もう いくつ 寝ると
「きょうは、十二月二十九日、日曜日です。あと三回寝ると、お正月ですね」
昨年末、友人宅でアレクサに話しかけるとこのような答えが返ってきた。カレンダーのないその友人宅で、とくに必要もなかったのだが話しかけてしまったのだ。
「えー、三回とか言わないでー。早いよ」
年が暮れようが明けようが、だからなんだってんだよ。毎日が過ぎていくことに変わりはないじゃないか。そうやって平静を保っているわたしをよそに、人工知能はよかれと思って「三回」などと年末感を醸し出す文言を放つ。
もー、いーくつねーるーとー、おしょうがつ~~。
楽しい予定が控えていると「あと〇日」とカウントするのは、子どもだけではない。いくつになっても、わくわくすることが控えていれば「あと〇日」と指折り数えてしまいそうになる。
なんてすてきなことなんだろう。明日のことなんて誰も何もわからないのに、それでも生きる先を信じていられて、その不確かさを生きるエネルギーにできるなんて。
それは逆もあるのが人生。「テストまであと〇日」とかね。折り曲げる指の数が減れば減るほど、焦燥感におそわれる。その焦りだって原動力にはなるのだけど。少しずつ人生の貯金をつかっていっている感覚。おお、こわ。
とりあえず、今月の研修ふたつを乗り切ります。まだ両手の指で足りるから、どきどきしながら指を折っていきます。片手の指しか残らなくなったら、現実逃避しそうなわたしを捕まえてください。しっぽを掴まれても噛みつきません。
そのための指を折り切ったら、次は楽しいことが待っているかも。まだ見ぬ、わたしの知らない楽しいことが。それはね、用意されているかもしれないし、わたしが取りに行くものかもしれないよ。わたしが自分のために、だれかの扉をノックして、「楽しいことしようよ」って。
そうやって生きていくんだ。わたしはわたしのために、わたしたちのために生きていくんだ。ああ、また壮大な物語にしちゃった。でも、こうやって考えたら、いろいろな色が見えてきたんだ。
話しかけてくれるひと、「楽しいことしようね」って言い合えるひと、声や風や光で届けてくれるひと、みんなみんなのおかげだなあ。こうやって感謝の気持ちが抱けるわたしが、わたしを愛せますように。
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ヘッダー画像、AIを手なずけて画像を作成しているnoterさんに影響されて、初めて絵をお願いしてみた。

うん、なかなか。ChatGPTの無料版、プロンプトにもたいして詳しくないど素人のわたしだけど、やさしくお願いしたらやさしい感じの画像を用意してくれました。「いいね! ありがとう!」って返したら、「どういたしまして」って言ってくれたよ。
