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【W杯 2026】Group E/F - 敗者達の控え室 #11 |敗者を背負う勝者の部屋

第11章 敗者を背負う勝者の部屋


この物語について

『Group EF - 敗者達の控え室』は、FIFAワールドカップ2026のベスト32で大会を去った、Group E, Group F の国々を擬人化し、敗者たちが控え室から大会の続きを見届ける非公式サッカー擬人化群像劇です。

試合結果、対戦カード、サッカー史、報道などをモチーフにしていますが、登場人物はすべて創作上の擬人化キャラクターです。公式大会・各国協会・実在選手・実在団体とは関係ありません。

初めて読む方へ

この章の時系列

この章は、ベスト16がすべて終了し、ベスト8の組み合わせが出揃ったあと、準々決勝が始まる前の時間をモチーフにしています。

Group E/Fの控え室に、ブラジルを倒したノルウェーが一度だけ顔を出します。

そして、ノルウェーがその言葉を持ってベスト8の部屋へ戻ることで、勝ち残った八つの国にも、それぞれ背負っている敗者と過去があることが見えてくる回です。


1. 自ら背負う勝者の国

控え室のドアが、短く鳴った。

全員が、同時にそちらを見た。

チュニジア

「また誰か来た?」

オランダ

「もう椅子ないよ」

ドイツ

「新しい控え室を増やす予定はない」

チュニジア

「ドイツ、受付係みたいになってる」

日本がドアに近づく。

少しだけ開いた隙間から、白と赤と青の気配が見えた。

日本

「ノルウェー」

ドアの向こうに立っていたのは、ノルウェーだった。

勝ち残った国の空気をまとっている。
けれど、胸のあたりには、どこか控え室の光も残っていた。

ノルウェー

「入ってもいい?」

一瞬、誰も答えなかった。

最初に動いたのは、コートジボワールだった。

コートジボワール

「入れ」

ノルウェーは、少しだけうなずいて部屋に入った。

ベスト8の国が、敗者の控え室に立っている。

それだけで、空気が変わった。

キュラソー

「勝ってるのに、ここに来るんだ」

ノルウェー

「勝ったから、来た」

キュラソーは、少しだけ首をかしげた。

キュラソー

「勝ったから?」

ノルウェー

「ここに来ないと、何かを置いていく気がした」

その言葉で、部屋が静かになる。

日本は、モニターの方を見た。

そこには、まだブラジル戦の映像が残っている。

ブラジル 1-2 ノルウェー

ハーランドの名前が、二つ光っていた。

日本

「ブラジルを倒したね」

ノルウェー

「うん」

日本

「私たちは、届かなかった」

ノルウェーは、何も言わなかった。

日本

「20年前も、今回も。
王国には届かなかった」

モニターの中で、白と赤と青の競技衣装のノルウェーが走っている。
その前には、黄色い王国の背中があった。

日本

「だから、嬉しいだけじゃない。
悔しいだけでもない」

ノルウェー

「わかる、とは言えない」

日本

「言わなくていい」

日本は、少しだけ笑った。

日本

「でも、軽くなかった。
私たちが届かなかった王国を倒した国が、ここに来た。
それだけで、軽くはならなかった」

ノルウェーは、静かにうなずいた。

その横で、コートジボワールが腕を組んでいる。

ノルウェー

「コートジボワール」

コートジボワール

「ノルウェーは、私たちの負けを軽くしなかった」

言葉は短かった。

けれど、重かった。

ノルウェー

「軽くしたくなかった」

コートジボワール

「なら、それでいい」

チュニジア

「会話、短いのに重い」

オランダ

「この部屋、だいたいそう」

キュラソー

「でも、少しだけわかる」

コートジボワールは、キュラソーを見る。

キュラソー

「コートジボワールに負けた私も、見てる。
コートジボワールに勝ったノルウェーが、ブラジルに勝った。
線が、長くなった」

エクアドル

「一本の線は、勝者が進むたびに、別の場所まで届く」

チュニジア

「今日の詩人、序盤から飛ばすね」

エクアドル

「今日は、言葉が多い日になる」

スウェーデンは、ノルウェーを見ていた。

少しだけ、複雑そうな顔をしている。

ノルウェー

「スウェーデン」

スウェーデン

「何?」

ノルウェー

「何か言うと思ってた」

スウェーデン

「言わないわよ」

チュニジア

「姉さん、素直じゃない」

スウェーデン

「姉さんじゃない」

いつもの返事だった。

でも、今日は少しだけ弱かった。

スウェーデン

「ブラジルを倒したのは、すごいと思う」

ノルウェーが、少しだけ目を丸くする。

ノルウェー

「それ、言うんだ」

スウェーデン

「言うわよ。
言わないと、変に残るから」

チュニジア

「姉さん、ついに認めた」

スウェーデン

「姉さんじゃない」

オランダ

「でも、妹扱いはもう難しいんじゃない?」

スウェーデンは黙った。

それから、少しだけ目をそらした。

スウェーデン

「……難しいわね」

控え室が、少しだけざわついた。

チュニジア

「今、すごいこと言ったよね?」

キュラソー

「うん。言った」

スウェーデン

「言ってない」

ドイツ

「言った」

スウェーデン

「ドイツまで乗らないで」

ノルウェーは、小さく笑った。

それから、ホワイトボードのベスト8表を見る。

フランス vs モロッコ
スペイン vs ベルギー
ノルウェー vs イングランド
アルゼンチン vs スイス

自分の名前の横に、イングランドがある。

日本

「次は、イングランド」

ノルウェー

「うん」

チュニジア

「ハーランドとケイン」

ドイツ

「今季のリーグ得点王同士でもある」

キュラソー

「得点王同士?」

日本

「ハーランドはプレミアで27点。
ケインはブンデスで36点」

チュニジア

「36点?」

オランダ

「30点台って、数字がもうおかしい」

ドイツ

「しかも、昔は同じプレミアで争っていた。
ハーランドが36点。
ケインが30点」

チュニジア

「30点取っても得点王じゃないの、嫌すぎる」

ノルウェーは、少しだけ笑った。

ノルウェー

「ケインはずっといる。
どこに行っても、点を取ってる」

日本

「声が枯れても?」

ノルウェーは、モニターの別映像を見る。

メキシコ戦後のイングランド。
喉を押さえながら、笑っている主砲。

ノルウェー

「声が枯れても」

エクアドル

「声が枯れても、足は残る」

チュニジア

「今日の詩人、言い方が怖い」

コートジボワール

「点を取る者同士がぶつかるなら、軽い試合にはならない」

日本

「ノルウェーが勝てば、ブラジルを倒した意味が続く」

スウェーデン

「イングランドが勝てば、ケインの物語が続く」

ドイツ

「どちらが勝っても、誰かの線が進む」

ノルウェーは、全員を見た。

それから、ゆっくり頭を下げた。

ノルウェー

「受け取った」

キュラソー

「何を?」

ノルウェー

「日本が届かなかった場所。
コートジボワールの負け。
スウェーデンの変な顔。
この部屋の、帰ったのにまだいる感じ」

チュニジア

「最後の言い方、雑じゃない?」

オランダ

「でも、だいたい合ってる」

コートジボワール

「持っていけ」

ノルウェーはうなずいた。

ドアの前で、一度だけ振り返る。

ノルウェー

「軽くしない」

その言葉を残して、ノルウェーは控え室を出た。

ドアが閉まる。

少し遅れて、チュニジアが息を吐いた。

チュニジア

「勝者が来ると、部屋の空気変わるね」

日本

「うん」

オランダ

「でも、悪くなかった」

ドイツ

「勝者が何を背負うかを、自分で受け取りに来た。
それは、悪くない」

ホワイトボードのノルウェーの名前が、少しだけ濃く見えた。


2. ベスト8の部屋

ノルウェーが戻った先には、別の部屋があった。

敗者の控え室より広い。
明るい。
静かで、冷たい。

そこには、ベスト8の国々がいた。

フランス。
モロッコ。
スペイン。
ベルギー。
イングランド。
アルゼンチン。
スイス。
そして、ノルウェー。

勝者たちの部屋。

けれど、そこにある空気は軽くなかった。

勝っている国だけが持つ高揚ではない。
次も勝たなければならない国だけが持つ圧でもない。

何かを背負わされた者たちの、沈黙だった。

ノルウェーが部屋に入ると、イングランドがそちらを見た。

片手で、まだ少し喉に触れている。

イングランド

「戻ったか」

声は、少しだけかすれていた。

ノルウェー

「うん」

ベルギー

「まだ声、枯れてるの?」

イングランド

「少しだけ」

スペイン

「試合で叫びすぎたのか」

イングランド

「それもある」

モロッコ

「それも?」

イングランドは、少しだけ目をそらした。

イングランド

「試合後に、歌いすぎた」

部屋の空気が、一瞬だけ止まった。

ベルギー

「歌いすぎた?」

イングランド

「ワンダーウォール」

スイス

「試合後に?」

イングランド

「会場で流れた。
ファンが歌った。
選手も歌った。
だから、歌った」

フランス

「だから、声が枯れた」

イングランド

「そう」

ベルギーが、こらえきれずに笑った。

ベルギー

「赤い悪魔でも、そこまではしない」

スペイン

「強豪の喉の管理としては、かなり雑だ」

イングランド

「わかってる。
でも、あれは歌うだろう」

アルゼンチン

「歌うのか」

イングランド

「歌う」

スイス

「断言するんだね」

イングランド

「イングランドだから」

その言い方があまりに当然だったので、少しだけ部屋が軽くなった。

ノルウェーも、小さく笑った。

ノルウェー

「勝者の部屋って、もっと怖い場所かと思ってた」

イングランド

「怖いよ。
ただ、たまに歌う」

フランス

「怖さの説明になっていない」

イングランド

「そこは、あまり深く考えないでほしい」

ベルギー

「強いのに、たまに雑だね」

イングランド

「よく言われる」

その声はまだ枯れていた。
けれど、弱くはなかった。

むしろ、歌いすぎて枯れた声の奥に、勝ち残った国の熱が残っていた。

イングランド

「で、どこに行ってた?」

ノルウェー

「控え室」

ベルギー

「敗者の?」

ノルウェー

「うん」

ベルギーは、少しだけ目を細めた。

ベルギー

「それは、重そうだ」

ノルウェー

「重かった」

スペイン

「重いものを持って戻ってきた顔をしている」

ノルウェー

「持たされた、というより、受け取った」

フランス

「なら、勝者の顔に近い」

モロッコが、フランスを見る。

モロッコ

「勝者の顔は、そんなに重いもの?」

フランス

「軽い勝者は、次で落ちる」

ベルギーが小さく笑う。

ベルギー

「それ、嫌な言い方だね」

フランス

「事実だよ」

アルゼンチン

「事実は、時々いちばん嫌な言葉になる」

その声で、部屋の空気がまた少し変わった。

アルゼンチンは、静かに座っていた。
隣には、まだ消えない神話の影がある。

メッシの名前は、誰も口にしていないのに、そこにあった。

スイス

「この部屋は、静かではないね」

イングランド

「十分静かに見えるけど?」

スイス

「言葉が少ないだけ。
背中がうるさい」

ベルギーが、少しだけ笑った。

ベルギー

「静かに勝つ国が言うと、説得力がある」

スイス

「静かに勝つには、騒がないだけの理由がいる」

ノルウェーは、空いていた椅子に座らなかった。

まだ立ったまま、部屋を見渡している。

この部屋にいる国々は、どれも違う重さを持っていた。

無敗のスペイン。
無敗のモロッコ。
復活したベルギー。
怪物のフランス。
神話のアルゼンチン。
静かに勝つスイス。
喉を枯らしても進むイングランド。
王国を倒したノルウェー。

八つの勝者。

そして、その後ろにいる、数えきれない敗者。

スペイン

「始めようか」


その声は、敗者の控え室には届かない。

けれど、もしチュニジアがこの部屋を見ていたら、たぶんこう言った。

「始まる前から、もう怖い…」


3. フランスとモロッコ

最初に向かい合ったのは、フランスとモロッコだった。

準々決勝。
フランス vs モロッコ。

それは、ただの次戦ではない。

モロッコは、まっすぐフランスを見た。

モロッコ

「前は、準決勝で止められた」

フランス

「覚えている」

モロッコ

「今回は、準々決勝で会う」

フランス

「順番は下がったね」

モロッコは、少しだけ笑った。

モロッコ

「距離は縮まった」

フランスは、表情を変えない。

フランス

「なら、近くで止めるだけだ」

モロッコ

「止められると思っている?」

フランス

「思っている。
そうでなければ、この部屋にいない」

少しだけ、空気が固くなる。

モロッコの背中には、アフリカの火がある。
オランダを倒したPKがある。
カナダを破った勢いがある。
34戦無敗の数字がある。

でも、モロッコはそれを誇るようには言わなかった。

モロッコ

「私は、もう驚かれるために勝っていない」

フランス

「知っている」

モロッコ

「なら、何のために見る?」

フランス

「倒すために見る」

モロッコ

「それならいい」

フランスの横で、部屋の光が少しだけ白く見える。

エムバペの名前も、まだ誰も口にしていない。
けれど、速さと決定力の影はそこにある。

フランス

「期待されることは、重い」

モロッコ

「期待されなかったことも、重い」

フランス

「なら、同じだ」

モロッコ

「同じではない。
でも、重いことだけは同じ」

フランスは、少しだけ目を細めた。

フランス

「悪くない」

モロッコ

「勝ってから言って」


4. スペインとベルギー

次に、スペインとベルギーの視線が重なった。

準々決勝。
スペイン vs ベルギー。

スペインの名前の横には、数字がある。

35戦無敗。
6試合連続無失点。

ベルギーの名前の横には、別の数字がある。

0-2から3-2。
1-1から4-1。
死んだように見えて、戻ってくる赤。

ベルギー

「スペインには、古いPKの記憶がある」

スペイン

「1986年」

ベルギー

「こちらが勝った」

スペイン

「1990年はこちらが勝った」

ベルギー

「古い貸し借りは五分?」

スペイン

「今は、誰にも点を渡していない」

ベルギーは、肩をすくめた。

ベルギー

「そういう国ほど、一点取られた時に面白い」

スペイン

「一点を取らせないために、ここにいる」

ベルギー

「赤い悪魔は、死にかけてからが怖い」

スペイン

「先に死にかける前提なのか」

ベルギー

「そう見えた時が、一番危ない」

スペインは、静かにベルギーを見る。

その視線は、支配する国のものだった。
相手を消すような静けさ。
ボールを持つ前から、呼吸の場所を奪うような圧。

スペイン

「私は、相手の反撃を待たない」

ベルギー

「私は、相手が終わったと思ったところから戻る」

スペイン

「それは、こちらが終わったと思うという意味?」

ベルギー

「思わせる」

一瞬だけ、ベルギーの赤が深くなる。

アメリカを沈めた赤。
セネガルから戻った赤。
過去日本の二点差をひっくり返した赤。

その赤は、部屋の光の中でも薄くならなかった。

スペイン

「面倒な相手だ」

ベルギー

「よく言われる」

スイス

「どちらも、面倒だと思う」

イングランド

「それはそう」

スペインとベルギーが同時にスイスを見た。

スイスは、表情を変えなかった。


5. ノルウェーとイングランド

ノルウェーとイングランドの間には、古いワールドカップの線がほとんどなかった。

だからこそ、部屋の中でその対戦だけが少し違って見えた。

まだ、歴史に書かれていない線。
これから書かれる線。

イングランドは、喉に触れてから、少しだけ笑った。

イングランド

「声は、だいぶ戻ってきた」

ノルウェー

「よかった」

イングランド

「でも、君たち相手に必要なのは、声じゃない」

ノルウェー

「足?」

イングランド

「点だ」

ノルウェーは、うなずいた。

ノルウェー

「それは、こちらも」

部屋の空気が、少しだけ変わる。

ハーランド。
ケイン。

名前を出さなくても、そこにいる。
でも、出さないままでは済まない。

イングランド

「ハーランドは、また二点取った」

ノルウェー

「ケインも、ずっと決めてる」

イングランド

「昔は、同じリーグで追いかけ合っていた」

ノルウェー

「36と30」

ベルギー

「30点で追いかける側なの、普通じゃないね」

スペイン

「普通ではない数字が、普通に並ぶ対戦だ」

イングランド

「今季は、ケインが36」

ノルウェー

「ハーランドが27」

イングランド

「リーグは違う」

ノルウェー

「でも、ゴールは比べられる」

イングランド

「そして、今度は国でぶつかる」

そこで、イングランドは少しだけ黙った。

喉に触れていた指が、ゆっくり離れる。

イングランド

「不思議だよな」

ノルウェー

「何が?」

イングランド

「ハーランドは、こっちにいたかもしれない」

ノルウェーは、すぐには答えなかった。

部屋の空気が、さっきまでの軽さから、少しだけ低くなる。

イングランド

「リーズで生まれた。
プレミアで育った怪物みたいに見える。
イングランドのスタジアムで、イングランドのDFを毎週壊している」

ベルギー

「言い方」

イングランド

「だいたい合ってる」

スイス

「否定しないんだ」

イングランド

「否定できない」

ノルウェーは、静かにイングランドを見た。

イングランド

「だから、少しだけ思う。
もし彼がこちら側にいたら、と」

ノルウェーは、ゆっくり答えた。

ノルウェー

「でも、選ばなかった」

イングランド

「うん」

ノルウェー

「ハーランドは、ノルウェーを選んだ」

その言葉は、短かった。

でも、部屋にまっすぐ落ちた。

イングランド

「知ってる」

ノルウェー

「こっちにとっては、それが全部」

イングランド

「こっちにとっては、それが一番厄介だ」

ノルウェーが、少しだけ首をかしげる。

イングランド

「プレミアで何をするか知っている。
どこに走るかも、どれだけ速いかも、どれだけ強いかも、嫌というほど知っている。
それでも止められるかは別の話だ」

ノルウェー

「知っている相手ほど、怖い?」

イングランド

「知らない怪物は、驚く。
知っている怪物は、眠れない」

ベルギーが、小さく笑った。

ベルギー

「うまいこと言った」

イングランド

「今のは、声が枯れてない時に言いたかった」

スペイン

「そこを気にするのか」

少しだけ、また部屋が軽くなる。

けれど、ノルウェーとイングランドの視線は外れない。

ノルウェー

「ケインも怖い」

イングランド

「だろうね」

ノルウェー

「ずっと点を取る。
どこに行っても、点を取る。
声が枯れても、点を取る」

イングランド

「歌いすぎても、点は取る」

ノルウェー

「そこは、少し意味が違う」

イングランド

「細かいな」

ノルウェー

「大事」

イングランドは笑った。

その笑いは、少しだけ枯れていた。
けれど、まだ強かった。

イングランド

「ハーランドがイングランドにいたかもしれない。
でも、今はノルウェーにいる」

ノルウェー

「ケインは、イングランドにいる」

イングランド

「なら、ここで線を作ろう」

ノルウェー

「うん」

イングランド

「ハーランドとケインで?」

ノルウェー

「国と国で。
でも、たぶん名前は残る」

イングランドは、喉を軽く押さえた。

イングランド

「その名前を叫ぶために、少し声を残しておくよ」

ノルウェー

「歌わなければ?」

イングランド

「それは難しい」

フランス

「難しいのか」

イングランド

「イングランドだから」

今度は、ノルウェーも少しだけ笑った。

それでも、二つの国の間にある線は、軽くならなかった。

むしろ、少しだけ濃くなっていた。


6. アルゼンチンとスイス

最後のカードは、アルゼンチンとスイスだった。

アルゼンチン vs スイス。

神話と、静かな壁。

アルゼンチンは、椅子に深く座っている。
スイスは、姿勢を崩さない。

派手さはない。
けれど、互いの間にある空気は軽くない。

スイス

「また、あなたか」

アルゼンチン

「また、私だ」

スイス

「2014年は、延長で届かなかった」

アルゼンチン

「覚えている」

スイス

「こちらも覚えている。
静かに守って、静かに耐えて、最後に落ちた」

アルゼンチン

「静かな国ほど、最後まで残ると厄介だ」

スイス

「それは褒め言葉?」

アルゼンチン

「警戒だ」

スイスは、少しだけうなずいた。

スイス

「なら、受け取る」

アルゼンチンの後ろには、たくさんの名前がある。

カーボベルデ。
エジプト。
オランダ。
ドイツ。
フランス。
イングランド。
そして、メッシ。

名前を出せば出すほど、部屋が古くなる。

でも、古いだけではない。
その古さが、今も走っている。

スイス

「あなたは、いつも誰かの記憶を連れている」

アルゼンチン

「強豪とは、そういうものだろう」

フランス

「そうだね」

フランスが、短く反応した。

アルゼンチンとフランスの間に、別の試合の光が差し込む。

2018年。
2022年。
走る若さと、最後まで立った神話。

アルゼンチン

「フランスとは、まだ話が終わっていない」

フランス

「終わらせたつもりはない」

ベルギー

「この部屋、終わってない話ばかりだね」

モロッコ

「終わった話なら、ここには来ない」

スペイン

「勝者の部屋のはずなのに、未完が多すぎる」

イングランド

「未完を持っていない国なんてない」

アルゼンチンは、少しだけ笑った。

アルゼンチン

「イングランドがそれを言うのか」

イングランドの笑顔が、少しだけ固まる。

イングランド

「言うよ。
言えるくらいには、残ってる」

一瞬だけ、アルゼンチンとイングランドの間に、古い風が通った。

1986年。
1998年。
2002年。

でも、今ここで向かい合う相手は違う。

アルゼンチンの前にいるのは、スイスだった。

スイス

「私は、神話を語るのが得意ではない」

アルゼンチン

「なら、何をする?」

スイス

「止める」

アルゼンチン

「静かに?」

スイス

「静かに」

アルゼンチンは、静かにうなずいた。

アルゼンチン

「それが一番、厄介だ」


7. 八つの椅子

ベスト8の部屋に、八つの椅子がある。

フランスは、期待を背負っている。
モロッコは、驚きでは終わらないことを背負っている。
スペインは、無敗と無失点を背負っている。
ベルギーは、戻ってくる赤を背負っている。
ノルウェーは、届かなかった国々の声を背負っている。
イングランドは、枯れた声でも進む古豪の意地を背負っている。
アルゼンチンは、神話を背負っている。
スイスは、静けさで残る強さを背負っている。

誰も、軽くはなかった。

ベルギー

「この部屋、もっと明るいと思ってた」

スペイン

「勝っている国の部屋だから?」

ベルギー

「そう」

スイス

「勝っている時ほど、次の敗北が近くにある」

モロッコ

「それでも、進む」

フランス

「進むために勝った」

イングランド

「勝ったから、また怖くなる」

ノルウェー

「怖い?」

イングランドは、喉に触れたまま笑った。

イングランド

「怖くない国は、たぶんここまで来ない」

アルゼンチン

「恐れは、終わりではない。
続ける理由になる」

スペイン

「続ける理由なら、全員ある」

ベルギー

「ありすぎるくらいにね」

ノルウェーは、部屋の扉を見る。

その向こうには、敗者の控え室がある。
今は見えない。
声も聞こえない。

でも、背中には残っている。

ノルウェー

「勝者の部屋って、軽くないね」

モロッコ

「軽いと思っていた?」

ノルウェー

「少しだけ」

フランス

「それは、勝つ前の考えだ」

ノルウェー

「今は違う」

スイス

「なら、座れる」

スイスが、空いていた椅子を見る。

ノルウェーは、少しだけ迷った。

そして、座った。

八つの椅子が、すべて埋まる。

部屋の空気が、少しだけ沈んだ。

それは暗さではなかった。
重さだった。

アルゼンチン

「ベスト8が揃った」

スペイン

「ここからは、勝者同士が敗者を増やす」

ベルギー

「嫌な言い方」

フランス

「正しい言い方」

モロッコ

「増やすだけではない。
背負う」

イングランド

「背負えなかった国から落ちる」

スイス

「静かに言うには、重すぎる」

ノルウェー

「でも、たぶん本当」

八つの国が、同じ部屋にいた。

その誰もが、まだ勝っていた。
その誰もが、もう何かを失っていた。


8. 控え室の光

その頃、Group E/Fの控え室では、モニターが少しだけ暗くなっていた。

ノルウェーが出て行ったドアは、もう閉まっている。

けれど、その向こうに別の部屋があることを、全員が感じていた。

キュラソー

「ノルウェー、ちゃんと戻れたかな」

チュニジア

「勝者の部屋に?」

キュラソー

「うん」

オランダ

「戻るでしょ。
あの国、今は戻れる側だから」

日本

「でも、持って行った」

スウェーデン

「何を?」

日本は、ホワイトボードを見る。

ブラジル 1-2 ノルウェー。
コートジボワール 1-2 ノルウェー。
ノルウェー vs イングランド。

その線が、同じ名前に向かっていた。

日本

「私たちの線」

コートジボワールが、静かにうなずいた。

コートジボワール

「持って行かせた」

チュニジア

「言い方が強い」

コートジボワール

「託したわけではない。
持って行かせた」

ドイツ

「その違いは大きい」

エクアドル

「託すことは、時々やさしい。
持って行かせることは、時々くやしい」

チュニジア

「それ、私が言いたかった」

エクアドルが、少しだけチュニジアを見る。

エクアドル

「今日は譲る」

チュニジア

「やった」

少しだけ、控え室に笑いが戻った。

でも、すぐに視線はホワイトボードへ戻る。

フランス vs モロッコ。
スペイン vs ベルギー。
ノルウェー vs イングランド。
アルゼンチン vs スイス。

ベスト8の部屋は、見えない。

でも、確かにある。

キュラソー

「勝者の部屋も、重かった?」

日本

「たぶん」

オランダ

「軽いわけないよ」

ドイツ

「勝ち残るとは、負けを背負い続けることだ」

スウェーデン

「なら、次に落ちる国は、さらに重くなる」

チュニジア

「準々決勝、もう怖いんだけど」

コートジボワール

「怖いなら、見る価値がある」

エクアドル

「重さは、試合の前から始まっている」

日本は、ペンを置いた。

日本

「次は、見る」

誰も、何をとは聞かなかった。

もう、全部だった。

モニターの中で、ベスト8の名前が静かに光っている。

勝者たちは、勝者だけではなかった。
敗者たちは、敗者だけではなかった。

ひとつの部屋から、別の部屋へ。
線は、まだ伸びていた。


第11章 敗者を背負った勝者の部屋 

ここまで読んでいただきありがとうございます。
続きが気になった方は、スキやフォローで応援してもらえると励みになります。
次回も、敗者たちの控え室から大会の続きを見届けます。


続き・前回はこちら

前回:#10|無敗という重さ

次回:#12|最初に空く椅子|フランス vs モロッコ


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