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~ おへその乱読1000本ノック #0004 ~葉の老化:進行、制御、そして応用

 第4回 "おへその乱読1000本ノック" へようこそ。今回は、これまで扱ってきた iPS細胞、部分的初期化(partial reprogramming)、およびミトコンドリア機能を中心としたヒト側の若返り・老化制御の議論からいったん視点を転換し、植物の老化制御機構を比較対象として導入します。
 ヒトを含む動物では老化が一般に、組織恒常性の低下や機能劣化と結びつき、不可逆的な進行として理解される傾向があります。一方、植物では、老化過程における栄養再配置、分生組織を基盤とした更新能力、個体内部での時間の非同期性など、老化と再生が排他的ではない設計原理が確認されます。これは、若返り研究における前提座標を再考するうえで有用な比較枠組みと考えられます。
 そこで今回は、Guo et al. (2021) による葉老化の分子制御ネットワークとシグナル統合機構を参照し、老化を不可逆的崩壊ではなく、計画的・機能的な転換(programmed transition)として再定義する視点をみていきます。

要旨
 葉の老化は、植物の発生における最終段階であり、栄養同化から栄養素の再移動へと機能が移行する、遺伝的にプログラムされたプロセスである。この栄養素の再移動は、新しい芽や種子など成長中の器官に供給され、植物の適応度にとって不可欠である。老化の開始と進行は、年齢、植物ホルモン、環境ストレス(干ばつ、塩害、病原体感染など)といった多様な内的・外的要因によって厳密に制御される。
 分子レベルでは、葉の老化は、クロマチンリモデリング、転写、転写後、翻訳、翻訳後調節など、複数の階層にわたる複雑な遺伝的プログラムによって制御されている。特に、クロロフィルの分解は老化の最も目に見える兆候であり、特定の酵素経路(PAO経路)を通じて進行する。NACやWRKYファミリーなどの転写因子がマスターレギュレーターとして機能し、老化関連遺伝子(SAGs)の発現を制御する。植物ホルモンは重要な役割を担い、サイトカイニンやオーキシンは老化を遅延させる一方、エチレン、アブシジン酸(ABA)、ジャスモン酸(JA)、サリチル酸(SA)などは促進する。
 葉の老化メカニズムの理解は、作物改良への応用において大きな可能性を秘めている。老化を遅延させるステイグリーン形質は、光合成期間を延長し、特にストレス条件下での収量増加に繋がることが示されている。サイトカイニン合成遺伝子(IPT)を老化特異的プロモーターで発現させるなどの遺伝子操作技術により、イネ、コムギ、トウモロコシなどの主要作物で収量やストレス耐性の向上が報告されている。しかし、老化の遅延が栄養素の再移動を妨げ、穀物のタンパク質含有量を低下させる可能性もあり、収量と品質のバランスを考慮した応用が今後の課題である。


1. 葉の老化とは

 葉の老化は、葉の発生段階の最終相に位置づけられる発生的で遺伝的に制御された過程であり、単なる劣化ではなく機能の転換期として位置づけられている。具体的には、光合成による資源同化が終息へ向かい、核酸・タンパク質・脂質などの分解と、それに続く栄養再分配(リモビライゼーション)が進行する。この再分配は、新葉・生殖器官・根などのシンク側の成長や繁殖成功に寄与するとされる。
 老化の開始と進行は年齢情報に依存するだけでなく、植物ホルモン(エチレン、ABA、JA、SA など)による促進シグナル、サイトカイニンやオーキシンによる抑制的シグナル、さらに乾燥・温度・光環境・病原体などの外的要因が統合され、タイミングが調整される。そのため、老化は直線的ではなく、複数の入力が結びつくネットワーク的制御として理解される。
 分子レベルでは、数千に及ぶSAG(Senescence-Associated Genes)が発現変化を示すことが報告されており、転写因子群(NAC、WRKY、bHLH など)を核とした遺伝子調節ネットワークが段階的に作動する。また、クロマチン構造変化やヒストン修飾、DNAメチル化などのエピジェネティック制御、miRNAやRNAスプライシングを介した転写後制御、さらにユビキチン-プロテアソームやオートファジーによる翻訳後制御が重層的に関与する。この多層構造が、老化の開始・速度・最終段階を精密に支えていると整理されている。


2. 葉の老化の兆候:クロロフィルと葉緑体の分解

 葉の老化で最も早期に目に見える指標は、クロロフィル(Chl)の減少に伴う黄化である。これは単なる色の変化ではなく、葉緑体そのものの構造的・機能的な解体が進んでいることを示す現象として扱われる。葉緑体は葉の全タンパク質の約70%を保持しており、その分解は窒素と炭素の再移動に不可欠である。老化葉では光合成能力が低下し、それに並行して図1に示したクロロフィル分解経路(PAO/フィロビリン経路)が活性化し、分解産物は順次細胞外へ輸送される。

図1 クロロフィル分解の生化学的経路 老化に伴い、Chl b → Chl a → pheophorbide a → RCC → phyllobilins(FCC/NCC)へと段階的に変換され、酵素反応と輸送を介して安全な代謝物へ処理される。光毒性中間体(pheide a)を挟むため、進行速度と分解順序には厳密な制御が必要とされる。

 クロロフィル分解は、図1に示すように段階的な酵素反応で進む。NYC1/NOL → HCAR → NYE1(SGR)→ PPH → PAO → RCCRといった酵素群が主要な役割を担い、特に pheophorbide a のような光毒性中間体を経ることから、過不足のない速度調整が必須となる。そのため、細胞はフィードバック機構や局所制御を伴い、分解反応の安全な進行を確保している。
 葉緑体の解体は、単一経路ではなく複数の分解経路が併存する点が特徴的である。葉緑体内部のプロテアーゼによる局所的分解に加え、RCB(Rubisco-containing bodies)や SAV senescence-associated vacuoles)による輸送小胞を介した分解、さらにオートファジー依存/非依存経路が並行して働くことで、タンパク質・膜系・光化学複合体が段階的に処理される。また、ユビキチン/プロテアソーム系とオートファジーが協調的に機能し、過剰な損傷や有害物質の蓄積を避けている点も特徴とされる。
 このように、クロロフィルの減少は結果ではなく、栄養再移動に向けた準備段階の開始サインであり、葉緑体解体は老化の中心に位置づけられる制御されたプロセスである。光合成装置の解体と代謝産物の再利用は、次の組織・世代への投資として機能するため、作物ではこの段階の調整が収量・品質・成熟タイミングに直結する応用ポイントとなる。


3. 葉の老化を支える多層的制御ネットワーク

 葉の老化は、単一の経路が作動する現象ではなく、複数の調節層が順次働くことで成立する発生的プロセスである。図2が示すように、その制御は上流から下流へと段階的に構成され、老化の開始・促進・実行・後処理が役割分担されている。これは、老化が制御不能な崩壊ではなく、調整可能な生物学的意思決定点として機能しているという視座を支える。

図2 植物の老化と老化の多層制御 葉の老化はエピジェネティック制御・転写/転写後制御・翻訳後制御が段階的に連なる多層ネットワークとして進行する。外的要因(乾燥・光・温度・病原体)や内的要因(年齢・ホルモンバランス)は、この階層へ入力され、老化開始時期と進行速度が統合的に決定される。

3.1 上流:エピジェネティック制御

 老化開始に先行して、ヒストン修飾やDNAメチル化状態が変化し、SAG(senescence‑associated genes)が発現しやすいクロマチン状態へと移行すると考えられている。以下のエピジェネティック変化は、老化開始をプライムする上流過程として機能し、老化の時期決定に関与する因子群として整理されている

  • H3K4me3やH3K9acなど、転写活性化と関連するヒストン修飾パターンの変化(SAG近傍での増加など)

  • REF6(H3K27me3脱メチル化酵素)やHDA9(ヒストン脱アセチル化酵素)などによるクロマチン状態の再編成

  • DML3を介したSAGプロモーターDNAメチル化の低下と、それに伴うSAG発現の促進

3.2 中流:転写因子ネットワーク

 続いて、NAC・WRKYファミリーを中心とした転写因子群が、老化の方向性と速度を規定する指令層として働く。以下の転写因子群は、正のフィードフォワードループやフィードバック、さらには促進因子と抑制因子間の相互抑制を通じて、SAG発現の立ち上がりと推進力を調節することが報告されている。

  • NAC系:ANAC016、ORE1、AtNAP などが老化促進側に働く

  • WRKY系:WRKY53、WRKY6、WRKY75 などがホルモンやROSシグナルと結びついた増幅回路を形成する

  • bHLH/MYBはホルモン応答やストレス応答の制御を通じて、このネットワークに補助的に調整介入する。

3.3 緩衝層:miRNAを中心とした転写後制御

 老化シグナルが過剰に加速したり不十分になったりしないよう、mRNA段階での量的フィードバック調整が働く。​これにより、この層は一種の暴走防止帯として機能し、上流の転写因子ネットワークの出力を受けて老化が滑らかに進行するための緩衝機構を形成する。

  • miR164はORE1 mRNAを標的としてその蓄積を抑制し、EIN2を介したエチレンシグナルと連動してORE1依存的な老化促進を微調節する。​

  • miR319はTCP関連転写因子を抑制し、その下流のホルモン応答やNAC系因子の発現制御を通じて、老化の進行度を調整する。​

  • これらを含むsenescence関連miRNAの発現変動は、老化ネットワークの出力を平滑化し、過度な進行や早期の立ち上がりを緩和する役割を担うと考えられている。

3.4 下流:翻訳後制御と分解系

 末端層では、タンパク質やオルガネラの処理・回収が行われ、老化過程における安全運転が支えられている。以下の両経路の協調により、損傷タンパク質や過剰なオルガネラ由来の代謝負荷や光毒性・酸化ストレスのリスクが低減される。これは最終段階のみで働くわけではなく、老化進行中ずっと機能し続ける品質管理層として位置づけられる。

  • オートファジー(ATG群):とくに葉緑体分解では、RCB(Rubisco-containing bodies)、SAV(senescence-associated vacuoles)、CCVs(chloroplast-derived vesicles)などの小胞経路を介して、葉緑体や他のオルガネラ成分の処理・再利用が進む。

  • UPS(ユビキチン–プロテアソーム):ホルモン応答因子や転写因子などの制御タンパク質をユビキチン化を介して選択的に分解し、老化シグナルの強度と持続時間を調整する。

3.5 階層制御の意義

 以上の制御層は、植物の老化を次のように位置づける根拠となる。

  • 老化は、単なる不可逆な崩壊過程ではなく、複数の入力が統合されて進行する発生プログラムに類似した制御プロセスとみなすことができる。

  • 上流のエピジェネティック層による開始の許可、中流の転写因子ネットワークによる方針決定、miRNAなどによる量的調整、そしてオートファジーやUPSによる実行と回収が、段階的な枠組みとして積み重なっている。

  • このような階層モデルは、Stay-Green育種や成熟速度制御、ストレス条件下での老化調整などにおいて、それぞれの階層を標的とした複数の介入点を提示する視座にもつながる。


4. 葉の老化のホルモンによる調節

 葉の老化は、年齢情報だけに従って自動的に進むわけではなく、複数のホルモン間の力学的バランスと環境刺激の重なりによって、その開始タイミングと進行速度が決まる。​ここでの促進と抑制の関係は、単純な固定的二分ではなく、ホルモン組成や環境条件・発達段階に応じて重み付けが変化する可動式の関係として整理できる点が特徴である。そのため、同じホルモンでも他のホルモンやストレスシグナルとの組み合わせ次第で、老化促進にも老化抑制にも働き得るという、多層的な調節様式が想定されている。(図3)。

図3 内的シグナル(ホルモン)と外的シグナル(環境入力)による老化統合マップ 葉の老化は、複数のホルモンシグナルと環境要因が一点に収束し、 ORE1 を中心とした転写因子ネットワークを介して進行度が決定される。 「進める/待つ」という判断は、促進側(ABA・エチレン・JA・SA など)と、抑制側(オーキシン・CK・GA)との力関係の上に成り立つ。

4.1 促進軸:ABA/エチレン/JA・SA

 図3に示されるように、老化促進側の中心には ABA→NAP/ABI 系とエチレン→EIN2/EIN3→ORE1 軸が位置し、JA・SA がストレス環境下でこれらを補強する。これらは加速層として働き、老化を進める決断が下った後の推進力と実行力を支える。

  • ABA:PYL9 経路を介して AtNAP や SAG113 などの下流因子に接続し、葉の老化を促進する方向に働く。

  • エチレン:ACS2 による生合成亢進から EIN2/EIN3 を介し、miR164–ORE1 軸の活性化へ至る促進回路を形成する。

  • JA・SA:病原体応答などの防御反応と並行して、老化シフトを後押しする役割を担う。

4.2 抑制軸:オーキシン/CK/GA

 若い葉や栄養成長期では、抑制側シグナルが延期・猶予の余地をつくる。つまり、この層は「老化を止める」というより、「まだ開始しない」という状況に応じた選択肢を残す安全余白を形成する。

  • オーキシン(IAA):一部の系では ARF2 を介して SAG 発現を抑制し、老化促進シグナルの立ち上がりを遅らせる方向に働くとされる(ORE12 や AHK3 経路との関係も報告されている)。

  • CK(サイトカイニン):AHK3–ARR2 系を中心に、光合成能力や葉機能の維持を促し、老化を抑制する方向に働く。

  • GA(ジベレリン):DELLA たんぱく質の関与を通して、ABA 軸などと拮抗しうるが、その効果は発達段階や環境条件に依存する。

4.3 環境入力:ストレスや光・概日時計との接続

 環境要因は、主としてホルモンシグナル経路に乗って老化ネットワークへ流入する(図3)。これは、老化が単なる受動的な損耗ではなく、外部環境に応じた資源再配置戦略として描かれている点が重要である。

  • 乾燥ストレス:ABA の上昇を介して AtNAP/ABI 経路が活性化され、老化促進側へとシフトしやすくなる。

  • 遮光や光質変化:phyB・ELF3・PIF5 などの光・概日時計関連因子が ORE1 系に接続し、光環境に応じて葉老化のタイミングを調整する。

  • 病原体感染や養分欠乏:JA・SA 系が強まり、ROS 蓄積と並行して老化が進行する。

4.4 統合点:ORE1 の位置づけ

 促進/抑制、内的/外的入力の多くは、最終的に ORE1(NAC 転写因子)の発現と活性の制御を通じて老化ネットワークに統合される。つまり、ORE1 は単純なオン/オフのスイッチというより、複数の情報が集約される判断のノードである。その出力が4章および図2で示した階層制御に接続され、老化の進行段階が具体的なかたちをとって表れる。

  • 促進側:ABA・エチレン・JA などが ORE1 の発現・活性化を高める方向に働く。

  • 抑制側:CK や IAA などが ORE1 を抑制し、老化の立ち上がりを遅らせる方向に作用する。

  • miR164:これら促進・抑制入力の間で ORE1 mRNA 量を調整する「量的調整役」として機能する。

4.5 シグナルの和としての老化

 老化は、内的成熟度・ホルモン力学・環境入力がつくるシグナルの「ベクトル合成」として理解できる。まず、促進シグナルと抑制シグナルの釣り合いによって「進行 or 待機」が決まり、そのうえで階層制御によって進行の質と速度が規定される。
 この視点は、Stay-Green 表現型の設計やストレス下栽培における老化制御の介入点を考える際の前提となりうる。

4.6 ホルモン配置と老化・収量トレードオフ

 さいごに、各ホルモンの役割と主なシグナル伝達因子を表1に示した。CK・IAA・GA は、典型的には葉の老化を遅延させ、葉の機能維持を方向づけるホルモン群として位置づけられる。 一方、エチレン・SA・ABA・JA・BR・SL は、条件に応じた強弱はあるものの、総じて老化を促進する側に働くことが多い。 特に GA の作用は他ホルモンや環境要因とのクロストークに強く依存し、系や条件によっては老化を促進的に支える場合がある。​

表1 各ホルモンの役割と主なシグナル伝達因子

 葉の老化プロセスは、作物収量に対して相反する 2 方向の影響をもたらす。 一方では、葉の老化が遅れることで光合成期間と登熟期間が延長し、同化産物の生産増加を通じて収量向上に寄与し得る。 他方で、葉の老化が過度に遅延すると、老化葉から穂・果実など収穫器官への栄養再移動が不十分となり、結果的に収量や品質に悪影響を及ぼす可能性がある。 このため、CK・IAA・GA とエチレン・SA・ABA・JA・BR・SL のバランス設計は、Stay-Green 育種やストレス下栽培における老化制御戦略の中核となる。


5. 葉の老化の環境による調節

 干ばつ、光不足、塩害、病原体攻撃などの様々な環境ストレスは、しばしば葉の老化開始を早める。 これは、不利な条件下で栄養の再配分や繁殖を前倒しするための能動的な脱出戦略の一形態と解釈される場合がある。

  • 概日リズム
     時計振動子 TOC1 や PRR9、CCA1 などの概日時計因子が老化制御に関与することが報告されており、老化の進行に伴う概日リズムの変化も観察されている。 このように、老化と概日時計は密接に関連しており、ORE1 は時計シグナルによる老化制御が収束する主要ノードの一つである可能性が指摘されている。


  •  PIF4 および PIF5 は暗黒誘導性老化に不可欠であり、光条件の変化に応じて葉老化の進行を制御する。 これらの因子は、エチレンおよび ABA シグナル伝達経路の主要因子である EIN3 と ABI5 の発現を直接活性化し、ホルモン経路を介した老化促進を仲介する。

  • 塩ストレス
     高塩濃度はイオン毒性および浸透ストレスを引き起こし、ROS の過剰蓄積を通じて葉の老化や細胞死を誘導する。

  • 干ばつストレス
     ABA が主要なメディエーターとして機能し、ABA 受容体 PYL9 は古い葉の老化を促進して葉からの水需要を減らし、新しい組織への水の優先的な流れを確保することで、厳しい干ばつ条件下での植物の生存を助ける。

  • 病原体攻撃
     ROS・SA 経路を介した防御と老化の連動、WRKY ファミリーが両方を制御する。

  • DNA損傷ストレス
     老化に伴い DNA 損傷が蓄積し、DNA 修復能力が低下することが知られている。 ATM キナーゼは DNA 二本鎖切断(DSB)シグナルに応答して細胞周期や転写プログラムを調節し、一部の系では老化関連因子の発現制御を通じて老化のタイミングに影響を与える可能性が示唆されている。


6. 作物改良のための応用研究

 葉の老化メカニズムの知見は、収量・品質・ストレス耐性を向上させるための作物改良に広く応用されつつある。 特に、葉の老化を遅延させるステイグリーン形質の導入は、多くの作物で検討されている中心的な戦略の一つである。

6.1 高収量化のための遺伝子操作

 老化の遅延は、光合成期間の延長を通じて、特にストレス条件下で収量を増加させることが多い。

  • pSAG12::IPTシステム
     
    老化特異的プロモーターSAG12を用いてサイトカイニン合成遺伝子IPTを発現させる自己制御システム(pSAG12::IPT)が構築されている。 レタス、イネ、コムギ、トウモロコシなど複数の作物で、葉の老化を遅延させ、特にストレス条件下で収量を増加させた例が報告されている。

  • 転写因子の操作
     
    Arabidopsisで同定されたマスター転写因子NAPやORE1のホモログを標的として、作物での発現量や活性を操作することで、葉の老化を遅延させ収量向上を目指す試みが複数の種で報告されている。

  • 収量と品質のトレードオフ
     
    老化の遅延はソース(葉)からシンク(穀物)への窒素再移動を阻害し、穀物のタンパク質含有量を低下させることが報告されている。 このため、単に老化を遅らせるだけでなく、栄養素の再移動効率とのバランスを最適化し、作物種・収穫器官・栽培条件ごとに適した老化制御の程度を設計することが重要である。

6.2 様々な作物における老化遅延の効果

 表2は、さまざまな作物に老化遅延戦略を導入した際の収量や品質への影響をまとめたものである。

表2 遺伝子組み換え作物の葉の老化遅延による収量への影響


6.3 ストレス耐性の向上と園芸パフォーマンスの改善

  • ストレス耐性
     
    老化が遅延した植物は、干ばつ、塩害、高温などの環境ストレス条件下で、しばしば高い耐性を示すことが報告されている。 これは、とくにストレス条件下ではシンク能よりもソース能(光合成能力)が収量の制限要因となる場合が多いためと考えられる。

  • 園芸パフォーマンス

    • 野菜:レタスやブロッコリーなどでpSAG12::IPTシステムを用いると、葉の老化が遅延し、収穫後の貯蔵寿命が大幅に延長されることが報告されている。

    • 果樹(果菜):トマトで特定のNAC転写因子の発現を抑制すると、葉の老化が遅延し、果実収量の増加に加えて糖度(可溶性固形物含有量)が向上する例が示されている。

    • 芝生:クリーピングベントグラスにpSAG12::IPTを導入すると、老化遅延とともに干ばつや熱ストレスに対する耐性が向上し、芝生としてのパフォーマンスが改善される。

7.課題と展望

7.1 未解決の主要課題

  • ホルモン間相互作用:
     エチレン、ABA、JA、SA など個々のホルモンの老化制御機能については、かなり詳しく解析が進んでいる一方で、これらがどのようなネットワーク構造で協調し、状況依存的な出力を生み出しているかについては、依然として不明な点が多い。

  • シグナル統合機構:
     発達段階や環境ストレスなどの多様な入力が、どのようにホルモンシグナル経路に取り込まれ、さらに転写因子ネットワークやエピジェネティック修飾を介して遺伝子発現に統合されるのかについても、統一的なモデルはまだ十分に確立していない。

7.2 応用研究への展望

  • 穀類の登熟期におけるソース・シンク関係と窒素など栄養再動員の分子機構を詳細に解明することは、収量と品質のトレードオフを精密に制御するうえで重要な課題である。

  • 多様な作物種における SAG(senescence‑associated genes)の機能解析を進めることで、老化と収量・品質との関係に関する理解が一層深まり、作物ごとに最適な老化制御戦略の設計が可能になると期待される。

  • CRISPR/Cas9 などのゲノム編集技術を活用することで、緑化維持(stay‑green)形質を精密に導入した作物の開発と商業化が、今後さらに現実味を増すと見込まれる。


略語

ABA: アブシシン酸
ABI5: ABA不応性5
ABS3: 異常シュート3
AIF2: ATBS1相互作用因子2
ANT: 外被
ARF2: オーキシン応答因子2
AS: 選択的スプライシング
ATG: オートファジー
ATI1: ATG8相互作用タンパク質1
ATL31: アラビドプシス・トキコス・エン・レバドゥーラ 31
ATM: 変異型毛細血管拡張症
BBS1: 両側葉身老化1
BCM1: クロロフィル代謝のバランス1
BRs: ブラシノステロイド
BSP: 樹皮貯蔵タンパク質
CAT: カタラーゼ
CCA1: 概日時計関連1
CCE: クロロフィル分解酵素
CCG: クロロフィル分解遺伝子
CCV: CV含有小胞
クロロフィル: クロロフィル
CK: サイトカイニン
CRF: サイトカイニン応答因子
CRN1: NYE1と共制御される
CV: 葉緑体の小胞化
DDM1: DNAメチル化の低下1
DFCC: ジオキソビリン型(II型)FCC
DNCC: ジオキソビリン型(II型)NCC
DRD1: RNA誘導性DNAメチル化1の欠陥
DSB: 二本鎖DNA切断
DUB: 脱ユビキチン化酵素
EC: イブニングコンプレックス
EEL: 強化EMレベル
EIN2: エチレン不感受性2
ELF3: 早咲き3
ERF4: エチレン応答因子4
ESP: エピチオスペシファイアータンパク質
ESR: エピチオ特異的老化制御因子
FCC: 蛍光クロロフィル分解産物
FHY3: 遠赤色伸長胚軸3
GA: ジベレリン酸
H3K27me3: ヒストンH3タンパク質のリジン27のトリメチル化
H3K4me3: ヒストンH3タンパク質のリジン4のメチル化
H3K9ac: ヒストンH3タンパク質のリジン9のセチル化
HDA9: ヒストン脱アセチル化酵素9
IPT: イソペンテニルトランスフェラーゼ
JA: ジャスモン酸
JAZ: ジャスモネート・ジムドメイン
LUX: ラックス・アリズム
MATE: 多剤および毒性化合物の排出
MAX2: 軸成長の促進2
mFCC: 修正FCC
NAP: NACに類似、AP3/PIによって活性化される
NCC: 非蛍光クロロフィル分解産物
NOL: NYC1類似体
NORE1: NOT ORESARA 1
NPX1: 核タンパク質 X 1
NYC1: 黄色以外の着色料1
NYEs: 黄色以外の着色料
OEM: 外被膜
ORE1: ORESARA 1
pFCCs: 一次蛍光クロロフィル分解産物
PhyB: フィトクロムB
PIF: フィトクロム相互作用因子
POD: ペルオキシダーゼ
PTM: 翻訳後修飾
RCB: ルビスコ含有体
RCC: 赤色クロロフィル分解産物
ROS: 活性酸素種
S3H: SA 3-ヒドロキシラーゼ
SA: サリチル酸
SAGs: 老化関連遺伝子
SAM: 茎頂分裂組織
SARK: 老化関連受容体様キナーゼ
SATMF: 生殖能力におけるATM変異体の抑制因子
SAUL1: 老化関連E3ユビキチンリガーゼ1
SAUR36: 小型オーキシンアップRNA 36
SGRL: SGR様
SGR: ステイグリーン
SL: ストリゴラクトン
smRNA: 低分子RNA
SOD: スーパーオキシドディスムターゼ
SSTG: 小さなデンプン顆粒のような構造
SUVH2: 斑入り抑制因子3-9相同2
tasiRNA: トランスアクティング低分子干渉RNA
TCP: テオシント分岐/シクロイデア
TFs: 転写因子
TOC: トランスロコン外膜複合体
TOC1: CAB発現のタイミング1
UBP: ユビキチン特異的プロテアーゼ
UPS: ユビキチン-26Sプロテアソーム系



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