結合する
SestrinによるmTORC1制御は、ロイシン状態と密接に結びついている。ロイシンが欠乏すると、Sestrin2はGATOR2に結合し、mTORC1経路を抑制する。この結合はアルギニン欠乏ではなく、ロイシン欠乏に応答して生じる。
すなわちSestrinは、一般的なアミノ酸欠乏応答因子ではなく、ロイシン状態をmTORC1経路へ伝える分子として位置づけられる。
3.3 ロイシン結合によりSestrinはGATOR2から解離する
ロイシンが存在すると、Sestrin2はロイシンを直接結合し、GATOR2から解離する。これにより、GATOR2への抑制が解除され、mTORC1経路は活性化されやすくなる。
Sestrin2はロイシンに対して約20 μMの結合親和性を示し、この親和性はmTORC1経路がロイシン濃度に応答する範囲と対応する。さらに、ロイシン結合能を失ったSestrin2変異体では、細胞がロイシン存在を適切に感知できなくなる。これらの結果は、Sestrin2がmTORC1経路における細胞質ロイシンセンサーであることを示している。
3.4 Sestrin2量とロイシン濃度がmTORC1応答を決める
Sestrin2の働きは、ロイシンの有無だけでなく、Sestrin2自身の発現量にも左右される。ロイシンが十分に存在すれば、Sestrin2はGATOR2から解離し、mTORC1経路は活性化されやすい。一方、ロイシンが不足すると、Sestrin2はGATOR2に結合し、mTORC1を抑制する。
さらに、長期のアミノ酸欠乏やDNA損傷などのストレス条件では、Sestrin2の発現量が増加する。この場合、ロイシンが存在していてもGATOR2結合型Sestrin2が増え、mTORC1活性は抑制方向へ傾く。したがってSestrin2は、ロイシンセンサーであると同時に、ストレス応答性のmTORC1抑制因子としても機能する(図2)。

図2 Sestrin2によるロイシン依存的mTORC1制御モデル
A Sestrin2は、ロイシン濃度とGATOR2との結合状態のバランスによってmTORC1活性を調節する。ロイシンが十分に存在する条件では、Sestrin2はロイシンを結合してGATOR2から解離し、mTORC1経路は活性化されやすくなる。一方、ロイシン欠乏時には、遊離したSestrin2がGATOR2に結合し、mTORC1経路を抑制する。 B ロイシン濃度とGATOR2量が一定であってもSestrin2発現量が増加すると、ロイシンで飽和されないSestrin2が増え、GATOR2結合型Sestrin2が増加する。その結果、mTORC1活性は低下する。 C Sestrin2量が少ない条件では、mTORC1はロイシン濃度の変化に応答しやすい。一方、Sestrin2量が増えると、同じmTORC1活性を得るためにより高いロイシン濃度が必要となる。さらにSestrin2が過剰になると、ロイシン存在下でもmTORC1経路は抑制されやすくなる。
3.5 GATOR2抑制の分子機構は未解明である
Sestrin2がロイシンセンサーであることは明確になった一方で、SestrinがGATOR2をどのように抑制するのかはまだ十分に解明されていない。これは、GATOR2そのものの分子機能がなお不明であることとも関係している。
ロイシン結合によりSestrin2の構造が変化する可能性は示されているが、GATOR2結合型との構造的違いを含め、抑制解除の分子機構には未解明の点が残されている。Sestrinの発見は、ロイシン感知の分子実体を明確にした一方で、GATOR2を中心とする栄養感知経路に新たな課題を残した。
4.CASTOR1:アルギニン感知がGATOR2抑制を解除する
4.1 CASTOR1はGATOR2相互作用因子として同定された
Sestrin1/2がロイシンセンサーとして位置づけられた後、mTORC1経路におけるアルギニン感知機構も明らかになってきた。その中心となる分子がCASTOR1である。CASTOR1はGATOR2と相互作用するタンパク質として同定され、のちにmTORC1経路における細胞質アルギニンセンサーとして位置づけられた。
CASTOR1は、アルギニン状態に応じてGATOR2との結合を変化させる。GATOR2はmTORC1栄養応答経路の正の調節因子であるため、CASTOR1がGATOR2に結合すると、mTORC1活性は抑制される。
4.2 アルギニン欠乏時にCASTOR1はGATOR2へ結合する
CASTOR1によるmTORC1制御は、アルギニンの有無に依存する。アルギニンが欠乏した条件では、CASTOR1はGATOR2に結合し、その働きを抑える。これにより、mTORC1経路は低活性状態へ向かう。
このしくみは、ロイシン欠乏時にSestrinがGATOR2へ結合する機構と対応している。すなわち、Sestrinがロイシン状態をGATOR2へ伝えるのに対し、CASTOR1はアルギニン状態をGATOR2へ伝える。
4.3 アルギニン結合によりCASTOR1の抑制作用は解除される
アルギニンが存在すると、CASTOR1はアルギニンを直接結合し、GATOR2から解離する。これにより、GATOR2への抑制が解除され、mTORC1経路は活性化されやすくなる。
CASTOR1はアルギニンに対して約30 μMの結合親和性を示し、この値はmTORC1経路がアルギニン濃度に応答する範囲と対応する。また、アルギニン結合能を失ったCASTOR1変異体では、mTORC1経路はアルギニン刺激に適切に応答できなくなる。これらの結果は、CASTOR1がmTORC1経路における細胞質アルギニンセンサーであることを示している。
4.4 ACTドメインは古い代謝感知機構とのつながりを示す
CASTOR1は、四つのACTドメインをもつ。ACTドメインは小分子結合に関わる構造単位であり、CASTOR1のアルギニン結合部位は、細菌の代謝酵素にみられるアミノ酸結合部位と構造的な類似性をもつ。
このことは、mTORC1経路におけるアルギニン感知が、古くから存在するアミノ酸感知の分子設計を利用して成立した可能性を示している。CASTOR1の発見により、ロイシンを感知するSestrin1/2と並んで、アルギニンをGATOR2へ入力する分子機構が明確になった。
5.センサー親和性と細胞内濃度:センサーは実際に何を読んでいるのか
5.1 センサーの結合親和性はmTORC1応答濃度と対応する
Sestrin1/2やCASTOR1の発見により、ロイシンやアルギニンがmTORC1経路へ入力される分子機構は具体化された。Sestrin1/2はロイシンを、CASTOR1はアルギニンを直接結合し、その結合親和性は、培地中のアミノ酸濃度に対するmTORC1応答とおおむね対応する。
たとえば、Sestrin2はロイシンに対して約20 μM、CASTOR1はアルギニンに対して約30 μMの結合親和性を示す。これらの値は、アミノ酸センサーがmTORC1経路の応答範囲に適した感度をもつことを示している。ただし、この対応はあくまで培養条件で観察されるものであり、細胞内の実際のアミノ酸濃度をそのまま反映するとは限らない(表1)。

5.2 細胞内アミノ酸濃度は区画ごとに異なりうる
センサーの親和性を理解するには、そのセンサーが存在する場所のアミノ酸濃度を知る必要がある。しかし、細胞内のアミノ酸濃度は均一ではない。ミトコンドリア、リソソーム、細胞質などの区画はそれぞれ膜で隔てられており、異なる輸送体や代謝状態をもつ。
そのため、全細胞抽出物から測定したアミノ酸濃度は、SestrinやCASTOR1が存在する細胞質、あるいはSLC38A9が関わるリソソーム周辺の濃度を正確に反映しない可能性がある。mTORC1経路のアミノ酸感知を理解するには、単なる総量ではなく、細胞内区画ごとのアミノ酸状態を考える必要がある。
5.3 リソソーム周辺の局所濃度は全細胞測定では見えにくい
mTORC1の栄養感知装置は、リソソーム膜上に集められている。このため、リソソーム内腔やリソソーム膜近傍のアミノ酸濃度は、mTORC1活性にとって特に重要である可能性がある。
リソソームはタンパク質分解やオートファジーを通じてアミノ酸を生み出すため、局所的には細胞質全体とは異なるアミノ酸環境を形成しうる。mTORC1が感知しているのは、細胞全体の平均的なアミノ酸濃度ではなく、リソソーム周辺に形成される局所的な栄養状態である可能性がある。
5.4 遊離アミノ酸と結合アミノ酸の区別が解釈を難しくする
細胞内のアミノ酸は、すべてがセンサーに結合できる遊離状態で存在しているわけではない。アミノ酸の一部は、タンパク質、脂質、その他の分子に結合した状態で存在する。質量分析などで測定されるアミノ酸量には、こうした結合プールも含まれうる。
しかし、Sestrin2やCASTOR1に結合できるのは、実際には遊離状態にあるアミノ酸である。このため、測定された総アミノ酸量と、センサーが実際に読み取るアミノ酸量との間にはずれが生じる可能性がある。アミノ酸センサーの発見はmTORC1経路の理解を大きく進めたが、そのセンサーが細胞内でどのアミノ酸プールを読んでいるのかは、なお重要な未解決問題である。
6.生体内アミノ酸濃度:培養細胞の飢餓実験は体内の栄養状態とは異なる
6.1 培養細胞ではアミノ酸を完全に除去できる
Sestrin1/2やCASTOR1のようなアミノ酸センサーは、主として培養細胞を用いたアミノ酸除去・再添加実験によって同定された。こうした実験系では、培地から特定のアミノ酸を完全に除くことができるため、mTORC1経路がロイシンやアルギニンに鋭敏に応答する様子を明瞭に観察できる。
この系は、センサー分子の同定と経路の整理には極めて有効である。しかし、そのまま生体内の栄養状態に対応づけられるとは限らない。
6.2 生体内では飢餓時でもアミノ酸濃度はゼロにならない
一方、生体内では、絶食時であっても血中アミノ酸濃度が完全にゼロになることはない。血漿中のロイシンやアルギニン濃度は、摂食時と絶食時で変動するものの、なおセンサーの結合親和性と同程度、あるいはそれを上回る範囲にある(表1)。
したがって、培養細胞でみられるような極端なアミノ酸枯渇状態は、生体内ではそのまま再現されにくい。mTORC1経路は、生体内ではあるかないかではなく、より限られた濃度変動の中でアミノ酸状態を読み取っている可能性が高い。
6.3 血中濃度から細胞質濃度を直接推定することは難しい
さらに、血漿中のアミノ酸濃度が、そのまま細胞外間質や細胞質遊離アミノ酸濃度を反映するとは限らない。血中から組織間質、細胞膜通過、細胞内代謝、細胞内区画化といった過程を経るため、センサー分子が実際にさらされるアミノ酸濃度は、血漿濃度から単純には推定できない。
培養細胞で得られたアミノ酸センサーの知見を生体内へ拡張するには、血中濃度だけでなく、組織間質、細胞質、さらには細胞内区画ごとのアミノ酸環境を考える必要がある。アミノ酸センサーの同定はmTORC1研究を大きく前進させたが、その生理的作動環境の理解は、なお今後の課題として残されている。
7.モデル生物のアミノ酸センサー:保存された経路と変化する入力
7.1 ショウジョウバエSestrinはロイシン結合能を保持する
mTORC1経路の構成因子は多くの真核生物で保存されているが、アミノ酸センサーそのものがどこまで保存されているかは、まだ十分に明らかではない。哺乳類ではSestrin1、Sestrin2、Sestrin3の三つのホモログが存在するのに対し、ショウジョウバエには一つのSestrinが存在する。
ショウジョウバエSestrinは、TORC1経路の負の調節因子として機能する。さらに、このSestrinはロイシン結合能を保持しており、哺乳類Sestrin2と同様に、アミノ酸状態をTORC1経路へ伝える候補として位置づけられる。
7.2 種によってアミノ酸濃度環境は大きく異なる
ただし、ショウジョウバエSestrinのロイシン結合親和性は、哺乳類Sestrin2よりも低い。これは、センサー分子が同じように見えても、それが働く生物種のアミノ酸環境によって、感知する濃度範囲が異なる可能性を示している。
実際、昆虫の体液や培養細胞用培地では、アミノ酸濃度が哺乳類の血中濃度より高い範囲にある場合がある。そのため、ある生物でロイシンセンサーとして働く分子が、別の生物では異なる濃度域や異なるアミノ酸に応答する可能性がある。
7.3 dSestrinは条件によりメチオニン感知とも関係しうる
ショウジョウバエSestrinでは、ロイシンだけでなく、条件によってメチオニン感知との関係も考えられている。dSestrinはメチオニンにも結合しうるが、その親和性はロイシンより低い。しかし、ショウジョウバエ細胞が置かれるアミノ酸環境では、メチオニン濃度がその結合範囲に近づく可能性がある。
このことは、アミノ酸センサーの働きが、分子そのものの結合特性だけでなく、その生物が置かれる栄養環境によっても変わりうることを示している。Sestrinを含むアミノ酸センサーは、哺乳類で明らかになった機構をそのまま他の生物へ当てはめるのではなく、それぞれの生物種におけるアミノ酸環境と合わせて理解する必要がある。
8.進化的保存性:mTORC1経路の骨格とセンサーは同じようには保存されない
8.1 mTORC1、Rag、GATOR複合体は広く保存されている
mTORC1経路の構成因子は、進化的に広く保存されている。TOR本体やRaptorなどのmTORC1構成因子は、植物を含む真核生物に広く認められる。また、Rag GTPaseやGATOR1、GATOR2など、mTORC1の栄養応答に関わる中核的な制御因子も、多くの生物群に保存されている。
このことは、栄養状態に応じて成長制御を切り替えるしくみが、真核生物において基本的な制御原理として維持されてきたことを示している。mTORC1経路の骨格は、種を超えて比較的強く保存された成長制御システムである(図3)。
8.2 SLC38A9、Sestrin、CASTORの保存性は限定的である
一方で、アミノ酸センサーそのものは、mTORC1経路の中核因子ほど一様には保存されていない。SLC38A9、Sestrin、CASTORは、いずれもmTORC1経路にアミノ酸情報を入力する分子として注目されるが、その保存パターンは生物種によって大きく異なる。
たとえば、Sestrinはショウジョウバエや線虫にもホモログが認められるが、すべての真核生物に広く保存されているわけではない。CASTORも、哺乳類で細胞質アルギニンセンサーとして機能する一方、ショウジョウバエや線虫には明確なホモログが認められない。mTORC1経路の骨格が広く保存されるのに対し、アミノ酸センサーはより限定的、あるいは系統特異的に保存される傾向がある(図3)。

図3 mTORC1栄養感知経路構成因子の進化的保存性
mTORC1本体、Rag GTPase、GATOR1、GATOR2などの中核因子は、多くの真核生物に広く保存されている。一方、SLC38A9、Sestrin、CASTOR、KICSTORなどのアミノ酸感知やその周辺制御に関わる因子は、より限定的な保存パターンを示す。経路の骨格は保存されるが、アミノ酸入力を担う分子は生物種ごとに異なる可能性がある。
8.3 KICSTORの保存性はさらに限定される
GATOR1をリソソーム膜上に配置する足場として同定されたKICSTORも、保存性は限定的である。KICSTORを構成するKPTN、ITFG2、C12orf66、SZT2は、mTORC1やRag GTPaseのように広く保存されているわけではなく、とくに下等真核生物や一部のモデル生物では欠いている場合がある。
このことは、KICSTORが単にGATOR1をリソソーム膜上へ配置するだけの普遍的な足場ではなく、高等真核生物に特有の入力や制御をmTORC1経路へ結びつける役割をもつ可能性を示している。ただし、その詳細な機能や栄養感知との直接的な関係には、なお未解明の点が残されている。
8.4 生物ごとの栄養環境が異なるセンサーを生んだ可能性がある
mTORC1経路の骨格が保存される一方で、アミノ酸センサーの保存性が限定的であることは、生物ごとの栄養環境や代謝要求の違いを反映している可能性がある。ある生物ではロイシンやアルギニンが主要な入力として働き、別の生物では異なるアミノ酸や窒素源がmTORC1/TORC1経路の制御に関わる可能性がある。
SLC38A9、Sestrin、CASTORの発見は、mTORC1経路におけるアミノ酸感知の分子実体を明らかにした一方で、すべての生物が同じセンサーで同じ栄養情報を読んでいるわけではないことも示している。今後、異なる生物種でどのような栄養センサーが使われているのかを明らかにすることは、mTORC1/TORC1経路の進化と多様性を理解するうえで重要である(図4)。

図4 進化的にみたmTORC1/TORC1栄養感知経路の構成比較
mTORC1/TORC1経路では、成長制御の中核となる装置は広く保存される一方、アミノ酸センサーやその周辺因子の構成は生物種によって異なる。哺乳類で同定されたSLC38A9、Sestrin、CASTORがすべての生物に共通するわけではなく、それぞれの生物の栄養環境に応じた感知機構が存在する可能性が示される。
9.展望:アミノ酸センサー研究はmTORC1研究の新しい段階を開いた
9.1 アミノ酸感知は分子センサーの問題として具体化された
mTORC1は、細胞成長を制御する中心的なシグナル伝達経路であり、アミノ酸はその重要な入力である。しかし長らく、mTORC1がアミノ酸に応答することは知られていても、そのアミノ酸をどの分子が直接読み取っているのかは明確ではなかった。
SLC38A9、Sestrin1/2、CASTOR1の発見により、この状況は大きく変わった。SLC38A9はリソソーム側からアルギニン応答を支える候補分子として、Sestrin1/2は細胞質ロイシンセンサーとして、CASTOR1は細胞質アルギニンセンサーとして位置づけられた。これにより、mTORC1経路は、単にアミノ酸に応答する経路ではなく、特定のアミノ酸を特定のセンサーが読み取り、その情報をGATOR2やRag GTPaseを介してmTORC1へ伝える経路として理解されるようになった。
9.2 細胞内区画、生体内濃度、種差には未解明点が残る
一方で、明らかになったのは、mTORC1アミノ酸感知機構の一部にすぎない。ロイシンとアルギニンについては分子機構が具体化されたが、他のアミノ酸がどのように感知されるのかは十分に明らかではない。
また、センサーが実際に読んでいるアミノ酸濃度を理解するには、細胞質、リソソーム内腔、リソソーム膜近傍といった細胞内区画の違いを考える必要がある。さらに、培養細胞で観察されるアミノ酸除去・再添加応答と、生体内で起こる限られた栄養変動をどのようにつなぐかも課題である。加えて、mTORC1経路の骨格は広く保存される一方、アミノ酸センサーの保存性は限定的であり、生物種ごとに異なる感知機構が存在する可能性も残されている。
9.3 アミノ酸センサー研究はまだ始まったばかりである
SLC38A9、Sestrin1/2、CASTOR1の発見は、mTORC1研究に大きな前進をもたらした。アミノ酸がmTORC1を活性化するという現象は、アミノ酸を直接結合するセンサー分子と、その下流にあるGATOR2、Rag GTPase、リソソーム膜上のmTORC1制御へと結びつけられた。
しかし、本総説が示すのは、mTORC1アミノ酸感知機構の完成図ではない。むしろ、アミノ酸センサーという分子実体が見え始めたことで、mTORC1研究が新しい段階へ入ったことを示すものである。細胞が栄養をどのように読み取り、成長制御へ変換するのかという問いは、ここからさらに深まっていく。
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