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〜 おへその乱読1000本ノック #0055 ~ 老化の新視点:”老い”は治療できるか?

 第55回「おへその乱読1000本ノック」へようこそ。
 今回は、Campisi らによる 2019 年の総説を取り上げます。老化研究の基礎的な発見が、どのようにして健康寿命の延伸を目指す治療へとつながってきたのかを俯瞰した、アンチエイジング医学領域の代表的レビューのひとつです。
 これまで見てきた論文では、老化をどのように定義し、どのような指標で測るべきか、という点が大きな論点になっていました。寿命の延長がそのまま老化の進行速度の低下を意味するとは限らないことや、単一の指標で老化全体を捉えることの難しさが繰り返し指摘されてきました。
 これに対して今回の論文は、そうした概念的な問いを踏まえつつ、老化研究がこの数十年でどのような分子経路や細胞プロセスを明らかにし、それらが加齢関連疾患の予防や治療の標的としてどのように位置づけられてきたのかを整理しています。

要旨
 本論文は、老化研究が寿命の観察的理解から、分子機構に基づく介入可能な生物学へと発展してきた流れを整理した総説である。インスリン様シグナル経路、TOR 経路、サーチュインと NAD+、概日時計、ミトコンドリア、細胞老化、慢性炎症、プロテオスタシスといった主要な老化経路・プロセスを概観し、老化が単一の仕組みではなく、複数の加齢関連疾患に共通する生物学的基盤であることを示している。
 さらに、ジェロサイエンスの視点から、老化そのものを標的とすることで多疾患併存やフレイルを含む加齢関連病態に広く介入しうる可能性を論じている。一方で、動物モデルからヒトへの翻訳にはなお課題が残されており、老化バイオマーカーの確立と臨床試験の整備が今後の鍵であると位置づけている。

1. イントロダクション

 老化研究の重要な出発点は、1939年にマウスおよびラットでカロリー制限が寿命を延長することが示された点にある(Fig. 1)。この知見はその後、霊長類を含む複数の種でも再現され、老化過程が可塑的であることを示した最初の証拠となった。さらに、食事制限は最大寿命の延長に加えて加齢関連疾患の発症も抑制し、寿命延長が老化の進行抑制および健康寿命の延長と結びつくという考え方を導いた。
 20世紀半ば以降、老化が加齢関連慢性疾患の原因であるかどうかが議論されるようになった。ただし、老化は多くの加齢関連疾患にとって最大のリスク因子である一方で、因果関係そのものはなお証明されていない。それでも、老化の進行速度を規定する分子・生化学的機構の多くが個別疾患の研究とも重なっていることが明らかとなり、寿命の遺伝学と慢性疾患研究の接点を扱う学際領域としてジェロサイエンスが提唱された。
 本論文は、このような問題意識を背景として、老化研究がこの数十年で明らかにしてきた主要な分子経路および細胞プロセスを整理した総説である。具体的には、カロリー制限、インスリン様シグナル、mTOR、サーチュインと NAD+、概日時計、ミトコンドリア、細胞老化、慢性炎症、プロテオスタシスといった経路・プロセスを取り上げ、老化が単なる時間経過ではなく、複数の加齢関連疾患に共通する生物学的基盤であり、介入可能なプロセスとして捉えられつつあることを論じている。

Fig.1 老化研究から老化介入研究への主要マイルストーン 老化分野における重要な発見が紹介されており、1930年代に発見されたカロリー制限が老化に及ぼす影響から始まる。
Supplemental Table 1 Fig. 1を作表しなおす

2. 老化研究への遺伝学的アプローチ

 寿命は遺伝性をもつ形質であり、老化研究では早くからその遺伝的基盤が意識されてきた。Medawar の進化論的な老化仮説を背景として行われたショウジョウバエの選抜実験では、晩殖系統が早殖系統より長寿であり、その差が遺伝することが示された。さらに、線虫 C. elegans では単一遺伝子 age-1 の変異によって寿命が40〜60%延長することが明らかとなり、寿命は個々の遺伝子によって大きく変化しうることが示された。現在では、寿命を調節する遺伝子は多数同定されており、老化研究は表現型の記載から遺伝的制御機構の解明へと進展した。

3. 老化の経路とプロセス

 本章では、この30年の老化研究から明らかになってきた主要な経路とプロセスを整理する。老化は単一の仕組みで説明されるものではなく、複数の経路やプロセスが相互に関わる現象として捉えられている。

3.1 インスリン様シグナル経路

 インスリン様シグナル経路は、寿命制御に関わる代表的な保存的経路である。線虫 C. elegans では、daf-2 変異によって寿命が大きく延長し、daf-2 と daf-16 が寿命と dauer 形成を制御する同一経路上の因子であることが示された。これらは哺乳類のインスリン/IGF シグナル経路に対応しており、酵母、ショウジョウバエ、マウスでも同様の寿命延長効果が確認されている。さらに、ヒトでは FOXO3 多型が長寿と関連することから、この経路が進化的に保存された寿命制御機構であることが示唆されている。

3.2 ラパマイシン標的経路(TOR 経路)

 TOR 経路は、栄養状態や成長シグナルに応答して寿命を制御する保存的経路である。ラパマイシン研究を通じて同定されたこの経路は、食事制限による寿命延長を媒介する有力な仕組みとして注目されてきた。酵母やショウジョウバエでは、TOR 経路の活性低下が食事制限に類似した寿命延長効果をもたらし、線虫では TOR 経路とインスリン様シグナル経路の両方に変異をもつ個体で、著しい寿命延長が認められた。これらの知見から、TOR 経路はインスリン様シグナル経路と並ぶ中心的な栄養感知経路として位置づけられている。

3.3 サーチュインと NAD+

 サーチュインと NAD+ は、代謝状態と老化制御をつなぐ重要な因子である。Sir2 は酵母の寿命制御因子として同定され、その活性が NAD+ に依存することが示された。哺乳類では複数のサーチュインが存在し、エピジェネティック制御やミトコンドリア機能に関与することから、サーチュインは健康寿命の維持に関わる代謝調節因子として位置づけられている。さらに、NAD+ は加齢や細胞老化、高脂肪食で低下し、断食、食事制限、運動で増加することから、その低下が老化過程に関与する可能性が示されている。

3.4 概日時計

 概日時計は、代謝や生理機能の恒常性維持に関わる重要な制御機構である。NAD+ 代謝と SIRT1 は概日時計と結びついており、加齢に伴って概日行動リズムや概日遺伝子発現は低下する。こうした概日リズムの破綻は、神経変性、肥満、2型糖尿病などの加齢関連病態と関連している。さらに、食事制限や時間制限給餌は概日恒常性を改善し、健康寿命の延長に関与する可能性が示されている。

3.5 ミトコンドリアと酸化ストレス

 ミトコンドリアと酸化ストレスは、老化研究における古典的な中心課題である。加齢に伴って酸化損傷が蓄積することは広く認められているが、それが老化の原因であるのか、あるいは結果であるのかは明確ではない。また、活性酸素は細胞障害をもたらす一方で情報伝達分子としても働くため、その役割は一様ではない。さらに、軽度のミトコンドリア機能障害が適応応答を誘導して寿命を延長するミトホルミシスや、ミトコンドリア unfolded protein response(UPRmt)の関与も示されており、ミトコンドリア機能と酸化ストレスの影響は状況依存的であると考えられている。

3.6 細胞老化

 細胞老化は、増殖停止、アポトーシス抵抗性、老化関連分泌表現型を特徴とする。これは主として、短縮・機能不全化したテロメアによる持続的な DNA 損傷応答によって誘導されるが、がん遺伝子による複製ストレス、エピゲノム異常、ミトコンドリア機能障害などによっても生じうる。老化細胞は加齢組織や疾患組織で増加し、さまざまな加齢関連病態に因果的に関与することが示されている。こうした知見を背景として、老化細胞を除去するセノリティクスが新たな治療戦略として位置づけられている。

3.7 慢性炎症

 慢性炎症は炎症老化として整理され、加齢に伴って持続する低度の慢性炎症状態を指す。これは、がん、2型糖尿病、心血管疾患、神経変性疾患、フレイルなど多くの加齢関連疾患と関連している。炎症老化には、免疫老化に加え、肥満、酸化ストレス、腸管バリア機能の低下、慢性感染、老化関連分泌表現型など多様な要因が関与する。一方で、食事制限のような寿命延長介入は炎症性指標を低下させることから、慢性炎症は老化生物学の重要な特徴のひとつと考えられている。

3.8 プロテオスタシス

 プロテオスタシスは、タンパク質の構造と機能を維持する基本的な仕組みであり、加齢に伴って低下する。正常老化では不溶化タンパク質が蓄積し、こうした変化は寿命制御因子とも関連している。プロテオスタシスの破綻は、神経変性疾患を含む加齢関連病態の背景のひとつとして位置づけられている。

4. 老化介入の転換点

 本章では、老化研究の進展が、老化そのものへの介入という新たな段階を切り開きつつあることを整理する。寿命延長に関与する遺伝子が予想以上に多く見出されたこと、さらに TOR やインスリンシグナル経路のような老化制御経路が多様な生物種で保存されていることから、これらの経路を標的とする介入をヒトに応用するという発想が現実味を帯びてきた。
 また、高齢化社会では加齢関連疾患による医療負担が増大している一方、現在の医療は臓器別・疾患別に分断されており、老化そのものを共通基盤として扱う視点が重要であると位置づけられている。

Table 1 健康寿命および/または寿命を延ばすための介入策 健康寿命と寿命を延ばす可能性について、現在ヒトを対象とした臨床試験で研究されているいくつかの重要な介入策。

4.1 ジェロサイエンスによる加齢関連疾患の治療

 ジェロサイエンスの考え方では、保存的な老化経路は多くの加齢関連疾患の病態生理に共通して関与すると捉えられる。そのため、老化機構への介入は、単一疾患ではなく複数の慢性疾患や老年症候群を同時に予防または改善しうると考えられている。実際、動物モデルでは、NAD+ や老化細胞のような単一の老化機構を操作することで複数の病態に影響が及ぶことが示されている。さらに、多疾患併存やフレイルは老化の進行段階を反映する臨床的指標として位置づけられ、老化機構への介入が広い臨床的利益をもつ可能性が示唆されている。

Fig. 2 ジェロサイエンスの概念と加齢関連疾患へのアプローチ 環境要因と遺伝的要因は、近年老化の特徴として定義された多くの重要な細胞プロセスと経路に影響を与える。これらの経路の多くは、慢性炎症段階の形成と老化に寄与する。これらは、疾患特異的な危険因子(例えば、コレステロール値と高血圧は、脳卒中や心筋梗塞などの心血管疾患につながる可能性がある)とともに、老化に伴う慢性疾患のリスクを高める。

4.2 今後の課題

 一方で、モデル生物で有効な介入がそのままヒトで有効とは限らない。食事制限でさえ、マウスやショウジョウバエでは系統によって寿命延長効果が異なり、遺伝的背景によって介入応答が変わることが示されている。ヒトでも、遺伝的多様性は疾患感受性、寿命、薬剤反応性に大きく関与するため、今後はジェロサイエンスと精密医療の連携が重要になると考えられている。さらに、マウス研究の再現性や、寿命延長が必ずしも健康寿命延長を伴うとは限らない点も、ヒト応用に向けた重要な課題として挙げられている。

4.3 臨床試験中の薬剤

 老化を標的とする候補薬の一部は、すでに動物モデルで寿命延長効果を示しており、ヒトでの検証段階へ進みつつある。特に、Interventions Testing Program では、ラパマイシン、アカルボース、ノルジヒドログアイアレチン酸、17-α-エストラジオール、アスピリンなどが、遺伝的に多様なマウスで再現性のある寿命延長効果を示した。老化介入の臨床試験では、単一疾患の発症ではなく、多疾患併存、フレイル、身体機能、日常生活動作、感染や手術に対するレジリエンスといった、複数の加齢関連機能を反映する評価項目が重要になると整理されている。

4.3.1 メトホルミン
 メトホルミンは、複数の老化関連分子機構に作用する抗糖尿病薬として位置づけられている。観察研究やランダム化試験では、糖尿病予防、心血管リスク因子の改善、死亡率低下に加え、がんや神経変性疾患の発症抑制の可能性も示唆されている。これらを背景として、糖尿病をもたない高齢者を対象に、死亡や主要な加齢関連慢性疾患の発症を複合評価項目とする TAME 試験が提案されている。

4.3.2 ラパマイシン類縁体
 
ラパマイシンは、TOR 経路を阻害し、酵母、ショウジョウバエ、マウスで寿命延長効果を示す、もっとも再現性の高い候補薬のひとつである。臨床では、低用量エベロリムス投与により高齢者のインフルエンザワクチン応答が改善し、その後の感染率も低下したことが報告されている。これらは、老化機構を標的とした薬剤で免疫老化という老化症候群に介入した初期の例として位置づけられている。

4.3.3 セノリティクス
 
セノリティクスは、老化細胞を選択的に除去する薬剤群であり、動物モデルでは老化関連機能低下を抑制する有望な効果が示されている。天然物由来のものと合成低分子化合物の両方が存在し、複数の企業や研究機関で開発が進められている。ただし、ヒトでは安全性試験が始まった段階であり、有効性についてはまだ結論が出ていない。

4.3.4 サーチュイン活性化因子
 
サーチュイン活性化因子は、サーチュイン活性を高めることで健康寿命の延長を目指す化合物群である。レスベラトロールや SRT1720 は前臨床では有望であったが、臨床では生体利用率や特異性の問題から十分な成功には至らなかった。一方、SRT2104 は比較的選択性の高い SIRT1 活性化因子として、小規模臨床試験が進められている。

4.3.5 NAD+ 前駆体
 
ニコチンアミドリボシドやニコチンアミドモノヌクレオチドのような NAD+ 前駆体は、加齢に伴う細胞内 NAD+ 低下を補う介入として注目されている。動物モデルでは複数の加齢関連疾患に対する保護効果が示されているが、ヒトでは NAD+ 濃度の上昇は確認されている一方、健康寿命の延長や老化介入としての有効性は、まだ示されていない。

4.4 運動は健康寿命を改善する

 薬剤開発に期待が集まる一方で、運動はすでに有効性が確立した老化介入として位置づけられている。運動は加齢関連疾患の発症を減らし、生活の質を改善し、平均寿命だけでなく最大寿命の延長にも寄与しうるとされる。しかも、その利益は比較的軽度の実践でも認められる点が強調されている。

4.5 栄養と老化

 食事は健康と老化に強い影響を与えるが、長期にわたり厳密に比較することが難しく、特定の食事法の優劣を断定することは困難であるとされる。そのうえで、長寿と関連する食事には、加工度の低い食品、植物中心の構成、少量の飲酒、過食の回避といった共通点がみられる。また、近年は間欠的断食、断食模倣食、時間制限給餌、さらにはケトン食にも関心が集まっており、これらが老化経路とどのように相互作用するかが今後の課題とされている。

4.6 老化バイオマーカーの必要性

 ジェロサイエンスの発展には、長期縦断研究に頼らず老化の進行や介入効果を評価できるバイオマーカーが必要である。老化は疾患そのものではないが、多くの加齢関連疾患の強力なリスク因子であり、真の老化バイオマーカーが利用可能になれば、介入試験を大幅に加速できる。
 近年では、プロテオミクス、トランスクリプトミクス、エピゲノミクスの進展により、その候補が見え始めており、DNA メチル化に基づくエピジェネティック時計や終末糖化産物などが有望な指標として挙げられている。こうした指標は、生物学的年齢や疾患リスクの評価、さらには介入効果判定に役立つ可能性がある。

4.7 結語

 老化研究はいま、基礎的発見を土台としてヒト介入へ進みつつある転換点にある。老化そのものを直接標的とする臨床試験はすでに始まりつつあり、ヒトへの翻訳には困難が伴うものの、健康寿命延長という観点からその意義は大きい。



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