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ウゴウゴルーガが40代の脳に与えたダメージと、就職氷河期生存率の相関について

ウゴウゴルーガとは何だったのか

1992年から1994年にかけて、フジテレビ系列で放送された『ウゴウゴルーガ』という番組がある。

子ども向けの情報・バラエティ番組という体裁をとっていたが、実態は「当時としては最先端のCG技術を惜しみなく使い、誰も頼んでいないのに精神を揺さぶってくる映像体験」だった。

画面の中では、正体不明のキャラクターたちが不条理な会話を繰り広げ、意味の分からないアニメーションが垂れ流され、ウゴウゴくんとルーガちゃんという子役が、どこかねじれた空間の中でにこやかに存在していた。

「子ども向け」と言い張ることで、辛うじてコンプライアンスラインギリギリに収まっていたルーシーインザスカイウィズダイヤモンズが、何の間違いか朝の番組になった。子どもたちは、登校前にこれを浴びることになったのだ。

制作陣の精神状態について——客観的考察

ここで少し立ち止まり、この番組を作った人々の精神状態について、冷静に考察する。

まともな精神状態の人間が作ったとは、到底思えない。

当時のスタッフがどのような生活を送っていたのかは定かではないが、画面に残された証拠から逆算すると、おそらく次のいずれかの状態にあったと推測される。

  1. 締め切りに追われすぎて、もはや何が普通かわからなくなっていた

  2. 「面白いことをやってやろう」という気概が、行き着くところまで行き着いてしまった

  3. 最初から全員でグルになって「子どもの脳に何かを刻み込もう」としていた(陰謀論)

どれが正解かはわからないが、3については否定する材料も特にない。

重要なのは、彼らが「これを子どもに見せる」という決断を毎週していたという事実だ。
会議があったはずだ。試写があったはずだ。それでも誰も止めなかった。
これは制作陣の狂気というより、フジテレビという組織全体がその時代、ある種の臨界点にあったのかもしれない。
バブルの残滓が、まだ局内に漂っていたのだろう。

主要コーナー分析

番組の狂気を語るにあたり、個別のコーナーを分析しておく必要がある。

みかん星人アワー
みかんの形をした宇宙人が、特に目的もなくしゃべる。
「なぜみかんなのか」「なぜ宇宙人なのか」「アワーと銘打っているが実際にはアワーもない」——これらの問いに対して番組側は一切の説明をしなかった。視聴者が疑問を持つことすら想定していなかった可能性がある。

あにき
誰にも優しく愛に生きる人。それ以上の説明が難しい。
画面の前の子どもたちは「あにきとは何か」を考えることをある時点で諦め、ただ受け入れることを学んだ。
これが後の社会人生活における「理不尽の受容」につながったとみられる。

おやじむし
おじさんと虫を組み合わせるという発想を、誰かが思いつき、誰かがOKを出した。「おやじ」と「むし」の間には本来何の接点もない。いや、あったのかもしれない。
いまおじさんになり、むしのような扱いを受けている40代がいたとして、
おやじむしを見ていたおかげで「ここにいてもいいんだ」と思えている可能性はある。

サナダせんせい

他にも狂気じみたコーナーが多数あったが、あまりよく思い出せない。
思い出そうとすると、脳が壊れていく気がする。

ウゴウゴルーガが社会に与えた影響

ウゴウゴルーガを小学生の頃に視聴していた世代は、現在40代だ。

そして40代といえば、日本社会において最も過酷な運命を辿ってきた世代として知られている。そうだ。就職氷河期世代だ。

バブル崩壊後の経済的荒野に新卒として放り込まれ、何十社と落ち続け、ようやく滑り込んだ会社でも「お前たちは不景気に採った穴埋め要員だ」という空気を背中で感じながら、それでも歯を食いしばって働き続けた人々。

なぜ彼らは耐えられたのか。

長年、この問いに対する答えは見つかっていなかった。しかし筆者はここに、一つの仮説を提唱する。

ウゴウゴルーガによって、脳に適度なダメージを受けていたからではないか。

登校前の6〜8時という最も脳が純粋な時間帯に、あの映像を浴び続けた子どもたちは、知らず知らずのうちに「意味の分からないものに耐える力」を培っていたのではないだろうか。

不条理に動くサイケなCGキャラクター。どこに向かうのかわからない会話。突然始まり突然終わるコーナー。これらは全て、「説明されない理不尽」への耐性トレーニングとして機能していた可能性がある。

就職氷河期で100社落ちても、「……まあ、ウゴウゴルーガよりは意味がわかる」という無意識の比較が、精神を辛うじて正常に保っていたのかもしれない。

さらなる試練——「新卒に抜かれる」という地獄

就職氷河期を耐え抜いた彼らを、しかし現代はさらに試してくる。

新卒の初任給が、自分の給与を上回る。

これは通常、人間が正気を保てる出来事ではない。20年以上積み上げてきたキャリアと経験が、「ほぼ未経験の人間の初手給与」に敗北するという、キャリア論的に完全に説明がつかない現象だ。

「新卒は採用コストが安いから」「若手に投資している」「市場の流れです」——さまざまな説明がなされるが、当事者にとって納得できるものはひとつもない。

それでも40代が、会社を辞めずに、精神を崩さずに(崩している人も多いが)、何とか踏みとどまっているとしたら。

やはりウゴウゴルーガの功績と言わざるを得ない。

あの番組は彼らに教えていたのだ。「世の中には、説明がつかないことが普通に起きる」と。「それでも画面の前に座っていれば、次のコーナーが始まる」と。

打ち切り、そしてめざましテレビへ

1994年、ウゴウゴルーガは打ち切りとなった。

そしてその後釜として始まったのが、現在も続く『めざましテレビ』だ。

朝の情報番組として模範的なフォーマット、整然としたニュース、爽やかなアナウンサー。あらゆる意味で「普通の番組」だった。

子どもたちは画面の前で、何かを失った感覚を覚えたはずだ。それが何なのかはうまく言語化できなかったが、確かにあの朝から、日本の朝は少し静かになった。

ウゴウゴルーガが終わったとき、子どもたちはすでに十分なダメージを受けていた。準備は整っていたのだ。

結論

ウゴウゴルーガは、子ども向けバラエティ番組という形をとりながら、実質的には就職氷河期世代への精神的予防接種として機能していた。

制作陣が意図したものかどうかは不明だが、結果として日本社会は、理不尽に耐えうる一世代を育てることに成功した。

もし当時の制作スタッフのどなたかがこの記事を読んでいたとしたら、お伝えしたいことがある。

就職氷河期世代を救ってくれてありがとう。
で、「ウゴウゴルーガ」って何???

※本記事はフィクションです。


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