〜 おへその乱読1000本ノック #0119 ~ タンパク質リン酸化を介したインスリン/IGFー1シグナルによる寿命制御
ようこそ第119回 おへその乱読1000本ノックへ。
前回は、FoxOが栄養応答と細胞防御を結びつけ、老化や加齢関連疾患に関与する仕組みを見てきました。今回は、その上流に位置するインスリン/IGF-1シグナル伝達経路(IIS)を、転写制御だけでは捉えきれないタンパク質リン酸化の視点から掘り下げます。
Li et al.(2021)は、線虫の野生型とIIS変異体を用いた大規模リン酸化プロテオーム解析により、DAF-2シグナルの低下に伴うリン酸化ネットワークの変化を網羅的に解析した原著論文です。さらに、機械学習によって寿命制御に関わる候補部位を絞り込み、AKT-1、EIF-2α、CDK-1のリン酸化、生殖系列、CK2キナーゼが寿命制御に関与することを実験的に検証しました。
本稿では、IISがDAF-16/FOXOを介した転写制御にとどまらず、翻訳抑制、生殖系列の増殖制御、キナーゼネットワークを通じて、線虫の長寿表現型を形成する仕組みを見ていきます。

要旨
インスリン/IGF-1シグナル伝達経路(IIS)は、DAF-16/FOXOの活性を抑えることで寿命を制限することが知られている。しかし、IISに属するキナーゼが、FOXO以外の標的をどのようにリン酸化し、寿命を調節するのかは十分に明らかでなかった。
本研究では、線虫 Caenorhabditis elegans の野生型、daf-2、daf-16、daf-16; daf-2変異体を用いて、大規模定量リン酸化プロテオーム解析を行った。その結果、15,443か所のリン酸化部位を同定し、そのうち9,949か所は新規であった。長寿命のdaf-2変異体では、408個のリン酸化アイソフォームが変化し、これらに対応する476か所のリン酸化部位がIIS依存的に調節されていた。さらに、配列保存性、表面露出性、二次構造、上流キナーゼ、近傍修飾、相互作用領域を統合する機械学習法iFPSを開発し、寿命制御に関わる可能性の高い25か所の候補部位を抽出した。
機能解析では、AKT-1のT492リン酸化がAKT-1活性を維持し、DAF-16を抑制する負のフィードバックに関与することが示された。また、daf-2変異体ではGCN-2依存的にEIF-2α S49リン酸化が増加し、タンパク質合成を抑えることで寿命延長に寄与した。さらに、CDK-1 T179リン酸化の低下と生殖系列でのCDK-1活性低下が、DAF-16依存的な寿命延長につながった。加えて、低リン酸化部位にはCK2基質モチーフが濃縮しており、CK2サブユニットの阻害は寿命を延長した。
以上より、IISによる寿命制御はDAF-16/FOXOを介した転写制御だけでは説明できず、翻訳抑制、生殖系列の増殖制御、AKT-1の負のフィードバック、CK2を含む広範なリン酸化ネットワークによって形成されることが示された。
1.イントロダクション:IISによる寿命制御をリン酸化から捉える
インスリン/IGF-1シグナル伝達経路(IIS)は、栄養状態に応じて成長、代謝、生殖、ストレス応答を調節する、動物に広く保存された経路である。線虫では、DAF-2からAGE-1/PI3K、PDK-1、AKT-1、AKT-2へとシグナルが伝達され、DAF-16/FOXOがリン酸化されて細胞質に保持される。これに対し、daf-2の機能が低下するとDAF-16は核内へ移行し、ストレス抵抗性や細胞維持に関わる遺伝子群を誘導することで寿命を延長する。すなわちIISは、栄養状態に応じて、成長優先の状態から維持・防御優先の状態へ切り替える中核的な制御系である。
しかし、DAF-16はIIS低下による寿命延長に必須であるものの、その過剰発現や核内移行だけでは、daf-2変異体の長寿表現型を完全には再現できない。さらに、daf-2変異体ではmRNA量とタンパク質量の変化が必ずしも一致しないことから、寿命制御には転写制御に加えて、翻訳やその他の転写後調節も関与すると考えられる。
なかでもタンパク質リン酸化は、キナーゼとホスファターゼによって構成されるIISの情報伝達を担う主要な翻訳後修飾である。しかし、寿命制御への関与が確認されているリン酸化部位はごく限られており、IISの低下によって線虫全体のリン酸化状態がどのように再編成されるのかは明らかでなかった。
本研究では、野生型とIIS変異体を用いた定量リン酸化プロテオーム解析により、IIS依存的に変化するリン酸化ネットワークを網羅的に解析し、DAF-16を介した転写制御だけでは説明できない寿命制御機構の解明を目指した。
2. リン酸化プロテオーム解析と機械学習による候補抽出
2.1 IIS変異体のリン酸化プロテオームを網羅的に解析する
IIS低下に伴うリン酸化変化を捉えるため、野生型、daf-2、daf-16、daf-16; daf-2二重変異体の成虫を比較した。各試料には内部標準として¹⁵N標識野生型線虫由来タンパク質を加え、トリプシン消化後、高pH逆相分画とPolyMAC-Tiによるリン酸化ペプチド濃縮を行い、LC–MS/MSで同定・定量した(図1a)。
その結果、4,418タンパク質から15,443か所のリン酸化部位を同定し、うち9,949か所は既存データベースに登録されていない新規部位であった(図1b)。IIS構成因子についても、インスリン様ペプチドからDAF-16まで計32か所のリン酸化部位が見いだされ、17か所が新規であった(図1c)。さらに、同一タンパク質上の異なるリン酸化状態をリン酸化アイソフォームとして区別することで、個々の部位だけでなく、複数部位の組み合わせも解析対象とした(図1d)。

図1 線虫IIS変異体を用いた定量リン酸化プロテオーム解析
a:野生型、daf-2、daf-16、daf-16; daf-2二重変異体の成虫からタンパク質を抽出し、¹⁵N標識した野生型試料を内部標準として混合した。トリプシン消化後、高pH逆相分画、PolyMAC-Tiによるリン酸化ペプチド濃縮、LC–MS/MSを組み合わせ、リン酸化ペプチドを同定・定量した。 b:15,443か所の高信頼度リン酸化部位を同定し、そのうち9,949か所は既存の線虫リン酸化部位データベースdbPAFに未登録であった。 c:インスリン様ペプチド、DAF-2、AGE-1、PDK-1、AKT-1、AKT-2、DAF-16など、IIS構成因子上に32か所のリン酸化部位を同定し、そのうち17か所は新規であった。 d:DAF-16を例に、単一または複数のリン酸化部位を含むペプチドを異なるリン酸化アイソフォームとして区別した。これにより、個々の部位だけでなく、複数部位の組み合わせも解析対象とした。
2.2 daf-2変異体ではリン酸化ネットワークが再編成される
全体で10,705個のリン酸化アイソフォームが定量され、このうち2,656個は4系統すべてで測定された。さらに、全15試料で定量された400個を用いて主成分分析を行うと、長寿命のdaf-2変異体は他の3系統から明確に分離した。試料間相関に基づくクラスタリングでもdaf-2群のみが独立した集団を形成し、IIS低下が線虫全体のリン酸化状態を大きく変化させることが示された(補足図2c、d)。
daf-2変異体では野生型と比べて、212個の低下したリン酸化アイソフォームと196個の増加したリン酸化アイソフォームが検出された。計408個の変動リン酸化アイソフォームは、476か所のリン酸化部位に対応した。経路解析では、FOXOシグナルや寿命制御経路に加え、脂質代謝、リボソーム、RNA輸送などが濃縮した。脂質代謝関連タンパク質のリン酸化変化はDAF-16依存的であったのに対し、RNA輸送関連タンパク質の低リン酸化はdaf-16欠損下でも維持されており、IISがDAF-16依存・非依存の両経路を介してリン酸化ネットワークを再編成することが示唆された(補足図2e、f)。

補足図2 IIS変異体におけるリン酸化変化の全体像
a、b:¹⁵N標識内部標準を用いたリン酸化ペプチドおよびリン酸化アイソフォームの定量法と、4系統間で定量されたリン酸化アイソフォームの重なりを示す。 c:全15試料で定量された400個のリン酸化アイソフォームを用いた主成分分析。長寿命のdaf-2変異体は、野生型、daf-16、daf-16; daf-2二重変異体から明確に分離した。 d:試料間のSpearman相関係数に基づく階層的クラスタリング。daf-2変異体の生物学的反復は一つのクラスターを形成し、他の3系統とは異なるリン酸化プロファイルを示した。 e:各IIS変異体で変化したリン酸化タンパク質のKEGG経路濃縮解析。daf-2変異体ではFOXOシグナル、寿命制御、脂質代謝、リボソームなどの経路が濃縮した。 f:低リン酸化群と高リン酸化群を分けた経路解析。RNA輸送関連タンパク質の低リン酸化はDAF-16非依存的である一方、脂質代謝関連の変化にはDAF-16依存性が認められた。
2.3 iFPSにより寿命関連リン酸化部位を絞り込む
多数の変動部位から機能的に重要な候補を抽出するため、機械学習モデルiFPSを構築した。iFPSは、上流キナーゼファミリー数、リン酸化部位の保存性、相対的表面露出度、近傍アセチル化部位との共存、二次構造、相互作用ドメイン/モチーフという6種類の特徴量を統合するモデルである(図2a)。
既知の機能的リン酸化部位を用いて学習させたところ、iFPSは各特徴量を単独で用いたモデルより高い予測性能を示した(図2b)。そこで、daf-2変異体で変化した476か所のリン酸化部位にiFPSを適用し、スコア上位5%に入る25か所を寿命関連候補部位として抽出した(図2c、d)。
これらの候補は、FOXOシグナル、翻訳開始、リボソーム生合成、細胞周期に関わるタンパク質に集中していた。なかでもAKT-1 T492、EIF-2α S49、CDK-1 T179は、それぞれIISの負のフィードバック、翻訳抑制、生殖系列の細胞周期制御を代表する候補として、以後の機能解析に選ばれた。

図2 機械学習iFPSによる寿命関連リン酸化部位の優先順位づけ
a:機能的リン酸化部位を予測する機械学習モデルiFPSの概略。上流キナーゼファミリー数、リン酸化部位の保存性、相互作用ドメイン/モチーフ、相対的表面露出度、二次構造、近傍アセチル化部位との共存という6種類の特徴量を統合した。 b:既知の機能的リン酸化部位を用いた10分割交差検証。6特徴量を統合したiFPSは、各特徴量を単独で用いたモデルより高い予測性能を示した。 c:daf-2変異体と野生型の比較で検出されたリン酸化アイソフォームの変化。赤は高リン酸化、緑は低リン酸化を示し、AKT-1 pT492、EIF-2α pS49、CDK-1 pT179を機能解析対象として選択した。 d:daf-2変異体で変化した476か所のリン酸化部位のうち、iFPSスコア上位5%に入った25か所を寿命関連候補部位として抽出した。候補はFOXOシグナル、翻訳開始、リボソーム生合成、細胞周期などに関わるタンパク質に集中していた。
3.AKT-1 T492リン酸化はIIS低下を補償する
3.1 T492リン酸化はAKT-1の機能を支える
AKT-1 T492は、iFPSによって高優先度候補に選ばれたリン酸化部位であり、ヒトAKT1のT450に対応する。両者はいずれもC末端側の保存されたターンモチーフに位置し、哺乳類ではmTORC2が翻訳と同時にT450をリン酸化することが知られている(図3a)。
標的質量分析では、野生型を含む4系統すべてで非リン酸化型T492ペプチドは検出されず、pT492型のみが検出された。また、daf-2変異体ではAKT-1タンパク質量とpT492型AKT-1がともに約2.2~2.4倍に増加し、両者の変化量はほぼ一致した。これは、daf-2変異によってT492のリン酸化率自体が選択的に高まるのではなく、新たに合成されたAKT-1の大部分が恒常的にT492リン酸化を受けており、タンパク質量の増加に伴ってpT492型も比例的に増えることを示している(図3b)。
T492をリン酸化するキナーゼを特定するため、TORC2構成因子RICT-1の機能を低下させたところ、AKT-1量は変化しなかったが、T492リン酸化は約40%低下した。したがって、線虫TORC2はT492リン酸化の少なくとも一部を担っていると考えられる(図3c)。
さらに、CRISPR/Cas9によりリン酸化不能型akt-1-T492A変異体を作製した。この変異体ではAKT-1量はほぼ変化しなかったものの、腸細胞におけるDAF-16の核移行が増加し、寿命は8~17%延長した(図3d、e)。以上より、T492リン酸化はAKT-1の蓄積量そのものよりも、その局在やシグナル伝達機能を支え、DAF-16抑制の方向に寄与すると考えられる。
3.2 AKT-1の増加はDAF-16を抑える負のフィードバックを形成する
AKT-1はDAF-16をリン酸化して核外に保持する一方、akt-1遺伝子の発現はDAF-16によって促進される。すなわち、両者は互いを抑制し合う負のフィードバック回路を構成している。
daf-2変異体ではIIS低下によりDAF-16が活性化し、akt-1の発現が誘導される。しかし、akt-1 mRNAの増加は約10%にとどまるのに対し、AKT-1タンパク質は約2.4倍まで増加した。この増加はdaf-16欠損によって消失することから、DAF-16に依存する現象である一方、転写量の変化のみでは説明できず、翻訳後またはタンパク質量調節の関与が示唆される。
増加したAKT-1は恒常的なT492リン酸化によって機能を維持し、DAF-16を再び抑制する。したがって、AKT-1 T492リン酸化はdaf-2変異体の長寿を直接引き起こす変化ではなく、低下したIISを部分的に補い、DAF-16活性の過剰な上昇を抑制する補償機構として位置づけられる(図3f)。

図3 AKT-1 T492リン酸化によるIISの補償的フィードバック制御
a:線虫AKT-1のT492は、ヒトAKT1のT450に対応する保存されたリン酸化部位であり、C末端側のターンモチーフに位置する。ヒトではmTORC2がT450をリン酸化する。b:標識合成ペプチドを用いた標的質量分析の結果、非リン酸化型T492ペプチドは検出されず、pT492型AKT-1が主要な状態であった。daf-2変異体ではAKT-1タンパク質量とpT492型AKT-1がともに増加し、この増加はDAF-16に依存した。c:RICT-1の機能低下は、AKT-1量を変えずにT492リン酸化を約40%低下させた。線虫TORC2はT492リン酸化の一部を担う。d:リン酸化不能型akt-1-T492A変異体では、腸細胞におけるDAF-16::GFPの核移行が増加した。T492リン酸化はAKT-1によるDAF-16抑制を支える。e:独立に作製した2系統のakt-1-T492A変異体はいずれも野生型より寿命が延長した。f:daf-2機能低下によりDAF-16が活性化すると、AKT-1タンパク質とpT492型AKT-1が増加する。増加したAKT-1はDAF-16を抑制し、IIS低下を部分的に補償する負のフィードバックを形成する。
4.GCN-2–EIF-2α経路は翻訳抑制を介して寿命を延ばす
4.1 daf-2変異体ではEIF-2α S49リン酸化が増加する
daf-2変異体では複数の翻訳開始因子でリン酸化が低下していたが、EIF-2α S49だけは例外的に約1.8倍へ増加していた。線虫EIF-2αのS49はヒトeIF2αのS51に対応する保存部位であり、この部位のリン酸化は翻訳開始複合体の形成を阻害して、全体のタンパク質合成を抑制する(図4a)。
免疫ブロットでも、daf-2変異体ではEIF-2αタンパク質量をほぼ変えずにpS49が増加することが確認された(図4b)。そこで、CRISPR/Cas9によりリン酸化不能型eif-2α-S49A変異体を作製してポリソーム解析を行ったところ、daf-2変異体で低下していたポリソーム画分が増加した。ただし野生型の水準までは回復しなかったことから、EIF-2α S49リン酸化はdaf-2変異体の翻訳抑制に重要である一方、他の機構も関与すると考えられた(図4c)。
4.2 GCN-2依存的な翻訳抑制がdaf-2長寿を支える
EIF-2α S49リン酸化の寿命への影響を調べると、S49A変異は野生型の寿命にはほとんど影響しなかったが、daf-2変異体の寿命を約30%短縮した。したがって、EIF-2α S49リン酸化は通常寿命を一律に制御するのではなく、IISが低下した条件で長寿表現型を支えると考えられる(図4d)。
線虫にはEIF-2αをリン酸化しうるGCN-2とPEK-1が存在する。daf-2変異体でgcn-2を欠損させるとpS49は大きく低下し、寿命延長も抑制された。一方、pek-1欠損によるpS49低下は比較的小さく、daf-2長寿への明確な影響も認められなかった。このことから、daf-2変異体におけるEIF-2α S49リン酸化は主にGCN-2によって担われることが示された(図4d、e)。
さらに、EIF-2α pS49の増加はdaf-16; daf-2二重変異体でも維持されていたことから、このリン酸化変化はDAF-16を介した転写制御とは少なくとも部分的に独立していると考えられる。以上より、IIS低下はGCN-2–EIF-2α経路を介して全体の翻訳を抑え、この翻訳抑制がdaf-2変異体の寿命延長に寄与する(図4f)。

a:線虫EIF-2αのS49は、ヒトeIF2αのS51に対応する保存されたリン酸化部位である。eIF2αがリン酸化されると翻訳開始複合体の形成が阻害され、全体のタンパク質合成が抑制される。daf-2変異体ではEIF-2α pS49が増加した。b:免疫ブロットにより、daf-2変異体ではEIF-2α総タンパク質量をほぼ変えずにpS49が増加することを確認した。c:野生型、daf-2変異体、eif-2α-S49A; daf-2二重変異体のポリソーム解析。リン酸化不能型S49A変異は、daf-2変異体で低下していたポリソーム画分を部分的に回復させた。d:eif-2α-S49A変異またはgcn-2欠損は野生型の寿命にはほとんど影響しなかったが、daf-2変異体の寿命延長を有意に抑制した。e:gcn-2欠損はdaf-2変異体のEIF-2α pS49を大きく低下させたのに対し、pek-1欠損の影響は比較的小さかった。f:IIS低下によりGCN-2依存的なEIF-2α S49リン酸化が増加し、全体のタンパク質合成を抑えることでdaf-2長寿に寄与するモデル。
5.生殖系列のリン酸化低下が寿命制御に結びつく
5.1 CDK-1活性の低下は成体の寿命を延長する
CDK-1は細胞周期のM期移行を担う主要なキナーゼである。線虫CDK-1のT32、Y33、T179は、ヒトCDK1のT14、Y15、T161にそれぞれ対応し、T32とY33のリン酸化はCDK-1を抑制する一方、T179リン酸化は活性化に必要である(図5a)。
daf-2変異体ではCDK-1タンパク質量はほぼ変化しなかったが、T32、Y33、T179のリン酸化はいずれも低下していた。なかでも活性化部位T179の低リン酸化は、CDK-1活性の低下を示すと考えられる。解析に用いた成虫1日目の線虫では分裂細胞が主に生殖系列に限られるため、この変化は生殖系列におけるCDK-1活性の低下を反映すると考えられる(図5b)。
T179を直接変異させると細胞周期そのものが破綻するため、温度感受性cdk-1変異体を用いて成体期からCDK-1活性を低下させた。その結果、野生型の寿命は11~30%延長したが、daf-16欠損下では延長は認められなかった。したがって、生殖系列におけるCDK-1活性の低下は、DAF-16依存的に成体の寿命を延ばすと考えられる(図5c)。
5.2 生殖系列はIIS依存的寿命制御の主要な標的である
次に、オーキシン誘導分解系を用いて生殖系列でDAF-2とCDK-1抑制因子WEE-1.3を選択的に操作した。DAF-2を低下させた条件でWEE-1.3も分解してCDK-1活性を高めると、寿命が短縮した。これは、daf-2機能低下に伴う生殖系列CDK-1活性の低下が、長寿に一定の寄与をもつことを示している(図5d)。
さらに、daf-2変異体で低リン酸化となったタンパク質の発現組織を解析すると、生殖系列、卵母細胞、生殖器官に強く濃縮していた(図5e)。また、iFPSで選ばれた候補部位の85%以上も、生殖系列で発現するタンパク質上に存在していた。(図5e)。
そこで、生殖系列で発現する低リン酸化候補を成体期からRNAiで抑制した。その結果、cdk-1、chk-2、htp-3、hoe-1、hsr-9など細胞分裂や減数分裂を促す遺伝子の抑制は寿命を延長した一方、生殖細胞の過剰増殖や卵形成を抑えるgld-1、puf-3の抑制は寿命を短縮した(図5f)。
以上より、IIS低下はCDK-1のみならず、生殖系列の細胞周期や配偶子形成に関わる複数のタンパク質を低リン酸化状態へ移行させると考えられる。個々の変化による寿命への影響は大きくないものの、それらが協調して生殖系列の活動を抑え、DAF-16依存的な個体の寿命延長へ結びつく可能性が示された。ただし、生殖系列から体細胞へ情報を伝える分子機構は未解明である(図5g)。

図5 CDK-1と生殖系列リン酸化タンパク質による寿命制御
a:ヒトCDK1ではT14とY15のリン酸化が活性を抑制し、T161リン酸化が活性化を促す。線虫CDK-1のT32、Y33、T179は、それぞれこれらの部位に対応する。b:daf-2変異体ではCDK-1タンパク質量はほぼ変化しなかったが、T32、Y33、T179のリン酸化が低下した。活性化部位T179の低リン酸化は、生殖系列におけるCDK-1活性の低下を示唆する。c:成体期から温度感受性cdk-1変異体のCDK-1活性を低下させると寿命が延長したが、この効果はdaf-16欠損下では認められなかった。d:生殖系列特異的オーキシン誘導分解系によりDAF-2とWEE-1.3を操作した。DAF-2を低下させた条件でWEE-1.3も分解し、CDK-1活性を高めると寿命が短縮した。e:daf-2変異体で低リン酸化となったタンパク質は、生殖系列、卵母細胞、生殖器官で高く発現するタンパク質に濃縮していた。f:生殖系列の低リン酸化候補遺伝子を成体期からRNAiで抑制した。細胞分裂や減数分裂を促進する遺伝子の抑制は寿命を延長した一方、生殖細胞増殖や卵形成を抑える遺伝子の抑制は寿命を短縮した。g:IIS低下によりCDK-1および複数の生殖系列タンパク質のリン酸化が低下し、生殖活動の抑制を介してDAF-16依存的な寿命延長へつながるモデル。生殖系列から体細胞への伝達因子は未同定である。
6.CK2は寿命を制限するリン酸化キナーゼである
6.1 低リン酸化部位の解析からCK2を同定する
daf-2変異体で低リン酸化となった部位の上流キナーゼを推定するため、iGPSを用いてキナーゼと基質部位の対応を予測し、各キナーゼの基質が低リン酸化部位に濃縮しているかを解析した。その結果、27種類のキナーゼが候補として抽出され、このうちCDK-1、CDK-2、CHK-1、LET-363/mTORなど10種類はすでに寿命制御への関与が報告されていた(図6a)。
候補の一つであるカゼインキナーゼ2(CK2)は、触媒サブユニットKIN-3と調節サブユニットKIN-10から構成される。daf-2変異体で低リン酸化となったペプチド配列を解析すると、CK2が認識する二つのコンセンサスモチーフが有意に濃縮していた。この結果は、daf-2変異体では複数のCK2基質が低リン酸化となり、CK2活性の低下が長寿表現型に関与する可能性を示唆する(図6b)。
6.2 成体期のCK2阻害は寿命を延長する
CK2が寿命を制限するかを検証するため、成体期からkin-3またはkin-10をRNAiで抑制したところ、いずれのサブユニットを抑制した場合も野生型線虫の寿命が有意に延長した(図6c)。
さらに、成体1日目から24時間だけkin-3またはkin-10をRNAiで抑制した場合にも寿命は延長した(図6d)。CK2阻害剤TBBを同じく成体1日目の24時間だけ投与した場合にも、FUdRの有無にかかわらず寿命が延長し、その増加率は9~27%であった(図6e、f)。これらの結果は、若い成体期における短期間のCK2抑制だけでも、その後の寿命に持続的な影響を与えることを示している。
以上より、CK2は線虫の寿命を制限するキナーゼとして機能すると考えられる。ただし、daf-2変異体におけるCK2活性そのものは直接測定しておらず、CK2のどの基質が寿命延長を担うかも明らかではない。したがって、CK2基質の低リン酸化がdaf-2長寿に寄与するという位置づけは、リン酸化モチーフの濃縮とCK2阻害による寿命延長の結果を統合した推定である。

図6 CK2の抑制は線虫の寿命を延長する
a:daf-2変異体で低リン酸化となった部位を対象に、iGPSで予測したキナーゼ基質の濃縮解析を行った。27種類の候補キナーゼが抽出され、太字で示された10種類は寿命制御への関与が報告されている。b:daf-2変異体で低リン酸化となったペプチドには、CK2が認識するコンセンサスモチーフが有意に濃縮していた。c:CK2の触媒サブユニットkin-3または調節サブユニットkin-10を成体期からRNAiで抑制すると、野生型線虫の寿命が延長した。d:成体1日目から24時間だけkin-3またはkin-10をRNAiで抑制した場合にも、寿命が有意に延長した。e:成体1日目から24時間だけCK2阻害剤TBBを投与すると、FUdR存在下で寿命が延長した。f:FUdRを用いない条件でも、成体1日目の24時間のTBB処理によって寿命が延長した。短期間のCK2抑制が、その後の寿命に持続的な影響を与えることを示す。
7.結論:IISは多層的なリン酸化ネットワークを介して寿命を制御する
IISによる寿命制御は、DAF-16/FOXOを介した転写制御だけでは説明できない。本研究では、線虫の大規模リン酸化プロテオーム解析と機械学習による候補抽出を組み合わせ、IIS低下に伴うリン酸化変化が、翻訳、細胞周期、生殖系列、キナーゼ活性へ広く及ぶことを示した。
AKT-1 T492リン酸化は、増加したAKT-1の機能を保ち、DAF-16を再び抑制することでIIS低下を補償した。一方、GCN-2依存的なEIF-2α S49リン酸化は全体の翻訳を抑え、daf-2変異体の長寿を支えた。また、生殖系列ではCDK-1 T179を含む複数のリン酸化部位が低下し、細胞周期や配偶子形成の抑制が寿命延長に結びつく可能性が示された。さらに、CK2基質モチーフの濃縮解析とCK2阻害実験から、CK2が寿命を制限するキナーゼとして機能することが示された。
これらの変化の多くは、mRNA量やタンパク質量だけでは捉えられない。とくにEIF-2αとCDK-1では、親タンパク質の量をほとんど変えずにリン酸化状態が変化し、その変化が寿命へ直接影響した。したがって、IIS低下による長寿は、転写制御に加えて、タンパク質量、翻訳後修飾、キナーゼ活性が協調して形成する多層的な応答である(図7)。

daf-2機能低下により、IIS構成因子、翻訳装置、生殖関連タンパク質、キナーゼ群のリン酸化状態が広範に変化した。AKT-1ではタンパク質量とpT492型が増加し、DAF-16を抑制する補償機構として働く。EIF-2αではタンパク質量を変えずにpS49が増加し、翻訳抑制を介して寿命延長に寄与する。CDK-1ではタンパク質量をほぼ変えずにpT179が低下し、生殖系列の細胞周期抑制と寿命延長に結びつく。生殖関連タンパク質や寿命関連キナーゼについても、mRNA量やタンパク質量には一貫した変化がみられず、リン酸化状態または活性の変化が寿命制御に重要であることを示す。上向き矢印は増加または寿命延長、下向き矢印は低下または寿命短縮、横線は明確な変化がないことを表す。
本研究は、リン酸化プロテオーム解析とiFPSによる候補選別を組み合わせることで、網羅的データから寿命制御に関わる機能的リン酸化部位を抽出できることを示した。一方、検証されたAKT-1、EIF-2α、CDK-1の変化はいずれもDAF-2の直接基質ではなく、IIS低下後に生じる間接的な応答である。今後は、時間分解能をもつリン酸化プロテオーム解析や組織特異的なリン酸化部位操作によって、IISから各標的へ至る経路と、生殖系列から体細胞へ伝わる寿命シグナルを明らかにする必要がある。
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