歌の持つチカラ。愛称、燃えドラは、不思議な出自を持ったユニークな応援歌として、今日も、遠い夜空にこだまする愛唱歌として歌い継がれています。
歌の持つチカラ
この夏に、讀賣ジャイアンツと優勝争いを繰り広げる、我が中日ドラゴンズに、心強い“援軍”が現れました。
当時は、名古屋在住の、アマチュアのシンガーソングライターであった、山本正之氏(その後、タイムボカンシリーズの主題歌をつくるプロになりましたね)が、東海エリアの深夜番組に、自作の応援歌を、ギター1本の弾き語りで投稿しました。
その歌は、当時のドラゴンズのスターティング・ラインナップどおりに選手名を挙げながら、しかも彼らの得意技を披露しながら、球団の勝利に貢献する様を描いた、それまでの応援歌には見られなかった画期的な歌詞で歌われた歌曲でした。
それが、元祖「燃えよ‼ドラゴンズ」であり、
それがローカルヒット曲に留まらず、板東英二にオーケストラやコーラス隊を加えて、やがて全国的なヒット曲となり、
その勢いに乗るかのように、讀賣ジャイアンツとの熾烈な優勝争いを制して、20年振りのリーグ優勝を勝ち取ることができたのです。
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その年のスターティングラインナップはその年限りで、翌年からは別の選手が主力として入れ替わっていくので、替えがきかない応援歌になってしまうのではないか。
という批判と危惧は、その後は、年度別に活躍している打順に更新され、主力の投手陣も更新していけば大丈夫なのではないか。
という柔軟な考えから、その後は、チーム状況が良好になってきたシーズンを中心にして、年度版応援歌というユニークな仕組みが出来上がり、今日に至っています。
愛称、燃えドラは、不思議な出自を持ったユニークな応援歌として、今日も、遠い夜空にこだまする愛唱歌として歌い継がれています。
シンガー・ソングライター山本正之、中日ドラゴンズ応援歌「燃えよドラゴンズ!」最新バージョン収録 誕生から50周年に「感謝しかない」
他球団のファンや関係者は、さぞかし羨ましくて悔しかったのだと思いますね。
讀賣ジャイアンツでさえ、「頑張れジャイアンツ!!」という、ちょっといやらし系の歌を、覆面グループの「アラジンスペシャル」というのに歌わせて、
7番まで順調に打順をこなしたのに、どうしても、キャッチャーの8番が固定できなかったので、「8番ハチハチ」という歌詞にせざるを得ませんでした。
結構、固定レギュラーをつくるのに苦労していたのですね。
「がんばれ!!ジャイアンツ」
アラジンスペシャル
を、当時は、AMラジオの深夜放送で聴いた記憶はあるのですが、燃えドラがヒットした後だったのか、それとも、ヒットする前だったのかが判然としませんでした。
発売は1973年ですので、燃えドラが発売された1年前に発売されたようです。
クリーンナップが、王3番長嶋4番5番末次と歌われ、“ON砲”の時代(逆に“NO砲”の時代もありましたが)であり、長嶋は、1974年に引退したので、この打順は最後のラインナップということになりますね。
なにせ、いやらし系の深夜放送向けの歌謡曲で、男女が深夜に営みをしている最中に、男が“逝く”のをガマンするために、
讀賣ジャイアンツの打順を思い浮かべるという、妙にシュールなシチュエーションにおける“応援歌”だったので、
讀賣ファンも、よほどのマニアでないと知らないし、モロに“黒歴史”でしたので、積極的にはこの応援歌の存在をアピールしたくないのが本音だと思います。
