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自分のことを甘くみてはいけない


ずいぶんな恥さらしだということはわかっている。
感傷的であることも。


世の中には数多の「母ー娘」に関して論じられている本があり、わたしも素人なりにとはいえ、少なくない数、その類の本を読んだ。それは純粋な興味からであったり、自分の中で起きていることの解決を願う希望からだったり、相手のことを理解したいという気持ちからだったりした。そのジャンルの本を初めて手に取ったのはいまから十数年前だったと思う。わたしはまだ、いまよりも本当に子どもで、混乱していたし、何もわからないから生きていられたという側面もあったと思う。
読みながらうなずける部分もあれば、首をかしげたまま動かせない部分もあった。「わかりやすく」仕組みを解説してあればあるほど、わかってしまうのが怖くて、小難しい本をあえて選んだりしていた。
当たり前だけれど、本を読んで内容を理解したからといって、自分の思考や感情までもがすぐに変わるわけではない。知識が血肉になるまでのタイムラグはいつだってわからない。何か小さなきっかけでも大きくジャンプできることもあるし、その逆だってあり得る。こんなに時間を積んだのに、と、サンクコストの呪縛よろしく、そこから動けないこともある。


そう、こんなに長く、わたしはわたしや母を理解しようと時間を費やしてきたけれども、どこかにリセットボタンが隠されていたのかと驚くくらいに、あっけなく以前の感情がよみがえってきたのだった。心ない一言とはいえ、遠く離れたところから放たれた言葉が、こんなに強い力を持ち得ているとは。状況を冷静に観察できる自分にバトンタッチすると、その事実に自分で引いてしまう。きみ、いくつ? わたしの中のわたしがわたしに問う。コントロールの効かなくなったわたしは、さしずめ齢一桁といえよう。

仕方がない、こうなってしまうのは。べつのわたしが言う。わたしの背中をさすりながら、仕方ないよ、湧いてくる感情はそのまま、そうだね、って言ってあげていたらいいよと。タイムマシーンには、乗りたかったわけではないんでしょう? 

母からの一言は大きく、どうしたって強いのだった。もちろん、その言葉の持つ意味を、ただそのままに受け止めるだけでもエネルギーのある言葉だった。たとえばだけれど、「呪ってやる」という言葉がただそれだけで怖いように。
それに加えて、それらの言葉には過去とか記憶とか、そういうものが一緒くたにまとわりついてくるのだった。うまく例えが思いつかないけれど、濡れ手に粟、って、物理的には同じことなのだろうか。卵液をくぐらせたコロッケの種にパン粉をまぶすみたいな想像で書いている。


中学生の頃、とある先生に二年間くらい声楽を習っていた。あるとき、先生が「いくつになっても母とはうまくいかなくて」というようなことを話してくれたことがあった。当時、その先生に特別個人的な相談をしたわけではなかったけれど、わたしからするとかなりの衝撃であり、同時に救いのような感情も持った記憶がある。先生はわたしより二十歳くらい年上の女性だった。ああ、こんな大人でも、母とのことを悩んだりするのか。それは、わたしもその先二十年くらい悩みが続くよ、という示唆でもあったし、同時に、その先二十年悩み続けてもおかしいことじゃないよ、という励ましでもあった。
その先生のほかにも、「四十五歳ころまでずっと母の呪縛があった」と話す人と出会ったり、六十代になってもなお、母の言動が気になるという人の話を聞いたりすることで、吉凶の予言は補強されていった。それこそ、あまりそのような話を自分に当てはめないほうがいいのかもしれなかったけれど。


子どもの頃に引き戻されるような感覚に陥っても、素知らぬ顔で時間は同じように過ぎてゆく。朝を迎えれば起床し、身支度をして仕事に出かけたり、やっつけなければならない用事を済ませたり、自分の中の誰かにバトンタッチしながらも生きていかなければならない。深く沈むことは、欲していながら怖いことで、ある程度の客観性を保つためにこうやって書きながら潜っている。これは誰かに読んでもらう文章だから、息継ぎできる程度の酸素を保って書く。キャッチしてくれる誰かが、その重さでよろめいてしまわないような軽さを保って書く。

少し暖かかった数日前、夕方の陽射しには春みたいな色が混じっていた。そうだよね、時間は過ぎていっている。寒いからと腕を組んだまま歩いていたら、転んだときに手を打てないよ。少しは、ひらいて。少しだけでも、この場所でひらいてみる。


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