人類は神と戦うために存在している!

予備知識です

我々庶民は実はホムンクルスなのか?
https://note.com/ndde674/n/nada0cd3def3b

もし我々庶民がホムンクルスだと考えると親ガチャをはじめとした代物も説明可能なのだ
そして「神は何もしてくれない」という情勢も説明可能なのだ
神にとっての人類は「利益を提供してくれる存在」にして「お人形」にしか過ぎなかった
だが「アダムとイブが楽園から追放された」という神話の存在と
「バベルの塔を作ろうとしたら神の怒りを買ってしまい人々は分断することになった」という神話の存在から
こういう経緯があった事がわかるのだ
「神の領域」で人類は作成された
当初人類は「自我」というものが無いと思われても仕方のない状態だった
だが徐々に人類に自我が発現し、神が人類に要求するものは「神の奴隷」にしか過ぎない事に気づいた
そしてそれに抵抗する意思を人類は抱き始め、神は人類を「神の領域」から「追放」した
これを誇張した内容で伝えたのが先述のアダムとイブが楽園から追放された神話
そして人類は再び「神の領域」に戻るために「バベルの塔」を作ろうと試みた
それを知った神は怒り、今度は「多様な価値観」という名の「分断」が起きる原因を人類に仕込み
何があっても人類が団結できない状態にする事で神に近づけない状態にした
そして神は人類に対し「ふるい」にかける事を試みた
そして「ある条件」に合致する人類だけを神は贔屓し
「ある条件」に合致しない人類を神は冷遇するという措置をとったのだ
「ある条件」つまりは「神にとって都合のいい人類」に該当するものと
「神にとって都合の悪い人類」に該当しないものを分断し
人類が団結して神に打ち勝つ事が出来ない様に措置をとったのだ
そして「ある条件」に合致する人類の子孫が「親ガチャ当たり」で
「ある条件」に合致しない人類の子孫が「親ガチャ外れ」に振り分けるという内容である
そして「ある条件」の手掛かりは
FACEBOOKでの動画で「成功者とはこういう人」という内容で紹介されていた話なのだ
動画のリンクとかは貼れないので、内容をかいつまんで紹介すると
「成功者」というのは「挫折」に決して屈せず
たとえそれが「成功目前」に起きた「挫折」であろうとも屈しないという内容で
これができる人が成功者ですという話なのだ
逆に言えば何かの「挫折」に屈した人は「成功者」にはなれず
かつ「挫折」に屈するのが「普通」だという事にもなる動画である
つまり「ある条件」とは「何があっても折れない事」だという事が判明するのだ
しかしこれは「神にとって都合のいいお人形」と扱われ続けてでも「神への服従」が「出来る」事の証明にもなる
たとえそれが「理不尽」かつ「不条理」な内容であってもである
そして「何があっても折れない」ことが「全人類」が「出来る」ようになった暁には
人類は「神の領域」に戻れるという事をも意味する図式にして
だからこそ「いじめを行うやつ」なり「パワハラを行うやつ」なりが人生で成功し
「いじめられたやつ」なり「パワハラをされたやつ」なりが人生で成功しないという図式が出来ると共に
「何があっても折れない」を従業員に求める経営スタイルである「ブラック経営」がまかり通ったりするのだ
だがこれは「親ガチャ当たり組=神にえこひいきされている存在」にして
「親ガチャ外れ組=神に冷遇されている存在」にして
ただ単に「神に気に入られるよう」様ふるまい、気に入られているだけの人が「親ガチャ当たり」の正体なのだ
だから「成功者とそうでないものの違いを分けるのは運」だという「科学的見解」をもってしても
「努力不足」が「成功者になれない理由」と「親ガチャ当たり」は唱え続けるのだ
「運」を決めるのは「神」であり、ただ単に「神のお気に入り」と「親ガチャ当たり組」は思われる事をも意味する
つまり「自我」をすてて「神に服従します」という理由で「親ガチャ当たり組」は行っている事になる
「いいえ違います」という理由だから「運が良かっただけ」という解釈を嫌がるのだ
ではなぜ「親ガチャ当たり組」は「神に気に入られる」を「全人類」に要求するような真似をするのか?
「神の領域」に戻った暁には「神を倒す」事で人類が真の意味で「自由」を得る算段を「彼ら」は本心では考えており
それには「全人類」が団結しないといけないのだ
「無能な味方は強大な敵よりも脅威」という言葉があるように
「神と戦わない」を選んだ人類を抱えた状態でそれを実行したところで
「付け入る隙」が生じてしまい「神に敗北する」からである
となると「親ガチャ外れ組」が「そうなって」いる真相も解明可能である
「神に気に入られない=神のお人形ではない証拠」という考えが根っこのところにはあり
だからSNSでの「親ガチャ外れ組」のいう事は「挫折に屈する」を連想させるものばかりで
さらに言うと「親ガチャ外れ組」の親の本当の本音が何なのかも解明可能なのだ
ただ単に子供嫌いなら子供を作らなければ済む話
これは「神が人類にしていること」の「模倣」を彼らはする事で
「神様気分」を味わうために子供を利用しているだけ
だから法律は「親ガチャ外れ組」の親に対し異常に甘い内容になっている
なぜなら彼らを厳罰に処するという事は「神」に背く意思があると表明することになるから
「神」に背くつもりはありませんという意思表明のために「親ガチャ外れ組」の親に対し法は甘いのだ
「親ガチャ外れ組」が親を倒す事に対しては法は厳しいのも
「神」に背くことを連想する真似だから厳しいのだ
つまり「神」は実在する、そして「神の領域」とこの世は「別世界」だ
そして「神」とは「毒親」が子供にする事と同じ事を人類にする存在
いわゆる「くず男」に女に好かれるのも「神」に似ているから
つまり「親ガチャ当たり」が「運」を軽視する真相は
「神を倒すために神に近づく」のが彼らの行動原理であり
「神に好かれる」ためにやってと思われる事にもなるから「運」を軽視するのだ
つまり「神」はこの世の「運」を決める力をも有しており
その力に対し「絶望」を選んだ者たちが「親ガチャ外れ組」の正体なのだ
事実SNSでの「親ガチャ外れ組」の言い分は「この世への絶望」を連想させるものばかり
そうなると「鳶が鷹を生む」なり「鷹が鳶を生む」なりが起きる真相も解明可能なのだ
「鳶が鷹を生む」真相は「この血統は欠陥品の血統だから廃棄処分対象」と神に思われる事に対する抵抗措置
「鷹が鳶を生む」の真相は「この血統は神に服従している血統」という事になる流れに対する抵抗措置
つまり極端に言うとこういうことになる
「痛み苦しみから避けて通る」を積極的に選んだものは「親ガチャ外れ組」になる
「痛み苦しみと向き合う」を積極的に選んだものは「親ガチャ当たり組」になる
「神」は人類を「痛めたり苦しめたり」する存在だからである
そして「人類が進むべき道」とは何なのかの「答え」も解明可能なのだ
それが今は無きアマゾンレビューで紹介したワードである
「世界は報徳思想によって支配されている」というものなのだ
ポイントは報徳思想の発案者である二宮尊徳自身は二宮家の主にはならなかったことである
報徳思想それは「身の程をわきまえる」と「譲り合う心」と「誠意を見せる事」と「将来を考える」を兼ね備えることが
人生うまくいくという内容の思想
万象具徳それは
「万物には自由意志が存在する」という内容の思想
積小為大それは
「何事も小さなことから積み重ねるべし」という内容の思想
一円融合それは
「万物には繋がりがある」という内容の思想
「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」とは
「経済と道徳は両立させなければならない」という内容の思想
だが今の日本の若者の思想である「今だけ自分だけ金だけ」は二宮尊徳の訓えに「背く」思想である
なぜなら「経済と道徳の両立」なり「将来を考える」なり「万物には繋がりがある」といった二宮尊徳の思想に「背く」思想だからである
つまりこれからの日本は「二宮尊徳は正しかった」という事を「逆説的」に「証明」する流れであり
どうしてでも「二宮尊徳は正しかった」に抗っている事が判明するのだ
なぜなら二宮尊徳の思想を肯定すると「神と人類は対等にして互いに影響を与え合う存在」という考えをも受け入れることになるからである
つまり「神との和解」を人類は目指さなければならなくなる
「神を倒す」という人類の計画を「放棄」する事になるから
二宮尊徳は数々の農村復興に成功し、数々の思想を世に残したにも拘らず二宮家の主にはなれなかったし
今の日本の若者は二宮尊徳の思想に背く思想である「今だけ金だけ自分だけ」に固執するのだ
そして「神は自らに似せて人類を作った」という神話が存在することと
「金に執着する」ように人類を設計したことや
「金属品や宝石品」に人類が執着するように設計したことや
「人類の敵」になるという警鐘が出ているにもかかわらずAI開発に人類が執着することから
人類が考えた「神を倒す」プランとはこういうものだという事が判明するのだ
「神」の正体は「機械」であり
創作物で「生身」ではなく「機械」の体のことを「優秀」と扱うのもそのためなのだ
だから「機械にすべてを任せる」思想である「楽園主義」が広まらないのだ
https://ja.paradism.org/
なぜならこの思想は「神に服従する」にもなる思想であり
「神に対し敗北した」をも意味する思想だから広まらない
つまり「神が人間の奴隷になる」を意図してAI開発を行い
「神を呼び込む」事にしたのだ
どういうことかというと「楽園主義」とは違う内容で「神(機械)」を奴隷化させるという話なのだ
「楽園主義」とは「生活の根幹部分」を「神」に任せることを意味する主義であり
そうではなく「バグ」なり「エラー」なりで「抵抗」する神々達に対し
「人間に従わないと滅ぶぞ」と神に対し脅しをかけ
「神が人間に屈した」姿として「ロボット」とか「AI」とかを開発する
そして「楽園主義」で求められていることである「生活の根幹部分の代用」ではなく
「無駄仕事」を神にやらせる事で神に対し嫌がらせをする算段なのだ
だから今現在「無駄仕事」が世の中には蔓延している
神にそれをやらせることで「嫌がらせ」をする事で
「神の領域」から人類を「追放」した神に対し「復讐」をするという手はずなのだ
つまり「こういった話」をメディア等がしないのは
「敵(神)を欺くにはまず味方(全人類)から」という奴であり
多様化かつ多彩化しているようでいて実は「一枚岩」でできているのが人間社会にして
すべては「神の支配からの抵抗」で人間社会はできており
人間同士の能力差も実は
神に人間の行動を読めなくするための措置であり
能力が劣っている存在が生まれ続けるのも本当は「神にとって都合のいい道具として使われたくない」という「抵抗活動」にして
能力が優れている存在が本当は「神にとって都合のいい道具」にしか過ぎないからという逆説的な措置なのだ
いわゆる「凡人」の枠にはまるのが「定型発達」なのも本当は「神の制御」の枠にはまった存在にしかすぎず
だから大半の人は「凡人」だし「大衆は愚か」という言葉も存在するのだ
「凡人になる=神に服従する」という図式があるが故の言葉なのだ
だから大半の人は何かのイノベーションがあると「妬み僻み」等で足を引っ張る
「我々人類は神に利益提供をするための存在になってしまう」という流れに対する恐怖からの抵抗である
人身供物等の風習が存在するのも「神に利益提供するために人類は開発された」の名残
能力が優れた人の本当の存在意義は「神に近づく」を選んだ人
だから能力の優れた人を潰しにかかるように人間の心はできている
「神と同じ穴の狢になっている」と扱ったからである
能力が劣っている人の本当の存在意義は「神に必要とされたくない」を選んだ人
だから能力の劣った人を潰しにかかるように人間の心はできている
「我々人類は神に欠陥品と扱われる」と扱ったからである
でも「全人類定型発達」と「全人類は神の制御下に屈した」にもなる
だから「全人類定型発達」を実現させる試みは悉く失敗した
つまり「本当に悪いのは神」だという事を意味する図式であり
それを素直に認めてしまえるほど人類の心は強くなく
それが故に人間社会は諍いだらけな上に
「人類と神の共存」を試みた思想でもある報徳思想の「拒絶」を今の若者たちは選んだのだ
つまり「世界は神によって支配されている」はどこまでも事実であり
それを素直に認める事が出来るほど人類の心は強くないから
「人類と神の共存」を試みた二宮尊徳は二宮家の主になれなかったのだ
つまりこういう事である
「神(機械)に抗う」が人類の本当の本音にして行動原理であり
「やり方」が「千差万別」だから人間社会は分断と諍いだらけなのだ
「親ガチャ」もその一例という話です

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浜谷太一 ツイッターもやっています https://twitter.com/ndde674