これはしあわせな記憶
じゃあいつかうちでごはん食べようね、得意のオムライスをふるまうから、と、彼女が最初に口にしたのはいったいいつだっただろう。わあうれしい、ではいつか、絶対に、とわたしは屈託なく返事をした。具体的な日取りを決めないこのやり取りは、よくあることだけれども先延ばしになり、あれは社交辞令だったのかなと頭をよぎってはいやいや、と彼女とのトークの画面に誘いの文章を打つ。もう、おそらく最初の彼女の言葉から半年は過ぎていたと思う。ほんの少し勇気を出して送信すると、とんとん拍子に日にちは決まった。「やっと実現できるね」なんていううれしい返信の言葉とともに。
彼女の家を訪問するのは二度目だった。彼女は二十歳以上も年上だが、わたしにとってはその年齢差を感じさせない友人だ。わたしが感じないというより、彼女がわたしに感じさせないようにしてくれているのかもしれない。話題がやたら若々しいとか、話を合わせてくれているとかいうわけではないのだけども、気負いなくさせてくれている感覚がある。
手土産を片手に、わたしは迷うことなく到着した。一度エリアに入ると方向感覚が失われてしまうような、いわゆる入り組んだ住宅街であるのに、わたしがすんなり着けたのはめずらしいと言えよう。
片付いてないけど、と言いながら彼女はドアを開けてくれた。途端に、奥から煮込みや炒めものの匂いがする。あまりに家庭的すぎて、戸建ての住宅の玄関で感じる匂いとして似つかわしすぎる、と感じてしまう。玄関にはサンダルやいくつかの靴が並んでいて、誰かの住んでいる気配がありすぎた。靴箱の上には掌に収まるほどの大きさのクリスマスツリーが飾ってある。
リビングに入る。完璧に片付けられているとは言わないのかもしれないけれど、しかし確実に行き届いている。ある程度の生活感がありながら、雑音はない。壁にはクリスマスツリーのオーナメントが飾ってあり、棚の上にはサンタクロースやトナカイがいた。食器棚の取っ手には星の付いた赤い靴下。「すてきなクリスマスの飾りつけ」わたしが思わずもらすように言うと、「なんちゃってだよ、出したの昨日だし」と台所から彼女の声が聞こえる。エアコンはぼうぼうと低い送風音を出していて、部屋はとても暖かく守られている。
見るともなく壁を眺めると、カレンダーには家族それぞれの予定が書かれていた。誰が見てもすぐに理解できるような「○○ 9時半」というような予定から、家族だけの印みたいな予定まで。いくつかの字体で、いくつかのペンで。カレンダーの下には、覚えておきたいお店なのだろうか、食べ物屋さんのチラシが貼ってあった。
ああ、ここで彼女は暮らしているんだなと思う。この家で、毎日台所に立ち、料理をして、洗濯物を干し、床に掃除機をかけ、お風呂を沸かし、ソファに座ってテレビを観て、夜には二階の寝室で眠るのだろう。彼女の暮らしでは家族が彼女と同じようなことをしたり、銘々違うことをしたり、一緒にいたりいなかったりする。残り一枚になったカレンダーに、彼女は「ユウさん ごはん」と書き込み、彼女の夫は「飲み会」と書き込み、子どもたち(といっても成人しているが)も何かを書き込んでいるのかもしれない。頼りなくもうめくれないカレンダーは、最後の日まで鉛筆書きの書き込みがあった。
ああ、ここで彼女は暮らしているんだなあ。この、圧倒的な家庭っぽさを支えていたり彩っていたりするんだろうなあ。わたしは夕方の眠りのなかみたいに、ほんの少しだけ現実から離れたような不思議な気持ちになっていた。庭に接する大きな窓からは陽射しがわんわん降り注いでいて、どうしたってそれに似合う白いレースのカーテンがエアコンの微風を受けて揺れている。
ああ、ここで彼女と、その家族たちが暮らしているんだなあ。十二月になればしまい込んでいたクリスマスグッズを飾りつける。中旬も過ぎると大掃除の分担を考えて、コピー用紙の裏にチェックリストを書いたりする。家庭内でこのような経験をしたことのないわたしでも、どこで知ったのかわからないが想像できてしまうこの家庭っぽさは、無論この家の中だけでなく、住宅街のそこかしこで見つけることができるのだろう。なんと言ったらいいのだろう。どう感じていることがわたしにとっての素直さなのだろう。
幼い頃ぼんやりと抱いていた「みんなの家はきっとこんなのだろうな、いいな」という憧憬なのだろうか、と思う。思ってすぐ、いや待てよ、ともうひとりのわたしが首をかしげる。幼ければ幼いほどわたしはわたしのエピソードしか持っておらず、n=1の世界に生きていて比較対象を知らなかったはずなのだ。わたしはいつ、幻のような「みんなの家」のイメージを持ったのだろうか。そんなイメージは自己憐憫に浸らせるだけなのに。
もしかすると、自分の、なにか別のかなしさやさみしさなどの感情を、「みんなの家とは違うから」という理由を作って紛らわせたかったのかもしれない、とも思う。本当に「みんなの家」が「こんなの」かどうかは知らないにせよ。まわりの家庭を目の当たりにして衝撃を受けたというより、自己防衛のひとつの手段として、想像上の「みんなの家」イメージを膨らませ、うちは違うからこんなにかなしい(さみしい)んだ、と回路を変更させたのかもしれない、と思ったりする。
いずれにしても、おとなになったわたしは、彼女の家のその暖かさを、ただ心地よく感じることができる。このような家庭はこの住宅街をはじめとしてたくさんあるのかもしれず、そうでない家庭もまたたくさんあるのだろう。そして、このクリスマスツリーやカレンダーの書き込みや漂う料理の匂いは事象のひとつであって、家族の中で起きていることは当人たちにしかわからないこともたくさんあるのだ、ということを想像しておきたいと思う。もしわたしが五歳の頃のわたしと話せるなら、たとえいまピンと来なくてもいいから覚えておきなさいと伝えておきたい。いい? クリスマスツリーがあってもおもしろくないことは起きるし、クリスマスツリーがなくてもかけがえのないことが起きるかもしれないんだよ。それは本人にしかわからない。だから悲観しなくていいんだよ。
彼女の作ってくれたごはんを食べ、食後にはデザートもいただき、コーヒーをのみながら音楽を聴いた。飼い猫みたいにくつろいで、夕方前にいとまを告げた。油彩みたいな空を眺めて、書店に寄って帰宅して、ひとりの部屋でお茶をのみながら、昼とは違う猫になっているのだった。
